【法律家の見解】FAに伴う補償は公正に行えるのか

市川 博久

2024.01.28


フリーエージェント(以下、「FA」という。)となった選手が移籍をした場合には、一定の条件のもと補償がなされることになる。この補償が公正になされているのか疑いが生じたこともあったが、どのような問題があり、よい解決方法があるのか。関係するNPBの規則を参照しながら考えていく。

1.FAでの移籍に伴う補償の概略

FA宣言をした選手(以下、「FA選手」という。)がNPBに所属する他の球団に移籍した場合、一定の条件のもとでFA選手と契約した球団(以下、「獲得球団」という。)から、FA選手が元々所属していた球団(以下、「旧球団」という。)に対して金銭または金銭及び選手の補償が行われることになる(フリーエージェント規約(以下、「FA規約」という。)10条1項)。旧球団に所属している外国人選手以外の選手を参稼報酬(以下、「年俸」という。)順に並べ、上位1位から3位の選手はAランク、上位4位から10位の選手はBランク、上位11位以下の選手はCランクとし、FA選手がAランクまたはBランクの場合は補償が必要となる。AランクとBランクで異なるのは金銭による補償の金額のみであり、本稿で取り扱う選手による補償については差異がない。このため、本稿ではその詳細については割愛する。同様にFA選手が初めてのFA宣言をした選手であるか、2回目以降のFA宣言をした選手であるかによって、金銭による補償の金額が異なるが、この点も割愛する。

選手による補償(いわゆる「人的補償」)の内容は、獲得球団が保有する支配下選手のうち、外国人選手、契約した新人選手(新人選手選択会議規約14条による)及び獲得球団が任意に定めた28名の選手を除いた選手名簿から、旧球団が1名の選手を指名して獲得することができる(FA規約10条3項⑴号、同条4項⑴号)。上記の名簿の提示は獲得球団とFA選手の支配下選手契約公示の日から2週間以内(FA規約10条3項⑴号ア、同条4項⑴号ア)、補償の対象となる選手の指名は同公示の日から40日以内に完了させなければならない(FA規約10条5項)。旧球団が選手による補償を求めなかった場合には、金銭による補償で支払われる金額が増える。

そして、旧球団から補償の対象として指名された獲得球団の選手が、移籍を拒否した場合には、当該選手は資格停止選手となり、旧球団への補償は金銭による補償のみの場合と同様となる(FA規約10条7項)。

この資格停止選手とはどのようなものか。資格停止選手とは、プロ野球協約(以下、「協約」という。)60条⑶号に規定されている。資格停止選手となると、資格停止選手名簿に記載され、いかなる球団においてもプレーできず、その期間に相当する年俸が支払われない(正確には、1日につき参稼報酬の300分の1に相当する金額が減額されるが、NPBのプロ野球選手の契約期間は2月1日から11月30日のおよそ300日なのでほぼ同義。)。同じくいかなる球団でもプレーできない出場停止選手(同条⑴号)や制限選手(同条⑵号)と比較すると、年俸の減額が任意的ではなく必要的となっているので、これらよりも処分としては重いということになる。

資格停止選手となると再びプレーをするためには、復帰手続きを経なければならず(協約75条)、復帰が許されるか否かは復帰が正当なものであるとコミッショナーが判断するか否かによる(協約76条)。いかなる場合に復帰が正当とされるかの判断基準は協約上明らかではない。しかし、FA移籍に伴う補償として指名された選手に移籍を拒否することを認めていないことからすれば、容易に復帰を許すと資格停止選手とするという重い処分を科す意味がないため、復帰は容易でないと思われる。

FAに対する補償として移籍することを拒否した場合の他には、ウエイバーによる移籍を拒否した場合(協約118条)、球団が全保留選手名簿に記載した選手がその翌々年の1月9日まで球団と契約を結ばず、球団も保留権を放棄しなかった場合(協約74条1項)に、資格停止選手となるとされる(なお、それ以外のトレードを選手が拒否した場合には、ウエイバーによる移籍の場合と同様に資格停止選手となるのかは協約上明らかではない。協約の文言からすると、そうならないようにも読めるが、本稿の主題から外れるので説明は割愛する。)。

2.なぜ補償の対象として指名された獲得球団の選手が、移籍を拒否した場合の処分が重いのか

さて、選手の移籍拒否に対して協約やFA規約がここまでの厳しい態度で挑んでいる理由は何か。選手は球団との間で契約を結んでおり、選手は球団のために野球活動をする義務を負い(統一契約書4条)、球団は選手に対価として年俸を支払う義務を負っている(統一契約書3条)。そして選手は、球団がNPBに所属あされる(統一契約書21条、協約106条)。これに反する特約は無効である(協約48条。したがって、MLBで認められているノートレード条項は協約及び統一契約書の様式を改正しなければ認められない。)。

このように契約から発生する権利義務関係等の契約者としての地位を包括的に第三者に譲渡する行為を契約上の地位の移転といい、当事者間(球団間)の合意だけではなく、契約の相手方(選手)の承諾も必要とされる(民法539条の2)が、選手は統一契約書で予め契約の相手方がNPBに所属する他球団に変わることを承諾しているため、改めて選手の承諾を得なくても、球団間の合意だけで契約上の地位の移転がなされることになる。

このように予め選手契約の譲渡を承諾するとの条項があるため、選手には契約する球団を積極的に選択する自由(特定の球団を契約先に選ぶ自由)のみならず、消極的な自由(特定の球団との契約を拒む自由)も著しく制限されている。こうした強固な制約は、一般社会ではほとんど見られないプロ野球特有の制約であり、その妥当性は問題となり得る。しかし少なくとも、協約その他の規約及び統一契約書によってつくられている球団と選手との契約の秩序においては、移籍を命じられた選手がそれに逆らうことは許容されていない。

FA規約が補償の対象として指名された選手の移籍拒否に極めて厳しい態度で挑んでいるのは、このような理由に基づくと考えられる。

3.選手による補償を選択する場合において、選手が移籍を拒絶した場合に、事実上補償の対象とする選手を変更することの問題

旧球団が選手による補償を選択する場合には、獲得球団が提示した名簿から自由に移籍させたい選手を指名することができ、獲得球団や選手の意向を確認する必要はない。しかし、選手が移籍を拒否するような意向を示したために、獲得球団と旧球団とが協議を行って、補償の対象とする選手を事実上変更しているのではないかとの疑いが生じることもある。真相は定かではないが、仮にこのようなことが行われているとしたら、どのような問題があるだろうか。

まず考えられるのは、こうした行為がFA規約において許容されていないのではないかとの問題である。最大限善意に解釈すれば、こうした行為があったとしても、それはFA規約10条7項の「指名」がなされる前に、旧球団が選手の意向を獲得球団に確認してから、改めて別の選手を補償の対象として「指名」したということもできるかもしれない。

FA規約は、補償の対象となる選手を指名する前に、旧球団と獲得球団とが連絡を取り合ってはならないとも、補償の対象の候補となる選手の契約の内容(推定ではない実際の年俸額や出来高の有無及び内容、その他の特約の有無及び内容)や故障の状況の照会を行ってはならないとも書いていない。その過程で「たまたま」指名候補として考えていた選手の意向が旧球団に伝わってしまい、移籍後のモチベーションの問題から期待通りの活躍ができない可能性等を総合的に考慮して、別の選手を補償として指名したのかもしれない。以上のような経緯であれば、形式的にはFA規約に反するものではないともいえる。しかし、いずれにせよFA規約が定める補償の本来の趣旨に反することは間違いない。それは以下の問題からも明らかである。

まず指摘できるのは、獲得球団にとって本来の想定よりも不当に有利な結果となるという点である。仮に補償の対象と考えていた選手が移籍を拒否していることが分かった場合に、旧球団が他の選手を移籍の対象として指名すると獲得球団が補償の対象から外すことができる枠が28人から実質的に広げられてしまう。FA制度導入時にいかなる理由で補償の対象とする選手から外せる選手数を28人と決めたかは明らかではないが、こうした行為を許すとFA規約で定められた限度以上に選手を保護することになってしまい獲得球団にとって不当に有利な結果となる。

さらに、こうした行為がなされることは、旧球団にとっても不当な利益を生じさせているということもできる。仮に指名した選手が移籍を拒否した場合には、当該選手は資格停止選手となり、当該球団は選手による補償を選択しなかった場合と同額の金銭による補償のみを受け取って補償が完了することになる。

FA規約には指名した選手が移籍を拒否した場合に、別の選手を改めて指名することができるとも、当初から選手による補償を選択しなかった場合と同じ扱いにすることができるとも書いていない。まして獲得球団が提示した名簿の内容を書き換えさせるなどという行為は明らかにFA規約に反するものであろう。補償として指名した選手が移籍を拒んだら、選手による補償を受けられない以上、この結果を嫌って別の選手を指名することは、旧球団が不当な利益を得たといえる。

FAに伴う補償の対象とされた選手が移籍を拒絶した場合に、方法の如何を問わず、別の選手を移籍の対象とすることには、以上のような問題がある。

4.NPBの関与により問題を解消することができるか

こうした問題を解決する手段として、NPBを関与させることが必要だという意見がある。確かに、現行のFA規約では、NPBが関与するのは契約書の受理や公示の場面のみで、獲得球団が旧球団に提示した選手名簿を確認することはない。このため、現在の制度ではNPBが適正に補償がなされているか監督することは不可能である。

例えば、選手による補償を維持するとしても、次のような補償制度にすれば、不正の発生は現在よりも抑制されると考えられる。

① 獲得球団はNPBに外国人選手、契約した新人選手及び獲得球団が任意に選択した28名の選手を除いた名簿をNPBに提出する
② 旧球団は①と同時期に獲得球団に所属する外国人選手及び契約した新人選手以外の選手で、補償として指名することを希望する選手を最大29名、1位から順位をつけた名簿をNPBに提出する
③ NPBは①と②の名簿を照らし合わせて、①の名簿に記載されている選手のうち、②の名簿に記載されている順位が最も高い選手が、獲得球団から旧球団に移籍する選手となったことを公示する。
④ 仮に②の名簿に記載されている全ての選手が①の名簿に記載されていなかった場合は、選手による補償がなかったものとし、金銭による補償のみがなされる(金額は現行FA規約と同様、選手による補償がなかった場合に比べて高額となる。)。
⑤ ③の公示後に、移籍することとなった選手が移籍を拒絶した場合は、資格停止選手とし、旧球団には④の場合と同額の金銭による補償のみがなされる。

このような補償制度にすれば、NPBが補償の公正な履行を監督できるようになる上、事務処理の負担は単純に名簿を照らし合わせるだけであるため、あまり人員に余裕のない現在のNPBでも十分に対応できると考えられる。

しかし、そもそもの問題として、現行のFA規約においても旧球団が獲得球団に配慮して、いわば談合のようなかたちで補償の対象となる選手を決定することで、資格停止選手が生まれることを防ぐということは、想定されていたのであろうか。本来であれば旧球団が獲得球団に配慮する義理は全くないはずである。FA規約を素直に読めば、旧球団は名簿に書かれている選手から最も戦力になる選手を指名し、獲得球団もそれを予測して名簿を作成するという対応を取るはずである。名簿に書かれていても生え抜きのベテランや功労者だから指名することを見送るとか、旧球団が配慮することを期待してあえて取られたくない選手を名簿に記載して他の選手を名簿から外すとか、そうした行動は本来制度が予想している行動ではない。考えようによっては、選手が移籍を拒否すれば、旧球団は選手による補償がない場合と同額の高い金銭を得た上で、獲得球団の戦力を削れるという利益も得られる(しかも場合によっては、獲得球団と所属する選手との間で不信感を生み出すことすらできる)状況をみすみす捨てているともいえる。

しかし、NPBに所属している球団がこのような選択をすることはあまりないと思われる。推測にはなるが、どの球団も自球団の利害に大きな影響がなければ、ことさらに他球団に大きな損害が発生することを避けるのではないか。というのも、各球団は毎年勝利を巡って競争する相手であるとともに、リーグ経営という点では協力関係にあるためである。それによって自球団の戦力が大きく上昇するならばともかく、そうでないような場合に他球団に大きな不利益を与えることによって相対的に自球団に有利な状況を作り出すということは、協力してリーグを経営している関係にある相手に対してやることではない。どちらかの球団の経営母体が変わるか、リーグが消滅するまでの長期間、関係が続くことを考えれば、些細な利害で、もめ事を起こすことは好ましいとはいえない。12球団しかない狭い社会であるNPBは、球団間での紛争を極力避けようという思考になりやすい環境といえる。

そう考えると、どんなに規約を厳しくしてNPBによる関与を設けたとしても、談合的な行為がなされない補償はない。上で例示したような手続きにしたとしても、①と②の前に獲得球団と旧球団とが話し合って、共同して名簿を作るなどという行為がなされれば、全く意味がないことになってしまう。資格停止選手が生まれる結果となっても、FAに伴う補償は公正になされるべきであると考える球団は多いとは思えない。それは誰もが望まない結果だからである。

5.選手による補償の根本的な問題

以上のように、選手による補償が公正になされないのはFA規約の問題ではなく、球団間に(自分たちで作った)規則を守るよりも、お互いにとって不都合な結果を避けようという姿勢があることにあると考えられる。こうした姿勢がある中、選手が移籍を拒否した場合には、当該選手が資格停止選手となるという結果を規則だから仕方ないと受け入れられることは難しい。

筆書は以前にも別の理由から選手による補償に反対する記事を書いており、今でもその考えが変わっていないが、そうした私見を置くとしても、現在のNPB各球団の姿勢からすると、選手による補償をFA規約どおりに運営していくことは難しいと思う。通常のトレードと異なり、球団間での事前調整を経ることなく、選手を移籍させるという制度であるだけに、選手の反発を事前に察知して悲劇的な結果を回避するように動くことは難しい。

FA移籍の際に旧球団に対する補償を必要とするにしても、獲得球団の選手を旧球団に移籍させる方法にこだわる理由はないはずである。公正に制度が運営できることが見込めないのであれば、現在のNPBの環境でも運営できる制度に変更するべきである。

市川 博久/弁護士 @89yodan
DELTAデータアナリストを務める弁護士。学生時代、知人が書いていた野球の戦術に関する学術論文を読み、分析に興味を持つ。 その後『マネー・ボール』やDELTAアナリストらが執筆したリポートを参考に自らも様々な考察を開始。『デルタ・ベースボール・リポート6』などリポートシリーズにも寄稿。動画配信サービスDAZNの「野球ラボ」への出演やパシフィックリーグマーケティング株式会社主催の「パ・リーグ×パーソル ベースボール データハッカソン」などへのゲスト出演歴も。球界の法制度に対しても数多くのコラムで意見を発信している。

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