7月9日に野球ゲーム・パワプロシリーズの最新作『eBASEBALLパワフルプロ野球2020』が発売された。パワプロは90年代から続く、日本で最も親しまれている野球ゲームだ。子供も簡単にプレーできるパワプロだが、実はトラッキングデータ全盛となった現代野球の視点で捉え直すと、20年前の時点で現代における最新の野球理論に近いかたちでゲームを設計されていたことがわかってくる。



パワプロにおける能力値とは


まずパワプロについて前提を共有しておこう。今回注目したいパワプロの特徴は選手能力の設定である。パワプロでは、野手であればミート力やパワー、走力、肩の強さ、守備力、投手であれば球速やコントロール、変化球の変化量など、プレーに関わる能力が細かく用意されている。能力値次第で打球の行方や選手の操作感が大きく異なるため、パワプロのゲームシステムにおいて選手能力は非常に重要なパラメータである。

そしてパワプロでは実在するプロ野球選手にも詳細な能力が設定されている。前年の成績や過去の実績を反映し、数値が決められているのだ。選手の能力査定はパワプロ名物となっており、自身のパワプロにおける能力査定を意識しているプロ野球選手もいるようだ。

また、パワプロにはサクセスモードと呼ばれる選手作成システムが実装されている。サクセスモードでは多くの場合、プレイヤーがアマチュア選手となり、練習や試合を通じて能力を鍛えプロ入りすることが目標となる。サクセスモードをクリアすると鍛えた選手を試合で使えるようになり、自分だけのオリジナル選手をプロ野球選手と一緒にプレーさせることも可能だ。サクセスモードはパワプロの根強い人気を支えるシステムで、強い能力値の選手を作る攻略法が日夜ファンの間で議論されている。過去にはサクセスに特化した携帯機用ゲームシリーズ『パワプロクンポケット(通称:パワポケ)』も好評を博していた。

このように、パワプロを遊んだことがある方であれば非常に馴染み深い選手能力だが、実は現代野球におけるトラッキングデータと通じる部分が少なくないのである。今回は打撃に焦点を当て、パワプロとトラッキングデータの類似点を見ていくことにする。


「パワー」と「弾道」


さて、現実の野球界ではトラッキングデータの解析が進み、よりボールを遠くに飛ばすために必要な条件が判明している。ボールの飛距離に影響を与える大きな要因は「打球速度」と「打球角度」だ[1]。以下のイラストは、打球速度/打球角度と飛距離の関係性を表している。赤くなるほどに飛距離が伸びることを示している。


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これを見ると、打球速度の速い打球であるほど、飛距離が伸びやすい。ただいくら打球が速くとも打球角度が低ければ、飛距離は伸びない。適切な角度で速い打球を打つことで飛距離は伸びる。これは非常に想像しやすいのではないだろうか。

こうした飛距離を出すための物理的な原則をパワプロの能力は的確に捉えている。まずは打球角度から見ていこう。パワプロには「弾道」というパラメータが存在する。弾道が高いほど打球が高く上がると説明されており、弾道が高い打者はフライ性の打球が増えやすく、逆に弾道が低い打者はゴロ打球が増えやすい。これは率直に打球角度の傾向を表している。現実の野球でも打球角度は打者毎に特徴が出やすいため、弾道で選手の差別化を図るのは理にかなっている。

なお、セイバーメトリクスの研究では、2000年代からゴロよりフライを打つべきと提言されていた。ゴロは打撃結果が得点につながりにくい統計に基づいた提言だが、近年はトラッキングデータの助けもあり、打者がゴロよりフライを狙う「フライボール革命」というムーブメントに発展した。


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対してパワプロは2000年から弾道をパラメータとして設定している。古くからのパワプロファンであれば、最新のトラッキングデータに触れる機会がなくとも打球角度の効果を肌で実感していたはずだ。


ただ打球角度が上がれば飛距離が出るわけではない。適切な角度で速い打球を打つことで飛距離は伸びる。「打球速度」も重要だ。

パワプロでは打者ごとにパワーという能力値が設定されている。パワーがある打者であればAやB、ない打者であればFやGといった具合だ。パワーの詳細な定義は公開されていないが、ゲーム内ではボールを遠くへ飛ばす能力と説明されている。ただ飛距離に影響を与える「打球速度」、「打球角度」のうち、打球角度が弾道と対応していることはすでに説明した。弾道とパワーが独立するパラメータと仮定した場合、ボールの飛距離に影響を与えるパワーは打球速度に対応するパラメータと解釈できる。

現実の野球でも、基本的に打球速度が速いほど野手の間を抜けるヒットが出やすくなり、フライの飛距離は大きくなる。パワーが高いほどヒットが出やすいことを、パワプロで実感した経験があるプレイヤーは少なくないはずだ。


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また、打球速度は打者によって差が生まれやすい項目である。パワプロがパワー=打球速度で選手の差別化を図っているのは理にかなっている。

現実の野球は「打球速度」、「打球角度」で打球のおおよその飛距離が決まる。パワプロはこれに「パワー」、「弾道」を対応させ設計することで、より現実の野球に近いリアルなゲーム性を実現したのだ。

ここでの重要なポイントは、パワー=本塁打の出やすさという設定にしなかったことだ。いくら打球が速くとも、適切な角度をつけることが苦手な打者は本塁打を量産できない。パワーを本塁打という記録に直接結びつけるのではなく、物理的な観点から本塁打を打つ能力を的確に捉えた点がパワプロのすごいところである。パワプロ初期の制作陣はこういった現代野球的な視点を20年前の時点でもっていたようだ。




「パワーヒッター」と“バレル”


ここまで紹介したパワーや弾道はどの選手にも設定されている基礎能力だ。ただし、パワプロではこれとは別に特殊能力というものが設定されている。特殊能力は特定の条件を満たすと発動し、選手の能力を変化させる。

この特殊能力について、ここでは「パワーヒッター」について取り上げる。パワーヒッターはゲーム内で「ホームラン性の打球が出やすくなる」特殊能力と説明されている。

MLBでは、近年のトラッキングデータの解析により本塁打が出やすい打球の条件が判明している。具体的には、フライ性の打球角度で打球速度98マイル(約158km/h)以上の打球である。正確な定義は割愛するが[2]、MLBではこのような打球を“バレル(Barrel)”と呼んでいる。バレルの打球は打率.500以上かつ長打率1.500以上が保証され、打球角度26-30度かつ打球速度98マイル(約158km/h)以上の打球は常にバレルゾーンに含まれる。


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上のイラストは打球速度/角度別に、放った打球が本塁打になる割合がどれくらいかを示したものだ。赤くなるほどに本塁打の割合が高くなることを意味している。打球角度(26-30度)、打球速度98マイル(約158km/h)以上の打球をブルーの枠線で囲んだが、すべて濃い赤色の領域に含まれていることがわかる。

次のイラストは長打率である。こちらもブルーの枠線内の打球は好成績を収めている。


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本塁打と長打率どちらの図も、打球が速くなるほど濃い赤色の領域が上下に広がっている。ただ打球速度が180km/h以上であれば50度近い打球角度でもバレルゾーンに含まれる点に注意したい。

さて、パワーヒッターについてはパワプロの攻略本などで「強振(バットに当たりにくいが打球速度が高くなる状態)時にパワー(=打球速度)が上昇し、ホームランが出やすいフライ性の弾道(=打球角度)になりやすい」効果があるとされている。この説明が正しければ、パワーヒッターはバレルの発生確率を上昇させる特殊能力と解釈できないだろうか。

当然ながら、パワプロのパワーヒッターという特殊能力はStatcastなどのトラッキングシステム・データが登場する以前から存在している。現代のアナリストがトラッキングデータを分析するはるか以前から、パワプロはホームランを打つための条件を定量的に捉えていた可能性が高い。


「アベレージヒッター」と打球角度


パワーヒッターと対を成す特殊能力として「アベレージヒッター」が存在する。ゲーム内ではヒット性の打球が出やすくなると説明されている。

トラッキングデータの分析からわかったホームランが発生しやすい打球角度についてはさきほど紹介したが、ヒットになりやすい打球角度はそれとは別に存在する。Statcastのデータを確認すると、最もヒットになりやすい打球は打球角度10-20度のライナー性の打球で、これは表1で示したように6割以上の打球がヒットとなる。


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ただし上のイラストで示すように、ライナーであっても一定以上の打球速度がなければヒットになりにくい。また、打球角度が低すぎるゴロや、打球角度が高すぎるフライはヒットになりにくい傾向も確認できる。

アベレージヒッターはゲームの攻略本などで「ミート打ち(強振しない)時に打球速度が上昇し、ライナー性の弾道(=打球角度)になりやすい」特殊能力とされている。この説明が正しければ、低すぎず高すぎない弾道の打球を誘発するアベレージヒッターは、打球角度とヒットの関係を見事に紐づけた能力と言える。

特殊能力については厳密な定義を得られないため憶測の域を出ないが、パワプロはホームランやヒットが発生する構造を物理的に理解し、適切にゲームシステムに落とし込んでいたのかもしれない。




トラッキングデータは野球を楽しむためのパラメータ


ここまで、打撃の観点からパワプロの能力値と現実のトラッキングデータの類似性を確認した。ゲームと現実の野球は別物だと思われるかもしれないが、ゲームで野球を再現するためには野球の物理的な理解が必要である。特に打球の動きを計算するパラメータとして打球速度や打球角度を細かく数値化するパワプロの発想は、クリティカルに野球というスポーツを捉えていたようだ。

近年、トラッキングデータについてファンのレベルでも目にする機会が増えている。だが、これは決して未知の難解なデータではない。パワプロを遊んだ経験がある人であれば非常に馴染み深い要素が詰まっているはずだ。逆に、トラッキングデータを理解するためにパワプロを遊ぶ事も選択肢の一つかもしれない。トラッキングデータが野球を楽しみ、さらにより深く理解するための魅力的なパラメータとなることは、パワプロで実証されている。


※今回使用したMLBのデータはすべてMLB Advanced Mediaが運営するBaseball Savantから取得している。(最終閲覧日2020年7月12日)

[1]厳密には打球の回転、ボールの性質(抗力)も飛距離に影響を与える
Contributions to Variation in Fly Ball Distances
https://blogs.fangraphs.com/contributions-to-variation-in-fly-ball-distances/
[2]バレルはwOBAなどの打撃指標から定義されている。
Barreled up: New Statcast metric shows highest-value batted balls
https://www.mlb.com/news/new-statcast-metric-barrels-has-best-hit-balls-c201699298
Statcast Lab: Barrels http://tangotiger.com/index.php/site/comments/statcast-lab-barrels


宮下 博志@saber_metmh
学生時代に数理物理を専攻。野球の数理的分析に没頭する。 近年は物理的なトラッキングデータの分析にも着手。



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