2015年以降救援を務めていた楽天の松井裕樹が、今季先発へ本格復帰した。待望された先発・松井だったが、ここまでは2試合の登板で8 2/3イニングを投げ、防御率5.19。2試合目の先発後に登録を抹消され、現在は二軍で調整の日々を送っている。松井の投球に何が起こっているのだろうか。どうやら今季の投球には先発と救援の違いだけでは説明できない変化が表れているようだ。

急激な奪三振の減少


まず松井の武器といえば圧倒的な奪三振能力である。打者から三振を奪う割合を示すK%(奪三振/打者)は例年30%前後を記録(表1)。NPB平均が19%前後で推移していることを考えれば、松井は平均的な投手の1.5倍三振を奪える投手と評価できる。


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しかし、今季の登板は2試合と参考程度のサンプルにはなるが、K%は16.3%。例年の半分程度しか三振を奪えていないようだ。打者あたりの与四球割合を示すBB%(与四球/打者)についても、今季は14.0%と例年よりやや高い。わずか2試合であるため一時的な不調の可能性は十分にあるが、特に奪三振について過去の松井からは想像しにくい数字だ。

ただし2015-19年の間、松井は主に救援投手として活躍してきた。その間に先発したのは2018年終盤の2試合だけである。先発で投げた場合、救援登板時よりも打者1人あたりに対するパフォーマンスが下がることは過去の研究によりわかっている[1]。松井もその影響を受け成績が低下している可能性は高い。

しかし、それだけが原因とも考えづらい。松井が主に先発として起用された2014年のK%は25.0%と非常に高い水準であったし、2018年終盤に先発起用された際も素晴らしい奪三振能力を見せていた。表2のように2019以前の先発登板と2020年の成績を比較すると、少なくとも2019年以前の松井は先発で三振を奪えない投手ではなかったようだ。この結果から、先発登板と救援登板の違い以外にも不調の原因がありそうだ。


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ストレートで空振りを奪えていない


三振が奪えていない大きな要因と考えられるのは、ストレートの球威低下である。表3には年度別にストレートの成績を示した。まず注目したいのがWhiff%だ。これはスイングしたうちどれだけ空振りを奪ったかの割合を表している。このWhiff%で見ると、松井のストレートは2019年の31.1%から今季は17.5%にまで低下している。


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次はPutaway%を見てみよう。これは2ストライクから投球した際に三振を奪った割合を表す。三振であれば空振りでも見送りでも構わない。決め球としての威力を測る指標だ。松井のストレートのPutaway%は、2019年の24.6%から8.3%に低下している。例年の松井であれば2ストライクで5球ストレートを投げれば1つ三振を奪っていたが、今季は12球ストレートを投げてようやく1つ三振を奪える計算である。

ストレートの平均球速についても変化が起こっている。昨季147.3km/hだった松井のストレートは今季142.0km/hに低下。前年から5km/hの低下は無視できない。ただ主に先発で起用された2014年もストレートの平均球速は142.1km/hだった。そう考えると、空振り減少の要因はストレートの球速以外に大きな要因がありそうだ[2]。


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ただ同一シーズン内での先発/救援時の球速変化を見ると、また見え方は異なる。表4は松井が先発と救援の両方で起用されたシーズンの平均球速を役割別に比較したものだ。2014年は救援時に比べ先発時に球速は0.3km/h低下、2018年は先発時に0.7km/h低下と、球速の低下はわずかである。年度を跨いでいるため調整方法の違いを考慮する必要はあるが、救援起用の2019年から先発起用の2020年で5.3km/hの球速低下はあまりにも大きい。コンディションに不安を感じさせる兆候であることに違いはない。


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投球コースの散らばり


例年と異なる傾向が表れているのはストレートの球威だけではない。投球コースの傾向にも大きな違いが生まれている。

図2はストレートがどのコースに投げられたかをマップで示したものだ。色がついているコースに多く投じられていると考えてほしい。2014-19年が赤色、2020年は緑で示した。


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これを見ると、2014-19年は縦に投球の分布が広がっている。昨季までの松井はストレートが上下に散らばる傾向が強かったようだ。これに対し、今季はわずか2登板ではあるが上下の散らばりが小さくなる一方、左右への散らばりが大きくなっている。これは何を意味するのだろうか。

図3は昨季のMLBでストレートを1000球以上投げた投手のリリースポイントの高さと、投球が上下・左右にどの程度ばらつきやすいかの関係性を表したグラフだ。リリースポイントは赤くなるほどに高く、青くなるほどに低いことを意味する。そのプロットがどこにあるかで上下・左右にどの程度ばらついたかを示している。上にいくほど上下に、右にいくほど左右に投球が散らばりやすいということだ。


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これを見ると、赤いプロットで示したリリースポイントが高い投手は比較的グラフの上方や左側に位置していることが多い。リリースが高い投手は投球が左右よりも上下に散らばりやすいようだ。一方、青いプロットで示したリリースポイントが低い投手は左右に散らばりやすい傾向がある。

リリースポイントは速球や変化球の変化量と連動しやすいため、リリースの変化が球威に影響を与える場合も少なくない。当然全員に当てはまる傾向ではないし、わずか2試合での判断は時期尚早ではあるが、投球コースの傾向からは松井のリリースに何らかの変化が発生した可能性が示唆される。


二軍調整登板の結果はどう捉えるべきか


松井は登録抹消後、二軍で2度の先発登板を行った。ここではサンプルサイズが非常に小さいことに注意しながら成績を見ていきたい。二軍登板1試合目は4イニングで3本塁打を浴び8失点と打ち込まれたが、2試合目は6イニングを2失点と好投している。不安定な結果だが一軍での懸念事項だった奪三振に目を向けると、2試合で打者46人に対し17奪三振。K%は37.0%と非常に高い水準であった。1試合目に大量失点こそ許したが、二軍では持ち前の高い奪三振能力を取り戻している。


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ただし、課題となっていたストレートの威力はいまだ本調子ではないようだ。表6を見てほしい。ストレートのK%は25.0%と例年の一軍登板に近い数字だが、11.1%のWhiff%は一軍2登板での17.5%よりも低い水準である。二軍登板で奪ったストレートでの三振は、力で押し切ったというよりも打者の狙いを外した見逃しストライクで奪っていたようだ。


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ストレートの球威に不安が残る一方で、変化球の威力は十分に発揮されていた。変化球のWhiff%は45.2%。スイングの半分弱で空振りを奪っており、打者を完全に圧倒している。従来の松井は球威のあるストレート、変化球を武器に空振りを量産する投球スタイルだが、今年の二軍登板ではストレートで見逃しストライクを奪い、変化球で空振りを奪っている。ストレートで空振りを奪えない状況であっても打者を制圧できる、新たな投球スタイルを模索しているのかもしれない。


本来のストレートを取り戻せるか


ここまで今季の松井の不調の原因を探ってきた。原因の特定にまでは至らなかったが、ストレートの空振りや投球コースからいくつかの可能性が示唆されている。現在は二軍調整中だが、今季は非常に特殊な状況下にあり調整も容易ではないだろう。しかし、松井が本来のストレートを取り戻した時、現在首位を走る楽天にとって大きな追い風となるはずだ。


※今回使用したMLBのデータはすべてMLB Advanced Mediaが運営するBaseball Savantから取得している。(最終閲覧日2020年7月12日)
[1] 先発は救援よりどれくらい難しい? データで見える「1.25」という数字の差
https://full-count.jp/2020/05/22/post778563/
[2]ただし、2014年に比べると、現在は試合中継での球速表示にトラックマンによるスピード計測を採用している球団も多いようだ。トラックマンによる計測は従来のスピードガンに比べ球速が出やすいとされている。以前より球速が出やすい環境で同程度の球速と考えると、球速が低下している可能性が十分にある点には注意だ。


宮下 博志@saber_metmh
学生時代に数理物理を専攻。野球の数理的分析に没頭する。 近年は物理的なトラッキングデータの分析にも着手。



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