昨年10月29日に読売から自由契約となっていた上原浩治が、12月14日に再契約し、今季も読売でプレーを続けることが決まった。これに対して、一部のファン、メディアからは、FA人的補償の対象から外す、規約の抜け道であるとの意見があった。しかしこうした自由契約後の再契約は、人的補償の対象から外す手段として本当に有効なのだろうか。

FA移籍に伴う選手による補償の手続き


フリーエージェント規約(以下、「FA規約」という。)によれば、FA権を行使して選手が移籍する場合、移籍することとなった選手がAランク(元所属球団内での年俸が上位1位~3位の選手。外国人選手を除く。)またはBランク(元所属球団内での年俸が上位4位~10位の選手。外国人選手を除く。)であった場合に、移籍する選手がもともと所属していた球団は、選手による補償(以下、「人的補償」という。)と金銭による補償か、金銭のみによる補償を選ぶことができる(FA規約第10条1項ないし4項)。

人的補償の手続きは以下の手順で進められる。


① FA選手が移籍する先の球団が保有する支配下選手のうち、外国人選手及び任意に選択する28名の選手(プロテクト枠)を除いた選手名簿を、FA選手との契約が公示された日から2週間以内に、FA選手が所属していた球団に提示される(FA規約10条3項⑴号ア、4項⑴号ア)。
② 提示された選手名簿から、FA選手が所属していた球団が、獲得したい選手がいる場合には、FA選手との契約が公示された日から40日以内に1名を選び獲得する(FA規約10条3項⑴号ア、4項⑴号ア、5項)。

このように、FA選手が移籍する先の球団は、任意に28名を選んで人的補償の対象から外すこと(以下、「プロテクト」という。)ができる。

また、提出する名簿にはその時点で支配下選手ではない、すでにFA選手を獲得する球団から自由契約となっている選手を記載することはできない。


「プロテクト逃れ」は不可能


まず自由契約が何を意味するのかおさらいしてみたい。自由契約となった選手は、自由契約の公示がされたあとはいずれの球団とも自由に契約することができる(野球協約58条)。当然ながら「いずれの球団」には何らの限定もないので、その選手がもともと所属していた球団との契約も可能だ。この説明では自由契約となることの意味がわかりづらいので、自由契約になっていない場合と比較してみる。

選手が自由契約となっていない場合、所属している球団以外の球団に移籍することはもちろん、交渉をすることもできない(野球協約68条2項)。これを球団の立場から見れば、球団は支配下選手を自由契約にしない限りは、選手と独占的に契約、交渉できる権利を有しているといえる。

選手を自由契約にするということは、球団がこのような権利を手放して、その選手が日本国内、国外のいずれの球団であるかを問わず、自由に契約の締結、交渉ができるような状態にするということを意味する。支配下選手を自由契約にせず翌年度の契約を締結する場合と比較すると、他の球団にもその選手と契約する機会が与えられている。

このため支配下選手を自由契約にしてしまえば、人的補償の対象とならないとしても、FA選手がもともと所属していたX球団(以降FA選手はX球団からY球団に移籍したものとする)を含むすべての球団がその選手を獲得することができるため、人的補償の対象とならないこと以上のリスクが発生する。翌年度も契約することを予定している選手を人的補償の対象から外すために自由契約にしたところで、他球団と契約してしまったとなっては本末転倒である。

また仮に「プロテクト逃れ」のため選手を自由契約とした場合、X球団は、自由契約になった選手の獲得に動きながら、それに加えてもう1名人的補償で選手を獲得することもできる。

その選手が自由契約になっておらず、X球団がその選手を人的補償で獲得した場合、Aランクであれば50%、Bランクであれば40%の金銭補償しか得られない。しかし自由契約になったその選手を獲得し、FAの補償で金銭補償のみを選択した場合には、Aランクで80%、Bランクで60%と、金銭補償の金額は人的補償を選択しなかった場合よりも多額となる。

このような結果からしても、選手を自由契約にした方が、その選手を自由契約にせずプロテクトもしなかった場合と比較してもY球団に不利になることがわかる。

このように、野球協約、FA規約を読む限りは、メディアで報じられたような「プロテクト逃れ」を行うことは、FA選手を獲得した球団にとってよりリスクが大きいため、起こりえないといっていい。一部のファンの声に追随するかのごとく、野球協約やFA規約には抜け道があるなどと主張するメディアも存在するが、そうした主張を読む限りは果たして野球協約やFA規約を通読しているのか、読んでいるとしてその内容を理解しているのか甚だ疑問である。


密約説に妥当性はあるのか


選手を自由契約にすることが、FAによる人的補償の抜け道にならないことの説明は以上のとおりであるが、「自由契約にした段階で予め再契約することを伝えて、それまでに他球団からの契約交渉があってもそれを断って、再契約することとする密約を結んでいれば、『プロテクト逃れ』は可能である。」との主張もあるためこれについても触れる。

このような密約がされることは現実的なのであろうか。こうした密約が現実的であるためにはいくつか条件を満たす必要があるように思われる。

まず1点目の条件は、この密約が明らかにされる恐れがないことである。仮にこのような密約が実際にあるとすれば、コミッショナーにより再契約が無効とされ(野球協約10条)、制裁を受ける恐れもある(野球協約194条)。

2点目の条件は、密約の内容が双方に利益のあるものであることである。球団側に利益のないような内容ではそもそもこうした密約自体を持ちかける意味はない。また、選手にとっても、密約など結ばず協約にしたがって自由契約になった方が他球団と交渉をする機会が得られ、より有利な契約(年俸額、契約年数、その他のオプションを総合的に考慮した上で)を選択することができる以上、そのような利益を捨ててでも、あえて結ぶことに意味のあるような内容の密約でなければならない。

3点目の条件は、球団と選手の双方が密約を反故にする恐れがないことである。このような密約は仮にどちらかが破ったとしても、もう一方はその救済を機構やコミッショナーに求めることはできない。例えば、選手が密約に違反して他球団と契約をしてしまった場合、密約を持ち出して他球団との契約を無効にするようコミッショナーに裁定を求めたとしても、密約が無効とされ他球団と選手との契約は有効とされるだろう。 さて、このような条件をいずれも満たすような密約など可能であろうか。

こうした他球団との契約を禁ずるような密約が結ばれているとすれば、仮に自由契約後に他球団から接触がありながら、その球団と契約を結ばず、前所属球団と再契約をしたような場合、他球団は不審に思うだろう。再契約の内容が他球団の提示した条件よりも低かったり、自由契約になった選手が本来であれば自由契約になるとは考えられず、自由契約になっていなければ確実にプロテクトされているような選手であったりすれば、このような不審は強まるだろう。このような場合、他球団から再契約について異議が申し立てられる(野球協約61条)可能性もあり、調査の結果、密約の存在が露呈してしまう可能性もある。この点から、自由契約になっても他球団と契約を結ばずに再契約するとの密約を結ぶことはリスクに見合わないと思われる。

また、自由契約になっても他球団と契約を結ばずに再契約するとの密約は選手側にとって一方的に不利な内容である。自由契約になれば、複数の球団と交渉をする機会があり、選手はその中で自身が1番有利と考える球団と契約することができる。このような選択権を捨ててまで、密約を結ぶことの利益が選手にはない。仮にあるとすれば、その選手が自由契約になったとしたら考えられる契約条件よりもかなり有利な条件を提示する代わりに、自由契約になっても他球団と契約を結ばずに再契約するという密約をすることだが、これをすれば再契約の内容はその選手の能力からすれば極めて好条件ということになる。そうなれば自由契約にした理由を勘ぐられることになり、密約が露見するリスクが高まってしまう。

このように自由契約になっても他球団と契約をすることなく再契約をするとの密約は、選手や球団が自己の利益を守ろうとそれなりに合理的な行動をとる限りは考えがたい。


「再発防止策」をとった場合の弊害


以上のように、そもそも密約があったというのは考えにくいことであるが、これらがFA補償の抜け道であるという意見もある。そこで仮に再発防止策をつくるならどのようなものが考えられるか、またそれにどの程度の効果があるのかも検討してみた。

まず、考えられる方法として、自由契約とした選手に対して、前所属球団が再契約を結ぶことを禁止するという方法が考えられる。しかし、仮に自由契約となった選手に対して前所属球団以外の球団が契約を結ぶ意向がなかった場合、再契約が禁止されれば引退を余儀なくされることになる。これは弊害が大きい。これまでにも所属していた球団から自由契約になった後に、他の球団から声がかからずに、前所属球団と再契約をした例は存在する[1]。

また、減額制限を超過する年俸額を提示された選手が自由契約を選択したが、結果的に他の球団からの声がかからずに、前所属球団と再契約するという事態も考えられる。自由契約となった選手に対して、前所属球団との再契約を禁止することは、本来であれば翌年もプレーすることができた選手が引退を余儀なくされるという大きな弊害を伴うものである。

こうした弊害は、自由契約となった選手が所属していた球団が、FAで選手を獲得した場合のみに適用するとしても同様である。選手にしてみれば、所属していた球団がFAで選手を獲得するか否かといった自身には決定できない事項により、不利益を負うことになるとすれば極めて不当である。

また、自由契約とした選手と再契約した場合には、その選手も人的補償の対象に含めるという方法も意味がない。そのようなルールがあったとしても、人的補償の手続きが完了した後に再契約をすれば、容易にこの問題を回避することができるため、有害無益だ(これは自由契約とした選手と再契約した場合には、人的補償の対象から外せる選手を再契約した選手の数だけ減らすとしても同様である。)。

再発防止策は不要である上に、考えられるような方法ではいずれも弊害が大きいか、またはルールを設けたとしても無意味なものである。


より確実に「プロテクト逃れ」をする方法はほかにも存在する


なお、人的補償の対象となる選手を減らす方法はほかにも存在する。

まず考えられるのは、自由契約ではなく、任意引退になってもらい、任意引退の公示から60日以上が経過し、翌年の1月31日以降に復帰の手続きをとる(野球協約77条1項)という方法だ。任意引退の場合には自由契約と異なり、原則として他球団と契約をすることができない(野球協約66条1項、68条1項、2項)。このため、自由契約にした場合と異なり、選手が球団との密約を反故にして、他球団と契約するリスクは存在しない。任意引退は選手の意思によるもので、球団から一方的に任意引退とすることはできない。このため、選手が球団の意を酌んで任意引退を選ぶことは通常であれば考えられない[2]。

他にもFA権を有する選手であれば、FA権を行使してもらい、再契約をするという方法も考えられる。FA権を行使した選手も、いったんは球団の支配下選手ではなくなるので、人的補償の対象からは外れることになる。しかしFA権を行使すると、再取得までに最低でも4年間がかかる(FA規約5条)ので、通常であれば行使するタイミングを慎重に選択する[3]。

以上のような方法は、通常の判断能力を持つ選手であれば、現実に行われることは考えがたいが、密約を結ぶということに同意するような選手であれば、実行されたとしてもおかしくはないだろう。仮にその程度の判断能力しか持たない選手であれば、球団はより確実なこうした方法を選ぶだろうが、実際にはなされていないことからも、「プロテクト逃れ」の意図がなかったことがうかがわれる。


まとめ


以上のとおり、自由契約となり球団の支配下から外れた選手を人的補償の対象としないことによる、相手球団(今回のケースであれば西武や広島)への不利益は存在せず、また自由契約となった後に他球団と交渉・契約を行わずに再契約するとの密約が結ばれていることは通常の判断能力を持つような選手・球団であれば考えがたい。また同じような事態を防ぐための方策も弊害が大きいといえる。

上原との再契約後、読売からは球団の功労者である内海哲也と長野久義が人的補償で流出した。これらの状況からも、ベテラン選手が、他球団へと流出することをある程度容認していたと考えられる。

上原についても、昨季の年俸2億円から今季5000万円での再契約(いずれも推定)と、通常の契約更改であれば減額制限を超過する大幅な減額を行っている。故障により今季もプレーができるか不透明であったことから自由契約とし、他球団からのオファーもなく、故障についても回復が見込まれたことから再契約に踏み切ったのだろう。この考え方が他のベテランに対する態度とも整合する。

密約があったとの意見も多く見られるが、そうした可能性が乏しいことは明らかである。


[1]坪井智哉、多田野数人(ともに日本ハムと再契約)、川上憲伸(中日と再契約)など

[2]ただし、コミッショナーが選手の復帰を正当なものと判断せずに復帰申請を受理しない可能性はある(野球協約76条)。

[3]なお、FAで選手を獲得した球団にもFA宣言をした選手がおり、最終的にはFA宣言をした選手が残留することになった例は過去に存在する。この場合も、結果から見れば、FA宣言をした選手をプロテクトせずとも人的補償の対象とはならなかった。しかし、FAとなっている選手はどの球団とも契約ができる点は補償の有無を除けば自由契約と同様である。また、球団の都合に合わせてFA宣言をし、自らの権利を捨てるようなことは、通常であれば考えがたい。


参考文献等 「日本プロフェッショナル野球協約2017」<http://jpbpa.net/up_pdf/1523253145-022870.pdf>>(参照2019-1-15)
「フリーエージェント規約(2009年版)」<http://jpbpa.net/up_pdf/1284364512-578244.pdf>>(参照2019-1-15)

市川 博久(いちかわ・ひろひさ)/弁護士 @89yodan
学生時代、知人が書いていた野球の戦術に関する学術論文を読み、分析に興味を持つ。 その後『マネー・ボール』やDELTAアナリストらが執筆したリポートを参考に自らも様々な考察を開始。『デルタ・ベースボール・リポート2』にも寄稿。

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