有名な野球漫画に「ストレートも変化しない変化球のひとつ」という台詞が存在する。一見してトンチのような意地悪にも聞こえるが、実はそれほど間違ったことを言っているわけではない。実際のストレートは変化する変化球である。ノビのあるストレート、シュートするストレート、垂れるストレート、綺麗なストレートなど、ストレートの変化を表す形容詞は枚挙に暇がない。ストレートが単に直進する球種でない事は、ある程度共有された認識と言えるだろう。

速球は変化する

ストレートの変化が与える効果については『デルタ・ベースボール・リポート2』の「トラックマン(Trackman)を活用したストレート変化量の研究」で一部紹介したが、今回は対象をストレートに限定せず、シュートする速球、いわゆる2シーム(あるいはシンカー)を含めた速球全体の変化について、2019年にMLBで取得されたStatcastのデータを使用して分析する。

議論の前提として、速球がどのように変化するか確認しておこう。図1-1は2019年のMLBでストレートまたは2シーム(シンカー)と判定された速球の変化量分布である。赤色がストレート、橙色が2シームの分布で、色が濃い領域に投球が集中していることを示す。

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横変化量はマイナスがシュート方向への変化、プラスがスライダー方向への変化を表している。この変化量は回転によるボールの移動距離で、縦変化量が0のボールであれば縦の変化は重力による自由落下と同等である。

一般には回転による縦変化よりも重力の方が大きいため、ほとんどすべてのボールは多かれ少なかれ落下している。したがって、縦変化量とは沈みにくいか沈みやすいかの差である。

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さて、一般的なストレートは10cmから30cmシュート変化し、自由落下より35cmから45cm沈まない速球である(表1)。ストレートは横変化量よりも縦変化量の方が大きく、縦変化量よりも横変化量のバラつきが大きい。

一般的な2シームは30cmから45cmシュート変化し、自由落下より15cmから35cm沈まない速球である。2シームは縦変化量よりも横変化量の方が大きく、縦変化のバラつきが大きい。

また、ストレートと2シームが重なる領域も存在する。この領域の速球はおおむね横変化量と縦変化量が一致している。

変化量の具体的な効果

次に、速球の変化量がどのような効果を発揮しているのか、変化量別の成績から確認しよう。ここでは、①空振り、②打球角度、③打球速度、④xwOBAがストレート・2シームの変化量によってどのように変わるかを見ていく。

①空振り

図2-1は速球の変化量別に算出したWhiff% (空振り/スイング) のヒートマップである。各プロットは縦横の変化量を7.5cmずつ区切った点で、おおむねボール1個分の差を表している。赤くなっているほど空振りが発生しやすく、青くなっているほど発生しにくいことを示す。

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これを見ると縦変化量が大きい速球ほど空振りを奪いやすい傾向が明確に表れている。特に45cm以上の縦変化量を持つ速球はその傾向が顕著である。縦変化量が小さくなるほど速球での空振りを期待しづらいが、縦変化量が10cm以下の速球は若干青い色が薄まっている、つまり空振りが増加している。おそらくバットの下を通過する空振りが発生しているのだろう。

この結果から、速球においてはボールがバットの下を通過する空振りよりも、バットの上を通過する空振りが発生しやすい傾向が垣間見える。

②打球角度

①空振りと同様に、変化量別の打球角度を確認しよう(図2-2)。赤くなっているほど打球に上向きの角度が、青くなっているほど下向きの角度がついていることを示す。

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こちらも空振りと同様に、縦変化量によるコントラストが形成されている。縦変化量と打球角度が綺麗に比例しているようだ。さきほどの空振りでは縦変化量10cm以下で少し空振りが増えていたが、こちらは非常に沈む2シームであっても打球角度は上昇していない。沈まないほどバットの上に当たりやすい、という直感的にもシンプルな傾向と言える。

③打球速度

これまでと同様に、変化量別の打球速度を確認する(図2-3)。こちらは赤くなっているほどに速い打球を打たれていることを示す。

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空振りや打球角度とは異なり、打球速度の差は横変化量によって生まれている。横変化量が非常に大きい、あるいは非常に小さい速球は打球速度が小さい傾向にある。特にシュート変化が非常に小さい、あるいは若干スライダー変化する速球は非常に弱い打球を誘発しているようだ。ストレートと2シームの中間付近、横変化量が20cmから25cm程度の速球は、打球速度の面で投手に不利である。

④xwOBA

最後に変化量別のxwOBAを確認する。xwOBAとは三振、四死球、打球角度、打球速度から算出されるwOBAの期待値を示す指標で、数字が大きいほど得点につながりやすい=打者有利=投手不利なプレー結果と評価できる。①~③のそれぞれの傾向を総合した評価と考えてもらえればよい。投手視点であれば、青色のプロットほど有効な速球と考えられる。

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最も投手有利な速球は、縦変化量が45cm以上の速球、または縦変化量が15cm以下の速球である(図2-4)。伸びのあるストレートや、大きく沈む2シームが該当する。

逆に、最も投手不利な速球は、ストレートと2シームの中間に近い速球、沈む/シュートするストレートや沈まない/シュートしない2シームである。この速球は空振りを奪いにくく、打球速度も大きいため、平均的な変化量よりも打者に有利な結果を発生させやすい。

投打の左右で変化量による影響はどのように変化するか

ここまでは投打の左右を区別せず傾向を分析した。しかし実際は投打の左右によって打者が認識する変化は異なる。例えば右投手の2シームであれば、右打者に対してはインコースへ食い込む変化となり、左打者に対してはアウトコースへ逃げる変化となる。これを踏まえて、ここからは横変化についてインコース/アウトコースの違いに着目した分析を行う。

右投手vs右打者、左投手vs左打者をグループ1
右投手vs左打者、左投手vs右打者をグループ2

として分類した結果をそれぞれ示す。さきほどと同じように空振りから順に確認していく。以降のグラフはすべて捕手目線で、左投手の場合は左右を反転しているものと見ると理解しやすい。

①空振り

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投打の左右グループ別に分類した場合、縦変化量だけでなく横変化量も空振りに影響を与えている様子を確認できる(図3-1)。

グループ1(右vs右/左vs左)ではシュート変化が小さいほど空振りが増加し、グループ2(右vs左/左vs右)ではシュート変化が大きいほど空振りが増加している。両者に共通しているのは、アウトコースへ逃げる変化という点だ。捕手から見て、右打者であればバットの右上、左打者であればバットの左上を通過する変化の速球が、特に空振りを量産している。

ただし、速球で空振りを増やすためには一定以上の縦変化量が必要であるようだ。35cm前後の縦変化量が、空振りを奪えるかどうかの閾値となっている。

②打球角度

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打球角度も空振りと同様、投打の左右を分類すると横変化量の影響力が表れる(図3-2)。アウトコースへ逃げる変化は打球角度が大きくなりやすく、インコースへ食い込む変化は打球角度が小さくなりやすい。空振りの傾向とあわせて考えれば、アウトコースへの変化はバットの上を通過しやすく、インコースへの変化はバットの下を通過しやすい傾向を類推できる。

グループ2(右vs左/左vs右)では縦変化量が同程度であれば、シュート変化が大きい2シームよりも、シュート変化が小さいストレートの方が低い打球角度、ゴロになりやすいことがわかる。

③打球速度

左右を区別しない場合と比較して、打球速度の傾向はガラリと変わる(図3-3)。

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グループ1(右vs右/左vs左)では大きくシュートする速球の打球速度が非常に小さいが、グループ2(右vs左/左vs右)ではシュート変化が小さいほど打球速度が低下する。どちらもインコースへ変化する速球であり、打者の懐を抉る変化が弱い打球を誘発させている。どちらのグループにおいても、20cmから25cmの横変化量が打球速度の境界となっている。そのような速球は左右の区別なく強い打球を打たれやすいリスクを抱えている。

④xwOBA

①~③で左右の分類で諸々の傾向に変化が起こった結果、当然xwOBAの傾向も変化する(図3-4)。

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グループ1(右vs右/左vs左)では、最も投手優位な速球は大きくシュート変化して沈むものだ。弱い打球やゴロが増えやすく、より安全な打球を打たせる性質が主要因となっている。空振りを期待できる縦変化量の大きい速球も投手優位だが、前者は安全圏が広い点にアドバンテージがある。

対照的に、グループ2(右vs左/左vs右)では縦変化量の大きい速球が圧倒的に優位である。空振りを奪いつつ強い打球を許さない性質が決定的な差として表れている。アウトコースへ変化する沈む速球は、空振りを奪えず強い打球を打たれてしまうため、扱いどころが難しい。

どちらのグループにおいても、ストレートと2シームの中間付近の速球は打者優位となっている。中途半端な変化の速球は、平均的なストレートや2シームよりも打たれやすいということだ。

球速が変化量の効果を浮き彫りにする

最後に、投打の左右に加えて球速の影響を加味した効果を確認しよう。以下の図4では上側が150km/h未満、下側が150km/h以上の速球を示している。

①空振り

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当然、速い速球ほど空振りを奪いやすい(図4-1-1、4-1-2)。どちらのグループにおいても150km/h以上の方が圧倒的に空振りを奪っている。ただし縦変化量が大きく、アウトコースへ変化する速球であれば、遅い球速であっても平均以上の空振りを期待できるようだ。球速によって全体の傾向に大差はないが、速い速球ほど変化量の効果をより発揮しやすいと言える。

②打球角度

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打球角度については、空振りほど顕著に球速の影響が表れていない(図4-2-1、4-2-2)。速い方が打球角度は若干小さくなりやすいが、球速よりも縦変化量の影響が大きいようだ。

③打球速度

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打球速度についても横変化量主体の傾向は変わらないが、インコースへ食い込む変化で球速の恩恵を受けやすい(図4-3-1、4-3-2)。球速に関わらず、インコースへの変化は弱い打球を誘発しているが、速い速球ではより顕著な傾向が表れている。グループ1(右vs右/左vs左)では2シーム、グループ2(右vs左/左vs右)ではストレートの打球速度が低下しやすい。一方、アウトコースへ変化する速球は、球速に関わらず強い打球を発生させやすい。

>④xwOBA

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どのような変化であっても、球速が大きい方が投手優位な打席結果となりやすい(図4-4-1、4-4-2)。およそ速球という球種については、球速が大きな影響力を持っているようだ。

特に投手優位なのは、縦変化量が大きく速い速球である。グループ1(右vs右/左vs左)、グループ2(右vs左/左vs右)ともに打者を圧倒し、左右を問わず投手に有利な打席を発生させている。

縦変化量が小さい速球はグループ1において非常に強力だが、グループ2では優れた球速であっても打者を崩しきれない速球となってしまう。球速を出せる投手であれば、2シームよりストレートの方が有効となる場合が多いようだ。ただし、2シームは球速が遅い場合であってもグループ1で威力を発揮する。怪我や加齢で球速が低下した投手であっても、2シームが活路を切り拓く武器となり得るということだ。

ストレートと2シームの変化量は両立が難しい?

以上の結果から、縦変化量の大きいストレートと縦変化量の小さい2シームを併用できるなら、それは理想的な速球の組み合わせと言える。しかし、両者を共存させるのは容易ではない。多くの投手において、ストレートと2シームの変化量は連動するためだ。2019年のMLBで、ストレートと2シームを200球以上投じた投手97名についてストレートと2シームの変化量を比較すると、両者の変化量は非常によく相関する(図5-1、5-2)。

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つまり、横変化量の小さいストレートを投げる投手は2シームの横変化量が小さい傾向にあり、縦変化量の大きいストレートを投げる投手は2シームの縦変化量が大きい傾向にある。当然、逆もまた然りである。縦変化量の小さいストレートや、縦変化量の大きい2シームは打者優位となりやすいため、速球の変化量が突出した投手であれば、速球のバリエーションを増やす必要はないのかもしれない。逆に、平均的な変化量の速球を投げられる投手であれば、ストレートと2シームの両方について一定の変化量を期待できる。併用がメリットとなる可能性も見えてくる。

ただし、このような傾向がどの選手にも同様に表れるとは限らない点に注意したい。ここではストレートと2シームの両方を併用している投手を対象としたが、言い換えれば両方の速球を一定以上の精度で投球できる投手が残した結果である。どれだけ優れた変化量であっても、制球できなければ活用は難しい。

まとめ

ここまで、速球の効果は変化量により大きく異なることを確認した。沈まないストレートや大きく曲がる2シームは投手有利。沈むストレートや曲がらない2シームは打者有利の傾向が表れた。

この結果は決して新しいものではない。従来から耳にすることの多い俗説とおおむね一致している。このように、トラッキングデータを使った分析は必ずしも常識を覆さず、むしろ裏付けを与えることも少なくない。速い速球は打ちにくいという考え方も、スピードガンなどで球速を取得する手段を得て、初めて立証された定説である。なんとなく、といった主観を客観的に確認し、選手のプレーに説得力を与えられることがトラッキングデータの強みであり、面白さである。


※今回使用したMLBのデータはすべてMLB Advanced Mediaが運営するBaseball Savantから取得している。(最終閲覧日2020年2月8日)
宮下 博志@saber_metmh
学生時代に数理物理を専攻。野球の数理的分析に没頭する。 近年は物理的なトラッキングデータの分析にも着手。
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