前回はなぜ夏場に失点が増えるかの原理を考察したうえで、屋外球場での成績と季節の関係について検証した。どうやら気温とボールの飛び方には密接な関係があるようだ。今回は屋内球場について考察する。屋内では温度が一定に保たれているため季節とは無縁であるように思えるが、どうやらそうでもないようなのだ。

屋内球場では何が起こるか

屋内球場での「時期による得点の入りやすさの変化」はどうなっているだろうか。集計対象を屋内球場に絞り、全投手の成績から、各月の防御率と失点率を計算したのが図10である。ここでは12球団本拠地のうち、グラウンドが外気から遮断された球場を屋内球場と定義した。東京ドーム、ナゴヤドーム、京セラドーム大阪、札幌ドーム、PayPayドームの5つが該当する。

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前回紹介した屋外球場の失点率カーブ(図6)とは似ても似つかない形状となった。失点率はなんと4月がピークとなっており、7月に一度上昇するものの、4月から9月に向かって基本的に右肩下がりの傾向を示している。なぜこのような傾向を示すのだろう。屋外球場編と同じ手順で打席結果の内訳の変化を見てみよう(図11)。

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最も目を引く変化は、三振が増えて打球が減っていることだ。全打席の1%を占める打球が三振に置き換わると、理論上は3%の失点率の低下が見込まれる[12]。この効果だけで8月と9月は失点率が3%~5%押し下げられているようだ。

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打球の内訳に関しては、4月から9月にかけて一貫した変化は見て取れない(図12)。こちらも屋外球場編と同じように打球に限定したwOBAconで得点価値の推移を見てみよう(図13)。

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気温変動が小さいためか、屋外球場と比べて変化はずっと小さいようだ。打球の得点価値は5月がピークで、以降はシーズン終盤に向かって基本的に右肩下がりである。9月は4月に比べてwOBAconが.005低下しており、これは失点率を約3%押し下げる効果がある。こうした打球の得点価値の低下と三振増加の合わせ技によって、屋内球場ではシーズン終盤に得点が減少するようだ。

気温が投球に与える影響

それでは、夏になると三振が増えるのはなぜだろう。三振は発生に際して打球がほとんど絡まないため、打球の変化では説明できない。また、三振増加の度合いは屋外球場でも見られたものの最も高い6月でも0.5%と、屋内球場8月の1.3%と比べて程度は小さかった。こうした現象が起こる原因について考えていきたい。

まずは気温との関係性を整理する必要がありそうだ。空度密度の低下が打球を変化させることは屋外球場編ですでに書いたが、影響が及ぶのは打球だけではない。空気密度は投球にも変化をもたらす。投手がリリースしたボールは「重力」「揚力(マグヌス力)」「抗力(空気抵抗)」の3つの力を受けるが、マグヌス力と空気抵抗の大きさは空気密度に比例するからだ[5]。

「マグヌス力」については馴染みの薄い方もいるかもしれない。マグヌス力とはボールの回転方向・回転量に応じて、ボールの進行方向に対して垂直方向に作用する力のことで、ボールの軌道を曲げる効果がある。ストレートの浮き上がる変化や、スライダーやカーブの横に曲がる変化はこれによるものだ。気温の高い夏は空気密度が低くなるため、マグヌス力は弱くなって変化量が小さくなる。一方で、空気抵抗は減少するので投球は高速化する。

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この影響は定量化できる。まずは変化量について考えてみよう。空気のない空間で投じられたボールの軌道はかならず放物線を描くが、空気のある空間で投じられたボールの軌道は放物線に一致しない。これはマグヌス力によって軌道が放物線からずれるからだ[13]。MLBにおける一般的なストレートの場合、そのずれはホームベース上においてホップ(上)方向に40cm、シュート(利き手)方向に20cmとなる[14]。この変化量は空気密度に比例するため[15]、4月から8月にかけて空気密度が5%低下すると、変化量も5%減少する。ストレートであれば2cm沈み、シュート変化は1cm小さくなる計算だ。スライダーのような横変化の大きい変化球も、変化量が5%小さくなると考えられる。

次に球速について考えてみよう。投球はリリースから捕球までに10%減速する[5][16]。これを4月の減速量と仮定すると、8月の減速量は9.5%となる[17]。ボールが等加速度運動していると仮定すると、4月から8月にかけてリリースから捕球までの平均球速は0.3%上昇する計算だ。150km/hのストレートであれば約0.4km/h上昇する。

変化量減少は三振を減らし、球速向上は三振を増やすことにつながる。この相反する効果のどちらが支配的かを考えるには、クアーズ・フィールドのデータが参考になるだろう。Nathan[5]の同様の検討によると、同球場は海抜0m地点と比べて空気密度が18%低いため、変化量は18%低下、平均球速は1%上昇するようだ。Nathanは変化量の方が深刻な影響をもたらして打者有利になるとしており、実際の統計でもクアーズ・フィールドはMLBで最も三振を奪いにくい球場となっている[6]。この結果から類推するなら、気温上昇も三振減少を引き起こすと考えるのが自然だろう。つまり、三振増加を引き起こしているのは別の要因だと考えられる。

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気温だけでは説明できない高速化

これに関連する興味深いデータがある。全投手が記録した実際のストレートの月ごとの平均球速推移だ。

4月から8月にかけての気温上昇は球速を0.3%向上させることはすでに書いた。時期による気温変動が小さい屋内では高速化はほぼ起きないと仮定すると(打球の得点価値の傾向からすると無理な仮定ではないと考える)、屋内では全試合の40%が開催されることも考慮すれば、全体でストレートは0.3km/hほど高速化するはずだ(0.4km/h*屋外球場での開催60%≒0.3km/h)。これを踏まえたうえで、NPB全投手が記録した各月の実際のストレートの平均球速を見てみよう(図16)[18]。

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春から夏にかけてストレートの平均球速は0.8km/hほど上昇しており、これは気温の影響(0.3km/h)だけでは説明がつかない。今回は球速と三振増加の関係が定量的に整理できていないため、断言はできないものの、この気温の影響以上の球速向上が三振増加を引き起こしている可能性が考えられるだろう。

この気温以外の影響による球速向上が屋内と屋外の両方で発生すると仮定すれば、つじつまの合う仮説は立てられる。屋内では球速向上によって夏になると三振が増加する。一方で屋外でも球速向上によって三振は増加するが、気温上昇の効果(マグヌス力低下による変化量減少)がこれを一部打ち消すため、三振増加の程度は屋内よりも小さくなるのではないだろうか。

球速向上の原因については、仮説としては投手のピーキングが考えられるかもしれない。というのも、投手のコンディションは時期によって大きな波があることが知られているからだ。オフシーズンから明けたばかりの投手は、シーズン中と比べて著しく遅いボールしか投げられないが、キャンプやオープン戦の調整を通じて球速を取り戻していく。こうした調整によって、開幕戦を100%のコンディションで迎えられれば理想的だが、実際にはピーク到達が開幕後にずれ込んでいる可能性がある。

これは単純に調整が上手くいっていない可能性もあるが、開幕時に100%のコンディションに仕上げられない事情もあるのかもしれない。例えば、「投手はピークを長期間維持できない」という制約が仮にあるとすれば、重要な試合が多いシーズン終盤をピークで迎えようとしたら、必然的にピーク到達は開幕後にずれ込むことになるだろう。また、気温が投手のコンディションに直接影響している可能性もある。特に春先の低温は指先の感覚にネガティブな影響を及ぼすことが予想される。

また、このデータは興味深い事実を示唆している。屋外球場編の冒頭で触れたように「暑さが投手のコンディションを悪化させる」説を前提に書かれた記事はメディア上に多く存在するが、この説が正しいとすれば、暑さがピークを迎える7月・8月はストレートの平均球速が落ちていてもおかしくない。しかし、実際の平均球速は7月以降にピークを迎えており、暑さが顕著な悪影響を与えている形跡は読み取れない。

ストレートの平均球速だけでコンディションを判断することには異論も出るかもしれないが、ストレートは最も投じられる割合の高い球種であり、その球速は調子のバロメータと見なされることも多い。「暑さが投手のコンディションを悪化させる」という説は、この結果を踏まえると今一度検証の必要があるようにも思える。

屋内球場において季節が与える影響のまとめ

  • ・得点の入りやすさは4月をピークに右肩下がりとなる。
  • ・得点の入りやすさは打球の得点価値と三振の出やすさに連動している。
  • ・打球の得点価値は屋外球場と比べて時期による変動が小さい。

シーズン中の気温変化は成績に対して無視できない影響を与えるようだ。今季はコロナウイルス流行のため開幕が遅れており、日本シリーズが11月末以降に開催される日程も検討されている。例年ではありえない低温環境下での決戦となるため、例年以上に締まった試合展開が多く見られるかもしれない。前例のない試合日程による月別成績のカーブは、季節のバイアスについて新たな知見をもたらす可能性もありそうだ。


※本稿で使用した2005-19年のプロ野球データは日本プロ野球記録様から引用させていただきました。
[5] Alan Nathan, Baseball At High Altitude, The Physics of Baseball
http://baseball.physics.illinois.edu/Denver.html
[12] wOBAを使った理論値。計算過程は以下の通り。打球のwOBAは.340で三振のwOBAはゼロなので、全打席に占める割合にして1%の打球が三振に置き換わると、全打席のwOBAは.0034低下する。これは打席あたりの得点生産を0.0027点減らす。打者は1打席に0.1点の得点を生産するため、打席あたりの得点生産は2.7%減少することになる。一方、打球は67%がアウトになるのに対して三振は100%がアウトになるため、全打席に占める割合にして1%の打球が三振に置き換わると、打席あたりのアウトは0.0033個増える。打者は1打席に0.67個のアウトを生産するため、打席あたりのアウトは0.5%増加することになる。打席あたりの得点が2.7%減少し、打席あたりのアウトは0.5%増加するので、失点率(アウトあたりの得点)は3.2%低下する。
[13] 厳密に言えば空気抵抗(抗力)も放物線からの軌道のずれを引き起こすが、マグヌス力と比べると影響は小さいと考えられるのでここでは無視している。
[14] 八代久通, ストレート、2シームの変化量による効果を定量的に評価する, 1.02 - Essence of Baseball
https://1point02.jp/op/gnav/column/bs/column.aspx?cid=53609
[15] リリースから捕球までの間にマグヌス力が変わらないと仮定すると、放物線からの変化量は初速0、変位0から等加速度で拡大していくことになるので、変化量は加速度に比例する。加速度はマグヌス力に比例し、マグヌス力は空気密度に比例するため、変化量は空気密度に比例する。
[16] ここではNathanの示した値を使用して以降の試算を行ったが、2012年から2014年のMLBのPITCHf/xのデータでは、ストレートの減速率は8%となるようだ。この数値で試算を行っても空気密度低下で平均球速が向上するという結果は変わらないが、10%で計算した場合と比べて高速化率は2割程度小さくなるものと思われる。
http://www.baseball-lab.jp/column/entry/194/
[17] 速度変化は力積に比例するため。力積は力と作用時間の積算値である。ここでいう力とは空気抵抗(抗力)を指し、抗力は空気密度と速度の2乗に比例する。空気密度の変化に対して速度の2乗の変化は小さいのでここでは無視すると、抗力は4月から8月にかけて5%低下する。作用時間は速度に応じて変化するものの、抗力の変化に対して小さいのでこちらも無視すると、速度変化は5%減少すると推定できる。
[18] データはDELTA。このデータの注意点としては、春先のスピードガンの調整が済んでいない時期が含まれるため、球速が過小評価されている懸念が挙げられる。今回は明らかに誤計測だと思われるデータは除外して平均値を算出している。ただし、MLBのStatcastによる集計でも球速変化の絶対値も含めて似た形状のカーブを得られるため、スピードガンの計測制度による誤差は無視できるレベルだと推定する。MLBでも同様の現象が起こっていることから、夏場以降にストレートの平均球速が1km/h弱上がるのはある程度の普遍的な現象と考えられる。今回は2016年のNPBについてはデータがないものの、球速推移は同じ傾向を示していた可能性が高いと推定する。
http://sleepnowinthenumbers.blogspot.com/2017/12/hr.html

竹下 弘道(たけした・ひろみち)@RCAA_PRblog
古典的ボックスコアから選手とチームの通史的な分析に取り組む。https://ranzankeikoku.blog.fc2.com/
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