先日、菊池雄星がNPBの過去2年間でどのような成長を見せたかを分析した『菊池雄星のMLB挑戦成功のカギは「ファーストストライクの入り方」』を掲載した。ここではさらに菊池の投球をより詳細に分析し、2015-16年から2017-18年にかけての進化の様子を見ていく。

投球の軸であるストレートの威力が大きく改善


菊池は2017-18年に球界を代表する投手にまで成長した。『菊池雄星のMLB挑戦成功のカギは「ファーストストライクの入り方」』では、0ストライク時、つまりファーストストライクを狙う投球で菊池がそれ以前よりも積極的にストライクゾーン内に投球していたことを紹介した。ここでは菊池のそれ以外の変化を補足的に紹介していきたい。


球種割合

まず球種の割合を2015-16年と2017-18年の2つの期間で比較しよう(表1)。2017-18年は2015-16年に比べてスライダーの割合が27%から31%に増加している。その分ストレートの投球割合が減少。ストレートとスライダーが投球全体の85%を占めていることに変化はない。残り15%のカーブ、チェンジアップの割合にも2つの期間で変化はないようだ。

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球種別平均球速

球速は全体的に上昇しており、特にスライダーとカーブは4~5km/hと上がり幅が大きい(表2)。ストレートの球速変化が1km/h強である点を踏まえると、スライダーとカーブの球速は意図をもって変化させていたと考えられる。


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球種別OPS

球種別のOPS(表3)を比較すると、最も投球割合の大きいストレートのOPSが2017-18年に大きく改善している。飛躍後はNPB平均を大きく上回る成績で、菊池の速球は変化球と同等以上の威力を発揮していたようだ。

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ストレートに次いで投球割合の大きいスライダーは、一貫して優秀なOPSを記録している。平均球速が大きくアップしていた球種だが、打者との対戦成績に大きな影響はなかったようだ。

対照的に、2017-18年にOPSが大きく悪化したのはカーブである。それでもNPB平均に近い水準ではあるが、武器とするには心許ない数字である。

チェンジアップはスライダーと同様に、安定して優秀なOPSを記録している。決め球としては最も強力な球種だが、2017-18年にドラスティックな変化を見せていたわけではない。

前述の通り、菊池の球種はほとんどがストレートとスライダーで構成されている。投球割合やOPSを鑑みれば、ストレートの改善が菊池の飛躍に大きな影響を与えていたと類推できる。


カウント別球種成績

カウントごとに球種がどのような効果を発揮していたかを確認する(表4)。

『菊池雄星のMLB挑戦成功のカギは「ファーストストライクの入り方」』では、2017-18年の菊池が0ストライク時のOPSが悪化した一方、1、2ストライクにおいて良化していたことを紹介した。

まずは決め球となる2ストライク時の球種から見ていこう。このカウントで大きな改善を見せているのがストレートである。2015-16年には.531だったOPSを2017-18年には.335まで抑えることに成功している。

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一方でスライダーの2ストライク時OPSは2つの期間でほとんど変化していない。決め球としてのスライダーは、変わらず一級品である。

他方、0ストライクではストレート、スライダー共にOPSを大きく悪化させていた。『菊池雄星のMLB挑戦成功のカギは「ファーストストライクの入り方」』で紹介したように、積極的にストライクゾーンで勝負する傾向に変化したことで、甘いコースへの投球も増加していた可能性が考えられる。

痛打のリスクは上昇したものの、ストレートのストライク獲得率は大きく上昇している(表5)。菊池のストレートは決め球だけでなく、カウント球としても大きく進化していたようだ。

スライダーについては0、1ストライクでのストライク獲得率はほとんど横ばいで、カウント球としての貢献に大きな変化は見られない。ただし、2ストライクでのストライク獲得率は大きく上昇しているため、より三振を奪いやすいボールとなっていたようだ。

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決め球の精度は進化。カウント球はややアバウトに


ここからは具体的にどういったコースに多く投球していたかのデータを見ながら、菊池の変化を考察する。以下の図は菊池が投じたボールがどういったコースに多く投じられたかを表したものだ。赤い色が濃いほどにそのコースへの投球が多いことを示している。

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先ほど2017-18年はストライクゾーンへ投球する割合が高くなっていたことを紹介した。図1の0ストライク時のストレートの投球マップを2015-16年と2017-18年で比較すると、2017-18年はストライクゾーン内への投球割合増加に伴い、ゾーン中心付近への投球も増加していることがわかる。ストレートでファーストストライクをとりにいった結果、0ストライク時のOPS悪化につながったことがよくわかるマップだ。

2017年にDELTAアナリストのStudent(佐藤文彦)氏が『西武投手陣の四球が激減。「アバウトなストライクゾーン」の効果を検証する』と題して、西武投手陣が全体的にゾーン内に投じることが多くなっていることを分析していたが、菊池も例外ではなかったようだ。


反対に、2ストライクでは0ストライクと比較してバラつきが減少し、ボールの精度が向上している(図3、図4)。2015-16年に高低を広く使っていたストレートは左右を使った投球に変化。スライダーの精度に大きな変化は見られないが、両者に共通しているのは、右打者のインコース、左打者のアウトコースに投じるボールの精度である。勝負を決めるスライダーの精度は以前から優秀だが、2017-18年はストレートについてもスライダー同様に非常に高い精度でコーナーに決めることに成功していたようだ。

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MLBでストライクを奪うためにまだ改善の余地はある


『菊池雄星のMLB挑戦成功のカギは「ファーストストライクの入り方」』ではMLBでも浅いカウントでどのようにストライクを奪うかがカギになると紹介した。まずは2017-18年に実践した積極的にゾーン内に投じる戦略がどれだけ通用するかを試すことになりそうだ。

しかし今回見た中でも改善点はある。例えば0ストライク時のスライダーについては、2つの期間でストライク獲得率が変わっていないにもかかわらず、2017-18年にOPSが大きく悪化している(表4、表5)。これらから、0ストライク時のスライダーに関しては2015-16年の使い方に戻したほうがいいといったことも考えられる。2017-18年の方法だけでなく、球種、カウントごとに自らに合った最適な戦略を選択し、使い分けていくことがMLBでストライクを奪うポイントになるだろう。


宮下 博志@saber_metmh
学生時代に数理物理を専攻。野球の数理的分析に没頭する。 近年は物理的なトラッキングデータの分析にも着手。
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