選手会が総会で現行の保留制度は独占禁止法に違反するとして、公正取引委員会への申立ても視野に入れながら日本野球機構側と協議を進めていくことを確認したとの報道があった。保留制度は球団と選手との契約においても、現在のNPBの制度においても重要な位置を占める制度ではあるが、その内容や問題点については、あまり知られていない。そこで、保留制度の根拠となる契約書、規定等の説明やその効果を述べた上で、MLBにおける同種の制度を巡る過去の法的な紛争も踏まえて、その意義や問題点について考えていきたい。

1.保留制度とは

議論の前提となる保留制度について説明していく。

保留制度は、球団が選手との契約を希望する場合、選手の意思にかかわらず、翌年度も契約をするための独占交渉権を有し、選手が他球団と契約、交渉をすることを禁止する制度であり、日本プロフェッショナル野球協約(以下「野球協約」という。)、統一様式契約書(以下「統一契約書」という。)に規定されている。

統一契約書31条1項には、「球団は、日本プロフェッショナル野球協約に規定する手続きにより、球団が契約更新の権利を放棄する意志を表示しない限り、明後年1月9日まで本契約を更新する権利を保留する。」と規定されており、選手が契約の更新を希望しなくとも球団が希望する限りは契約を更新することができることが規定されている。仮に選手が球団との契約更新を拒む場合には、自動的に契約が締結されるわけではないが、このような選手に対して、球団は保留の手続きを取ることで、他球団との契約や契約に向けた交渉を行わせないことができる。

保留の手続きは野球協約66条1項以下に規定されており、毎年11月30日までに次年度の契約締結の権利を保留する選手(以下「契約保留選手」という。)を名簿に記載してコミッショナーに提出することにより行う。こうした契約保留選手は、任意引退選手や制限選手など、球団が契約締結の権利を保留している選手とともに全保留選手名簿に記載されて、毎年12月2日に公示されることとなる(注1)。契約保留選手として公示された場合には、野球協約49条に定められているとおり、球団に次年度の選手契約を締結する交渉権があるとされる。また、以下のような制約を受け、他球団との契約や契約交渉が禁止されることとなる。

野球協約68条1項、2項は、球団が次年度の契約締結の権利を保留する選手が他の球団(外国のプロ野球団を含む)と選手契約に関する交渉を行うこと、他の球団のために試合あるいは合同練習等の野球活動をすることを禁止している。また、球団が次年度の契約締結の権利を保留している選手が、他の球団から契約に関する交渉を受けたり、契約を締結したりしたことで、球団との公式交渉を拒否する疑いがある場合には、球団はこの事実に基づいてコミッショナーへの提訴が可能であり、仮に違反が確認されたときには、コミッショナーから他の球団及び選手に対して制裁が科されることとなる(野球協約73条1項、2項)。このため、球団が選手との間で翌年度の契約更新を希望して、保留の手続きを取れば、その選手は仮に契約更新を希望しなくとも、他球団との契約や契約に向けた交渉をすることができなくなってしまう。

さらに、野球協約によると、NPBに所属するプロ野球選手は球団との間で統一契約書によって契約を結ばなければならないとされている(野球協約45条)。NPBの球団に所属する全ての選手(注2)は、統一契約書による契約を取り交わさなければならず、しかも統一契約書に書かれている条項は、球団と選手が合意しても変更することができず(野球協約47条)、野球協約の規定に違反する特約条項を書き込んでも無効とされる(野球協約48条)(注3 ただし、統一契約書とは別に覚書とされる契約を球団と選手との間で取り交わすことは実際にも行われているとみられ、例えば複数年契約もこのような覚書によってなされていると思われる。また、過去に球団と選手との紛争で覚書の存在が明らかになったときも、NPBはこうした覚書を取り交わすことについて問題視しておらず、特に協約に違反するとは考えていないようである。ただし、いかなる内容の覚書が許容されるのかは具体的な規定がなく、NPBも明らかにしていないため不明である。)。このため、統一契約書に書かれている保留条項を選手と球団の合意によっても削除することはできないと考えられる。したがって、プロ野球選手となるためには保留条項が存在する統一契約書での契約をしなければならず、保留制度を受け入れずにプロ野球選手となることはできないため、選手は保留制度を強制されることになる。

一般社会では、契約の内容は当事者間で自由に決めることができるのが原則であるが、プロ野球選手にはこのような自由がないという点に特殊性がある。

    (注1)NPBホームページでも閲覧可能。前年度のバックナンバーの契約保留選手の項の各球団のペットマークから契約保留選手が確認できる。
    (注2)厳密には支配下登録選手のみで、育成選手を除く。ただし、育成選手も類似した契約書により契約する。
    (注3)ただし、統一契約書とは別に覚書とされる契約を球団と選手との間で取り交わすことは実際にも行われているとみられ、例えば複数年契約もこのような覚書によってなされていると思われる。また、過去に球団と選手との紛争で覚書の存在が明らかになったときも、NPBはこうした覚書を取り交わすことについて問題視しておらず、特に協約に違反するとは考えていないようである。ただし、いかなる内容の覚書が許容されるのかは具体的な規定がなく、NPBも明らかにしていないため不明である。

2.保留制度がもたらす効果

では、このような保留制度によってどのような効果がもたらされるのだろうか。一般的には次のようなことが指摘できる。

⑴球団間での戦力均衡

仮に保留制度がない場合には、選手は現在所属している球団との契約を望まない場合には、他の球団と交渉を行い、交渉がまとまれば他球団へ移籍できることになる。保留制度がないということは、毎年12月2日の時点で、複数年契約を結んでいる選手を除いては、全ての選手が自由契約となるということを意味する(注4)。こうなると選手は社会一般に行われているように、より条件の良い契約を提示する球団に移籍する可能性が高まる。資金力があり、設備面が整っていて、優勝・日本一の可能性の高い球団に戦力が集まることにつながり、戦力差が拡大する要因になり得る。

NPBにおいて球団間での戦力均衡を図る制度としては、ドラフト制度が知られている。ドラフト制度が存在することにより、新人選手の獲得において、有望な新人選手が特定の球団に集中することを防ぐことで戦力均衡を図っていると説明されることがあるが、この説明はやや不十分なところがある。より正確にはドラフト制度と保留制度が相まって特定の球団に有望な新人選手が集中することを防いでいるというべきである。仮にドラフト制度が存在していたとしても保留制度が存在しなければ、新人選手を拘束できるのは最初に入団する球団選択の場面のみとなる。保留制度がなければ、入団1年目が終わった12月2日には自由契約になってしまうから、その時点で他球団に移籍される可能性が生まれる。入団1年目がキャリアハイとなる選手はほぼ存在しないことからも、ドラフト制度のみではドラフト制度が意図する目的を達成できないことは明らかである。

このように保留制度には選手が他球団との契約をする自由を制限することで、球団間の戦力均衡をもたらす効果が存在する。

⑵契約期間が長期間となることを前提とする育成

保留制度が存在することで、選手は自由な移籍ができないこととなる。この結果、選手が最初に入団した球団に所属する期間は、球団側が契約更新を望まない場合(多くの場合は能力が不足しており、今後も一軍の戦力になる水準までの成長が見込めないと判断された選手だろう)を除くと長期化しやすい。また、トレードや自由契約後の他球団への入団の場合にも、球団側が契約更新を望む限りは数年間の契約が見込まれる。

これは球団側からすると、契約したその年の内に成果が得られなくとも、他球団への移籍や引退でその選手が球団を離れるまでの間に成果が得られれば、損をすることはないという考えに繋がる。新人選手は多くの場合、初年度から成果を残せることはまれであり、最終的に一軍出場がないまま引退となる選手も少なくない。ただし、そのような選手であっても、入団から1年や2年で自由契約となることはまれであり、相当な期間は猶予が与えられるのが通例である。球団としては、育成のために数年間を費やし、その期間の費用(選手の参稼報酬、二軍監督・コーチらの報酬、球場の整備費用その他の経費)を投入しても、その選手が一軍に昇格して戦力となれば、それで投下したリソースは十分に回収できる見込みがあると考えているからである。仮に保留制度がなければ、選手が成長してもその選手が翌年度も球団と契約してくれることの保証はなく、球団が望めば選手と長期間の契約ができることを前提とする長期的な育成計画は立てづらい。球団はより短期間でのリソースの回収を強いられることにもなりかねない。

保留制度が存在することで、長期的な育成がされやすくなると考えられる。

⑶選手の契約の自由の制限

これまでにも説明してきたとおり、保留制度が存在することで、選手は球団が契約更新を望む限りは他球団との契約ができなくなる。後述のように現在ではフリーエージェント制度(以下「FA制度」という。)が存在することで、一部例外的な場合があるが、これは当然ながら選手の契約の自由の制限に他ならない。

読者の皆様の中で、雇用契約であるか委任契約であるか請負契約であるかを問わず、特定の相手方との契約が強制されており、相手方が許容しない限り契約期間満了後や解約後も期間を問わず他の契約相手方との契約が禁止され、また他の契約相手方との交渉すら許されていない方はどれほどいるだろうか。プロ野球選手を除いては、ほとんどいないのではないだろうか。あまりにも当然なことであるので、普段は意識することがないだろうが、契約の相手方を自由に決定できるというのは、近代から続く市民社会の原則になっている。そのような誰もが享受する自由が制限されているということを軽く見ることはできない。

⑷選手の取引上の地位の弱体化により契約内容が選手にとって不利となる

保留制度があることで、球団が選手との契約更新を希望する限りは、選手の契約交渉の相手方は現所属球団に限定されることになる。選手は翌年度の契約条件について、球団と交渉することになるが、仮に条件に納得しなかったとしても、別の球団と契約をする、あるいは複数の球団から条件を出させて最も良い条件を出した球団と契約をするという手段が使えないことになる。一般に球団は選手に比して多額の資金を有し、情報も多く抱えていて、多数の選手との間で継続的に交渉を行うことから交渉にも慣れている。このように保留制度を抜きにしても、選手の取引上の地位は球団に比べて劣っているが、保留制度は選手の契約相手方選択の自由を制限することで、さらに選手を不利な立場に追いやる効果がある。

こうした状況で締結される契約の内容は、保留制度がなければ締結されていたはずの契約内容と比べても、選手に不利なものになることは間違いない。球団が選手の働きに比して低廉な参稼報酬を提示されても、選手がこれを拒むことは難しく、参稼報酬は低く抑えられることとなる。

    (注4)便宜上このような説明をしたが、この説明は現行の野球協約を前提とするとやや不正確である。厳密には「複数年契約を結んでいる選手も含めて全ての選手が自由契約となるが、複数年契約を結んでいる選手は複数年契約により自由に他球団と交渉、契約をすることができない。」という説明になる。

3.保留制度が独占禁止法上問題となり得る理由

保留制度はなぜ独占禁止法上問題となり得るのだろうか。独占禁止法は公正かつ自由な競争を促進することを目的としている(同法1条)。このため、私的独占、不当な取引制限及び不公正な取引方法のような公正かつ自由な競争を損なう事業者等の行為は禁止される。これらの独占禁止法が禁止している行為のうち、保留制度が該当する可能性があるのは、不当な取引制限(同法2条6項)及び不公正な取引方法の内の共同の取引拒絶(同法2条9項6号イ、一般指定1項1号)である。

⑴不当な取引制限に該当する可能性

不当な取引制限とは、「事業者が、契約、協定その他何らの名義をもつてするかを問わず、他の事業者と共同して対価を決定し、維持し、若しくは引き上げ、又は数量、技術、製品、設備若しくは取引の相手方を制限する等相互にその事業活動を拘束し、又は遂行することにより、公共の利益に反して、一定の取引分野における競争を実質的に制限すること」であり(独占禁止法2条6項)、カルテルとも呼ばれる。

保留制度は、これまでに説明したとおり、NPB所属球団間での取り決めによって、他球団が保留している選手との契約、交渉を禁止しているが、これが事業者(球団)が他の事業者と共同して取引の相手方(契約、交渉の対象となる選手)を制限し、相互に事業活動(選手との契約)を拘束することになると考えられる。そのため、仮にこうした取り決めが、公共の利益に反して、一定の取引分野における競争を実質的に制限することになれば、不当な取引制限とされる。

競争の実質的制限とは、競争自体が減少して特定の事業者または事業者団体がその意思である程度自由に価格、品質、数量、その他各般の条件を左右することによって、市場を支配することができる状態をもたらすことをいう。ここでまず考えなければならないのは、保留制度がどのような「市場」(一定の取引分野)に対する問題となるかである。球団と選手との間で取引されているのは、選手がプロ野球選手として球団のために野球活動(試合や練習等)をするという役務(サービス)である(統一契約書2条、4条)。保留制度は、選手からNPB所属球団に対する役務の提供市場における競争の制限に対する問題となる。

球団の事業遂行(野球興行の実施)にとって選手は必要不可欠な要素である。球団は個々の選手との間で契約を締結することで、必要な選手を確保することになる。野球協約や統一契約書等の規定が、存在しない原始的な状態では、その時点で他球団に所属している選手を含めて、球団は自由に交渉し、交渉がまとまれば契約できるため、契約の対象となり得る選手の幅は広い。また、複数球団から契約を希望されるような能力の高い選手に対しては、球団は契約条件(参稼報酬額、契約期間、その他の待遇)を選手にとって魅力的なものとして契約を勝ち取ろうとする。このように保留制度が存在しない原始的な状況を考えると、他の分野と同様にプロ野球団の選手獲得市場においても、球団間での選手獲得のための競争が行われることになる。

しかし、保留制度がある場合にはこうはならない。保留制度の存在により選手は所属している球団以外の球団との契約及び交渉が不可能となる。このため、球団は新たに選手と契約を結ぼうとする場合には、すでに他球団と契約している選手と交渉をすることはできずに、自由契約となっている選手に限って契約が可能となる。このため、球団が契約の対象となり得る選手の数は大きく減少することになる。また、仮に能力の高い選手であったとしても、保留制度によって他の球団は交渉も契約もできない。そのため、選手の獲得競争は発生せず、選手の現所属球団はその選手との契約を勝ち取るために契約条件を選手にとって魅力的なものとする必要性は低くなる。

このように保留制度が存在することで、球団が自身と契約する選手を獲得するための市場において、球団間での選手獲得競争が減少することになる。この競争の減少が、球団がある程度自由に価格その他各般の条件を左右することによって、市場を支配することができる状態に至っていると判断されれば、不当な取引制限に該当する。

⑵共同の取引拒絶に該当する可能性

また、保留制度による競争の減少が、そこまでには至っていなくとも、共同の取引拒絶に該当する可能性はある。

共同の取引拒絶とは、正当な理由がないのに、自己と競争関係にある他の事業者と共同して、ある事業者から商品若しくは役務の供給を受けることを拒絶し、又は供給を受ける商品若しくは役務の数量若しくは内容を制限することなどをいう(一般指定1項1号)。保留制度は自己と競争関係にある他の事業者と(球団が他の球団と)共同して、ある事業者(選手)から役務の供給を受けることを拒絶することであるから、正当な理由がなければ、共同の取引拒絶に該当する(注5)(注6)

    (注5)厳密には事業者団体(NPB)が事業者(球団)に不公正な取引方法に該当する行為(共同の取引拒絶)をさせるようにすること(独占禁止法8条5号)
    (注6)なお、類似する事案として、「新人選手が、ドラフト会議前に12球団による指名を拒否し、又はドラフト会議での交渉権を得た球団への入団を拒否し、外国球団と契約した場合、外国球団との契約が終了してから高卒選手は3年間、大卒・社会人選手は2年間、12球団は当該選手をドラフト会議で指名しない。」という申し合わせ(いわゆる「田沢ルール」)について、共同の取引拒絶に該当する疑いで公正取引委員会による審査が行われ、審査中にNPBが申し合わせを撤廃したことで、審査が終了したものがある。 (https://www.jftc.go.jp/houdou/pressrelease/2020/nov/201105.html

4.MLBでの保留制度を巡る争いの歴史

なお、日本ではこれまでに保留制度の適法性が争われることはなかったが、NPBの保留制度にも大きく影響を与えているMLBでは長年にわたって保留制度の適法性が問題となり、法廷でも争われてきた。日本における保留制度の問題を考える上でも参考になると思われるので、MLBでの保留制度を巡る争いの歴史を概観する。

⑴FA制度導入以前の保留制度

MLBでもFA制度導入以前には、選手が球団の意思に反して自由に移籍をすることは不可能であった。MLBにおける統一契約書には、選手と球団が翌年の契約条件について合意しなかった場合には、球団は選手との契約を1年間更新する権利を有すると規定されていた。このため、選手が契約更新を望んでいなかったとしても、球団が契約の更新を望む場合には、翌年も契約を更新することが可能であり、選手が他の球団に自由に移籍することはできなかった。これが保留条項(reserve clause)と呼ばれるもので、長らく選手の移籍を縛っていた。

⑵トゥールソン対ニューヨーク・ヤンキース事件

このように全ての選手は保留条項により移籍を制限されていたが、ニューヨーク・ヤンキース傘下のマイナーチームに所属していたジョージ・アール・トゥールソンがこの保留条項の適法性について争うことになる。

トゥールソンは1942年にボストン・レッドソックス傘下のグリーンズボロ・レッドソックスで選手生活を開始し、1943年から1948年まで途中2年の兵役を挟んで同じくレッドソックス傘下のルイビル・カーネルズ(2A→3A)にて投手としてプレイした。1949年にはヤンキース傘下のカンザスシティ・ブルース(3A)に、同チームで登板する前に同じくヤンキース傘下のニューアーク・ベアーズ(3A)にトレードで移籍し、複数のマイナーチームを転々とするも、MLBへ昇格することができずにいた。

1950年、ヤンキースはトゥールソンを傘下のビンガムトン・トリプレッツ(1A)に移籍させようとするもトゥールソンはこれを拒否したことで失格選手名簿(ineligible list)に記載された。

1951年、トゥールソンは訴訟を提起し、保留条項が反トラスト法に反するとして争われることとなった。

ここで問題となったのが、1922年のフェデラル・ベースボール・クラブ対ナショナルリーグ事件で判示されたMLBの反トラスト法適用除外が存続しているか否かである。1922年のフェデラル・ベースボール・クラブ対ナショナルリーグ事件では、プロ野球が州際通商(州をまたぐ通商)に該当しないため、反トラスト法の適用対象ではないと判断されており、以後この判例に基づいてMLBは反トラスト法の適用対象外とされてきた。MLBの反トラスト法適用除外が続く限りは、反トラスト法違反を理由として保留条項の適法性を争うことはできないため、MLBの反トラスト法適用除外が存続しているかが争点となった。

最高裁は、MLBの反トラスト法適用除外を維持し、トゥールソンの訴えを退けた(注7)

もっとも、国内のあちこちに球団があり、多数のマイナーチームを傘下とするシステムが構築され、試合放送も行われていた事件当時のMLBの状況からすると、少なくとも同時点において、プロ野球は州際通商に該当しないとは到底考えがたかった。実際に2名の判事による反対意見も付されており、現にMLB以外のプロスポーツリーグに対しては、反トラスト法適用除外は認められていないことからも、MLBの反トラスト法適用除外法理は理論的には極めて薄弱なものであった。

⑶フラッド対キューン事件

カート・フラッドはセントルイス・カージナルスで12年プレイしていたが、1969年にフィラデルフィア・フィリーズにトレードされることを告げられた。フラッドはトレードを拒否し、当時のコミッショナーであったボウイ・キューンに対して、「私は自分の意思にかかわらず売買される所有物ではない。そのような結果をもたらすあらゆる制度は私の市民としての基本的な権利を侵害しており、アメリカ合衆国及び各州の法律に適合しない」と他の球団に自分が契約できるよう忠告するよう手紙を送ったが無視された。このため、フラッドは保留条項が反トラスト法に違反するとして提訴した。この訴訟では選手会もフラッドの支持を決定し、訴訟に関する費用は選手会から支出されることになった。

第一審及び控訴審はフラッドの訴えを認めなかったため、フラッドは最高裁判所に上告をした。最高裁は5対3の多数決でフラッドの上告を棄却する判決をした。

ブラックマン判事が執筆した多数意見は、プロ野球は州際通商に該当することを認めている。しかし、反トラスト法の適用除外は野球に特有の異常事態であり、このような例外は過去半世紀の5件にもわたる判例でも認められてきたもので確立したものであるとした。1922年以来、野球は議会の十分な認識のもと、立法措置によって妨げられることなく発展・拡大してきたから、議会はこれまで野球の保留制度を独占禁止法の対象とする意図を持っていなかったとし、確立した先例を覆すとすれば議会が是正すべきであり、裁判所が是正するものではないとした(注8)

「プロ野球は州際通商に該当しない」ということが、フェデラル・ベースボール・クラブ対ナショナルリーグ事件で、反トラスト法の適用対象ではないと判断した理由になっていることからすれば、州際通商に該当する以上は反トラスト法の適用対象となることが論理的な帰結であるが、多数意見は、1922年のフェデラル・ベースボール・クラブ対ナショナルリーグ事件、1953年のトゥールソン対ニューヨーク・ヤンキース事件からも立法措置が執られることがなかったことから、議会がこの問題に対して単に消極的であったにとどまらず、これらの判例がもたらす結果を立法措置により否定することをしないという意思があったとみて、MLBの反トラスト法適用除外という例外を維持した。

反対意見は、野球のようにラジオやテレビに大きく依存し、州をまたいだ莫大な収益を得ている産業が、フェデラル・ベースボール・クラブ対ナショナルリーグ事件における最高裁の判断のように、野球は単なる地域的な催し物であり、州際通商ではないと今日主張するのは難しく、もし我々が野球の問題を白紙の状態で初めて検討するならば、野球は反トラスト法の規制の対象となるであろうことは疑いの余地がないとし、議会の沈黙が、我々が自らの過ちを正すことを妨げるべきではないと述べている。

以上のように、フラッドは敗れ、MLBの反トラスト法適用除外は維持されることとなったが、もはやその理由をプロ野球が州際通商に該当しないことに求めることはできなくなっており、単に長期間にわたってこの先例が維持され、立法措置も執られなかったことだけが、この例外を維持する根拠と考えられるようになった。

⑷FA制度導入

カート・フラッドは訴訟で敗れたが、選手会が権利闘争のために団結したことはこの後に選手が権利を獲得していったことからすれば無駄ではなかった。

1974年のシーズン後に、ロサンゼルス・ドジャースのアンディ・メッサースミスとモントリオール・エクスポズのデーブ・マクナリーは球団から提示された翌年度の契約条件に合意をしなかった。このため、1975年は統一契約書の保留条項に定められているとおり、前年と同一の条件で契約を更新するというかたちでプレイすることになった。1975年のシーズン中もメッサースミスは球団との間で契約条件について合意に至ることなくシーズンは終了した。マクナリーは開幕から登板して3連勝したものの、その後に6連敗して6月には引退をしていたが、後に述べる仲裁申立てには参加をしている。

1975年のシーズン終了後の10月初旬に選手会は、両選手が保留条項によって拘束されることはなく、自由契約であるとして、仲裁委員会に対して申立てをした。

問題となった統一契約書の保留条項に関する部分は以下のとおりである。

「12月20日の翌年の3月1日より前に、選手と球団が当該契約の条件に合意しなかった場合、球団は、3月1日から10日以内に、選手の住所に書面による通知を送付することにより、同じ条件で1年間の契約を更新する権利を有する。」(注9)

ここで問題となっているのは、「同じ条件で1年間の契約を更新する権利を有する。」(the Club shall have the right ... to renew this contract for the period of one year ....)の解釈である。選手側の主張は、契約条件が合意に至らなかったときに球団が「1年間の契約を更新する権利を有する。」とはまさしく「1年間」のみ契約を更新する権利を有しており、そのさらに翌年以降については、球団が一方的に契約を更新する権利を有していないというものであった。メッサースミスとマクナリーは1975年には球団と契約をしておらず、球団は保留条項に基づいて1974年の契約と同一の条件で契約が更新されているが、そのさらに翌年である1976年以降の契約は更新されないという主張である。

これに対して球団の主張は、球団が保留条項を行使することによって契約全体が更新されるというものであった。契約全体が更新されることになれば、そこには保留条項も含まれているため、更新後の契約にも保留条項が含まれており、それによって翌年以降も契約を更新することができるというものであった。球団の主張を前提とすると、球団は希望する限り保留条項を用いて永久に契約更新が可能であるということになる。

仲裁委員会は、オーナー側の委員であるジョン・ガヘリン、選手会側の委員であるマービン・ミラー、選手側とオーナー側が合意して選任したピーター・ザイツ(委員長)により構成されていた(注10)。審理は11月21日、同月25日、12月1日に行われ、同月23日に両選手は契約に拘束されないとする裁定が下された。

オーナー側はこの裁定を受けてザイツを解任するとともに、この決定に対する不服申立てを地方裁判所に対して行ったが、地方裁判所もザイツの裁定を支持した。オーナー側はさらに上級審に控訴したものの、控訴は退けられ、オーナー側は最高裁への上告を断念したことで、この決定は確定した(注11)

その後の交渉の結果、1976年夏に選手会とオーナー側とは協定を結び、MLBで6年間プレイした選手はフリーエージェントとなることが定められた。

このようにMLBにおけるFA制度は、当初はMLBに対して反トラスト法が適用されるかを主たる争点として争われていたが、フラッド対キューン事件を経てその途が閉ざされた後に、統一契約書の条項の解釈から保留条項の効力が限定され、最終的には労使協定を経て成立したものである。

5.保留制度が独占禁止法上問題となるか否かを判断する要素

これまでにも公正取引委員会がNPBに対して警告を行った事例が複数存在することからも、プロ野球団と選手との間の契約に関しては、独占禁止法上の問題となり得ないとの解釈はもはや取られていないと考えられる(注12)

そこで、NPBにおける保留制度が独占禁止法上問題となるか否かを判断する上で考慮される要素について考えていく。

⑴「プロ野球」という興行の特殊性

一般的に複数の発注者が共同して役務提供者の移籍を制限する行為は、役務提供者の役務提供先の変更を制限することで、人材獲得市場における発注者間の競争を回避することになるため、独占禁止法上問題となり得る。例えば、複数の映画会社が自社と契約する俳優について相互に引き抜きを禁止する協定を結ぶことになれば、俳優は自由に契約先を選択することができなくなり、映画会社は契約条件を魅力的なものとする必要性がなくなり、会社と俳優との契約条件は低く据え置かれたものになるだろう。このように移籍を制限する協定は、発注者間の競争を減少させることに繋がる。

もっとも、プロ野球の場合は次に述べるような特殊性が存在するため、一概に移籍制限が直ちに問題となるとはいえない。

それはプロスポーツリーグであることに起因する特殊性である。プロスポーツリーグは複数のチーム間での試合を観客に見せることによって成り立つものであり、対戦相手となるチームがあって初めて成立する事業である。このため、各発注者は競争関係にありつつ、他の競争者と共同して事業を営むという関係にもある。このため、プロスポーツリーグ自体の魅力を高めることが、消費者に提供されるサービス(試合観覧)の水準を高めることにもつながる場合が存在する。プロ野球においては選手の移籍を制限することで、特定の球団に有力な選手が集中することを防止し、チーム間の戦力を均衡させることで、試合そのものの価値、ペナントレースの価値を向上させているという主張は、しばしばなされている。

さらに、NPBについてはプロスポーツリーグの中でも閉鎖型のリーグであるという特殊性が存在する。MLBを含む北米のプロスポーツリーグに代表される閉鎖型のリーグでは、リーグへの参入は障壁が高く、階層的なリーグ間でのチームの入れ替えを前提としていないため、リーグ構成チームの戦力均衡を図ることでリーグ全体の価値、利益を高めるような制度設計がされている。この点はヨーロッパ型の階層的なリーグ間でのチームの入れ替えを前提としている開放型のリーグとは大きく異なる。開放型のリーグではリーグ内でのチーム間の戦力の不均衡が生じたとしても、上部・下部リーグ間での入れ替えが存在するため、常に同じ顔ぶれのチームが常に同じような順位で固定化され、リーグの魅力が低下していくという危険性は低い。このため、選手の移籍を自由としたとしても弊害は少ない(もっとも、現代のEU域内において選手の移籍を北米のリーグと同程度に制限することは不可能であるため、そもそも選手の移籍制限を行うことは選択肢として存在しないが。)。これに対して、閉鎖型のリーグではリーグを構成するチーム間での戦力不均衡によるリーグの魅力低下の危険性は高い。毎年同じ顔ぶれのチームが同じような順位で終了するリーグは一般的には人気コンテンツにはなりづらいであろうし、特に弱小チームはどんどん衰退していくことに繋がるであろう。そうした弱小チームに代わって、新たに参入するチームが存在するならば良いが、下部リーグが存在しない以上はそうした機会も限定されることになる。このため、閉鎖型リーグであるNPBにおいても、戦力均衡を図る必要性から選手の移籍を制限するという理由は違法性を否定する理由にはなり得る。

ただし、これはいかなる移籍制限であっても許容されるということまで意味しないことは当然である。移籍制限に競争阻害効果があることは明白であり、移籍制限により生み出される競争促進効果がこれを上回らないと判断されれば違法と判断されるであろう。戦力均衡を図るための制度は保留制度のみではないが、それらの移籍制限によって最終的な消費者であるファンに対して提供される価値が十分に高まっているといえなければ、保留制度は許容されないことになる。

また、目的に対して手段が相当か、他により競争制限的でない手段がないかも考慮される。現在はそのような制度になってはいないが、かつてのNPBのように、FA制度(や十年選手制度)が存在せず、いかなる条件の下でも選手の移籍を全面的に制限するような制度は、目的が正当であったとしても許容されるとは考えがたい。同様に戦力均衡を図るために選手の移籍を制限するとしても、現行の制度を含めてその設計は他にも考えられるところであり、同程度の効果がある中で、より緩やかな制限で足りる制度が存在しないかということも考慮されることになる。

この点については、以下に述べるとおり、保留制度のもたらす弊害をできる限り緩和しようとする制度が存在する。

⑵保留制度の弊害を緩和する制度の存在

ア FA制度

保留制度の弊害を緩和する制度としては、まずFA制度があげられる。MLBと同様にNPBでも一定期間のプレイを条件として、選手に他球団と自由に契約、交渉できる場合がある。フリーエージェント規約(以下「FA規約」という。)によれば、出場選手登録日数が145日以上のシーズンが8シーズン(ドラフト指名時に大学野球連盟または日本野球連盟に所属していた選手は7シーズン)になると行使することで、NPB所属球団と自由に交渉、契約が可能となる権利が、9シーズンになると国内外のいずれの球団とも自由に交渉、契約が可能となる権利が得られる(同規約2条1項、2項)。

保留制度が存在することにより、選手は自由に契約の相手方を選択する権利が制約されることになる。しかし、FA権を取得し、これを行使すれば一定の制約はあるものの、契約相手方となる球団を選択できる権利を回復できることとなる。このようにFA制度が存在することで、保留制度による選手の契約相手方選択の自由の制約という弊害をある程度は緩和することができる。

しかし、NPBにおける現行のFA制度はMLBにおけるFA制度に比べると、このような弊害を緩和する程度が低い。両リーグのFA制度は、選手がFAとなる条件やFAとなって移籍した場合の選手の旧所属球団に対する補償内容などの差異はあるが、最大の違いはMLBでは一度FAとなれば選手はもはや保留条項によって縛られることはないのに対して、NPBではそうではないことである。MLBでは6シーズンのプレイによってFAとなると、以後は球団との間で結ぶ契約によらない限りはシーズン終了後に選手が他球団に移籍することは妨げられない。FAとなった選手が新たに球団と3年契約を結んだ場合、3年が満了すれば(あるいはオプトアウトのような契約の付帯条項に基づいて途中解約するなどすれば)選手はその球団に拘束されることはない。これに対してNPBではFA権を取得したとしても、所属球団以外の球団と自由に交渉、契約できるのは、FA権を行使して契約を結ぶまでの間だけである。FA権を行使した選手がNPB所属球団と新たに3年契約を結んだ場合、3年が満了しても当該球団は選手に対する保留権を有しており、選手は他球団との交渉、契約をすることはできない。FA規約5条では資格取得の反復(FA権行使後NPB所属球団で4シーズンプレイすれば海外FA資格を(再)取得する)について定められているが、このことからもMLBにおけるFA制度とNPBにおけるFA制度が大きく異なることが分かる。MLBでは一度FAとなればその後もFAであるため、FA資格を再取得するという概念自体が存在しない。

このようなFA制度がNPBにおける低調な移籍の原因にもなっている。FA権を行使してFAとなっても、行使すればFA権は消滅してしまい再取得まで最低4年間かかるとなれば、選手は自身が望む契約が得られるか慎重に検討した上でFA権を行使するか否かを考えることになるであろう。一般にFA権を取得した時点で選手は全盛期を過ぎており、FA権行使後に再度FA権を取得できるまでプレイできる選手は極めて少ない。望ましい契約が得られるかどうかは、そのシーズンでの自身の成績やFA権を行使する他の選手の数やその能力、ポジション、他球団の戦力といった「市場動向」に大きく左右されることになり、どの球団でも獲得するメリットが大きく契約のための資金調達以外の理由で手を上げない理由がないような一部のスター選手を除けば、どの選手にとっても不確実性が大きい。MLBとは異なりNPBではFA権を行使しないとFAとならないという差異も、選手の心理的負担となっており、これもFA制度による移籍が低調な理由となっているであろうが、本質的な原因はそこではないと考える。仮にFA権の行使が必要な制度のままであったとしても、FA権行使後にNPB所属球団と契約し、その契約の内容に含まれない限りは、翌シーズン終了後に再度FA権を行使することが可能な制度であれば、FA権行使のハードルはぐっと下がる。FA権を行使した結果、そのシーズンは望んだほどの契約が得られなかったとしても、そのシーズンで成績を伸ばし、単年契約終了後に再度FA権を行使して、再度複数の球団との交渉をできる機会が得られるのであれば、権利行使に二の足を踏む選手は減るであろう。

以上のように、NPBにも存在するFA制度は保留制度の弊害を一定程度緩和しているものの、MLBとの比較ではその程度は低い。

イ 参稼報酬の減額制限

保留制度の弊害を緩和する制度としては、参稼報酬の減額制限(野球協約92条)もある。

球団に保留権があるということは、選手は契約相手方を自由に選択することができないということになる。仮に選手が複数の球団と自由に契約できるとなれば、選手は最も条件の良い契約を提示した球団と契約をすることになるであろうが、保留権によりこういった状況は発生し得ない。このため、球団が選手に提示する契約条件は、保留権が存在しない場合と比べれば良くないものとなる。参稼報酬の減額制限は、一定の限度で球団が保留権を濫用して選手の契約条件を不当に下げようとすることを防ぐ効果がある。

野球協約92条により、次年度契約の参稼報酬額として、前年の参稼報酬額から、一定の金額を超えて減額した金額(参稼報酬が1億円を超える選手は40%超、1億円以下の選手は25%超)を提示する場合には、選手の同意を得なければならない。選手の同意が得られれば、制限を超過した減額も可能なのであるから意味がないと思われるかもしれないがそうではない。仮に選手が同意しなかった場合、球団は選手を自由契約としなければならず、保留権によって他球団との交渉や契約を拘束することはできなくなる。その年の活躍の具合から参稼報酬5000万円からの減額はやむを得ないとしても、せいぜい4500万円程度までの減額が相当な選手に対して、球団が2000万円までの減額提示をした場合に、選手がこれを不服として自由契約になれば、他球団はその選手と2000万円を上回る参稼報酬で契約を提示すると考えられ、球団による不相当な減額提示を抑制する効果がある。他方で実際には1500万円程度の参稼報酬が相当な選手が、2000万円の提示に対して同様に自由契約を選んだとしても、2000万円を超える契約を得られる可能性はないと考えられるが、参稼報酬の減額制限は保留権により不当に契約条件を下げることを防止するために存在するのであるから、このような結果となっても不当ではない。能力や貢献に比して著しく低い参稼報酬での契約を強いることは、球団間の戦力均衡を図るという保留制度の目的からすれば不当としか言い様がないが、現実に能力や貢献にふさわしい参稼報酬の減額まで制限する必要はないからである。

このように理論的には参稼報酬の減額制限には、保留権の乱用に対する歯止めとしての機能がある。もっとも、現状でこれが全うに機能しているといえるかは疑問がないではない。上記の例はあくまで理論上のもの、すなわち、2000万円の価値がある選手に対して2000万円の参稼報酬が提示され、1500万円の価値がある選手に対して1500万円の参稼報酬が提示されるという過程に基づく。実際には選手の価値が正当に評価される保証はない(過大にも過小にも評価されうる。)。特にNPBには12球団しかなく、そのときそのときの状況によって望ましい契約が得られるかは変わってくる。さらに、選手は球団に比べても利用できる情報が少なく、立場も弱い。自由契約になったとしても、所属している球団に代わる球団があるかどうかを判断することは容易ではない。球団からすれば一人の選手との契約を失ったところで大きな痛手ではない(しかも減額提示するような選手である)のに対し、選手が最終的にいずれの球団とも契約できなかった場合には生計の途を失うこととなり大きな痛手となる。実際には減額制限を超過する提示を受けたとしても、多くの選手は同意してしまっているのもこうした球団と選手との力関係に起因している面がある(もちろん球団が減額制限を超過する提示を極力避けていることもある)と思われ、減額制限のみでは効果としては不十分と思われる。減額制限が想定しているとおりの効果を発揮するには、選手と球団の力関係がより均衡している状況に近づき、選手の移籍が活発にならなければ難しい。

ウ 参稼報酬調停

保留制度が参稼報酬額に関して及ぼす弊害を緩和する制度としては参稼報酬調停(野球協約94条)もある。

参稼報酬調停は、球団と選手との間で翌年度の参稼報酬額についての合意ができない場合に、球団と選手のいずれかがコミッショナーに対して参稼報酬額についての仲裁を求める制度である(注13)

参稼報酬の減額制限で述べたように、選手は球団の提示する契約条件に不満があっても、他球団と交渉することはできない。このため、球団が不当に低い契約条件を提示する可能性がある。このような場合に、球団や選手から独立している参稼報酬調停委員会により、相当な参稼報酬額が決定されることとなれば、不相当に低い金額での契約は排除されることになるであろうし、球団と選手との間での紛争も解決が図られることになる。

ただし、これも現状全うに機能しているといえるかは疑問である。参稼報酬調停の申立て件数は極めて少なく、取下げや不受理などを除いて最終的に決定に至ったのは過去に7例しか存在しない。また、今後1年間に多数件の参稼報酬調停申立てがあった場合に、調停委員会がそれらを処理できるのかも不明である。最近では以前と比べても、選手が球団の提示額を「保留」したと報道されること自体が少なくなった。実際には報道されている契約更改交渉日以前に下交渉が行われているという可能性もあるが、いずれにせよ「初回」の交渉日で契約更改に至ることが望ましく、「保留」が選手や球団のイメージを下げるとの風潮に影響を受けている感がある。これは球団、選手のいずれが悪いというわけでもないが、このように紛争の存在自体が忌避される状況下では、なおさら参稼報酬調停が機能することは困難と思われる。

エ まとめ

以上のように、NPBや球団も保留制度の弊害は把握しており、これを緩和するための制度を協約等で定めてはいるが、いずれも十全に機能しているとは言いがたく、MLBとの比較で言えば、保留制度の弊害はなお大きい。

    (注12)なお、かつては「空白の一日事件」に関して行われた国会答弁での回答から、球団と野球選手との契約については、一種の雇用契約に類する契約と考えられるため、独占禁止法上の取引に直ちに該当するものとは解されないので、独占禁止法上問題となるということは言い難いとの解釈を取っていたと思われる。 もっとも、球団と野球選手との契約は雇用契約に類する契約であるといえるのか、仮に雇用契約に類する契約であるとしてそのことだけで独占禁止法上の取引に該当しないといえるかは疑問である。
    (注13)なお、野球協約上は参稼報酬「調停」となっているが、これは法的には仲裁である。調停とは当事者が第三者の仲介により協議を行っての合意を目指す制度であるが、参稼報酬調停では参稼報酬調停委員会が双方の意見を聴取した上で、参稼報酬額を決定し、球団及び選手はこの決定に拘束されることになる。調停では仮に調停案が提示される場合があっても、これに応じるかは当事者の任意であり、調停委員会の決定に拘束されることはない。なおMLBでの類似の制度は"salary arbitation"である。

6.保留制度が違法とされた場合の問題点

⑴ 保留制度を廃止した場合にどのような結果となるか

では、仮に保留制度が廃止された場合にはどのような結果となるか。

保留制度が存在しないということは、契約期間が満了すると自由契約となり海外を含めた他球団との交渉、契約が可能となる。言うなれば、1年目のシーズン終了時からFA権を行使せずとも海外FAの状態になり、しかも移籍に伴う補償も発生しないということになる。こうなると選手は毎シーズン終了後に球団と契約を結び直すことになり、しかも海外球団を含む球団と契約が可能であるため、選手の契約はこれまでと異なり流動的になる。

こうなってくると、球団としては毎シーズン新たなチームを作るような状況になる。前年度の主力選手がすぐに移籍してしまい、成長を促すために起用していた選手が翌シーズンには他球団と契約をするということもあり得る結果となる。当然そんなことになっては、球団は中長期的なチーム編成の計画を立てることはできなくなってしまう。

このような状況に対応するためにどのような手段を採用するかは想像の領域であるが、現在行われている手段の延長から考えると、主力選手に対しては長期の複数年契約を結び、それ以外の選手とは単年契約を結んで、必要に応じて他球団と契約していた選手も含めて、契約相手方となる選手を探し出してチーム編成を行うという手段が考えられる。この場合には、有力な選手の契約条件は今よりも高いものとなるであろうが、そうではない選手の契約条件は低いものとなる、あるいは契約条件そのものは悪化しないものの、翌年以降の契約が得られるか否かは選手の活躍によって大きく左右されるということになる可能性が高い。また、こうした変化に対応するために、球団は支配下登録選手数を減らす可能性がある。これまでは、他球団に所属している選手との契約はできなかったために、いざ特定のポジションの選手を故障や移籍などで失った場合に備えて、代替となり得る選手を多く抱えておくメリットがあった。しかし、他球団からの選手の獲得が容易となれば、このようなメリットは減少する。

このため、選手の年俸総額等は向上することが見込まれるが、選手間の格差はより大きくなり、選手間の競争も激化することが見込まれる。

また、球団間の競争に目を移すと、保留制度が廃止され、球団間の競争を妨げるものがなくなれば、戦力均衡を維持することはできなくなると考えられる。こうなると戦力均衡を維持しようとする場合には、他の代替する制度を導入する必要があるが、そのような制度は保留制度と同様またはそれ以上に競争制限的な制度となってしまう可能性もある(例えば、球団ごとに年俸総額の上限を決定するサラリーキャップはより選手年俸を抑制する効果が高いとも考えられ、保留制度と同様に違法と判断される可能性がある。)。あるいは戦力均衡を前提とする閉鎖型のリーグではなく、人為的に戦力均衡を作り出す制度を放棄して開放型のリーグとしてNPBを構成しなおすという方法も考えられるが、これは日本のプロ野球史上でも最大の改革となり、経営上のリスクも非常に高い。

保留制度は弊害も大きい制度ではあるが、現在のNPBは保留制度が今後も継続していくことを前提として制度が組み立てられているため、仮に保留制度が廃止されることになれば、大幅な制度の改変は避けられない。これは球団、選手双方にとって、大きなリスクとなりかねない。

⑵ 保留制度の弊害緩和に向けた方策

このため、現実的な解決策としては、既存の制度を改正していくことで弊害を緩和していくということが考えられる。

その一つはこれまでに述べてきたような機能不全を起こしている弊害緩和のための制度がまっとうに機能していくようにすることである。

FA制度については、FA権取得までの期間の長短や補償制度の内容に着目されることが多いが、まず変えるべきはFA権を行使しなければFAとならず、一度FA権を行使すると再取得まで最低4年かかる部分であると考える。そもそも保留権のような選手の移籍の自由に対する強い制約がいつまでも残り続けることは許容しがたい。一度FAとなれば、以後は球団の保留権により拘束されることなく、複数年契約によって縛られない限りは、毎シーズン終了後に他球団との交渉、契約が可能な制度とすべきである。

また、必ずしも制度上の問題とはいえない点としては、選手の交渉力の向上が必要と考える(注14)。参稼報酬の減額制限や参稼報酬調停が機能していないのは制度自体が使いづらく、使ったとしても選手側の利益になりづらいという面はあるが、そもそも球団と選手の力関係から、選手が自己の権利を十分に主張できていないということも影響していると考えられる。

これらの点が改善されれば、保留制度を維持しながらも選手の権利に対する過度の制約は避けられ、保留制度が違法とされる可能性も低減できると考えられる。

    (注14)保留制度がその代表例ではあるが、野球協約には選手側に制約を科すことで意図的に選手の交渉力を弱めようとしている規定が存在しているので、その責任を選手だけに求めることはできない。

市川 博久/弁護士 @89yodan
DELTAデータアナリストを務める弁護士。学生時代、知人が書いていた野球の戦術に関する学術論文を読み、分析に興味を持つ。 その後『マネー・ボール』やDELTAアナリストらが執筆したリポートを参考に自らも様々な考察を開始。『デルタ・ベースボール・リポート7』などリポートシリーズにも寄稿。動画配信サービスDAZNの「野球ラボ」への出演やパシフィックリーグマーケティング株式会社主催の「パ・リーグ×パーソル ベースボール データハッカソン」などへのゲスト出演歴も。球界の法制度に対しても数多くのコラムで意見を発信している。
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