9月13日、阪神タイガースのランディ・メッセンジャーが今季限りでの引退の申し入れを行い、球団側も了承したという報道があった。今季は開幕投手としてシーズンをスタートするもなかなか調子が上がらず、7月には右肩痛を発症。その後はなかなか調子が上がらず、そのまま現役を終えることになった。引退試合は29日に行われるようだ。


外国人投手にとっての通算100勝


メッセンジャーはNPB通算98勝で引退試合を迎えることになった。もし引退試合で勝利投手になることあっても100勝に届くことはない。NPB通算100勝という記録は外国人投手にとっては特別な数字である。外国人選手枠が制定された1952年以降に入団した外国人投手で通算100勝を達成したのはわずか4人しかしない。郭泰源の117勝が最多で郭源治が106勝。2人の台湾人投手に続くのが通算100勝ちょうどのジョー・スタンカ(南海など)とジーン・バッキー(阪神など)である。

バッキーも100勝を超える可能性があったタイガースの後輩であるメッセンジャーに、「自分が生きている間に更新してほしい」と声をかけたという報道もあった。しかしこれが叶わないままメッセンジャーは引退を迎える。奇しくも引退を発表した2日後(日本時間9月15日)にバッキーが出血性脳卒中で亡くなったというニュースが流れた。享年82歳だった。


阪神の外国人先発投手の歴史


バッキーとメッセンジャーだけでなく、実は阪神は歴史的に外国人先発投手の獲得に長けた球団である。外国人選手枠が4人に拡がる以前からこうした特徴があったようで、バッキーはもちろん、1985年の優勝に貢献したリッチ・ゲイル、80年代後半の低迷期のエースだったマット・キーオ、90年代には郭李建夫も外国人選手枠の競争を行いながら、先発に救援に活躍を見せた。そんな歴史の中で、バッキーとメッセンジャーがどれだけ傑出していたか、チームへの貢献度、個人としての凄さについて記してみたいと思う。

今回比較を行うのは阪神の歴代先発外国人投手だ。方法としては投球イニングや防御率や失点率を見る方法もあるが、こうした絶対評価ではそれぞれの時代のリーグ環境、野球のスタイルも異なるので、直接的な比較は難しい。

例えば、年間300イニングス投げていたバッキーの時代と分業制が確立されている近年の野球事情とを単純に比較できないのは明白だろう。そこで、RSAA(Runs Saved Above Average)という指標を用いる。これは一言でいうと、平均的な投手が同じだけ投げる場合に比べて、ある投手がどの程度失点を防いでいるかを示す指標である。平均との比較を行うことによって、その時代にその投手がどれだけ抜きん出た存在だったかを把握することができる。

またセイバーメトリクスにおける投手評価では「投手の責任は奪三振、与四球、被本塁打のみ」、「ヒットやエラーなども含めた飛んだ打球はすべて運次第」というかなり極端な考え方を採用することもある。しかし今回はこの考え方を採用せず単純に失点を見ることにした。自責点という曖昧な概念を除して、「失点」をすべて投手の責任として計算・評価していることがこのRSAAという指標の特徴といえよう。

対象は阪神でシーズン100イニング以上投げた投手とした。表1が外国人投手たちの成績だ。


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表の1番下にあるメッセンジャーは2011年以降8年にもわたりRSAAでプラス値を記録。2013年からは継続して10以上の数値を記録しつづけた。バッキーでさえ1966年は0.0とリーグ平均レベルだったり、キーオも15勝をあげ201イニングを投げた1989年が意外にもマイナス評価だったりする。それだけにメッセンジャーの安定ぶりが目立つ格好となった。

2017年には骨折の影響もあり143とイニングは少なかったものの、防御率2.39やRSAA 22.2はキャリア最高を記録。翌2018年もこの4年の中では2番目に良いRSAAをマークしていただけに、引退がもったいなくも感じられる。

これをRSAAの順にランキングすると以下のようになる。


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ランキングを見ると、メッセンジャーとバッキーがトップ10をほぼ独占している。20を超える値を記録したのはバッキーとメッセンジャーだけである。沢村賞のタイトルを獲得した1964年のバッキーの56.9は異次元の数値だ。RSAAが高いということは、多くのイニングを投げ、リーグ平均よりも下回るような失点を抑えるピッチングをした……つまりそれだけチームの勝利へ貢献したと言い換えることもできる。


なぜメッセンジャーは沢村賞を獲得できなかったのか


こうしたメッセンジャーの凄さを表す2つの指標がある。一つは9イニングあたりの奪三振数を示すK/9だ(表3)。メッセンジャーはこの奪三振能力を示す指標で、阪神歴代外国人の中で上位を独占している。さらにそれに加えメッセンジャーは四球も少ない投手である。奪三振を与四球で割ったK/BBでも同じように上位を独占した(表4)。バックの守備に頼らずアウトをとり、さらに無駄な走者を出さなかったということだ。こうしたハイレベルの投球に加えて、長いイニングを投げることで、前述のRSAAでも安定して素晴らしい数字を記録しつづけた。


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三振奪取能力が高く、長いイニング数を投げられ、失点も抑えられると聞くと、当然沢村賞の選考にも絡んでくるようにも思えるが、残念ながらメッセンジャーはこの賞に縁がないまま現役を終える。おそらく彼の名前は委員会でも名前が挙がっていないだろう。なぜなら沢村賞の選考にはなにより「勝利数」が評価される傾向にあるからだ。平成以降で15勝未満で沢村賞を受賞した投手は一人もいない(※1)。

メッセンジャーは沢村賞の勝利数の基準であるこの「15勝」を達成したことがなく、これが障害になったに違いない。自己最多の13勝を挙げ最多勝利のタイトルを獲得した2014年に限って防御率が3点台に乗ってしまったほか、RSAA最高値を記録した2017年シーズンに右足腓骨骨折で戦列を離れ登板機会が減ってしまったことも影響があったと感じさせられる。スタッツの足並みが揃わなかったのだ。

とはいえ、最多勝利1回、最多奪三振2回、外国人投手通算5位の98勝、外国人投手最多となる1474奪三振。外国人投手初となる8年連続規定投球回到達。従来のスタッツでもセイバーメトリクスでも秀でたメッセンジャーの雄姿は決して色褪せることはないだろう。引退おめでとう。そしてたくさんの感動をありがとうございました。


(※1)水島仁,「近年の沢村賞を検証し新しい選考評価項目を考える」,『プロ野球を統計学と客観分析で考えるセイバーメトリクス・リポート5』,水曜社,2016年,64頁

水島 仁
医師。首都圏の民間病院の救急病棟に勤務する傍らセイバーメトリクスを活用した分析に取り組む。 メジャーリーグのほか、マイナーリーグや海外のリーグにも精通。アメリカ野球学会(SABR)会員。

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