改めてバント戦術を考え直すPart1 ~どのような状況で試みられているのか~

市川 博久

2020.06.17


セイバーメトリクスの普及もあり、バントが一般的にあまり有効な戦術でないことは知られるようになってきている。ただNPBにおいて、状況や打者・投手の能力をも考慮した検討は今なお十分とはいえない。今回はNPBを対象として、状況や打者・投手の能力をも考慮したバント戦術についての検討を行った。Part1では、バントがどの程度試みられているかを表す「企図率」に焦点を当てる。

検証の前提についての説明

まずは、今回のバント分析のシリーズで扱うデータについて説明する。今回使用するデータはいずれも2019年のNPBのレギュラーシーズンのものである。そして特に断りのない限りは無死一塁からのバントのみを扱っている。

また、この分析シリーズで「バントを試みた」「バント企図」といった場合、特に断りのない限りは、バントの構えをして投球がバットに当たりインプレーとなるか、3バント失敗で三振となった場合のみを指し、バントの構えをしていたがバットを引いた場合、バントの構えをしていたが空振りした場合、0ストライクまたは1ストライクでバントをしてファールとなった場合は含まれていない。

「バントの機会」といった場合、特に断りのない限りは、打者がその打席を終了する直前の状態が無死一塁であった場合を指す。打席の途中で、走者が盗塁・暴投などで二塁に進塁したり、牽制でアウトになった場合は含めない。

さらに、打者の守備位置が投手の場合も今回の検証からは取り除いた。投手は野手と比べて打力が著しく低く、投手と野手のバントを同列に扱うことは相当でないからだ。無死一塁で打者が投手の場合とそれ以外の場合とで、どれほどバント企図率に差が出るかを以下の表1で示す。

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このように無死一塁で投手に打席が回ると9割以上の割合でバントがされる一方で、それ以外の打者では全体の2割にも満たない。さらに、バント成功率(犠打もしくは安打が記録された割合)にも差が見られる(表2)。

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投手のバント成功率は6割台であり、それ以外の場合と比べて2割以上の開きがある。

ただ投手が打席に立った場合、多くの場面でバントをすることが有効となることは、ほぼ共通認識としてあり、これ以上の議論をする実益にも乏しいと考えられる。そのため、この記事では、投手のバントについては、検討の対象から除外した。

最初にバントがどのようなときに試みられているかを整理する。監督がバントをするかしないかを判断する場合、あるいはそのバントをするという判断が妥当であるかを考える場合に、考慮するべき要素としてはさまざまなものが考えられるが、今回の記事で検討の対象としたのは以下の要素だ。

・イニング
・点差
・打者の能力
・投手の能力
・次の打者の能力

これらの要素について、場合分けを行って、どのような場合により多くのバントが試みられているかを調べてみた。

イニングの影響

まずは、イニングごとのバント企図率を調べてみた(表3)

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1回から4回まではイニングごとに企図率が大きく異なっているが、これは打順の影響が大きいだろう。1番打者から攻撃が始まる1回や下位の打順から攻撃が始まって上位の打順に続くことの多い3回ではバント企図率が高く、上位打線から攻撃が始まることの多い2回、4回では企図率が低い。

また延長となった10回以降は極めて高い企図率となっているが、これは試合の終盤ということのほか、前のイニングが終了した時点で同点でなければ延長にならないという前提条件のために、多くの場合で試合が僅差になっているということも影響している。

全体的な傾向としては、試合の序盤から中盤、終盤へと移るにつれて、バントがより多く試みられるといえる。試合の序盤では10%程度の企図率なのに対し、試合終盤ともなると30%近くバントが試みられている。試合の序盤から1点を取りにいくために、アウトを差し出すという選択はされにくいようだ。

点差の影響

続いて、点差とバント企図率の関係を調べてみた(表4)。

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2点以上ビハインドの状況ではほとんどバントは行われない。これらの場面でのバントは得点期待値的に考えても愚策とされているが、実際に試みられることもほとんどないようだ。

それ以外の場合、1点ビハインドの場合、同点の場合、リードしている場合はいずれも企図率が2割を超えている。ただし、1点ビハインドよりも同点、同点よりも1点リードの場面でより企図率が高い傾向にある。リード時の方が1点のみ取る場合と2点以上取る場合とで、 勝利期待値 の変化が小さい(同点止まりか逆転できるかは大きな違いがあるが、2点リードか3点リードかではそこまで大きな違いはない)ことからすると合理的な傾向といえるだろう。

イニングと点差とを組み合わせた結果についても整理した(表5)。

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2点以上のビハインドではイニングにかかわらず、バントが試みられることは稀だ。

点差が1点以内のケースでは終盤になるに連れてバント企図率は上昇し、7回以降は4割から5割とかなり高い割合となっている。2点以上リードしている場合も終盤の方が企図率は上昇しているが、1点差以内の場合と比べてその上昇は緩やかだ。

打者の能力の影響

次に、打者の能力によってバント企図率がどのように変化するか調べてみた。ここでは打者をシーズン wOBA(weighted On-Base Average) で、①.350超(打力が高い打者)、②.310超.350以下(打力が中程度の打者)、③.310以下(打力が低い打者)の3グループに分けてそれぞれのバント企図率を調べた(表6)。

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①のwOBAが.350を超えるような打力が高い打者には、バントが指示されることはほとんどないようだ。しかし、そこまで至らないような②中程度の打者ではバント企図率は2割程度、wOBAが.310以下の③打力が低い打者の場合は3割程度の割合となっている。③打力が低い打者ほどバントをする傾向が強いといえるが、打力低下にしたがって徐々にバント企図率が下がっていくというよりは、①打力が高い打者と②中程度の打者の間でバント企図率が急激に上がり、そこからは徐々に上がっていくといった傾向のようだ。

では、このような①打力が高い打者でもバント企図率が高くなる状況はあるのだろうか。ここまで調べた結果からすると、僅差の場合や試合終盤ではバント企図率が高くなる傾向があるが、①打力が高い打者でも同様だろうか。

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表7を見ると、①打力が高い打者でも、僅差の場合はバント企図率がわずかながら上昇するが、最も高い1点リードの場面でも12.8%に過ぎない。また、①打力が高い打者、②中程度の打者では1点ビハインド、同点、1点リードの順に企図率が上昇していく傾向が見られるが、③打力が低い打者では、1点ビハインドから2点差以上のリードまでいずれも4割前後の高い企図率となっており、傾向が異なる。

続いてイニングの影響についても調べてみた(表8)。

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①打力が高い打者の場合、試合中盤までは企図率が低く、終盤になるとわずかに企図率が上昇する。②打力が中程度の打者の場合、序盤から中盤にかけて上昇した後、中盤から終盤で大きくバント企図率が上昇する。③打力が低い打者の場合、序盤からバント企図率が2割近く、中盤になると3割まで上昇し、終盤でもさらに上昇する。

終盤に近づくに連れて、バント企図率が上昇することは同様だが、上昇の傾向には打力によって差が見られる。

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条件をより限定してみると、①打力の高い打者でも高いバント企図率となる状況が存在することがわかった(表9)。試合終盤で同点または1点リードの場合に限定すれば、①打力の高い打者でもバント企図率が23.1%、27.0%を記録している。また、②③それ以外の打者となると終盤で点差が1点以内の場面ではいずれもバント企図率が5割を超えている。特に③打力の低い打者では終盤1点ビハインドまたは同点の場面でのバント企図率が7割を超えている。

終盤僅差の状況では、打力の低い打者のみならず、打力が中程度でもバントを選択することの方が多いというのはなかなか驚きだ。

投手の能力の影響

続いて、投手の能力によってもバント企図率が変化するか調べてみた。投手が優秀であれば、ヒッティングでも良い結果が見込めないと考えて、バントを選択する割合が高くなるのだろうか。今回は tRA(true Runs Average) がA.3.50未満(能力が高い投手)、B.3.50以上4.80未満(能力が中程度の投手)、C.4.80以上(能力が低い投手)の3つのグループに分けて整理をした(表10)。

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A.投手の能力が高い場合はバント企図率が高くなる傾向がある。他方で、B.投手の能力が中程度とC.低い場合では、企図率にそれほど大きな差は見られない。

点差を条件に加えた場合についても調べてみた(表11)。

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2点以上ビハインドの場合は、投手の能力にかかわらず、バント企図率は低い。1点差以内の場合は、A.投手の能力が高い場合にバント率が大きく上昇している。これに対して2点以上リードしている場合は投手の能力による影響はあまりないようだ。また、投手の能力がB.中程度の場合とC.低い場合とでは傾向に違いは見られない。

次にイニングによる影響についても検討してみた(表12)。

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試合の中盤から終盤にかけては、投手の能力とバント企図率にそれほど関連がないのに対して、試合の序盤では企図率の差が大きい。A.投手の能力が高い場合には、序盤でもバント企図率は14.7%となっている。投手の能力ごとにバント企図率に差が生まれる原因の大部分は、序盤から送りバントを試みているかどうかによっている。

続いて、打者の能力と投手の能力双方を考慮すると、どのような結果となるか調べてみた(表13)。

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①打者の能力が高いほどバント企図率が低く、A.投手の能力が高いほどバント企図率が高くなる傾向は見られるが、①能力の高い打者はA.能力の高い投手と当たってもバント企図率は10%に満たない。イニングや点差と比べると、投手の能力がバントを試みるか否かの判断に与えている影響は小さいといえる。

投手の能力に加えて、イニング・点差を考慮要素とした場合の企図率についても見てみる(表14)。

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同じ終盤の僅差であっても1点ビハインドと同点または1点リードでは投手の能力によって傾向が異なる。終盤1点ビハインドの場合には、A.投手の能力が高い場合には50%を超える割合でバントが試みられているのに対し、B.投手の能力が中程度の場合とC.投手の能力が低い場合では30%から40%の割合にとどまっている。他方で終盤同点の場合は投手の能力が低いほどバント企図率が高く、1点リードの場合は投手の能力とバント企図率の関係はさほどないように見える。同点やリードをしている場面では、投手の能力によって、1点を取りにいくか、2点以上を取りにいくかの判断に差は生じないが、ビハインドの場合は、まず同点を目指すか、逆転まで狙うか、投手の能力によって判断が変わっているのかもしれない。

続いて、打者の能力と投手の能力、点差によって、バント企図率がどのように変化するか見てみる(表15)。

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③打力の低い打者ほど投手の能力による影響を受けやすい。①打力の高い打者はビハインドの場面では、投手の能力によらずバント企図率は極めて低いが、同点の場面では投手の能力の影響を受け、1点リードの場面に限っては、投手の能力が高くなるに連れてバント企図率が大きく上昇する。

打者の能力、投手の能力はバント企図率に影響を与えるが、その大きさは状況によって大きく左右されるようだ。

次の打者の能力の影響

最後に打者の能力と次の打者の能力によって、バント企図率が変化するかを調べてみた。

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打席に立っている打者の能力が低く、次の打者の能力が高いほど、バント企図率が高くなる傾向は見られるものの、次打者の能力はそれほど大きな影響を与えないようだ。

その他の影響を与えると考えられる要素

これ以外の要素では、打順もバント企図率に影響を与えている。ただ打順には、打者の能力が反映されていることもあり、打順の違いではなく、打者の能力の違いによる影響に過ぎない可能性はある。とはいえ打者の能力を考慮しても打順による影響は否定できない。2015年から2018年までのデータをもとに、打順ごとのバント企図率を調べたところ、打者のwOBAが.330以上の場合であっても下位打線や2番に入るとバント企図率が高まる結果となっていた[1]。

また、今回は検証方法の問題で、考慮要素から外したが、一塁走者の盗塁に関する能力も影響を与えているかもしれない。走者を二塁に進める方法としては、バントやヒッティング以外にも盗塁という手段がある。バントやヒッティングではなく、盗塁を選択する可能性があることも考えれば、一塁走者の能力によってもバント企図率は影響を受けておかしくはない。

まとめ

以上の内容をまとめると、イニング、点差、打者の能力、投手の能力、次打者の能力はいずれもバント企図率に影響を与えている。しかし、影響の大きさはまちまちであり、イニングと点差の影響がかなり大きく、次いで打者の能力、投手の能力と続き、次打者の能力の影響は小さいということがわかった。

Part2ではバントの成功率に影響を与える要素を検討していく。


参考文献
[1]市川博久「打順は打者のパフォーマンスや監督の采配に影響を与えるか」『デルタ・ベースボール・リポート3』50頁(水曜社、2019年)
市川 博久(いちかわ・ひろひさ)/弁護士 @89yodan
学生時代、知人が書いていた野球の戦術に関する学術論文を読み、分析に興味を持つ。 その後『マネー・ボール』やDELTAアナリストらが執筆したリポートを参考に自らも様々な考察を開始。『デルタ・ベースボール・リポート3』にも寄稿。
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