プロ野球で最も多く投球されている球種がストレートだ。ただ、ストレートと一口に言っても投手によって性質はさまざまである。130km/h台でも空振りを多くとることができるもの、シュート回転するものなど多種多様なストレートが存在する。しかしその評価について統一的な基準が定まっているとは言いがたい。明確な基準が存在するならば、「動くストレートは打ちにくい」「シュート回転は打たれる」といった意見が共存するはずもないからだ。結局、ストレートの良し悪しとは何を指しているのだろうか。

スイングに負けないストレート


結論から言うと、良いストレートとは失点を減らすストレートである。投手の目的は失点を防ぐ事であり、その目的に沿った性質が良い性質となる。それでは、具体的にどのような性質が失点を減らすのか、セイバーメトリクスの観点と手法から探っていこう。今回は、主に空振りを取るストレートとゴロを打たせるストレートの比較から、NPB全体の傾向を確認する。

準備段階として、ストレートの性質について整理してみよう。まずはストレートを投げた際に発生するプロセスを整理する。投手の手を離れたボールは、スイング → バットとの衝突 →フェア判定 といったプロセスを辿る。


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スイングしなかった場合のストライクとボールの分岐は、球質というよりも投手の制球力に左右される部分が大きいと考えられる。ストライクに投げ込める球威を持っているためストライクゾーンに投げている、とも考えられるのだが、球威の定義も曖昧だ。

そこで、今回は便宜的に球威なるものを定義して分析を進める。具体的には、スイングされたストレートの失点を減らす ( 増やす ) 性質を球威として評価する。言い換えれば、打者のスイングに負けないストレートの性質を評価するということだ。


性質の確認


はじめに、各プロセスで発生する現象についてリーグ全体の傾向を確認しよう。2014-2017年のNPBでストレートを400球以上投げた451名の投手を対象にしてNPBの平均を確認する。


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表1を見ると、ストレートをスイングされた場合のContact%(バットに当てた割合)は85.5%。10回スイングされて2回空振りとなるなら、十分に空振りを取れるストレートと言えるだろう。バットに当てられた場合、フェアになる割合(Fair%)は44.9%。半分以上がファウルになっている。意外と前に飛ぶ打球は少ない。

フェアになった打球の性質については、ゴロ割合(GB%)とフライ割合(OF%+IF%)が45%前後で同程度となっている。フライ割合は毎年41%~43%程度で推移しているため、他の球種よりフライは多いが、極端にフライに偏っているという事もない。

次に、指標間の関連性を確認しよう。指標間の相関係数は表3の通りである。相関係数の絶対値が1に近いほど連動しやすく、0に近いほど連動しにくい。プラスの値は正の相関関係、マイナスの値は負の相関関係となる。


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Contact%とFair%の間には強い正の相関関係を確認できる。両者は正比例するため、バットに当たりやすいストレートは打球がフェアになりやすいと表現できる。

フェアになった打球の性質について、Fair%ほど強くはないがContact%と若干の相関がある。バットに当たりやすいストレートはゴロが増加し、フライが減少する傾向があるようだ。この事から、ストレートの空振りとゴロ割合の間に一方を追求すれば他方を犠牲にせざるをえない、トレードオフの関係が見える。なお、ライナーの割合はどの指標とも相関がない。


得点価値


さて、我々が知りたいのはストレートの性質を表す指標ではなく、ストレートの失点を減らす性質である。得失点の変化を調べたい場合、セイバーメトリクスではLinear Weightsという強力な武器が利用される。詳細は割愛するが得点期待値・得点価値を使い、プレーの発生で増減した失点 ( 得点 ) を計測する手法だ。2017年のNPBで発生した各プレー1つあたりで増減した得点 (得点価値) を表4に示す。


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得点価値はどれだけ得点を増やしたか、という観点で算出される。上記の表4を例にとると、空振りは得点を0.11点減らし、ライナーは得点を0.30点増やすプレーと評価される。この得点価値の観点からさきほど使用するとした指標を見てみよう。


(1)Contact%

空振りの得点価値から、Contact%を抑えることは失点を減らす。一般的に、ストライクカウントが増えると打席の得点期待値は低下する。確実にストライクを増やす空振りが失点につながりにくいのは直感的にもわかりやすい。


(2)Fair%

ファウルの得点価値から、Fair%を低く抑えることは失点を減らしている。打球がファウルとなった場合、2ストライクでない限りはストライクカウントが1つ増えるため、空振り同様に得点を減少させている。


(3)GB%, LD%,OF% , IF%

フェア打球の得点価値はライナー、外野フライ、ゴロ、内野フライの順となる。内野フライとゴロの増加は失点を減らし、ライナーと外野フライの増加は失点を増やす。


なお、得点価値をそのまま利用した場合、得点を減らす=失点を減らすプレーがマイナスとして評価される。だが投手を評価する際は、失点を減らすことがプラス評価となるよう慣例的に得点価値のプラスマイナスを反転させて評価する場合が多い。例えば、1.02で確認できるPitch Valueも失点を減らせばプラスになるよう設計されている。今回は慣例に従い、表4の得点期待値表のプラスマイナスを反転させた数字を使用する。


Contact%による投手区分


冒頭で宣言した通り、ここからは空振りを取れるストレートとゴロを打たせるストレートの比較を行う。これまでの議論から、空振りとゴロ割合はトレードオフの関係となっている。今回は、ストレートのContact%を基準に投手をいくつかのグループに分類し、グループ別に防いだ失点を比較する。

まず、Contact%が平均より高いグループAと、Contact%が平均より低いグループBに分割する(表5)。


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次に、Contact%が各グループの平均より高いグループをX ( A or B ) - 1、低いグループをX-2として、対象投手を4グループに分類する。こうして作られた各グループの平均値を表6に示す。


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前述の傾向通り、Contact%とGB%は比例している。つまりバットに当たりやすいAグループはゴロが多いグループと言い換える事ができる。Contact%で分類したグループ間の差を見ると、フェア打球の割合やゴロの割合は10%前後、外野フライや内野フライの割合は5%前後の差が出ている。ライナーについては全く差が出ていない。


空振りの評価


4グループのContact%と空振りの得点価値 ( 0.11 ) から、100スイングあたりに空振りで減らした失点( 空振り_Run ) を計算する。


計算式:空振り_Run
= { ( 空振り / スイング ) × 空振りの得点価値 } × 100
= { ( 1 – Contact% ) × 0.11 } × 100

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空振りは失点を減らすため、空振りが多いグループほど空振り_Runで失点を防いでいる(表7)。100スイングあたりに空振りで差がつく失点は1.0~1.5点程度。ローテーションを守った先発投手なら年間で5点前後の差になる。防御率換算では0.2~0.4といったところだ。


ファウルの価値


空振りと同様に、Contact%とファウルの得点価値 ( 0.03 ) から、100スイングあたりにファウルで減らした失点 ( ファウル_Run ) を計算した結果を表8に示す。


計算式:ファウル_Run
= { ( ファウル / スイング ) × ファウルの得点価値 } × 100
= { { ( 打球 / スイング ) × ファウル割合 } × ( 0.03 ) } × 100
= { Contact% × ( 1 – Fair% ) × 0.03 } × 100

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ファウルで防いだ失点は各グループでほとんど差が出ない。100スイングあたり最大0.1点程度で、空振りと比べてファウルの影響力は小さいようだ。原因として、ファウル割合が高い投手は空振りも多く、そもそもファウルになり得る打球の発生そのものが少ないことが挙げられる(表9)。


フェア打球の価値


これまでと同様に、Contact%、Fair%、打球別の得点価値から、100スイングあたりにフェア打球性質別で減らした失点 ( フェア_Run ) を計算した結果を表10に示す。


計算式:フェア_Run
= Σ { ( フェア打球 / スイング ) × 打球の得点価値 } × 100
= Σ { { ( 打球 / スイング) × フェア割合 × 打球性質割合 } × 打球の得点価値 } × 100
= Σ { ( Contact% × Fair% × 打球性質割合 ) × 打球の得点価値 } × 100

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Contact%の高さとゴロで防いだ失点(GB_Run)は比例している。しかし100スイングあたり0.5点程度の差で、空振りで防いだ失点(表7)に比べて差は小さい。また意外にもContact%が低い≒ OF ( 外野フライ ) の割合が高いグループ(表5)ほど、外野フライによる失点が少ない結果となった。これもファウルと同様、Contact%の低いグループは外野フライを含む打球そのものが少なくなっているためだ。


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失点につながる外野フライやライナーを減らすためには、ゴロを打たせるよりも空振りを奪う方が有効だ。可燃物が多かろうと、火種が無ければ火事は起きないのだ。 一方、失点を減らすIF ( 内野フライ ) については逆の現象が発生している。Contact%の低いグループほど内野フライ割合は高いが、打球の絶対数が少ないためにプラスを目減りさせた格好だ。最終的に内野フライではほとんど差は出ていない。

すべてのフェア打球を総合すると、打球で発生する失点についてはContact%の高低で大きな差が出ないことがわかった。ゴロ割合の高さは武器になりにくいようだ。 注目すべきは、いずれのグループもフェア打球で失点を増やしている点だ(表10)。打球がフェアとなった時点で失点の増加が見込まれるため、空振りが多い=打球が少ないグループが不利になる事はない。


総合評価


これまでの評価を総合して、100スイングあたりに防いだ失点(スイング_Run)をまとめよう。


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NPB全体の傾向として、打者にスイングされた場合、ゴロが多いストレートよりも空振りを取れるストレートの方が失点を減らしている事がわかった(表12)。また、スイング_Runと連動している性質を調べるため、Contact%、Fair%、フェア打球割合とスイング_Runの相関係数を確認しよう。


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最も相関係数が大きいのはContact%だ。スイング_Runの相関係数は-0.78で、強い負の相関がある。スイングされた場合のリスクを下げるためには、空振りを奪う事が重要な要素となる。Fair%も同様の傾向を見せているが、Fair%はContact%と連動するため自然な結果である(表12)。

フェア打球割合に目を向けると、ゴロや外野フライ割合はスイング_Runと連動しない。ライナー割合はスイング_Runと若干の相関関係を確認できるが、ライナー割合はContact%に依存しない事がわかっている。内野フライ割合もスイング_Runとの相関が見えるが、前述したように内野フライ自体でつく差は小さい。これは内野フライの影響というよりも、内野フライが多いストレートが持ち合わせている他の性質と連動していると考えられる(表13)。

総じて、ストレートの打球性質割合を必要以上に気にする事はない。メインウエポンは空振りを奪える性質で、打球がどのような性質になるかはサブウエポンに過ぎないのだ。なお、グラフにおいて左上に飛びぬけている2つのプロットはどちらもソフトバンクのデニス・サファテである。圧倒的に空振りが多いサファテのストレートは、近年のNPBにおいて別格と言える。


タイプ別の個人評価


全体の傾向を俯瞰した後は具体例を確認しよう。Contact%の上位10名、GB%の上位10名を抽出し、これまでと同様の評価を行う(表14~17)。


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これまで確認した通りContact%が低い投手はGB%も低いが、スイング_Runでは平均を上回る数字を残している。ことバットに当てさせないという意味ではサファテの独壇場だ。ボールが前に飛ばない、打者のスイングを力で捻じ伏せるストレートを投げている。

GB%が高い投手はContact%が高く、スイング_Runは平均前後となっている。極端にゴロが多いストレートでも空振りが多いストレートには及ばない結果となったが、ゴロの多さでContact%の高さを補えることが確認できる。


年度間相関


セイバーメトリクスでは指標の安定性を測るため、連続したシーズンの相関係数を確認する手法が利用される。前年に高い ( 低い ) 値が翌年も高 ( 低 ) ければ安定していると評価できるため、相関係数で年度間の連動具合を調べて安定性を測ろうという考え方だ。相関係数が1に近いほど安定した再現性の高い指標と評価できる。スイングに負けないストレートを投げていても、翌年も同様の結果を残せないようなら偶然に左右される部分が大きく、投手固有の性質とは言いがたい。

2014-2017年のNPBで、2年連続でストレートを400球以上投げた投手について、各指標における年度間の相関係数を確認する(表18)。


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特にContact%は再現性が高く、空振りを取れるストレートを投げる投手は翌年も空振りを取れる傾向がある。当然、空振りで防ぐ失点も再現性が高い。 Contact%と連動するFair%も同様だが、ファウルで防ぐ失点はファウル割合ほど安定しない。

打球性質割合については、ライナー以外は一定程度の再現性がある。しかし、フェア打球で防いだ失点はファウルと同様に再現度が下がっている。

最終的なスイング_Runは再現性が高い。打者のスイングに負けないストレートを投げる投手は、翌年も同様のストレートを期待できるという事だ。


個人評価


最後に、2014-2017年のスイング_Run上位10人を確認しよう。ストレートを400球以上投げた投手と、800球以上投げた投手でそれぞれ計算した(表19、20)。


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上位はContact%が平均より低い投手で占められている。GB%の高い投手も散見されるが、いずれも平均より空振りを取れる上でゴロを打たせている投手である。

個人単位で見ていくと、やはりサファテが圧倒的な数字を残している一方で、松井裕樹(楽天)や又吉克樹(中日)も優秀な数字を残している。サファテ、松井は頭1つから2つ抜けたContact%を武器にしているが、又吉はContact%とGB%の両面を武器にしており、前者2人と異なる性質のストレートで打者を圧倒している。


まとめ


① ストレートの空振りとゴロの間には負の相関関係がある。
② スイングされた場合、空振りが多いストレートは失点を減らす。
③ ストレートの打球性質割合は失点リスクに大きな影響を与えない。
④ ストレートの球威は年度をまたいでも安定する。


宮下 博志@saber_metmh
学生時代に数理物理を専攻。野球の数理的分析に没頭する。 近年は物理的なトラッキングデータの分析にも着手。
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