2022年4月10日、ロッテの
佐々木朗希が完全試合を達成した。この日は完全試合だけでなく、日本記録タイの19奪三振、日本新記録の13連続奪三振など、圧倒的なパフォーマンスで野球ファンを驚愕させる1日となった。この完全試合について球種や投球コース、配球の分析を行った。
19奪三振0四球のパーフェクトピッチ
2022年の佐々木は完全試合のみならず、過去類を見ないほどの圧倒的な投球を見せている。開幕5試合では打者124人に対して奪三振60、対戦打者の半分弱から三振を奪いながら、与四球わずか5と抜群の制球力を発揮している。特に完全試合を達成した4月10日は圧巻で、打者27人に対して奪三振19と70%の打席で三振を奪った。また、与四球0から
分かるように余計なボール球を与えず、105球と少ない球数で9回を投げ切っている。1試合の投球内容として史上最高と言っても過言ではなく、前代未聞、前人未到の圧倒的な完全試合である。
前に飛ばないストレート、バットに当たらないフォーク
完全試合達成にはどういったボールがどのような効果を挙げていたのだろうか。驚くべきことに、佐々木の完全試合はほとんど2球種で達成された。投球の95%がストレートとフォークで占められている(表2、図1)。
ストレート
平均160km/hに迫るストレートの球速は驚異的だが、この日の佐々木がストレートで奪った空振りは2と意外にも少ない。ストレートでの空振り/スイングは6.7%。NPBの平均が15%程度であるため、この日の佐々木はストレートで平均レベルにも空振りを奪えていなかったことが分かる。一方でフェアゾーンに飛んだ打球も4個と少なく、スイングの80%がファウルとなっている。ストレートは空振りこそ奪えなかったものの、ストライクカウントを先行させる上で重要な役割を果たしていたようだ。前に飛ばされない安全な球種だった。
なお、佐々木のストレートは開幕5試合で空振り/スイングが24%と、リーグ平均を上回る高水準である。決して空振りを奪えない性質のストレートではない。この日のオリックス打線は佐々木のストレートに空振りしないための対策を取っていた可能性が考えられる。
フォーク
この日の佐々木が奪った19個の三振のうち、実に15個がフォークでのものだった。フォークでの三振は全て空振り三振。この日のフォークはスイングされた27球のうち、77.8%の21球が空振りとなっており、前に飛ばすどころか、バットに当てることすら困難な魔球と化していた。空振りを奪えなかったストレートとは対照的な結果である。
ちなみにフォークは開幕5試合で163球投じられ、スイング104に対して空振りは69。実に66.3%と圧倒的な空振り/スイングを記録しており、これは2014年以降にシーズンで163球以上フォークを投球した投手でトップの数字である(2021年までの1位は2019年に阪神のラファエル・ドリスが記録した60.0%)。
なお、一般的な傾向として、ストレートの球速が速ければ速いほど投手はフォークで空振りを奪いやすいようだ(図2)。平均160km/hに迫る佐々木のストレートは、落差の大きいフォークを魔球に変貌させるには十分すぎるほどの球速と言えるだろう。オリックス打線は160km/hのストレートこそ空振りしなかったが、ストレートを意識しすぎた結果、フォークに対応できなかったのかもしれない。
カーブ
この日佐々木がカーブを投じたのはわずか3球。ただそのうち2球が吉田正尚の第2打席で投じられた。この打席、佐々木は初球カーブで見逃しストライク、2球目もカーブを連投し空振りを奪っている。この試合、吉田はストレートとフォークの見極めに苦戦したとのコメントを出しており、実際にストレートは全て見逃し、フォークは全てスイングしたが5球中4球で空振りに終わった。圧倒的な2球種の二択を迫られている状態で、第2打席のカーブ連投は上手く意表を突いていたようだ。
スライダー
この日投じられたスライダーはわずか2球。右打者の0ストライク、1ストライクで投球された。2ストライクでは投球されず、カウント球としてのみ使用されている。
カウント別の配球から シンプルイズベストな投球
次に、どのカウントでどの球種がどのコースに投げられたかという情報から、よりミクロな分析を行っていく。
0ストライク時
ストライクが欲しい0ストライク時は、打者の左右を問わず徹底してストレートをストライクゾーンへ投球している様子が分かる。投球はストライクゾーンの真ん中からアウトコースに集中しており、見逃しとファウルで安全にストライクを稼いだ。
対右打者では70%の投球がゾーン内に集まり、テンポよくストライクカウントを増やしていた。ただし、ストライクを優先したせいか真ん中付近の甘いコースも多く、2球ほどフェアゾーンにも飛ばされている。
対左打者ではゾーン内への投球割合が60%程度と、対右打者に比べ若干低い水準である。アウトコースへの投球割合の高さから、左打者へのファーストストライクに慎重な様子が伺える。
1ストライク時
1ストライク時はストレートの割合が低下し、フォークの割合が上昇している。
対右打者ではゾーン内への投球を徹底。前に飛ばされないストレートを武器に打者を2ストライクへ追い込むことに成功した。また、真ん中付近のフォークで見逃しストライクを記録していることから、フォークの落差の大きさが伺える。
対左打者ではフォークの割合が上昇し、ボールゾーンへの投球が増加している。ゾーン内のストレートは大多数がファウル、ゾーンから落ちるフォークでは多数の空振りを奪っており、ホームベース上の勝負で打者を圧倒していた。ただし、アウトコースに外れた投球は見逃されていたようだ。左打者のアウトコースへの制球は微かな突破口に見えたが、佐々木が制球の乱れから自滅する事はなかった。
2ストライク時
2ストライクに追い込んでからはフォークの割合が急激に上昇。ストレートの割合を上回っている。また、2ストライクで投じたストレートは全て160km/h以上を記録、平均162km/hと異次元のスピードを発揮していた。
対右打者では主にアウトコースのフォークで空振り三振に仕留めている。真ん中付近の甘いストレートも投じられているが、160km/hを超える圧倒的な球速でファウルに抑えていた。
対左打者ではフォークが投球の70%を占めており、低めのフォークで空振り三振の山を築いている。ただし、高めに浮いたフォークはフェアゾーンに飛ばされており、この投球は完全試合阻止の数少ないチャンスだったと言える。
まとめ
佐々木の完全試合は、圧倒的な球速のストレートと魔球と形容できるフォークの二択を迫るシンプルな投球術で達成されていた。前に飛ばない160km/hのストレートで2ストライクまで追い込み、低めのフォークで三振を奪う。言葉にすれば単純明快だが、これは佐々木の圧倒的な球威があってこそ成り立つ、シンプルイズベストな配球と言えるだろう。160km/hの球速とコントロールが維持される限り、佐々木の快進撃は続く見込みだ。
宮下 博志@saber_metmh
学生時代に数理物理を専攻。野球の数理的分析に没頭する。 近年は物理的なトラッキングデータの分析にも着手。