08. 「相対的な評価と評価基準」
セイバーメトリクスでは単に成績の数字をそのまま見るのではなく、何らかの比較基準との対比で評価するという場合が多い。この点について少し触れておきたい。
基本となるのは相対的な評価という視点だ。例えば200安打という数字を見ると誰もが優秀な数字だと思うだろう。しかし、もし仮にそれが極端に打高投低のリーグで達成された記録であり、同じリーグの平凡な打者でも200安打を記録している状況だったら、もはや優秀な記録とはいえない。
これは技術的な巧拙や希少性から言われるわけではない点に注意してほしい。そもそも野球の試合というもの自体が相対的な利得の形をしている。つまり、1試合で10得点を上げるチームがあったとしても、それ自体がすごいということはなく、11点以上失点すれば意味がない。他のチームより相対的に優れた得点力があってはじめて勝利という意味で有効な利得になる。
このような観点から単純ながら有効なのはリーグ平均との対比という評価方法だ。打者のwRAAやUZRは、平均的な打者あるいは同じ守備位置の平均的な守備者を基準として、それに対するプラスマイナスという形で数字が計算される。こうした相対的な評価は、上記の野球の構造を考えれば自然なものだろう。
もう一歩ひねりを加えた基準として、代替水準(リプレイスメント・レベル)というものもよく用いられる。代替水準の定義は研究者によって様々だが、最低限の年俸で確保できる選手の水準、控え選手のレベル、といった言い方がよくなされる。代替水準は当然ながら平均よりはかなり低い水準であり、平均より劣る選手でも大抵は代替水準よりは勝る、という分析結果になる。
代替水準は平均との比較がチーム運営の実態に即した表現にならないという観点から用いられるようになった。リーグ平均という基準は一軍で出場している主な選手たちの平均であり、レギュラークラスの中くらいの水準を意味することになる。冷静に考えるとそのような戦力は球団の中ではむしろ貴重な部類であり、平均と対比して-5だからといってそれが劣悪な選手であるかのように考えるのは現実に合わない。平均から見て多少マイナスだとしても、その選手が故障すればもっと劣る控えの選手が出て来るからだ。
そこで基準を平均ではなくその選手を失った場合の代替手段の能力水準で考えれば、その選手の価値をより実態に即した形で表現できることになる。打撃で言えば、平均的な打者と代替水準の打者は年間20点程度得点創出に差が出ると考えられている。つまりwRAAが-5の打者でも代替水準と比べれば+15で、このような見方をした方がその選手がいない場合よりはチームに積極的な貢献がもたらされていることがわかりやすくなる。
上述のWARはこのような背景から比較基準として代替水準を採用している。代替水準の定義を「最低限の年俸で確保できる水準」とすれば経済的な観点も導入しやすく、適正な年俸の評価といった分析にも繋げやすいのが特徴だ。
他方で代替水準は、具体的にどの程度の水準を代替水準の定義として採用すべきかという問題で揉めることがあるし、一軍戦力の中で傑出しているのかどうかを見たいときには当然ながら平均を基準にとるほうが明確だ。これはどの基準から成績を評価するかという見方の違いであり、どちらが正しいというものではない。
なお代替水準が平均よりどれくらい劣るかということに関しては、おおむねMLBでは、代替水準の選手だけでチームを構成すると平均と比較して得点は80%、失点は120%になり、勝率は3割程度になるとされる。