2018年の日本シリーズ、MVPには6つの盗塁阻止を記録した甲斐拓也が選ばれた。このような事態は対戦相手である広島が何度盗塁を刺されようとも、盗塁を仕掛け続けたことによって生まれた。この作戦は当然攻撃面で大きな損失となった。しかし一方で、盗塁でアウトになったとしても仕掛けること自体が相手の警戒につながるため、攻撃面で有利にはたらくとの意見もある。この意見にはどれほどの妥当性があるのだろうか。それを確かめるため、一塁走者が盗塁の多い走者のときとそうでないときで打者の成績がどのように変化するかを調べた。

盗塁の多い選手が一塁走者となったときの球種の変化


まず打者の前に、守備側の変化を考えてみたい。守備側が一塁走者の盗塁を警戒している場合、ストレートの割合が増えるという話をよく聞く。だが実際にどの程度の差が出るのかは聞いたことがない。まずは一塁走者が盗塁の多い走者のときとそうでないときでストレートの投球割合がどのように変化しているかを調べてみたい。 対象にしたのは2015年から2018年までの4シーズン。それぞれの年度で20盗塁以上した走者、15盗塁以上した走者(20盗塁以上の走者を含む)、14盗塁以下の3種類に分け、それらの走者が一塁にいるとき(走者一二塁、一三塁、満塁は含まない)のストレートの割合の変化を整理した(表1)。


どのシーズンも一貫して15盗塁、20盗塁以上の走者が一塁にいるときは、14盗塁以下の場合に比べストレートの投球割合が高くなっている。4シーズン合計のストレート投球割合は、14盗塁以下の走者のとき46.0%なのに対し、20盗塁以上の走者のときは49.5%。やはり盗塁の多い走者が一塁にいる場合にはストレートの割合が高くなるようである。 また投手が盗塁を警戒してクイックを多用することで、球速に影響があることも考えられる。ストレートの平均球速についても調べてみた(表2)。


盗塁が多い一塁走者の場合、ストレートの平均球速はやや遅くなる傾向がある。しかし最も差があるものでも0.5km/hとそれほど大きな差は出ていないようだ。 球種割合や球速に劇的といえるほどの変化はなかったものの、小さな変化はあるため、シーズンレベルで見ると打撃成績に影響を与えている可能性があってもおかしくはない。


盗塁の多い選手が一塁走者となったときの打撃成績の変化


続いて、盗塁の多い一塁走者のときにどの程度打撃成績に変化が起こるのか、本題に入っていく。打者が打席あたりにどれだけのはたらきを見せているかを表すwOBA(weighted On-Base Average)を走者の盗塁数別に見てみよう(表3)。


一塁走者が20盗塁以上のケースは年度ごとに600~1500打席程度。それほどサンプルサイズが大きくなく、ばらつきもあるため年度ごとにやや結果が異なっている。しかしどの年度も総じて走者の盗塁数が多い場合のwOBAが高いようである。4シーズンの合計では20盗塁以上の走者で.347、15盗塁以上の走者で.350に対し、14盗塁以下の走者では.331とwOBAで.016から.019ほどの差がある。これは1000打席に換算すると12点から16点ほどの得点差に変換できる。こうしてみると、走者の盗塁数によってそれなりに差が出ているようにも思える。


盗塁が多い一塁走者をおいた打席は上位打線に多い


もう一度表3の結果について考え直してみたい。盗塁数が多い一塁走者のとき、打撃成績が上昇するという結果だったが、そもそも盗塁が多い打者のときにレベルの高い打者が打席に多く入っているという可能性はないだろうか。各シーズンの盗塁数ランキング上位を見てみると、1番や2番、3番の打順に入る選手が多く、4番以降に入る選手は少ない。必然的に盗塁数の多い走者が一塁にいる場合、打撃成績の良い上位打線の打者が打席に立つことが多いはずだ。 そこで、走者別にどの打者が何打席たっているかを調べ、それぞれの打者のwOBAを打席数に基づいて加重平均{例えば、.350の打者が2打席、.300打者が3打席なら、(.350×2+.300×3)÷5=.320}を行った。表4がその結果だ。


これを見るとどの年度も、盗塁数が多い走者が一塁にいるときはwOBAの高い打者の打席が多いことがわかる。盗塁数の多い走者が一塁にいる場面はそもそもレベルの高い打者の打席が多いのだ。表3は一見盗塁の多い選手を一塁走者とした場合良い打撃成績を残しているデータに見えたが、錯覚だったようである。


打者のレベルを合わせる補正を行うと?


こうした打者のレベル差を均すためここでは補正を加える。以下はその計算方法だ。

まず一塁走者が20盗塁以上の場面でのwOBAの平均値を、走者が14盗塁以下の場面でのwOBAの平均値で割る。4シーズンの合計で見ると、20盗塁以上のwOBAは.331、14盗塁以下のwOBAは.314なので、

.331÷.314=1.053

20盗塁以上の一塁走者がいる際の打者の得点能力は5%ほど高かったことがわかる。

そして、この数値で走者が20盗塁以上の場面での実際のwOBAを割れば、打者のレベル差を補正することができる。20盗塁以上の実際のwOBAは.347なので、

.347÷1.053=.329

となる。同じ計算を走者の盗塁数が15以上の場合や他のシーズンについても行った結果をまとめたのが次の表5である。


表3では盗塁数が多い一塁走者ほど打撃成績が上昇する傾向があったが、補正を行うと一塁走者の盗塁数による打撃成績の差はほとんどないことがわかる。

4シーズン合計の15盗塁以上と14盗塁以下で比べるとwOBAで.005ほどの差があるが、20盗塁以上で見ると14盗塁以下の場合よりwOBAは低くなっている。走者の盗塁数が多いとバッテリーが警戒し、打者の成績が向上するという関係は見出しがたい。

wOBAにおける.005は、1000打席で4得点ほどの得点力差と考えることができる。これだけの変化があるのであれば、無意味とはいえないとの反論もあるだろう。しかし、この1000打席というのは、1つのチームが1シーズンで経験する走者一塁の打席数に近い数字である。すべての走者を15盗塁以上の走者にするという非現実的な仮定をしたとしても、この程度の得点差しか生まれないのである。

想像してみてほしい。走者一塁のときにすべての走者を15盗塁以上にするというのは、成功率を度外視して盗塁を仕掛けることや他の能力を軽視して、盗塁する能力を偏重し選手を起用するということでしか、達成できないであろう。そのようなおよそ合理的とは言いがたい仮定をした結果でも4点という数字なのである。現実に考えられるような采配や起用をとる限りは、その4点というわずかな数字よりもかなり低い結果しか得られないだろう。

だが、ストレートの投球割合や球速が変化しているという傾向は見られたにもかかわらず、打者に与える影響がほとんど見られないことを不自然に思う人もいるだろう。 しかし、ストレートの投球割合は変化しているとしても、その差はせいぜい3%から5%程度である。これが10%以上も変わってくるのならばともかく、1打席の投球数を考えれば、この程度の差で配球を読みやすくなる効果はほとんどないのではないかと思われる。また平均球速が低下するといっても、0.5km/h以内ではそれほどの影響がないのだろう。

したがって、ストレートの投球割合に変化が見られたとして、その効果が打撃結果に反映されないことも決して不自然ではないと考えられる。


「数字に表れない効果」を過大視することは真実を見誤る


野球のデータ分析において盗塁の価値や効果について検証する際はまず盗塁の成功、失敗に基づいて得点換算を行った数字を用いる。これに対してしばしば「盗塁を仕掛けることで相手が警戒し、そのことが有利に働く可能性がある」、「アウトになったとしても盗塁を仕掛けることで数字には表れない効果がある」といった批判がなされることがある。

しかし、そのような効果は存在すること自体十分な裏付けがあるものではない。そして仮に存在するとしても、その効果は極めて小さいようだ。今回検討してきたように「数字には表れない効果」をできる限り数字で表してみても、「数字に表れた効果」には到底及ばない結果となった。

盗塁のケースに限らず野球において「数字に表れない効果」という言葉はたびたび使われる。そして、そのような効果が存在する可能性自体は否定できない(存在することが裏付けられなくても、存在しないことの裏付けがなされない限り)。しかし、存在すると仮定しても、その影響がすでに数字で表すことができた効果と比較してどの程度の大きさを持つか、という視点は極めて重要である。

野球を巡る議論において、我々は「数字に表れない効果」をすでに定量化されている数字よりも大きいか、あるいは小さいとしても考慮される程度の大きさであると考えがちである。しかしそのような考え方は真実を見誤らせる。「数字に表れない効果」を免罪符にすることなく、それらの効果を定量化して、同じ土俵で比較できるようにすることが、野球の発展のためにより有意義であると考える。



市川 博久(いちかわ・ひろひさ)/弁護士 @89yodan
学生時代、知人が書いていた野球の戦術に関する学術論文を読み、分析に興味を持つ。 その後『マネー・ボール』やDELTAアナリストらが執筆したリポートを参考に自らも様々な考察を開始。『デルタ・ベースボール・リポート2』にも寄稿。

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