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台湾チームの日本戦における目的



前回の記事では北京五輪アジア予選における矛盾を書いてみたが、そういった場合に7回以後に同点の場面を作ることはやはりまずいことである。1点だけで終われば正直なところ優勝の確率を下げている。実際の日本代表はスクイズでまず同点とした。「優勝の確率を高める戦術」と「現行試合の勝利の確率を高める戦術」が背反しかねないところが面白いが、現在進行形でこの試合を見ていればそれを楽しむ余裕などない。この時、複数得点の確率を上げる戦術を採用するのが本筋で、1点だけでも得点する確率を上げる戦術は筋悪であるのも確かである。 ここでのスクイズのようなことは、囲碁や将棋であれば敗着に近い悪手であるが、ただしこのときばかりはそうとも言い切れない事情があった。その直前に伏線があったのだ。


7回表の日本代表の攻撃、先頭の村田が死球、続く稲葉が右前安打と出塁が続く。この無死一二塁から里崎がバント。このときマウンド上の陽建福(この年台湾リーグで27登板22先発7勝11敗 3.68)はボールを拾うや何故か間に合いそうもない三塁に投げて野選。位置関係がよく見えているはずの捕手も三塁を指示している。見ようによっては守備側として最初から三塁へ投げると決めていたように見えなくもなかった。


振り返って台湾の立場を整理してみよう。台湾はこの試合に勝てば勝敗で日本、韓国と並ぶことになる。すでに韓国に1敗を喫しているので、追いつくには日本に勝つしかない。日本に勝つ前提で失点を見れば初回の時点で既に6点である。あと1点でも失ってしまえば、韓国の失点を上回るためこの試合の結果に関係なく台湾は敗退が決まる。この場合、勝ってもムダなのであるから「1失点ならまだ同点」などという生ぬるい状況ではなかったのだ。当然のことながら台湾チームはそのことをよく知っていた。判断ミスやあせり等のポカによる野選などではなく、このとき、守っている陽には最初から一塁へ投げるという選択肢は許されなかったのではないか。言わば不可抗力のフィルダースチョイス(矛盾した言葉のようだが)。


直後にサブローのスクイズが決まったわけであるが、このときはボールを拾ったときに既に走者が本塁に到達していたようなタイミングで、さすがにこれは一塁に投げるしかなかったようである。


この大会、台湾は優勝(五輪出場権獲得)を第一義の目的として臨んでいたらしい。であればこそ、この1失点で望みを絶たれた瞬間に傍目で見てもわかるほどに、ボッキリと折れるように集中力を失っていた。危ういバランスで拮抗していた試合の形は壊れ、その後は日本の一挙6得点のイニングなど一方的な展開となった。試合の枠を越えた評価を持ち込んだ場合に避けられないことではある。9回を迎えたときに得点を挙げてはならない日本と、イニングを問わず1失点も許されない台湾。同じ試合に出場していながら目的が正対していない状況はゲームの裏で進行していたのだ。奇妙な状況は水面下で進み、顕在化することなく試合はつつがなく終了した。


最初に、1点だけを獲得する可能性を高める戦術はまずいと言ったが、不可抗力のフィルダースチョイスを見て台湾の大会への参加目的・意図を読み切ったとしたのなら日本側の「神采配」の可能性はある。しかし、「目の前の試合に勝つことだけを考える」「目標とする日本に勝ちたい」といった目的で参加してきている場合もあり得るわけで、相手の意図は簡単に見て取れるものではない。実際に日本は1戦必勝のスタイルで戦ってきた。台湾の意図が目の前の試合よりもトーナメントの結果を重視している前提で戦術選択を行うことは相当にリスキーなことでもあった。



勝敗以外のものが評価の対象になるという意味



今まで「失点率の問題」として紹介してきたが、これらは実は「失点率」だけではなく、「得点率」などすべての試合の中身に関するタイブレーカーに共通する問題である。野球内部の世界の通貨は得点であり、その通貨により最終的な目的である勝利を購入することは「マネーボール」などでも述べられているところだが、通常は「購入の行為」は試合終了とともにワンセットで終了している。まるで1つ1つの試合が一つの世界であるかのように、ゲームの枠を越えて通貨である得点を持ち出すことはできないのだ。これを無理に試合の枠を越えた評価につなげようとすれば、よほどの的確な準備が必要で、例えばそれ以外の条件をすべて均一にするなどの必要がある。(為替の扱いが難しいのは当然か)


①エックス勝ちは無し。後攻チームがリードしていても9回裏の攻撃は行う。

②参加者が状況を見て試合(イニング)の長さを調整できないように、延長戦は無し。9回表裏を終わって同点の場合はそのまま引き分けとする。又は得失点とは評価しない促進ルールのイニングを付け足して勝敗を決定する。サッカーのPK戦と同じ。

③コールド勝ちは無し。ただし、コールド勝ちしたチームは残りのイニングを0点で抑えたものとして扱う、といったようなプレミアがあるのなら一考の余地はある。(今度は負けた側の失点率等に問題が生じるが)

複数走者からイニングを始める「促進ルール」が国際試合で採用された時のように、普段から野球を見慣れている人の目には違和感が強いであろう。野球という枠組みの破壊、はなはだしきは「これは野球ではない」などという向きもあろうが、1ゲームの枠組みを一部取り払うのであるからやむを得ない事情はある。そもそもゼロサムゲームというものは危ういバランスのもとに成立しているものであり、合理的なゲームのルールを一から作るのは難しいものだ。単に「優勝を決める」という極めて単純にしてかつ最優先事項である決まりを作るにしても落とし穴は多々あったのである。


日本・台湾戦で奇妙な条件が水面下で進行していたのも、それが日本にとって有利に作用したのも、日本が前の試合で韓国に4失点のバッドマークをつけたこと。そして台湾が韓国戦で5失点のバッドマークをつけられたことによる。日本側から見れば2試合の合わせ技での勝利(優勝)といったところで、これは力勝ちと言える。


タイブレーカーが発動し、試合の枠を越えて勝敗以外のものが評価対象となるのであれば、対象の試合に限っては前の試合の得失点を持ったままゲームを始めるのと同じである。ただ眼前の勝利だけを追求する行き方もあるだろうが、通常とは異なる考え方が必要になる場面がこの先いつかは出てくるだろう。なお、足せば必ずゼロになるゲームで少ないチーム数での失点率を評価することは間接的に得点力も評価されていることになる。こちらの得点はいつでも相手の失点なのである。さて、今回のWBCにおけるレギュレーションは如何なものであろうか?



第4回に続く
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