日本ハムは11月26日、今季MLBで22試合に登板したドリュー・バーヘイゲンとの契約合意を発表した。MLBでは一部の試合を除いてトラッキングデータが取得・公開されている。今回はこのデータを使い、ボールの変化量やリリースのデータだけでなく、ボールの軌道を算出。打者がスイングするかどうかを判断する“コミットポイント”で各球種がどのように見えるかをビジュアル化し、バーヘイゲン活躍のポイントを確認する。

ボールの変化(対右打者編) シュートしない速球、変化の大きいスライダー・カーブ


バーヘイゲンの各球種の投球割合、平均球速、変化量などのデータを見ていく。まずは右打者に対しての投球を見ていこう。バーヘイゲンは右投手なのでこの場合右対右となる。

pict
pict
・ストレート()と2シーム(

まずは速球系の球種であるストレートと2シームから見ていこう。この2球種の平均球速はともにMLB平均レベルにあたる150km/h前後(表1)。だがストレート自体の投球割合は9.1%と非常に少ない。2シームは39.7%を投じていることからも、バーヘイゲンはこの球種を中心としたシンカーボーラーであることがうかがえる。

その2シームの変化を見てみよう。図1はボールが回転せず、重力のみがはたらいた場合の変化を0とした場合、各球種がそれに比べどのような変化を見せるかを表したものだ。左に向かうほどに三塁側に、上に向かうほど上空方向に変化すると考えてほしい。円形は各球種のMLB平均変化量、歪んだ形をしているのがバーヘイゲンの各球種の変化量である。

バーヘイゲンの2シーム()はMLBの平均的な2シーム()に比べ、ボール1個分(約7.5cm)シュート変化が小さいようだ。ただ表1を見ると打球角度は0度を下回っており、変化は大きくないもののゴロになりやすい特徴を持っていることがわかる。

表1にあるxwOBAとは、三振・四死球・打球速度・打球角度の発生状況から、打者が打席あたりでどれほど得点増につながりやすいパフォーマンスを見せたかを推測する指標だ。総合打撃指標 wOBAが打席結果の集計で打者の貢献をはかるのに対し、xwOBAはどのような打球を放ったか自体を評価している点で異なる。投手の視点から見ると低いほど優れていると考えられる。

さらに今回はバーヘイゲンの各球種に球速・変化量が近い投球グループの平均xwOBAを「期待値(※1)」として併記している。xwOBA(実測値)自体が予測の値なのでややこしいが「予測した値の期待値」ということである。期待値は球速、変化量のみで算出した「球威」とも考えられ、期待値に比べ実測値がよければ、球威以上に球種を有効活用できていると見ることができる。

ストレート、2シームの球速や変化量は平均値付近ということもあり、xwOBA期待値も右投手vs右打者の速球平均値(2シーム.336/ストレート.354)に近い。ただ2シームは期待値(.343)よりも良い実測値(.300)を記録している。右打者に対しては、2シームの球速・変化量から予想されるよりも良いはたらきを見せていたようだ。球威以外、例えば制球や配球、球種の組み合わせなどでより効果を高めていたのかもしれない。

・スライダー(

右打者に対して、35.1%と2シームの次に多く投じている球種だ。平均136.4km/hとスピードはMLBのスライダーの平均程度。図1の変化量に注目すると、変化量0に比べボール3個分、MLB平均(14cm)と比較するとボール1個分横に大きく変化する。縦にも沈むため、変化量で空振りを奪える球種といえる。xwOBA期待値は.248と右投手vs右打者のスライダー平均値(.259)よりも良好だが、実測値は.302と球威ほどの結果が出ていない。

・カーブ(

カーブは図1を見てもわかるように非常に落差が大きい。Whiff%(空振り/スイング)も34.5%と高く、またバットに当たった場合の打球速度も123.3km/hとひときわ遅い。打球角度が低くなる球種の代表であるカーブとしては打球角度が高い点が気になるが、そもそもバーヘイゲンの右打者に対してのカーブは13個しか打球が発生させていない。サンプルサイズが小さいため、打球速度・角度に関しては参考程度に留めておきたい。

図1の全体のバランスを見ると、2シームとカーブの回転・変化方向がほとんど反対になっている。ここ最近、米国の研究で提唱された“ スピンミラーリング”と呼ばれる球種のコンビネーション効果を発揮できるかもしれない。

このほかにバーヘイゲンはチェンジアップも持ち球としているようだが、昨季の投球数が6球と非常に少ないため、今回の分析対象からは除いた

(※1)xwOBA期待値の算出方法は以下の通りである。
1.投手の左右/打者の左右を分類する。
2.球速:3km/h、変化量:7.5cmごとにグループ化する。
3.各グループの平均xwOBAを「xwOBA期待値」とする。
この期待値は、球速/変化量のみを基準とした場合の球威と言い換えられる。

ボールの変化(対左打者編) スライダー・カーブの変化は左打者にも効果的


次に左打者に対しての球種を見ていく。

pict
pict
・ストレート()と2シーム(

速球に関して、球速・変化量は対右打者時とほとんど同じだ。しかし打者との対戦結果は違っている。右打者との対戦時に14.3%あった2シームのWhiff%(空振り/スイング)は3.7%にまで大幅減。打球速度/角度についても、右打者に対しての145.0km/h/-0.7°が、左打者に対しては146.2km/h/6.6°。打球速度が速くなり、角度もつくようになってしまっている。

右投手の2シームは一般的に右打者よりも左打者に打たれやすい傾向があるが、バーヘイゲンも例外ではないようだ。それを考慮してか、右打者に対して9.1%と少なかったストレートを左打者との対戦時は17.0%まで増加させている。実際、右打者に対するストレートのxwOBA期待値(.355)は2シーム(.396)に比べて良いため妥当な判断だが、実測値は.401と期待値ほどの結果を残していない。投球割合自体が多くないため断言はできないが、左打者に対するストレートに課題を抱えている可能性がある。

・スライダー(

スライダーはまずWhiff%(空振り/スイング)から見てみよう。右打者に対し38.5%だったWhiff%は、左打者に対しても37.2%。2シームとは対照的に、スライダーは左打者に対しても空振りを奪えていた。xwOBA期待値も.258と低く、十分な球威を示している。しかし、対右打者と同様にxwOBAの実測値は芳しくない。2019年のバーヘイゲンは、対左右ともにスライダーの球威を活かしきれていなかったようだ。

・カーブ(

Whiff%は対右打者の34.5%に対し33.3%。スライダー同様、カーブも左打者から高確率で空振りを奪っている。カーブとしては大きい打球角度は打者の左右を問わず確認できる。球速/変化量以外の要素が影響を与えているのかもしれない。


投球軌道の特徴(対右打者編) 2シームは安定。スライダーの制球が活躍のカギ

 

ボールの変化の次は、軌道について見ていく。 Baseball Savantで取得できるトラッキングデータにボールの軌道を示すものはないが、リリースポイント、初速度、加速度などを組み合わせることで算出が可能となる。興味がある人は筆者が『デルタ・ベースボール・リポート3』に寄稿した「新しいストライクゾーンの導入」を参考にしてほしい。

トラッキングデータには投手がリリースした瞬間である「①リリースポイント」と「③ホームプレート」での情報が取得できる。だがボールの軌道を推測することで、その中間に「②コミットポイント」という箇所を設け、その位置での情報を推定した。「コミットポイント」とは、リリースのあと打者がスイングするかどうかを判断するとされているポイントのことだ。

さらにこの②コミットポイントには、仮想的に縮小したストライクゾーンも設置した。これを「プレゾーン」と呼ぶ。コミットポイント上でプレゾーンを通過し、ホームプレート上でボールゾーンに来るような投球が高い効果を上げることは「新しいストライクゾーンの導入」で検証済みだ。いわゆるストライクからボールになる投球である。

今回はこの①リリースポイント、②コミットポイント、③ホームプレートのそれぞれの地点で、バーヘイゲンの各球種がどのような傾向を見せているかをリポートする。

pict
pict
①リリースポイント

リリースポイントから見ていこう。図3を見ると、投球割合の高い2シーム()とスライダー()のリリースポイントが重なっている。比較的位置が低い2球種だ。近いリリースポイントから投球されているため、リリース時点での球種の判別は難しいと推測される。一方、カーブ()は、ほかの3球種に比べると高い位置でリリースされている。

どの球種においてもリリースポイントで左右の散らばりが大きいが、これはシーズン前・後半ではっきり分かれていた。シーズン後半はどの球種においてもリリースポイントがマウンド中央寄りに変化しており、シーズン中にリリース位置、あるいはプレート位置などの調整を行ったことがわかる。常にこれだけリリースをズラして投げているわけではない。

②コミットポイント

次に打者がスイングするかどうかを判断する②コミットポイント上での球種情報を見ていこう。前述したように点線でプレゾーンの情報も加えている。枠を通過すると打者のスイングを誘発しやすい。

バーヘイゲンの投球は、カーブ()以外はおおむねプレゾーン付近に集まっている。スライダー()は右打者の外角いっぱいからそれほどはみ出ておらず、スイングを誘発しやすい軌道だ。外へ逃げるカーブや高めに浮くカーブは点線枠を外れており、ボールゾーンでのスイングを期待しづらい。

③ホームプレート

ホームプレート上を見ると、真ん中から内角低めにかけて2シーム()が積極的にストライクゾーン内へ投球されている。バラつきも少なく、制球が安定している様子がうかがえる。スライダー()はストライクゾーン中心付近の投球も多く、2シームに比べると制球に不安が残る。ボールゾーンスイング率の実測値を見るに、ボールゾーンにコントロールされたスライダーは期待値通りにスイングされている。スライダーを制球できるかどうかは対右打者のキーポイントとなる。


投球軌道の特徴(対左打者編) ストレートの制球に課題も、バックドアの変化球が特徴的

 
pict
pict
①リリースポイント

2シーム()・スライダー()、ストレート()・カーブ()が、それぞれ近いリリースポイントから投球されている。対右打者時に比べてもはっきり分かれた印象だ。見極めが得意な左打者であれば、リリース時点で球種を2つに絞れる可能性がある。対右打者と同様、カーブのリリースポイントはほかの球種よりも若干高い。

②コミットポイント

対右打者と比較するとバラつきが大きい。プレゾーンからはみ出る、打者がスイングを控える軌道の投球が多い。特にストレート()は高めやインコース側でプレゾーンを大きく外れる、ボールゾーンでスイングされにくい軌道である。

ただしスライダー()やカーブ()がプレゾーンから大きく外れているのは悪いことばかりではない。コミットポイントではボールに見えるが、ストライクゾーンに入ってきて見逃しストライクを期待できるという利点がある。いわゆるバックドアと呼ばれる投球だ。

③ホームプレート

積極的にストライクゾーン内へ投球する2シーム()の傾向は対右打者と同様だが、スライダー()は右打席側への投球が増加している。スライダーのストライクゾーンスイング率は非常に低く、バックドアの効果を発揮していたようだ。また、対左打者ではストレート()の割合が増加しているが、高めやインコースへ大きく外れるストレートがカウントを悪化させていた。空振りを奪える変化球を活かすためにも、左打者への対応はストレートの精度が重要となりそうだ。


まとめ

 

2019年のバーヘイゲンは、150km/h前後の2シームを主体に、横に曲がるスライダーと落差の大きいカーブを織り交ぜる投球を行っていた。タイプとしてはシンカーボーラーである。

ボールの軌道を用いた分析では、右打者に対して有効な投球を期待できる一方、左打者に対しては制球の課題を確認した。それぞれの球種の球威はMLB級の投手であることは間違いない。左打者への対応次第ではNPBでエース級の成績を期待できるポテンシャルを持った投手である。


参考


今回使用したMLBのデータはすべてMLB Advanced Mediaが運営する Baseball Savantから取得している。(最終閲覧日2019年12月1日)

宮下 博志@saber_metmh
学生時代に数理物理を専攻。野球の数理的分析に没頭する。 近年は物理的なトラッキングデータの分析にも着手。
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Pocketに追加

  • アーカイブ

執筆者から探す

月別に探す

もっと見る