• 1.02 Column



4月19日、MLBのマリーンズ・ナショナルズ戦で、イチローの放った打球が当初失策と判定されていたが試合後に安打に訂正されるという出来事があった。打球は三塁手への高いバウンドのゴロで、これを三塁手がファンブルする間にイチローが一塁ベースに到達したというものだ。これによってイチローの安打数はメジャー通算2940安打となり、メディアによってはこの安打を「幸運」「ラッキー」といった言葉で報じている。この出来事をめぐっては、当初の失策という判断への批判など多少の議論があったようだ。


今回は、失策という記録について考えてみたい。


もっとも、失策あるいは守備率が守備の評価として有効でないということはセイバーメトリクスの論点の中でも最も基本的なもののひとつであり、いまさら議論するまでもない。


失策は単なる記録員の「参考意見」であり客観的に守備の貢献度を表すものではないから、ビル・ジェイムズはアウト関与数から守備者を評価するレンジファクターを開発し、現在ではその発想がさらに推し進められて UZRなどの指標が用いられている。


もはや守備の評価は従来の記録方法にとらわれない形に発展しており、公式記録の体系として失策が存在しようがしまいがほとんど関係ない状態となっている。



ここで議論したいのは打撃成績としての失策である。というと打撃成績に失策などないではないかと思われるかもしれないが、実はある。打者が打球を放って塁に出れば通常は安打が記録されるが、その打球が普通の守備であればアウトにされるべきだったと判断されると相手守備の失策ということになり、打者の打撃成績には安打が記録されなくなる。


冒頭で述べたイチローの安打の問題がまさにそれだ。イチローが打球を放って塁に出たという客観的な事実・試合への影響は変わらない。失策がつくかというのは、守備のプレー内容に関する評価の問題に過ぎない。しかし、失策と判断されるかどうかによって打者の成績は変わるし、当然打率などの評価指標も変わってくる。


つまり打者にとっての失策は、成績として表にこそ出てこないが安打を消し去るという隠れた形で存在しており、それが評価に影響を与えている。


このような記録方法は分析的に有効なものと言えるだろうか。通常の努力でアウトにできる打球であろうがなかろうが、出塁は出塁である。試合の目的は勝利にあるから(野球規則1.02)、勝利のためには攻撃時は得点を増やすことが必要であり、得点するためには出塁しなければならない。出塁すれば得点の見込みが高まり、勝利の見込みが高まる。


こういった実利で考えると、出塁するかどうかはもちろん重要だが、出塁したときの打球が通常アウトになるはずのものかどうかという区別は特段の意味をなさない。それは先頭打者のヒットがライト前ヒットであるかレフト前ヒットであるかによってその打者の評価が特に変わるわけではないことに似ている。


A打者とB打者がともに500打数150安打だとしよう。このときB打者には150安打に加えて5の失策出塁があったとすると、B打者の打席の結果のほうがチームの勝利の見込みを高めている。実質的には155安打を放っているイメージだ。しかし現行の記録体系では、失策とされる5の出塁は安打から消し去られ、A打者とB打者が持つ得点への影響が同じであるかのように表示されてしまう。これは、打撃成績から得点への影響を分析したい場合には、好ましいことではない。


もちろん、B打者の5出塁はあくまでも相手守備の落ち度によるもので、例えばOPSやwOBA(打率でもよいが)といった指標で個人を評価する際に155安打分として数えるのは打者の評価としては適切ではないという考え方もあるだろう。現行の記録体系もこのような考え方に基づいているのかもしれない。


しかしこのような考え方には疑問がある。主な問題はフライとゴロでの傾向の違いだ。まず、失策はフライよりもゴロの打球で記録されやすい傾向がある(注1)。打者の中には打球のうちにフライが多い性質の打者もいれば、ゴロが多い打者もいる。そうすると、ゴロが多い打者は失策の存在によりフライ打ちの打者よりも「系統的に(一貫して)」出塁数が過少評価されることになる。結局、失策による出塁が打者の安打としてカウントされない記録方法は、ゴロ打ちの打者による勝利への貢献度を系統的に過少評価している。


先ほどの例で、A打者はフライが多い打者であり、Bはゴロが多い打者だとしよう。記録上は500打数のうち150安打以外の打席は凡退だが、ゴロには一定の失策が見込まれるため、Bは追加的に5の出塁を得ている。これはたまたまそうなったのではなく、ゴロが多いというBの打撃の内容によって、必然的にチームにもたらされている利得と言える。であればBのチームへの貢献を評価するときには失策の分の出塁も含めるべきではないか。


ひとつひとつの失策はたまたまそこで発生したように見えるかもしれないが、ゴロには失策の可能性が(フライよりも相対的に多く)内在しているのであり、Bが獲得した失策は広い目で見ればゴロ打ちの打者に織り込まれた価値なのである。このとき、あえて失策分の出塁を評価から除外することは打者の価値の表現として適当でないと考える。むしろその打者に帰属する貢献として評価していいはずだ。


よく見るwOBAの計算式で分子の出塁に失策出塁が加算されていることも、ここまで述べてきた文脈で捉えれば理解しやすいだろう。


wOBA = (0.72×(四球-故意四球)+0.75×死球+0.90×単打+0.92×失策出塁+1.24×二塁打+1.56×三塁打+1.95×本塁打)/打席


議論を要約すれば、勝利のためのチームの利益という観点からは打撃成績において安打と失策を区別する意味はないし、失策も打者の特性によってもたらされている価値だから、貢献度の評価に織り込むことが妥当と言える。したがって失策分の出塁をあえて安打から除く現行の記録体系は、打者の勝利への貢献度を分析するという観点から言えば有効なものではなく、失策での出塁も含めたところで打者を評価するほうが望ましい。


余談ながら、MLBでは極端な守備シフトが浸透してきており、従来のセンター前ヒットが余裕でアウトになるとか、逆にこれまでなら遊撃手正面の打球だったのがクリーンヒットになるといったケースが出て来ている。


そのような状況において、何が普通にいって内野安打の打球なのか、どこまでが守備者に通常要求される働きなのかといった判断はより相対的で決め手のない問題になっていくように思われる。分析的な有効性もさることながら記録の意味それ自体においても失策という記録は難しい立場に立たされているのかもしれない。


(注1) MLBのある分析ではゴロ打球の2.23%が失策になり、これは失策全体の85%を占めるとされている。またこれは、失策による失点を評価から除く防御率という評価方法においてグラウンドボールピッチャーを系統的に過大評価するという「投手成績としての失策」の問題を提起する。


http://www.hardballtimes.com/the-truth-about-the-grounder/

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