“打者の調子”は本当に存在するのか? 「最近5試合の打率」から調子を見抜くことはできるのか?

市川 博久

2024.04.01


長いシーズンではそのときどきで調子の良い打者を起用することが重要であると言われる。野球中継で最近5試合や10試合の打撃成績が表示されることもあり、ファンもそれを見て打者の調子を判断しているのではないだろうか。しかし、短い期間の成績をそこまで信用して良いのか疑問もある。直近の打率がたまたま高いだけで、調子自体はあまり良くないということもあるのではないだろうか。今回は、そもそも打者の調子という概念が存在するかどうか、そして最近の成績でどれだけ調子の良し悪しを判断できるのかを検証していきたい。

1.あなたはコンピュータが作った架空の成績を見抜けるか

最初にちょっとしたクイズをしてみる。

以下に9人の打者のシーズン打率推移を示した[1]。ただの打率ではなく直近30打数を切り取った打率の推移であるため、テレビでよく見る最近数試合における打率の推移のようなイメージで考えてもらってよいだろう。

だが実はこのうち実在する打者のグラフは1つしかない。残りの8つはその打者と同じ打率に設定したシミュレーションモデルを用いて作り出した架空の成績推移だ。例えば、実在の打者のシーズン打率が.280ならば、架空の打者の打率も.280に設定してある。

架空の打者8人の打率は常に一定であり、調子などという概念は存在しない。安打を放つ確率は全ての打席で同じで、折れ線の上下はランダムに決まる。これに対して実在する打者の成績はシーズンでの実際の推移を再現している。この打者は2021-23年のあるシーズンに300打席以上立った打者だが、先にそれを明らかにすると実際の成績との照合で答えが分かってしまう可能性が高まるため、後に明らかにする。

グラフを見るといずれの打者も直近30打数の打率がかなり激しく乱高下しているように見える。一時は1割を切る打者もあれば、5割を超える打者もいる。果たして実在の打者を正しく選ぶことができるだろうか。以下改行のあとに答えを記載するのでいったん立ち止まって考えてみてほしい。



























正解は⑤だ。

⑤は2023年の岡大海(ロッテ)の直近30打数における打率の推移を表したものであった。その他は岡の打率(.282)でシミュレーションをしたモデルが生み出した架空の成績だ。

⑤とそれ以外を見比べてみると、8つのグラフはモデルから生まれた完全にランダムな値にもかかわらず、まるで実在しているかのように打率が上がったり下がったりしている。多くの野球ファンは直近5試合で5割の打率を残した打者がいたら好調と感じるはずだ。しかしこれを見るとモデルが出力したランダムな値であっても、数試合を切り取れば打率5割を残すことはある。つまり実在の打者が5割打っていても、特に好調でない可能性は十二分にあるのだ。

このグラフを見ていると、今まで我々が信じてきた“調子”という概念を信じられなくなってはこないだろうか。本当に“調子”が存在するのか、その存在すら疑ってしまいそうになる。


2.「最近◯試合の打率」が高い打者はヒットを打ちやすいのか

とはいえ現実的に“調子”という概念が存在しないとは考えづらい。打者のコンディションの問題、シーズン中に行う打撃フォームの微調整などを考えると、シーズンを通して全く同じ調子が続くとは考えづらい。

ただ存在するからといって、それで成績から調子の良し悪しを見抜くことができるかについてはまた別の話だ。ここからはさきほどとは別の方向から調子の良し悪しを見抜くことができるのかを検討していく。

野球中継でもシーズンの打率とあわせて「最近○試合の成績」が表示されることは一般的である。感覚的には直近の数試合で4割、5割の打率ならば何となく打ちそうな気がするものだが、このような感覚は正しいのだろうか。さきほどランダムなモデルでも数試合を切り取れば5割以上の打率を記録することがわかったが、実際の打者であれば高打率を記録している場合により打ちやすくなる傾向があるかもしれない。

ここでは2021年から2023年までの記録を利用して、直近30打席の成績が極めて高いまたは低い打者の打撃成績を調べてみた。

まずは一般的になじみのある打率に着目して見ていく(表1-1)。

打率については、直近30打席の打率が①.120未満と②.360以上の打者でグループ分けを行った。この間の平均打率は.240から.250付近であるので、ともにそこからは大きく外れた成績だ。

そしてそれらグループについて、肝心の次の打席の打率を見てみると、グループ①では.227、グループ②では.261。直近打てていなかった①は次の打席の成績も悪く、打てていた②のグループは次の打席の成績も良い。こうして見ると直近の成績が次の打席結果の良し悪しに反映されているようにも見える。

しかし、実はこれにはからくりがある。以下表1-2を見てほしい。各グループの打者のシーズン打率(打席数で加重平均したもの)を見てみると、①は.215、②は.275。そもそも直近打てていなかった①グループには打力の低い、打てていた②グループには打力の高い打者が集まってしまっていたのだ。つまりさきほど次の打席の打率に調子の良し悪しが反映されていたように見えたのは打者の能力が反映されていただけであった。

同じように総合打撃指標wOBAに基づいてグループ分けした結果も示しておく(表2)。さきほどの表1-1と1-2を合わせたかたちの表だ。

wOBAについては直近30打席の値が③.150未満の打者と④.450以上の打者でグループ分けした。該当打者のシーズンwOBAと比較してみると、やはり打者の能力を反映しているに過ぎず、調子の影響が表れているとは断定できない結果となった。シーズン終了時点で良い成績を残せる打者はその一部分を切り抜いても良い成績を残していることが多いという当たり前のことが確かめられたに過ぎない。

以上のように打率を使ってもwOBAを使っても、直近30打席の成績を見てみるだけでは次の打席の結果を予測することはできない。これらから最近数試合の打撃成績だけを見て調子を判断することは難しいといえる。

3.「普段より最近の成績がよい打者」はヒットを打ちやすいのか

しかし、これだけで打者の調子を判断することは難しいという意見には反論も考えられる。「調子が良い」というのは、直近の試合での成績が普段の成績と比べて優れている場合を指すのだから、それまでの成績も考慮すべきだという意見だ。

単純に直近30打席の打撃成績の絶対値でグループ分けする方法では、その成績の良し悪しに起因するのか、単に打者の能力に起因するのかを区別することができない。それまでの打率が.330の打者であれば、直近5試合で.300打っていても好調とは言われないだろう。一方、それまでの打率が.230の打者が直近5試合で.300打っていれば、好調と言えるだろう。

そこで、直近30打席とそれまでの打撃成績の差に着目していく。要するに「普段より」打てている・打てていない打者の成績を比較するのだ。こうすれば、打者の能力の影響をある程度補正して、好調または不調の打者を抜き出すことができそうだ。

では、直近30打席の打率がそれまで(直前の打席まで)の打率よりも.100以上高いまたは低い打者の打率がどうなっているか見ていく(表3)。

⑤直近30打席の打率が.100以上低い打者をグループ⑤、.100以上高い打者をグループ⑥とした。それぞれのグループのシーズン通算打率の平均は⑤.258、⑥.260とほとんど同じになっていることから、双方のグループの能力には差がないということができそうだ(この結果からも直近30打席の打撃成績とそれまでの打撃成績の差に着目することで、打者の能力の影響を排除するという目論見は成功したといえる。)。

しかし、肝心の次の打席の打率を比べると、それぞれ⑤.251、⑥.252と全く差がない。直近30打席の打率が極端に良かろうが悪かろうが、その打席の打率には影響がないということだ。

この結果からすると、直近30打席の打率とそれまでの打率を比較する方法でも調子の良し悪しを見抜くことはできないということになる。

では、wOBAを使った方法ではどうか。

直近30打席のwOBAがそれまでに比べ、.120以上低い打者をグループ⑦、.120以上高い打者をグループ⑧とした。それぞれのグループのシーズン通算wOBAの平均は⑦.328、⑧.333とほとんど同じになっていることから、双方のグループの能力には差がないといえる。

そして、肝心の次の打席のwOBAを比べるとそれぞれ⑦.317、⑧.323とほとんど差がない。打率同様、wOBAで比べてみても直近30打席の結果が極端に良かろうが悪かろうが、影響はないことがわかる。

以上のような結果からすると、直近30打席の打撃成績がその打者のそれまでのシーズン通算打撃成績より極端に良くても悪くても、その打席の結果には差が生じないといえる。直近数試合程度の打撃成績は打者の調子を測るうえで参考になるとは言いがたい。

4.調子の良し悪しがあるとしても、見抜くことができるかは別の話

ただ気をつけなければいけないことは、今回の検証結果は調子の良し悪しの存在までは否定していないということだ。筆者自身が過去に執筆した記事で、(それを“調子”という言葉で表すのが適切かという問題はあるものの)連投や短期間の内に頻繁に登板した救援投手の成績が悪化する傾向を発見している。選手の能力がシミュレーションモデルのように常に不変であるとすれば、説明が難しい現象が起きているのだ。典型的には、疲労や登録抹消には至らない程度の負傷等から、選手本来の能力が発揮できないということは当然あるだろう。おそらくは「調子の良し悪し」というものは存在する(ただしその影響は一般的な野球ファンが想像しているほどには大きくないとは思われる。)。

しかし、調子の良し悪しが存在することと、それらを見抜くことができるということは全く別の話だ。調子の良し悪しが存在するとしても、それを判断できなければ、調子を参考にした適切な選手起用はできない。

今回の検証は極めて単純な打撃成績のみを調べた結果だ。より踏み込んだBatted Ball(打球系データ)Plate Discipline(選球系データ)まで調べれば何らかの好不調の兆候がつかめる可能性はある。

例えば、強い打球が飛んでいる、打球が上がらない、ゾーン外のボールに手を出すことが減っている、空振りが増えているといったことまで調べれば、何かがわかる可能性はある。あるいはさらに進んでトラッキングデータやプロのコーチの観察によって、好不調が明らかになるということもあるかもしれない(本当に好不調の影響と見て良いのかは注意深く検証するべきだが)。

ただいずれにしろ、調子の良し悪しを判断することは非常に難しいということは言える。少なくとも野球中継で流れてくる程度の最近数試合の打撃成績などからは、およそ判断できるものではない。それらをもってして起用を変えるべきではない。下手に直近の成績から判断するくらいならば、それまでの打者のシーズン通算成績を参考にした方がよほど判断を誤る可能性を低くできるだろう。


[1] 今回の手法はすでに存在する先行研究[2]にならったものだ。この研究では、実在するMLBの選手であるトッド・ジールの1999年の成績を元に、実在と架空の打者を並べ比較。実在も架空も同じように変動していることを示した。実際にジールの打率とモデルの打率とを様々な要素に注目して比較していくと、実際の打撃成績とモデルの打撃成績は異なっているという結論に至った一方で、非常に似通っている面もあることも否定できなかった。
[2] (J.アルバート=J.ベネット(加藤貴昭訳)『メジャーリーグの数理科学 上』138頁(丸善出版、2012))

市川 博久/弁護士 @89yodan
DELTAデータアナリストを務める弁護士。学生時代、知人が書いていた野球の戦術に関する学術論文を読み、分析に興味を持つ。 その後『マネー・ボール』やDELTAアナリストらが執筆したリポートを参考に自らも様々な考察を開始。『デルタ・ベースボール・リポート7』などリポートシリーズにも寄稿。動画配信サービスDAZNの「野球ラボ」への出演やパシフィックリーグマーケティング株式会社主催の「パ・リーグ×パーソル ベースボール データハッカソン」などへのゲスト出演歴も。球界の法制度に対しても数多くのコラムで意見を発信している。
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