はじめに



「先頭打者を歩かせることは、ヒットを打たれるよりも悪い」


野球中継(最近地上波ではめっきり放送されることはなくなりましたが)を見ていると解説者から良く聞く台詞です。plen(*1)はこの言葉の裏を取るべく、先頭打者のシングルヒットと四球での出塁による得点の確率を比較しましたが、得点確率には差が無いことを確認しています。また、シングルヒットや四球よりも死球での出塁のほうが得点の確率が高いことを報告しています。この結果より、死球には投手を動揺させる効果がある可能性が考えられます。


投手についてはこのような効果が見られる一方で、打者に対してはどうだろう?というのが今回のテーマです。打者の場合、自身にボールが当たるという身体的な痛みも伴うわけですが、それが打撃にどのように影響してくるのかということを分析してみようと思います。選手の分析というよりは死球の影響を解明する試みであるということをご理解ください。


少し回り道になりましたが、今回はタイトルにあるように山田哲人選手が対象です。山田選手の打撃が優れていることをここでわざわざ紹介するまでもないかもしれませんが、この記事(*2)によれば、山田選手の特徴としてスイング率の低さが指摘されています。以下の表1に山田選手の死球%(死球/打席)とスイング率のデータを示します。



pict

リーグ平均よりもスイング率は低めであることを確認できると思います。さらに、2015年と比較すると、ストライクへのスイング率は高くなっていますが、ボール球へのスイング率はさらに低くなっており、ボールを見極める能力の高さを反映したデータといえます。今回はこのスイングが死球によってどう変化するかを見ていきたいと思います。





OPSの推移と死球の影響



スイングのデータを見る前に、まずは2016山田選手のOPSの推移と死球の関係を確認しておきます。以下の図1にデータを示します。



pict

青の線は山田選手の通算のOPSになります。赤の線は前後2試合の成績を含む5試合分のOPSの推移で、短期的な成績のアップダウンを表しています。この赤い線についている○印は死球を受けた日を表しています。


データを見ると、○印のある死球を受けた日を境にOPSが低下し始めるという傾向が見られるわけではありません。





スイング率の推移と死球の影響



次に、スイング率の推移をOPSと同じ形式で以下の図2に示します。



pict

図1から通算のOPSを除いて、前後2試合の成績を含む5試合分のストライクへのスイング率とボール球へのスイング率を加えています。


こちらもOPSと同様に一定の傾向があるとはいえない結果です。死球の難しいところは、は定期的に起こるわけではないことと、死球によって受けたダメージも毎回同じというわけではないことです。したがって、全ての死球で同じ反応になることは期待できず、全8回の死球後の成績の平均値を求めることの意味があるかも疑問です。





コース別に見るスイングの変化



というわけで、今回は最も影響が大きかったと考えられる、7/30の死球後の成績に絞ってスイングのデータを見ていきたいと思います。山田選手は7/30の死球後、しばらく出場はしていたものの、この死球が原因と思われる骨挫傷によって8/10から欠場となっています。そこで、7/31から8/9までの死球後の時期と、2016年全体のスイングをコース別にストレートと変化球で分けて比較してみたいと思います。死球の影響を確認するためには直後の数試合を切り取らなければならないため、サンプルサイズが十分でないものもあえて取り扱います。


まずはストレートについて、山田選手の打席時のコース別の投球割合を比較したものを以下の図3-1-1(2016年)と図3-1-2(7/31~8/9)に示します。



pict

図3-1-1に示す2016年全体のストレートは真ん中から外角に投球が散らばっていましたが、図3-1-2の7/31から8/9では、外角とインハイへの投球が偏っていることを確認できます。


それでは、この投球に対して山田選手のスイングの割合のデータを以下の図3-1-3(2016年)と図3-1-4(7/31~8/9)に示します。



pict

図3-1-3の2016年全体のスイングの割合はストライクゾーン内へのスイング率が高く、ゾーン外へのストレートには手を出しにくい傾向が確認できます。一方、図3-1-4ではゾーン外へのストレートへのスイング率が高くなっていることを確認できます。短期間の成績なので1回のスイングが高い割合になるということもありますが、死球後の変調である可能性も考えられます。また、インハイへのストレートのスイング率は低下しており、これも死球の影響ではないかと考えられます。


続いて、変化球のコース別の投球割合を比較したものを以下の図3-2-1(2016年)と図3-2-2(7/31~8/9)に示します。



pict

ゾーン外の低めのコースへの投球が多いのは共通ですが、図3-2-1と比較すると、図3-2-2の7/31から8/9では、インコースへの変化球も少なくなっていることを確認できます。


この投球に対して山田選手のスイングの割合のデータを以下の図3-2-3(2016年)と図3-2-4(7/31~8/9)に示します。



pict

こちらもストレートの時と同様に、7/31から8/9ではストライクゾーン外のボールにスイングしやすくなっていることが確認できます。





おわりに



死球直後の時期は、ストライクゾーン外のボール球に対して手が出やすくなっているといえる結果でした。これは死球を受けた変調と考えられますが、2016年の全体と比較すると死球直後の時期は、インハイを除いたインコースへの投球が少なくなっているということも影響しているのではないかと考えられます。


いずれが原因にせよ、ボールを見極めてスイングするという山田選手の強みが7/30の死球によって歯車が狂ったといえるのではないかと思います。


今回はわずか1事例を取り上げただけです。一つの例で死球の影響が定義できるわけではありません。こうした分析を積みかねていけばより理解することができるようになるのではないかと思います。




*1) The Leadoff Walk
http://www.fangraphs.com/community/the-leadoff-walk/

*2)“スイングしない打者”山田哲人がスゴイ 際立つ「引っ張り」と「見極め」
http://full-count.jp/2016/06/01/post33733/
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Pocketに追加

  • アーカイブ

執筆者から探す

月別に探す

もっと見る