楽天の三木谷オーナーが会議で提案したことで外国人枠の撤廃の当否が話題になっている。


日本プロフェッショナル野球協約(以下、「野球協約」という。)では、出場選手登録ができる外国人選手は4名(投手4名または野手4名は不可。)が限度となっている(82条の2。なお支配下登録には制限がない。)。このため外国人選手は、他の選手と28つの出場選手登録枠を争うだけでなく、4つの外国人枠を争わなければならない。外国人枠が外国人選手に対する制約になっており、そうでない選手と比べて不平等があることには違いない。


MLBにはこのような国籍による制限は存在しない。これまでがそうであったように、段階的にこのような障壁を緩和していくという方向性は理解できる。


だが、いきなり外国人枠を撤廃することは問題が大きいといえる。これは外国人選手が多数NPBで出場することにより、日本人選手の出場機会が奪われるといった理由からではなく、他の制度との関連で不都合が生じてしまうためである。




1、外国人選手以外に認められる球団の保留権


その最たるものが保留権の問題である。保留権とは球団が翌年度の契約更新を希望する選手に対して、他の球団への自由な移籍を制限できる権利である。野球協約及び統一契約書様式による規定によって、こうした保留権が球団に認められる結果、外国人選手以外の選手は球団が自由契約とするか、FA権を行使しない限り、他の国内外の球団と契約を締結することができない。


この結果、外国人選手以外の選手は、所属球団以外の球団とは交渉も契約もできないため、仮に活躍したとしてもFA権を取得するまでは、参稼報酬(年俸)を抑えられることになる。


これに対して、外国人選手に対する保留権は存在しない(なお、野球協約の文言によれば、外国人選手も統一契約書による契約が義務づけられており、その結果、外国人選手にも球団の保留権が認められるように読めるのだが、実際の運用はそのようになっていないようである。)ため、外国人選手は契約が終了すれば自由契約になり、契約に特約がないかぎりは国内外の他の球団と交渉・契約が可能となる。


このため、外国人選手以外の選手と異なり、より有利な条件で契約をする球団を選択することが可能となる。




2、FA権を行使した選手との差異


また、FA権を行使した選手との比較でも、外国人選手は有利な立場にある。


FA権を行使した選手がAランク(外国人選手を除いたチーム内での参稼報酬額が上位1位から3位までの選手)またはBランク(同4位から10位までの選手)であった場合、移籍元の球団は移籍先の球団に対して、人的補償及び金銭補償または金銭補償を求めることができる。これは移籍先の球団にしてみると、FA選手の契約金、参稼報酬以外に金銭や選手の負担が生じることになる。また、FA権を行使して移籍した選手の参稼報酬は、原則として前年度の参稼報酬を超えることはできない(フリーエージェント規約7条)。


これに対して、契約が終了した外国人選手が移籍する場合には、補償は発生しない。また、参稼報酬の額も制限がない。


このため、同じポジション・年齢・能力の選手であったとしても、FA権を行使した選手と契約が終了した外国人選手では、後者の方がより少ない負担で獲得することができるため、外国人選手以外の選手が不利な立場に置かれることになる。また、契約する条件としても、金銭補償を必要とせず、前年度の参稼報酬による制限も存在しないため、契約金や参稼報酬の面でも有利な契約を締結しやすいといえる。


外国人選手は、球団の保留権が認められないこと、移籍についてもFA権を行使した場合と異なって補償が不要なことから、それ以外の選手と比べて、契約上有利な地位に立っている。外国人枠が外国人選手を不利な地位に置いていることは確かだが、一方では外国人選手が有利な地位にあることもまた事実である。外国人枠の撤廃の前には、このような不平等は解決されなければならないだろう。




3、外国人枠の撤廃が戦力均衡に与える影響


これまでの問題は主として、選手間の不平等についてのものである。これらに加えて、外国人枠の撤廃は戦力均衡にも影響がある。また、FA権を行使した選手との比較でも、外国人選手は有利な立場にある。


現在のNPBの制度を前提とすれば、外国人選手以外の選手はドラフト会議での指名を経なければ入団することができない(野球協約133条、新人選手選択会議規約2条、1条。)。しかし、外国人選手の場合、一部の例外的な場合を除いてドラフト会議での指名を経ずとも、入団が可能である。


外国人枠が撤廃されることになれば、ドラフト会議での指名を経ないで入団する選手が増加することにも繋がりうる。ドラフト会議と保留権の存在により、球団間の戦力均衡が保たれている中で、この枠の外から入ってくる選手の増加は、球団間の戦力均衡を崩す可能性を有している。


現行制度を前提とした外国人枠の撤廃は、このような問題にも繋がるだろう。





4、問題解決のための方法


外国人枠の撤廃をした場合に生じうるこうした問題はどのようにすれば解決するだろうか。


考えられるのは、外国人選手もそれ以外の選手と同様に保留権による制約を科すという方法だろう。保留権により外国人選手の自由な移籍を制限することができれば、それ以外の選手との間での不平等の大部分は解消されることになる。ただし、それは外国人選手に対して新たな制約を科すことになる。これまでと異なる制約が増えることは、外国人選手にNPBの球団を選択するインセンティブを奪うことにもなる。そうすると、これまでと同程度に優秀な外国人選手を獲得することが困難になってしまうかもしれない。これは、より多くの優秀な外国人選手をNPBの球団に入団させるという、外国人枠撤廃の目的と反する結果にもなる。したがって、経過措置としてNPB所属球団間での移籍のみに制限をかけるなどの案も検討されるべきであろう。


また、ドラフトを経ないで入団する選手の増加に対しては、別途参稼報酬や契約金に制限を設けたり、いわゆる「贅沢税」を課すという対策が考えられる。ただし、これも制限の内容次第では、人数による枠が解消されても資金による新たな枠が設けられたことで、獲得できる外国人選手の数はあまり増えないという結果になってしまうおそれはある。


なかなか有効な対策は考えづらい状況にあるが、根本的な問題はNPB所属球団が選手に投入できる資金が、MLB所属球団のそれと大きく離れてしまっていることにある。この差を縮めることができれば、仮に保留権による制約を受けたとしても、外国人選手にとってNPB所属球団と契約するメリットが相対的に大きくなるだろう。


もちろん、これ以外の方法もあるかもしれない。だが、保留権の問題を解決しないまま外国人枠を撤廃することは、ある不平等を解消することはできても、別の不平等を拡大することになってしまう。



参考文献等

日本プロフェッショナル野球協約2016年版

http://jpbpa.net/up_pdf/1471951971-129176.pdf


統一契約書様式2015年版

http://jpbpa.net/up_pdf/1427937937-107764.pdf


フリーエージェント規約2009年版

http://jpbpa.net/up_pdf/1284364512-578244.pdf


新人選手選択会議規約2010年版

http://jpbpa.net/up_pdf/1284364752-563907.pdf




※原稿についての補足


1か所を除き、「日本人選手」でなく「外国人選手以外の選手」とした理由は、日本人選手(日本国籍を有する選手)でなくても外国人選手とされない場合がある(日本国内の高校等を卒業した場合など)ためより正確な表現と考えたためです。


「野球協約の文言によれば、外国人選手も統一契約書による契約が義務づけられており、その結果、外国人選手にも球団の保留権が認められるように読める」の説明(未消化のためご参考までに)。


関係する条文を読んでみた限りは、外国人選手に保留権が認められない理由が不明です。詳細は以下。


野球協約45条によると、


「球団と選手との間に締結される選手契約条項は、統一様式契約書(以下「統一契約書」という。)による。」


とあり、外国人選手とそれ以外の選手を区別していないように読める。



そして、統一契約書様式31条によると、


「球団が選手と次年度の選手契約の締結を希望するときは、本契約を更新することができる。」


とあり、球団の選手に対する保留権が認められている。このため、文言通りに読めば外国人選手にも保留権が認められるように思われる。


外国人選手の場合には、野球協約47条ただし書き(「この協約の規定及び統一契約書の条項に反しない範囲内で、統一契約書に特約条項を記入することを妨げない。」)により契約満了により自由契約になるといった内容の特約が結ばれている可能性も考えたが、



野球協約48条は、


「この協約の規定に違反する特約条項及び統一契約書に記入されていない特約条項は無効とする。」


としており、球団の選手に対する保留権の存在を認めた統一契約書様式31条の内容を骨抜きにするような特約が果たして「この協約の規定及び統一契約書の条項に反しない範囲内」といえるか疑問。むしろ、そのような特約は野球協約48条に違反して無効といえるように読める。




文・市川 博久(いちかわ・ひろひさ)/弁護士

学生時代、知人が書いていた野球の戦術に関する学術論文を読み、分析に興味を持つ。その後『マネー・ボール』やDELTAアナリストらが執筆したリポートを参考に自らも考察を開始。5月25日発売『セイバーメトリクス・リポート5』にも寄稿。

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