1試合平均3.48得点。深刻化する“投高打低”の原因は本当に「投手のレベルアップ」にあるのか

宮下 博志

2024.02.13


近年NPBでは“投高打低”が深刻化している。2018年、NPBでは各球団1試合平均4.32得点が記録されていた。しかしこれが2023年には3.48点にまで低下。各球団1試合に入る得点が1点近く減っているのだ。これはあの違反球が使用された2012年の3.26点に極めて近い値である。現在のNPBはかなり異常な環境でプレーが行われているのだ。しかしなぜこれほどまでに得点が減少しているのだろうか。巷では現在の“投高打低”は投手のレベルアップによるものという説もある。この「投手のレベルアップ説」は本当なのだろうか。

2011-12年を除くと1960年代以来。歴史的な“投高打低”だった2023年

はじめに前提を抑えておこう。2023年の1試合平均得点が3.48点であることを説明した。これは歴史的にどれほどの位置にあるものなのだろうか。2リーグ制がはじまった1950年から2023年までの1試合平均得点をグラフにしたものが以下だ。

これを見ると、近年で最も低い水準にあったのがやはり違反球が使用された2011年、2012年だ。2012年は1試合平均がわずか3.26点。そのうえこの2年間はいわゆる「3時間半ルール」により延長戦を戦うことが少なかった。これにより1試合平均得点は極めて少なくなっている。

そしてその2011-12年にかなり近い状態であるのがこの2023年(3.48点)なのだ。これほど得点が少ないシーズンは2011-12年を除くと1960年代まで遡る。ここ数年のNPBは歴史的に見てもかなり稀な、異常に得点が入りにくい環境で試合が行われているのだ。ノーヒットノーランや完全試合が多発していることからも、異様さを感じた人もいただろう。客観的に見てもこれほど得点が入りにくくなっているのだ。

上がり続ける投手のレベル

しかしこうした“投高打低”環境はなぜ生まれているのだろうか。2011-12年の違反球時代のように反発係数が規定より低くなっていることを疑ってしまうが、NPBは2022年の時点で反発係数がすべて規定内であることを報告している。2022年は2023年ほどではないものの1試合平均3.57得点とやはり極めて点が入りにくかったシーズンだ。これほど得点が少ないにもかかわらず反発係数の基準はクリアされているようだ。

ではなぜこれほど“投高打低”環境は進行しているのだろうか。これについてよく囁かれる説の一つが「投手のレベルアップ」だ。

近年日本球界では投球のレベルが目覚ましい向上を見せている。トレーニング方法やデータ分析のレベルが向上し、よりよいボールを投げるためのノウハウが多くの選手に共有されることとなった。これにより投手のレベルが急激に上がっているのだ。

実際、球速だけを見てもそれは明らかだ。2014年にNPB全投手のストレート平均球速は141.4km/hだったが、これが年を経るごとに右肩上がりに上昇。2023年には146.6km/hにまで到達している。この上昇にはこの間に起こった計測機器の変化も影響しているが、投手自体のレベル向上が主要因であることは間違いない。

そして野球において打者はあくまで投手のアクションに対応する立場にある。前述した「投手のレベルアップ説」は向上する投手のレベルに打者がついていけず実力差が開き、“投高打低”環境が生まれているという考え方だ。この説明で納得できる人も多いのではないだろうか。

「“投高打低”の原因=投手のレベルアップ」は本当?

だがこの説は妥当だろうか。実はその説だけでは“投高打低”の十分な説明にならないことをデータは示唆している。

注目したいのが同球速帯のストレートに対する成績の推移だ。前述のとおりNPBの投手は凄まじいペースでレベルを上げている。これにより打者の成績が低下するのは自然なことだ。よりレベルの高い投球に対しては対応しづらくなる。しかし投手のレベルが同じと仮定できる同球速帯であれば打者の成績は変化しないはずだ。「投手のレベルアップ説」はかつて平均が140km/hだったストレートが145km/hになっているから打てなくなったという話。140km/hのストレートのままであれば現在も数年前から変わらず打てているはずだ。もし仮に投高打低が投手のレベルアップにより起こっていたとしても、同球速帯に対する打撃成績は大きく変わっていないはずである。

この同球速帯ストレートに対する長打率を表したのが以下の表1である。140-144km/hを例に見てみよう。2019年NPBの打者はこの球速帯のストレートに対して長打率.460を記録していた。しかしこの値が年を経るごとに低下。2020年には.454、2021年には.444、2022年には.441、2023年にはなんと.410にまで一気に下がっている。

ほかの球速帯でも傾向は同様だ。年度が進むごとに打者は同じ球速帯のストレートに対する長打率がどんどん下がっている。150-154km/hのストレートに対しては、2019年の.383から2023年は.335まで下がった。打者は同じレベルの投球でもどんどん打てなくなっているのだ。投手のレベルアップとは関係なく、投手のレベルが同じであっても打者が年々打てなくなっていることがわかる。

より詳しく見るとやはり打撃成績の低下が投球のレベルアップとは関係なく起こっていることが確信できる。表2は同様の球速帯別成績を打者のコンタクト率(コンタクト/スイング)で見たものだ。値が高いほどスイングしたうちバットに当てることに成功している。これで見ると年を追うごとにコンタクト率が下がっているということはない。むしろ値は向上しており、数年前から打者の対応力は上がっている様子がうかがえる。

良い打撃成績を残すのに必要な引っぱり率(表3)、フライ率(表4)にしても同様だ。打者は同球速帯のストレートに対して年を追うごとに対応力を下げているわけではなく、むしろ上げている。より長打が出やすい引っぱり打球やフライ打球が増えているにもかかわらず、長打率が下がっているのだ。

そして原因の特定に大いに役立ちそうなのがHR/FBという指標だ。HR/FBとは打ったフライがどの程度の割合でスタンドインする(本塁打になる)かを表した数字だ。打者のパワーを測る際に使われる指標でもある。このHR/FBについてさきほど同様に同球速帯別データを見てみよう(表5)。

同球速帯のストレートに対し、直近の年度になるほど引っぱりやフライといった長打になりやすい打球が増えていることを前述した。こうなるとおのずと本塁打も増え、HR/FBも高くなっていくのが自然だ。しかし表5を見るとHR/FBは年度を追うごとに低下している。140-144m/hのストレートを例にとると、2019年にはフライにすれば9.9%がスタンドインしていたが、2023年には6.6%まで下がった。3分の2にまで低下しているのだ。

これを見れば「投手のレベルアップ説」だけではこの“投高打低”を説明できないことがわかる。投手がレベルアップしていなくとも打者は打てなくなっているのだ。

では打者のレベルダウンがなぜ起こったのだろうか。ここ数年で数人の打者がMLBに挑戦したが、それで全体の傾向に影響を及ぼすとは考えづらい。打者のパワーだけが急激に衰えたということもないだろう。となると残された選択肢として濃厚なのは、やはりプレーする環境自体が変わっているということだ。

逆方向の本塁打が激減。ボールの飛び方を決める数字は反発係数以外にも

環境の変化というと何が考えられるだろうか。例えば球場が広くなったりすれば、得点は入りにくくなるだろう。しかしこの5年ほどの間に多くの球団の本拠地が変わり、広くなったということもない。打者のバットの規定が変わり、より飛びにくくなったわけでもない。

そうやっていろんな可能性を検討していくと、思い当たるのはやはりボールだ。これまで1980年代や2000年代に導入された高反発球、2011年に導入された低反発球など、ボールの変更がアナウンスされたシーズンは極端な打高や打低が発生した歴史がある。しかし前述したように、2022年時点で反発係数が規定をクリアしていることはNPBから報告されている。これを聞くとボールに変化は起こっていないようにも思える。ただ実は反発係数が規定をクリアしていてもなお、ボールに変化が発生している可能性は考えられる。

反発係数のほかに、ボールの飛ぶ・飛ばないに対して重要な要素となるのが“抗力係数”だ。抗力とはいわゆる空気抵抗のことである。空気抵抗の力によりボールは失速する。空気抵抗にはボールの形や表面の材質が大きく関係しているようだ。特にボールの縫い目の影響は大きく、縫い目が高くなるほど抗力が強くなる。そして抗力係数が高いと空中でボールは失速し、飛距離が出にくくなる。反発係数は変わっていなくても、抗力係数が高くなることによりボールが飛びにくくなっている可能性は考えられる。

また抗力以外にも“揚力”という要素もある。揚力とは回転によりボールを変化させる力だ。適切な量のバックスピンは打球の飛距離を伸ばす要因となる。

野球以外のスポーツにおいても、ゴルフではボールのディンプル(ボール表面の凹凸)が抗力や揚力に作用し、飛距離に影響する事がよく知られている。ともかく反発係数以外にもボールの飛び方に影響を与える要素はあり、そのため反発係数が変わっていなくともボールが変わっていないとは断言できないのだ。

どうにかしてデータから打低の真相に迫れないものだろうか。今回DELTAでは独自データを分析したが、はっきりした原因にまではたどり着けなかった。

ただ原因究明のヒントになりそうなデータは出てきた。それが以下の打球方向別のHR/FBだ。すでにこのHR/FBが年を追うごとに低下してきていることは説明した。たださらに詳しく見ると打球方向別に大きな違いが出ているのだ。

これを見ると、引っぱり方向のフライが本塁打になる割合はそれほど大きく変わっていないことがわかる。例えば引っぱり方向のポール際へのフライであれば、ここ5年間35%前後でほぼ変わっていない。2023年は2019年に比べても1.3%高かったほどだ。

しかしこれがセンターから逆方向に向かうと、年を追うごとに低下している。例えばセンター真正面のフライは2019年には8.7%で本塁打になっていたが、2023年にはわずか2.6%に落ち込んでいる。逆方向ポール際のフライは2019年は6.6%本塁打になっていたが、2023年には2.2%まで低下している。明確に入りにくくなっているのはセンターから逆方向の本塁打なのだ。逆方向の本塁打はギリギリでスタンドインする割合が大きいため、僅かな飛距離の差が明暗を分けやすいと考えられる。

ただこれが何を意味するのかは断言できない。現状で言えるのはここまでだ。ともかく投手のレベルなど、打低を選手の能力で説明するのが難しいことはわかった。ボールに限らず、NPBの環境自体に大きな変化が起こっている可能性は極めて高い。

MLBではボールの抗力係数まで管理し一般公開。NPBでも

近年MLBは公式データサイトBaseball Savant上でボールの抗力係数の公開を行っている。Alan NathanやDavid Kaganなど野球に詳しい物理学者の知見を参考に、トラッキングデータから取得した4シームの減速具合から抗力係数を推定し記録。野球のゲーム性が適切に保たれるよう、数字を見ながら管理を行っているようだ。それを一般に公開しているというのも驚きではないだろうか。

実際サイト内の抗力係数を見ると近年最も低かったのは2019年。これは近年のMLBで最も高い1試合平均4.83得点を記録したシーズンだ。そこから2020年以降は抗力係数はやや上がっており、それによって1試合平均得点は低下している。やはり抗力係数はリーグの得点環境に大きな影響を及ぼす。そしてMLBでは反発係数だけでなく抗力係数等を併せて見ることで、得点環境をコントロールしているのだ。

NPBでも2011-12年の違反球問題を受け、反発係数に関しては管理が行われているようだ。ただより適切にボールを管理するには、前述の通り反発係数以外の要因も考慮にいれる必要がある。幸いにも現代は日本でもトラッキングデータの入手が容易になってきている時代だ。NPBもより適切に野球のゲーム性をコントロールするには、反発係数以外の要因を考慮する仕組みづくりが必要ではないだろうか。またBaseball Savantのような情報を透明化する取り組みも検討するべきかもしれない。


宮下 博志@saber_metmh
学生時代に数理物理を専攻。野球の数理的分析に没頭する。 近年は物理的なトラッキングデータの分析にも着手。2021年からアナリスト兼エンジニアとしてDELTAに合流
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