計算式の確認
はじめに当サイトのWARの計算式を見てみよう。WARは、リプレイスメント・レベルの選手に比べどれだけ得点を増やしたか・失点を減らしたかを表すRARを算出し、そのRARをRuns Per Win(勝利をひとつ増やすのに必要な得点数)で割ることで求められる。
投手WAR計算式
SPRAR=(1.39×リーグ平均tRA-PF補正後tRA)÷9×(獲得アウト数÷3)
RPRAR=(1.34×リーグ平均tRA-PF補正後tRA)÷9×(獲得アウト数÷3)
WAR(投手)=(SPRAR+RPRAR)÷RPW
そして投手の場合、先発と救援ではリプレイスメント・レベルが異なる。救援より先発の替えが効きにくいのは理解しやすいところだろう。前述の研究で取り上げたのもこの難易度の差についてだ。この差を表すため、DELTAでは先発であればリーグ平均tRAの1.39倍、救援であれば1.34倍を掛けた値をリプレイスメント・レベルのtRAとしている。リーグtRA(=失点率)が4.00だった場合、先発ならtRA5.56、救援ならtRA5.36がリプレイスメント・レベルということになる。
この1.39、1.34という数字は、おそらく打撃成績と同様に、出場機会順に上位特定人数(あるいは特定%)を除外して残りを合算、という手法が取られていると思われる。tRAだと先発と救援で0.2点前後の差で、前回取り上げたように近年のリーグ全体の先発と救援におけるFIPの差もこの程度なのだが、この方法は救援投手内の比較にしかなっておらず、冒頭で述べた難易度の差異を考慮していない。
無論、全体の成績からリプレイスメント・レベルを測るという手法について、それはそれで一定の妥当性はある。しかし、『プロ野球を統計学と客観分析で考える デルタ・ベースボール・リポート3』で行われた蛭川皓平氏による「守備位置補正の検討」における守備位置補正の算出方法との一貫性を考えれば、やはり先発と救援との難易度の差を踏まえ、救援の評価も同様に位置補正をかけるべきであると考える。
計算式の再構成
まずは前回の記事と同様の手法で、同一シーズン中に先発と救援で30打者以上と対戦した投手の加重成績を合計し、それぞれのtRAを求める(表1)。なお、DELTA内のWAR算定は現在2014~2019年で行われているため、tRAの算出も同期間で行った。
結果としては先発と救援のtRAで0.93点の差がついている[3]。前回の記事で、FIPでは0.78の差があることを紹介していた。tRAは(防御率ベースではなく失点率ベースだが)FIPの拡張版であるため、この結果は概ね予想通りのものだ。
ちなみにセイバーメトリクスの著名な分析家であるトム・タンゴはかつて、投手のリプレイスメント・レベルを先発が勝率.380なのに対して救援は.470と定めた[1]。これは平均的な野手と救援のいるチームがリプレイスメント・レベルの先発しか用意できなかった場合、勝率が.380になるという設定だ。つまり.470-.380で、先発+0.090勝(失点率でー0.90点)を救援のリプレイスメント・レベルと定めている。0.93という結果はこの数字と大きく乖離していない。
これをそのまま計算式に組み込むことで救援のリプレイスメント・レベルを補正する。
RPRAR=(1.39×リーグ平均tRA-0.93-PF補正後tRA)÷9×(守備から独立したアウト数÷3)
この式の変化により、リーグ失点率が4.00だった場合の救援のリプレイスメント・レベルはtRAで5.36→4.63になった。
例として、この計算式を使って2019年の救援投手のWARトップ3の成績を再計算した(表2)。表内のWARは「補正値変更前にあたるもとのWAR」、WAR’は「補正値を変更し新たに再計算したWAR」である。補正値変更前にあたるもとのWARについても独自計算を行ったため、1.02で公開されているWARとは値が異なる点に注意してほしい[2]。
もともと、救援は先発に比べて投球イニングが少ない。またDELTA算出のWARでは登板時の状況も考慮されないためクローザーであろうとも数字が伸びにくいのだが、今回の試算ではそこからさらに数値が落ち込んだ。昨季NPB最高の成績を残した救援投手であるピアース・ジョンソン(阪神)でさえ、WAR’では2.32にとどまっている。
次に2019年のチーム別に先発・救援のWARの計算を行った(表3)。
チーム全体の評価では上記のようになる。もともとチーム投手WARは全体で見ると救援が44%程度を占めていた。これは救援の投球イニングが全体4割くらいであることを考えるとやや高めの数字である。しかし、変更後は約35%となり、先発にかかる比重が増した。これによって、先発と救援登板での難易度の差を如実に表すことができたように思う。
まとめ
個人的な感想としては、先発・救援のリプレイスメント・レベルは失点ベースで9イニングあたり0.2点しか差がないというのは以前より違和感を抱いていたため、今回求められた数値はしっくり来る結果になった。こういった定数や補正値というのは絶対的なものではない。どれだけ計算を重ねたところで証明のしようがないし、時代によって数字は変わる。数字遊びと言ってしまえばそれまでである。
しかし、プロ野球の実情に近しい評価を行う目安としては必要な概念だ。大切なのは「正しい補正値」そのものよりも、それを求める手法をどれだけ客観性を損なわず妥当なものにできるかという点ではないだろうか。
だからこそ、例えばMLBのセイバーメトリクス研究者の間でも守備位置補正値の確たる結論は出ていないし、それ自体は問題ではない。OAAのように一部の守備位置補正を形骸化させるような守備評価が生まれたりもしているが、今後も各界の動向に注視しつつ、それをNPBにどう落とし込んでいくかを探っていくべきだろう。
[1]トム・タンゴの議論については以下で詳しく解説されている。
http://baseballconcrete.web.fc2.com/alacarte/replacement_level_generality.html
[2]DELTAの投手WARでは、機会数として獲得アウト数を採用しているが、今回は守備から独立したアウト数を採用する筆者独自のかたちでWARの算出を行った。そのため、補正前の数値についても1.02掲載の値とは異なる点に注意してほしい。
https://1point02.jp/op/gnav/glossary/gls_explanation.aspx?eid=20032
[3]初出の値に誤りがありました。失礼しました。(編集部)