キャッチャーの評価はいかに行うべきか
打球処理が評価の大半を占める他のポジションと違い、やや特殊な事情にあるのがキャッチャーである。特殊なポジションだけに評価の仕方も他のポジションとは違った方法をとらなくてはならない。
キャッチャーの守備に対する評価として一般的によく挙がるのは盗塁阻止、リード、ワンバウンド投球の処理などだろうか。この中でもリードに関しては、セイバーメトリクスの世界でもいかに評価するかが定まっておらず、プロのキャッチャー同士のリードでつく差はほとんどないと考える人も多い。近年では元千葉ロッテ・里崎智也氏が多くのメディアで「リードは結果論である」と主張するなど、一流とされるプロの中でも、リードの影響力に関して疑問をもっている選手もいるようだ。
一方、近年MLBで注目を浴びるようになったのが「フレーミング」という捕球技術である。投球のトラッキングシステムが確立したことで、ストライクゾーンを機械的に把握できるようになり、そのゾーンと実際の判定を比較し、捕球技術でどれだけ多くのボールをストライクにしたか、ストライクをボールとしてしまったかを計る。これを得点換算すると、優秀なキャッチャーと平凡なキャッチャーでは30点近い差がつくこともあり、現状、キャッチャーの守備技術で最も影響力が大きいと考えられている。
が、残念ながら今回はリード、フレーミングに関しての評価は行わない。リードに関しては、評価する方法論が定まっておらず、現状、筆者にはそのアイデアはない。
フレーミングに関しては、日本の球場にはトラッキングデータを取得する機械を設置している球団もあるようだが、これらは球団の所有物であることから、内容を検証することができない。またDELTAで取得している一球ごとのデータからフレーミングの数値を出すこともできなくはないが、専門スタッフの目視による判断であるためゾーン付近のわずかな差を正確に入力できているとは考えづらく採用を見送った。
ということで今回は盗塁阻止、暴投・捕逸、併殺、失策抑止の5点でキャッチャーに関する守備評価を行った。以降、それぞれについて分析を行っていく。
盗塁阻止の評価
一般的なキャッチャーの守備評価の中でも最もわかりやすく、重視されている能力といってもいいかもしれない。ドラフト候補となった選手を評価する際、「二塁送球1.8秒台」などと表現されたりするのも目にする。しかし、盗塁阻止はバッテリーの共同作業であり、キャッチャーのみに依存するものではない。実際、筆者が行った過去の分析では、盗塁阻止に与える影響力は投手のクイックモーションのスピードが最も大きく、キャッチャーのスローイングスピードが与える影響は投手に比べると小さいことを確認している(“盗塁阻止を構成する要素に関する研究”
https://blog.deltagraphs.co.jp/?eid=713)。盗塁のせめぎあいにおいてキャッチャーが与えるインパクトは思ったほど大きくないようだ。
また、『プロ野球を統計学と客観分析で考えるセイバーメトリクス・リポート4(https://www.amazon.co.jp/dp/4880653578)』においては、筆者は「捕手盗塁阻止防御点」なるものを提案した。盗塁阻止の難易度は投手が使った時間に大きく左右される。投手がクイックモーションをせず時間を多く使えば、キャッチャーの盗塁阻止難易度は上がるが、素早く投球すれば下がる。
「捕手盗塁阻止防御点」では、難易度の高い盗塁阻止にはキャッチャーの貢献が大きいため、大きく加点し、難易度の低い盗塁阻止に失敗した場合は、より大きく減点される仕組みをとった。現状、筆者が考える中ではこれがベストな評価法だが、これには投手のクイックモーションをそれぞれ計測する必要がある。膨大な労力が必要となるため断念した。今回はDELTAが取得している「ポップタイム」(=キャッチャーが捕球してから二塁に送球が到達するまでの時間)のデータを使い、盗塁阻止に対するキャッチャーの貢献に迫りたい。
まず、二塁への盗塁成否と、投手が投球モーションを開始してから二塁ベースカバーが走者にタッチするまでの時間の関係は以下のようになっている。
当然ではあるが、投手、キャッチャーが素早く二塁に送ることで盗塁阻止率は上昇する。これは2014シーズンのデータではあるが、0.5秒の短縮で56.3%ほど盗塁阻止率が上昇するきれいな右肩下がりのグラフとなっている。0.01秒に換算すると1.13%となる。
このデータを前提として、キャッチャーの盗塁阻止貢献をポップタイムから求める。なお、対象は走者一塁からの単独スチールのみとした。三盗はポップタイムの影響力が小さく、一・三塁の場面は他の三塁走者との駆け引きなどノイズが多いと考え除外した。
表1は、2016シーズンの12球団主要キャッチャーのポップタイムによる盗塁阻止データである。頭一つ抜けた数字を残しているのが田村龍弘(ロッテ)だ。ボールのスピード自体はさほどではないものの、握り替えのスピードに長けており、平均ポップタイム
1.92秒を記録した。
全キャッチャーの平均ポップタイム1.97秒から、70回の計測で合計3.57秒の時間短縮に成功している。これを0.01秒=1.13%に換算すると、合計401.9%もポップタイムで他のキャッチャーより盗塁阻止率をアップさせている。なかなか圧倒される数字ではあるのだが、これを盗塁阻止=0.32、盗塁阻止失敗=-0.14の得点価値(対象としたデータから求めたもの)を設定し、得点換算してみると1.8点となる。
ポップタイムだけを見ると圧倒される数字であるが、いざ得点化してみると大きなインパクトではない。最も悪い数字となった原口文仁(阪神)でも、得点換算すると-2.5点。そもそも盗塁阻止という作業においてキャッチャーが関与できる部分は限られており、またその部分を得点化しても大きな差にはならないのだ。
小林誠司(読売)は優れた盗塁阻止率を記録したが、ポップタイムにおいては傑出していないようだ。小林に関してはその強肩が目を引くが、田村に比べると捕ってからの握り替えにやや問題を抱えており、そこで送球のボールスピードによる時間短縮が相殺されているように見える。高い阻止率は投手の協力、あるいは捕球者がタッチしやすい場所に投げるコントロールによって実現している可能性が高そうだ。
リストに入っていないキャッチャーでは、森友哉(西武)が15度の計測で平均ポップタイム
1.88秒を記録し、0.7点のプラスをつくった。森は2016シーズンで17件しか記録されていない1.7秒台のポップタイムを2度記録しており、スローイングにおける捕手適性の高さを見せている。
ただ、このポップタイムによる盗塁阻止得点は様々な問題をはらんでいる。まず、これは秒数をそのまま得点換算したため、実際の盗塁成功、失敗が評価に関わっていない仮想、推定の値である。やや盗塁阻止の本質から離れるかもしれないが、キャッチャーの能力を計ることを重視し、今回は実験的にこの方法を採用している。
また、これはキャッチャーの盗塁阻止において重要と思われるスローイングの制球力を完全に排除している。野手がより素早くタッチしやすいところに投げるのもキャッチャーの盗塁阻止能力において重要な要素なはずである。また、ベースカバーに入った選手がそもそも捕球できないほど逸れてしまった送球はポップタイムを計ることができないため、評価の対象としていない。こういったところで損失を与えているキャッチャーもいるはずだが、今回の手法ではそれらが隠れてしまう。ただ、悪送球で走者にさらなる進塁を許した場合は、失策としてマイナス価値を計上されるため評価には含まれている。
ただ、多くの要素が複雑に絡むキャッチャーの盗塁阻止において、二塁への送球スピード以外のものを完全に排除し、得点への影響力を測ることには成功しているため、それ以外のノイズが小さいデータであるとはいえるだろう。
仮に送球の制球力を評価する仕組みをこれに加えても、最も優れた選手でおそらく5点前後、最も劣る選手との比較で10点前後の差をつくるのが限界といったところではないだろうか。
実際、『セイバーメトリクス・リポート4』で算出した2014シーズンの捕手盗塁阻止防御点では、1位の炭谷銀仁朗(西武)が8.1点、最下位の小関翔太(楽天)が-2.4点とおおよそ10点程度の差となった。被盗塁企図を50にそろえてもそれぞれ+5.4点、-5.9点と10点強。キャッチャーが盗塁阻止に関わることができる部分で生まれる差は、最大でもこの程度だと思われる。
暴投・捕逸の評価
ここで問われるのは、盗塁以外の場面で投球時に走者の進塁をどれだけ抑止したかだ。ただ公式記録では暴投を投手の責任、捕逸をキャッチャーの責任としているが、実際のプレーにおいては責任が明確に分かれているものではない。今回は捕逸を完全にキャッチャーの責任としたうえで、暴投も条件付きでキャッチャーの責任として計算することにした。
今回、キャッチャーの責任として捕逸と同等の評価とした暴投は、ストライクゾーンの下辺より下に投球されたものだ(図2)。2016シーズンに発生した全486暴投のうち、456がこれに該当する。それ以上の高さに浮いた暴投は明らかに捕球不可能な投球と判断し、投手の責任とした。
具体的には低めの暴投を、暴投が起こりうる状況、つまり走者がいるか無走者時でも振り逃げが起こりうる状況において、低めのボール球を捕球した数(ファウルやインプレーは除いた)で割り、暴投の発生率とする。これを平均の暴投発生率と比較し得点化した。
結果を見ると、小林が優れた数字を残している。平均的なキャッチャーが同じだけ低めのボール球を受けたときに比べ、12.6もの暴投を阻止している。だがこれも盗塁阻止と同じく得点としては2.0点と、試合に対する影響はさほど大きくないようだ。
今回用いた手法は、あくまでも低めのボール球を対象としており、ワンバウンド投球の回数を数えているわけではない。そもそも投手陣がワンバウンド投球を投げる回数が多かったチームのキャッチャーは不利になっている可能性がある。また、球種、細かいコース、走者の走力などでも難易度に差が出るはずだが、今回の手法はそれらも考慮していない。
捕逸も暴投と同じロジックで計算した(表3)。もちろん捕逸に関しては低めのボール球という制限をつける必要がないため、走者がいる、あるいは無走者時でも振り逃げが起こりうる状況で捕球した場面を母数としている。捕逸可能性という欄がそれにあたる。
「捕球可能なコースへの投球の捕球失敗」という捕逸は、それ自体がレアな記録であるため、それぞれ暴投よりも小さな数字となっている。戸柱恭孝(DeNA)、原口の捕逸がやや多いが、得点化するとそれぞれ-0.5点、-0.6点とシーズンレベルで大きな影響があるようなものではない。
さきほどの暴投と合わせた総合的な進塁抑止の得点を見ると、まずやはり数字としてはそれほど大きなものになっていない。その中でも、小林は+2.3点と優れた数字を残している。秋に行われた侍ジャパンの強化試合では千賀滉大(ソフトバンク)のフォークボールの対応に苦しんでいたものの、シーズンではそうした問題はなく、優れたブロッキング能力を見せていたようだ。
先ほど、盗塁阻止の面で優れた数字を見せていた森だが、暴投+捕逸阻止での得点ははわずか191イニングで-1.9点と低迷した。捕逸は少ないものの、暴投でのマイナスが大きいため、ワンバウンドに対する処理に問題がありそうだ。フルイニングで出場するようなら、さらにマイナスが膨らむことが予想される。ワンバウンド処理は投手との信頼関係にも大きく関わってくるため、捕手定着のために取り組まなければならない最優先課題といってもいいかもしれない。
キャッチャーの総合評価
併殺、失策抑止に関しての解説は、他の野手と同じロジックで計算されているため割愛し、総合評価に進む。
総合した得点を見ると、暴投・捕逸阻止で他選手に対しリードを広げた小林が1位となった。しかし他のポジションに比べるとあまりに差が小さく、結果にピンとこない人も多いだろう。だが、これはキャッチャーが差のつきにくいポジションなのではなく、今回評価に組み込んだ以外の部分で大きな差がついているということだと思われる。
最大の影響力をもつであろうフレーミングでの貢献を数値化できれば、今回評価の対象とした要素も些細なものになるはずだ。実際、映像を繰り返し見る中では、飽くまで感覚的なものだが、上位に入った小林や田村の捕球技術に疑問を感じることもあった。それらを考慮すれば、順位の大幅な入れ替えもあり得るが、今回はこの得点、順位を最終的な結果としたい。
最優秀守備者には、若月健矢(オリックス)を選出
キャッチャーの評価はかなりばらついた。各要素の重みづけをいかに行うかで、採点者の間で意見が分かれたとみられる。そんな中でも、全採点者から6位以内の順位を獲得した若月健矢(オリックス)を1位に選出する。