バントを試みなかった場合とWPAで比較する
バントの有効性を検証する上では、バントを試みた場合と試みなかった場合とを、打者の打力や投手の能力などのそれ以外の条件を揃えて比較を行う必要があるだろう。まずは、その前提としてバントを試みた場合と試みなかった場合でWPAを求め、それをそれぞれの打席数で割ることで、1打席当たりのWPAを求めた(表27)。
このように、無死一二塁からバントを試みた場合にはWPAの平均が-0.012なのに対して、バントを試みなかった場合では0.000となっている。
しかし、無死一二塁からのバントは勝利期待値を低下させる愚策という判断をするのは早計だ。
同じ無死一二塁でも打者のwOBAが高い①のときはWPAも高く、打者のwOBAが低い③のときはWPAも低い。そして、これまでにも見てきたとおり、打者のwOBAが高いときにはバント企図率は低く、打者のwOBAが低いときにはバント企図率が高い。このため、バントを試みなかったときというのは、打者のwOBAが高い場合が多い。バントの効果を検討する場合には、このような点も考慮に入れなければならない。wOBAの高い打者にバントをさせることは効果的でないとしても、打たせても良い結果が期待しづらいwOBAの低い打者にバントをさせることは効果的ということもあるかもしれない。
wOBAに基づいて打者を3つのグループに分けて、それぞれバントを試みた場合とバントを試みなかった場合とでWPAを比較した(表29)。いずれのグループでもWPAが悪化している。wOBAが.350超のグループ①ではバントを試みた場合の方が平均1.8%も勝率が低くなるため、よほどの場合でなければバントを試みない方がよいと考えられる。
では、投手の能力に着目して場合分けを行うとどうなるか(表30)。
投手の能力も打者の能力と同様にWPAに影響を与えていることがわかる。投手の能力に着目した場合分けでは、バントの効果が見えるだろうか(表31)。
投手をtRAに基づいて3グループに分けて検討した結果では、いずれの場合もバントをしない方が良い結果になっている。また、投手の能力が低い場合ほどバントを試みることによるデメリットが大きい。
さらに、打者と投手双方を考慮して場合分けを行った結果についても見てみる(表32)。
打者と投手双方の能力を考慮した結果を見ても、ほぼすべての場合でバントを試みた方が勝利期待値をより下げるようだ。特に打者の能力が高い①の場合や、投手の能力が低いCの場合には勝利期待値の低下が大きい。
無死二塁の場合と比べると、バントを試みることの有効性は下がっているといえる。
バントを試みなかった場合の得点確率との比較
次に1点をとれるかどうかを表す得点確率の違いについても見ていく(表33)。
表33を見ると、バントを試みた場合の得点確率は61.3%なのに対し、バントを試みない場合の得点確率は60.1%だ。無死一塁の場合には、バントをした場合の方が、むしろ得点確率が下がっていたが、無死一二塁の場合は得点期待値はともかくとして得点確率は上昇する。
なお、得点確率に着目すると同期間の無死二塁からのバントを試みた場合の得点確率は64.0%であり、無死一二塁の場合よりも3%ほど高い。わずかな差なので偶然かもしれないが、無死一二塁でのバントは無死二塁でのバントと比較しても成功率が低いことからすると、1点勝負の場合には塁を埋めて、バントという作戦を使いづらくするということも有効かも知れない。
続いて、打者のwOBA別に得点確率を見ていく(表34)。
最も得点確率が高いのはwOBAが.350超のグループ①。打力が高いほど得点確率も高くなっている。
続いて、これまでと同様に打者をwOBAによって3グループに分け、それぞれのグループでバントを試みた場合とそうでない場合とで得点確率がどのように変化するかを調べてみた(表35)。
wOBAが.350超のグループ①を除いてバントを試みた場合の方が得点確率は高くなっている。これは無死または1死で走者が三塁にいるという状況の得点確率が高いことが原因と考えられる。また、打者の打力が低いほどバントをしなかった場合の得点確率が下がるため、バントをした場合との差が大きくなっている。
次に、投手の能力ごとに分けた結果についても見ていく。
投手をtRAに基づいて3グループに分けてみたが、概ね優秀な投手の方が得点確率が低くなっている。では、それぞれのグループでバントをした場合とそうでない場合とで得点確率を比べていく(表37)。
tRAが3.50未満のグループAを除くとバントを試みた場合の方が、得点確率が高い結果となった。優秀な投手ほどバントをした場合とそうでない場合との得点確率の差が大きいということはないようだ。優秀な投手の場合はバントをしてもしなくても得点確率は低く、能力の低い投手の場合はバントをしてもしなくても得点確率は高い。得点確率の差は、バントをしたかしないかよりも投手の能力に大きく影響を受けている。
無死二塁と比較すると無死一二塁の場合は、バントが有効な状況が限定的になるといえる。無死一塁の場合に比べれば、バントが有効な場面もそれなりにはあるといえるが、バントが試みられがちな状況の割にはそこまでバントが有効ではない。
このようにバントが有効となりづらい理由は無死一塁とは異なる。無死一塁の場合は、1死二塁にしたとしても、得点期待値・得点確率ともに減少してしまっていた。これに対して、無死一二塁を1死二三塁にすると得点期待値は下がるものの、得点確率は上がる。無死一塁の場合には、意図したとおりの結果になったとしても、かえって勝利から遠ざかるのに対して、無死一二塁の場合には、意図したとおりの結果になれば、状況次第では勝利に近づける。
むしろ、無死一二塁からのバントの有効性を下げているのは、バント成功率の低さだ。無死一塁の場合と比べても成功率は10%近く低い。無死一塁の場合には、バントが有効な場面では成功率が低くなる傾向があることがわかっているが、そもそも無死一二塁では常時成功率が低いため、有効な場面で成功率が低くなる効果よりも成功率のベースラインの低さがより強く影響していると考えられる。
裏を返すと、打力が低く、バントを高い確率で成功させることができる打者に試合終盤、僅差の場面でバントをさせるのであれば、バントをさせないよりも有効となることはあり得る。もっとも、バントにこだわるのでなければ、そのような打力の低い打者には代打を出してしまうという選択肢もあることは念頭に置く必要があるだろう。
無死一二塁でのバントは2点以上得点できる確率を高めるか
さらに、無死一二塁でのバントを行うことで、2点以上得点できる確率を高めるかも検討してみた。バント企図率について調べたときに、無死一二塁では、1点ビハインドの場面が最もバント企図率が高くなっていた。また、2点以上ビハインドの場面でも無死一塁や無死二塁の場面に比べるとバント企図率が高くなっていた。これは無死一二塁の場合は、2点以上得点できるということもある程度期待しているとも考えられる。そこで、1点以上得点できる確率、2点以上得点できる確率、3点以上得点できる確率、それぞれバントをした場合としなかった場合とで比較してみた。
2点以上得点できる確率はわずかながら、バントをしない場合の方が高くなっている。この結果からすると、1点だけを取りにいく場面ならばともかく、2点以上を取りに行く場面ではバントを選択しない方が良さそうだ。
ただし、打者の打力次第ではバントの方が効果的かも知れない。そこで、打者の打力ごとにグループ分けしてみた結果についても見てみる。
wOBAが.350超のグループ①では1点以上得点できる確率、2点以上得点できる確率、3点以上得点できる確率のいずれもバントをしない方が高くなっている。それ以外のグループ②③では、2点以上得点できる確率はバントをした方が高くなっている。3点以上得点できる確率はいずれのグループでもバントをしない方が高くなっている。
ここからすると、2点までであれば、打力が中程度あるいはそれ以下の場合にはバントをした方が良い結果につながっているといえる。
まとめ
以上の結果からすると、無死一二塁からのバントが有効な場面は、無死一塁からのバントほどではないにしろ、それほど多くないことが分かった。その原因としては、成功したとしても得点期待値が下がること、得点確率は上がるものの成功率が低いことが多くを占めていると考えられる。
無死二塁と比較すると無死一二塁のバント企図率は高くなっているが、バントが比較的有効になりやすいのはむしろ無死二塁だ。このような逆転現象は、成功率の低さを過小に評価していることが原因ではないか。
これまで無死一塁、無死二塁、そして無死一二塁と比較的バントが試みられることが多い場面について、企図率、成功率、有効性を検証してきたが、それぞれ異なる特徴が浮かび上がってきた。一口に送りバントと言っても、非常に奥深いものだということを実感したが、安易にバントをすることの弊害が大きいということもよくわかった。
市川 博久/弁護士 @89yodan
DELTAデータアナリストを務める弁護士。学生時代、知人が書いていた野球の戦術に関する学術論文を読み、分析に興味を持つ。 その後『マネー・ボール』やDELTAアナリストらが執筆したリポートを参考に自らも様々な考察を開始。
『デルタ・ベースボール・リポート3』などリポートシリーズにも寄稿。動画配信サービスDAZNの「野球ラボ」への出演やパシフィックリーグマーケティング株式会社主催の「パ・リーグ×パーソル ベースボール データハッカソン」などへのゲスト出演歴も。球界の法制度に対しても数多くのコラムで意見を発信している。