Part3では、4種類の速球軌道を取り上げ、それぞれを打者のSwing%と比較。どういった速球が打者のスイングしやすさと関連しているかを確認した。Part4ではそこで取り上げた4種類同士が互いにどのように影響しあっているかを確認していく。この作業によって打者が認識する軌道への理解につながるはずだ。そしてもちろんその理解はピッチトンネルへの理解にもつながる。
pict
ピッチトンネルの用語については、上記図をもとにPart1で解説を行っている。

打者が意識する速球


Part3で打者のSwing%との関係性を見るため取り上げたのは以下の4種類の速球だ。


①打席内で直前に投じた速球軌道
②その投手の平均的な速球軌道
③MLBの平均的速球軌道
④Swing%が高いコース(真ん中高め)の速球軌道

このうち、②、③、④の速球軌道に対するSwing%の傾向は似通っていた。似通っているということは、互いに連動している可能性が考えられる。特に③、④は投球コース以外の条件を揃えているため、似た傾向が出るのは自然である。速球軌道間の影響関係を調べるため、Part3で最もSwing%が高い傾向が出ていた④の軌道と①、②、③の軌道をそれぞれ比較し、相互の影響を確認する。

はじめに、④Swingが高いコース(真ん中高め)への速球軌道とのトンネル差異と、②その投手の平均的な速球軌道とのトンネル差異を比較し、Swing%の値によって色付けしたグラフを下図1-1に示す。赤いほど打者がスイングしており、青いほど打者がスイングしていない。

pict

グラデーションは②縦軸ではなく、④横軸によって生まれていることがわかる。②その投手の平均的な速球軌道とのトンネル差異にかかわらず、④Swing%が高いコース(真ん中高め)の投球軌道に近いほどSwing%が高くなっている。つまり②とSwing%の連動は、④とSwing%との連動(あるいは④の背後にある要因)との疑似相関である可能性が高い。少なくとも②その投手固有の速球軌道とSwing%の間に強い因果関係は考え難い。打者がイメージしている速球の軌道は、②その投手固有のものではなさそうだ。

次に③MLBの平均的な速球軌道と④Swing%が高い投球コース(真ん中高め)を比較する。図1-2が比較したものだ。

pict

こちらも③縦軸ではなく、④横軸でSwing%のグラデーションが生まれている。さきほど②と④を比較した図1とほとんど同じような色の変化になった。そもそも④は真ん中高めのコースに投じられていることを除くと③と同じ条件である。③へのスイング傾向についても、真ん中高めに投じられた場合が強く影響していそうである。

最後に①直前に投じた速球と④Swing%が高いコース(真ん中高め)へのMLBの平均的な速球も比較する。

pict

②、③と比べたときよりもさらに明確に横軸でグラデーションが生まれている。①直前の速球軌道とのトンネル差異はSwing%とほとんど連動していない。少なくともスイングの誘発という観点では、①直前の速球軌道を考慮する必要はなさそうだ。



もう少し条件を分けた場合の傾向を見ておこう。ここまでで、④の軌道との差異によってSwing%に変化が生まれることがわかった。④はスイングされやすいストレートの軌道で、これに対して全投球を比較した。しかし、全投球の多くは投球割合の高いストレートであるため、その影響を大きく受けてしまっている可能性もある。そこで、ストレート以外の球種を対象とした場合の、④の軌道との差とSwing%のグラフを作成した。

pict
pict

これを見ると、どのグラフも垂直・水平差異が0に近いほどに赤くなっている。つまり④の軌道、つまりトンネルポイントまで真ん中高めのストレートに近い軌道であれば、変化球であっても打者はスイングしやすいようだ。

総合すると、MLBの打者が真ん中高めの速球を狙っている可能性が見られた。ストライクゾーンの速球を狙うのは合理的だが、ゾーンの中心を狙っているわけではないようだ。これは目線を上げて低めの変化球を見逃そうとする意識など、打者の心理から生まれる傾向なのかもしれない。




速球軌道に近い投球の価値


ここまでSwing%を使って打者がどのような速球を狙っているかを見てきた。打者の狙いを原理的に考えるためにスイングの判断を基準に分析したが、ピッチトンネルの効果を測るとなれば話は変わってくる。投球の目的は打者にスイングさせる事ではなく、失点を抑え、アウトを増やすことである。ここからは、④の速球軌道とのトンネル差異が失点を抑える効果について調べる。

ここでは失点抑止を測る方法として、投球単位の得点(Run Value)を利用する。カウント、走者状況から計算した得点期待値(RE288)をベースとして、投球によって変化した得点期待値の差を得点価値として算出した。得点期待値の計算はBill Pettiが作成した計算プログラムを使用している(https://github.com/BillPetti/baseballr)。得点価値はマイナスが大きいほど失点を抑える投球として評価できる。一般的にボールカウントや走者を増やせばプラス、ストライクカウントやアウトカウントを増やせばマイナスの値となる。

下図は④Swing%が高いコース(真ん中高め)の速球軌道との差異、ストライクゾーン中心からの距離別に100球あたりの得点価値(Run Value/100)を表したものだ。投手からするとマイナスの値(青)になるほど、失点を減らす効果的な投球と考えることができる。

pict
pict

図を見ると、左に向かうほど青くなっている様子がわかる。④の速球軌道に近い投球ほど失点を防ぎやすいようだ。特に速球軌道からストライクゾーン枠周辺(ゾーン中心からの距離20-40cm)へ逃げる投球は打者を圧倒する結果となった。

また、ストライクゾーン内(ゾーン中心からの距離0-20cm)では軌道にかかわらずマイナス値を記録しており、ストライク投球の価値の高さを確認できる。ただしストライクゾーンの中心を示す図の一番下のプロットでは打者有利の結果となっている。基本的にゾーン内への投球は有効だが、ゾーン中心を避ける最低限の制球力が求められるようだ。

ストライクゾーンを完全に外れることを示すゾーン中心からの距離が40-60cmへの投球は、速球軌道に近いか否か(横軸)で特に大きな差がついている。速球の軌道からボールゾーンへ急激に変化する投球は投手有利だが、速球の軌道を辿らず大きく外れた投球は圧倒的に打者有利である。Part3でもこの投球コースでは、速球軌道に近い投球が52.3%スイングされているのに対して、そうでない投球は22.1%しかスイングされていないことを紹介した。スイングされれば空振りや弱い打球が発生しやすいが、スイングされなければボールカウントが増えてしまうため、スイングを誘発する軌道の価値が高い投球コースである。




Part4のまとめ


Run Valueを使った分析で、④Swing%が高い投球コース(真ん中高め)の速球軌道に近い投球が投手有利にはたらいていることがわかった。特に、そのストレートの軌道から際どいコースへ変化する投球は非常に有効であるようだ。

投球軌道が打者のスイング判断に影響を与えている可能性は高く、「軌道を似せることで打者の判断を惑わせる」というピッチトンネルのコンセプトに通じる結果を得られた。ただし、打者を惑わせるために必ずしも直前の投球軌道と似せる必要はないようだ。この結果から、プロの打者はストライク投球の軌道について、直前の投球軌道を見ただけでは崩されない明確なイメージを持っている可能性が示唆される。

Part5では、「途中まで速球と同じ軌道から変化した」と表現される変化球がどのような軌道を辿るのか具体的に描画を行い、そのビジュアルから見えてくることを確認していく。

Part1
Part2
Part3

参考文献
[1]今回使用したデータはすべてMLB Advanced Mediaが運営するBaseball Savantから取得している。
https://baseballsavant.mlb.com
(最終閲覧日2020年7月12日)

宮下 博志@saber_metmh
学生時代に数理物理を専攻。野球の数理的分析に没頭する。 近年は物理的なトラッキングデータの分析にも着手。
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Pocketに追加

  • 関連記事

  • 宮下 博志の関連記事

  • アーカイブ

執筆者から探す

月別に探す

もっと見る