ストライクゾーンに測定器 NPB、球審の技術向上へ
日本野球機構(NPB)は2日、球審のストライクゾーン判定の精度向上を目的として、投球の軌跡を精密に測れる機器「トラックマン」のデータ活用を始めると発表した。 デンマークに本社を置くトラックマン社と契約し、各球団が球場に設置している機器が測定したデータを取得。球審はNPBが開発したタブレット端末のアプリを使い、自らの判定とデータが示すストライクゾーンとの差異を検証し、技術向上に努める。〔共同〕(2019.8.2)

NPBにも導入される球審の技術向上システム

旧聞に属するが、記事を見たときの印象が今でも強く残っている。やはり来たか、という印象である。発表の文言は日本らしく婉曲なものとなっているが、MLBで球審の技術向上のために導入されたクエステック・システムと同じように運用されるようである。

現行の技術水準で、測定機がストライクゾーンを捕捉できないはずがない。テニスも、バレーボールもルール上、審判の裁量の及ばないアウト・インの判定についてはチャレンジが認められ、機械により最終判定が下される。野球も、いずれこの趨勢から逃れられないことは明らかである。今回はまだ参考データの域を出ないのだろうが、いつの日にかゾーンが完全な機械による判定となることは十分に考えられる。

公認野球規則定義74によりストライクゾーンは以下のように定められている。

打者の肩の上部とユニフォームのズボンの上部との中間点に引いた水平のラインを上限とし、膝頭の下部のラインを下限とする本塁上の空間をいう。 このストライクゾーンは打者が投球を打つための姿勢で決定されるべきである。

少なくとも、コース(ゾーンの横幅)の判定については疑念の余地なく即時導入が可能である。動かない、定められた形状の本塁ベースの上空をボールが通過するかだけ。少なくともルール上はここに審判の判断や裁量が入り込む余地はない。上からカメラで撮ればいいだけの話である。結果を何らかの方法で(イヤホンの音声やスコアボードでの電気表示など)球審に伝達すれば完了だ。

問題は高さで、ルール上に定められた曖昧な概念はどうしても審判の判断を介する必要がある。そもそも「打者が投球を打つための姿勢で決定されるべきである。」なんて審判の一存で決めてくれと言っているようなもの。測定器による判定を高さにまで完全適用するならば、ルールの整備を含めた準備が必要となってくるだろう。もう少し一義的で明確な定義が必要である。同じ打者に対して、ユニフォームの着こなし(ベルトの高さ)でゾーンが異なるといったような事態も避けたい。

また、もし定義を現行ルールのままとしても、コースについて外部から審判に知らせ、審判は高さのみを判断する運用であれば問題なく機能するだろう。コースの判定がストライクと表示された球でボール判定が下された場合、どこが外れていたのか、ボールの判断の責任はどこにあるのか明確になる。負担を減じられた審判の判定がより正確になる可能性もある。それにしても今世紀初頭には既に実用化されていたシステムであるわりには、機械化される速度が非常に遅いようにも感じられる。

ほかのスポーツとは異なり、測定機による判定はもろ手を挙げて歓迎されているわけではない様子もある。確かに、導入のメリットは明らかであるが、デメリットが一切なしとは言い切れない。ただし、ルールで明確に一義的に定められている以上、その通りに運用されるのが本来の姿である。フォーマルな責任ある回答を求められれば導入賛成の方が正当性を持つのだ。

さて、MLBでは測定機判定との一致率90%を基準として、それを割った審判はプレーオフへ出場できないといったような運用がなされている。本邦でもクエステック・システム導入となれば、審判は判定基準を測定機に近づけてゆくしかないだろう。この時、最大の問題となりそうなのはストライクゾーンが現行のものと異なってしまいそうなこと。そしてこの変化は野球の枠組みにまで大きな影響を与えてしまいそうな点である。

NPBにおける球審のストライクコール状況

以下の図1は2019年のNPBペナントレースにおける、打者が見逃した投球に対する球審のストライクコール率を左右の打者別にまとめたものである。DELTAのデータは目視により行われたデータだが、ここでは取り扱いに注意しながらNPBにおける球審の判定傾向を確認していく。

pict ①右打者と左打者
 

本来、無意識にコールすれば打者の左右で有利・不利はないはずだが、左打者の方が見逃した投球をストライクとコールされやすい傾向にある。ストライクゾーン内の投球について、右打者は17,453球ストライク宣告されたのに対して、ボール宣告は3,193球でストライク率は84.5%。左打者は17,203球のストライクに対して2,931球のボールでストライク率は85.7%であった。数字のスケールを合わせれば、左打者の方が183球ほど多く見逃した投球に対するストライク判定をくらっている。

また、高さまたはコースがストライクゾーンの長さの1/6未満の外れとなっているタマ(以下ギリギリのボールと呼称する)の場合でも、左は4,080球のストライク宣告に対して8,877球のボール宣告。右は4,325球のストライクに対して9,786球のボール。ここでも109球ほど左打者の方が多くストライクを宣告されている。


②高低

高めはルールよりもストライクを宣告されにくい運用になっているようだ。特に頭に最も近いコースであるインハイ。ここはひとつ狂えば事故につながりかねないため、危険回避と円滑なゲーム運営のために気楽にストライクを宣告しない、そういったストッパーがはたらいているようだ。審判はストライクゾーンを通過したとの強い確信がある場合のみストライクをコールしているようで、おそらくこの点は世界各地の審判の認識として共通するものであろう。

また、高低がギリギリの投球はコースがギリギリの投球よりもストライクと言われにくい。例として図1における対右打者のストライクゾーン外角高めをさらに4分割してみる(図2-1)。この4つに分けたコースのうち、最もカドギリギリ、すなわち最も高く最も外側のコールに投じられたタマは34.6%の確率でストライクと言われる(ストライクなのに65%ほどはボールと言われるのも凄いが)。

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また4つのうちコースがギリギリで高さが上から2番目(少し余裕がある)のとき、81.1%の確率でストライクとコールされる。今度は逆に高さがギリギリでコースが外から2番目のときを見てみよう。誤差を許容するとしてもこのタマは81.1%近辺の確率でストライクと言われていなければおかしなことになる。コースがギリ・高さ2番目のタマとタテヨコを入れ替えただけのことだからである。ところが、上記の表によればストライクは何と42.7%。コースに対してよりも高さに対して厳しい判定が下されていることがわかる。


③コース

インコースの投球よりもアウトコースの投球に対してストライクがコールされやすい傾向がある(図1)。そのことは、同じコースに投じられたタマが、右打者の時と左打者の時でどのように判定されるかを見れば明らかである。図2-2によれば右打者のアウトローいっぱい(つまり左打者インローいっぱい)のタマは、右打者のとき66.1%の確率で、左打者の時52.8%の確率でストライクとコールされる。同じでなくてはおかしいのに、けっこう変わるものである。

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同様に右打者から見てインロー隅は72.1%、左打者から見てアウトロー隅は76.5%である(図2-3)。物理的な位置関係よりも、プレーを円滑に行うための「野球の世界の中の文脈」が優先されているようにも見える。ただし、このことは試合を円滑に執行する使命を与えられた審判員にとっては必要な裁量の幅なのかもしれない。

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ちなみに、コースについては動かない目安としてホームプレートを基準にすることができるが、高低は不動の目安がなく、対象が常に動いていることも判定を難しくしていると考えられる。


④高低・コースともにギリギリのタマ

ストライクゾーン4隅のギリギリに投じられたルール上ストライクの投球がある(図2-4)。ゾーンを高さ6分割、コース6分割したうちの理想の1/36に投じられたナイスピッチである。基本的にはどの投手もこの投球を目指すことが多いのだろうが、これがなかなかストライクと言ってもらえない。

一番高いのが左打者アウトロー隅で76.5%、低い方では右打者インハイ隅の25.2%となっている。投手目線での最高のパフォーマンスが、ストライクと言ってもらえないのは競技として疑問を感じるところである。

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また、ギリギリのボールについては、かなりの割合でストライクコールされているコースが存在する。例えば左打者のベルトの高さの、アウトコースへのギリギリのボールは70.6%がストライクになっている。同様に右打者のアウトコースベルトのギリギリのボールは70.0%がストライク。いずれもボール球だが右打者インハイ隅のストライクコース(こっちは実際にストライクだ)の25.2%と比較して2~3倍の確率でストライクが宣告されている。


⑤全体として

4隅のストライク率が低いことや、ベルト近辺の高さであればわずかに外れていてもストライクとコールされることから、昔から日米で共に言われてきた「ストライクゾーンは円い」ということを再確認できたと思う。確かにカドに近いほどコースと高さの両方を判定しなくてはならず、判定の難易度が上がるという面はあるだろう。それと同時に、的の中心(つまりど真ん中)からの距離が離れれば離れるほど、「はずれ」の意識が働いてしまい、判定に影響を与えている面も否定はできない。これは野球のルールとはベクトルの異なる話だが、やむを得ない面はある。

なお、右打者のインコース側や左打者のアウトコース側、つまり三塁側は一塁側に比べてストライクとなる可能性がやや高い。「一塁側へ投じられたストライクゾーンのタマ」は、全体で83.2%がストライクとコールされた。逆に「三塁側へ投じられたストライクゾーンのタマ」は、85.7%がストライクとコールされた。これはすでにMLBで言われていることだが、捕手はほぼすべてが右利きであるため、左から右へミットを動かす方が自然に、楽にできる。このため、三塁側へのボールの方がフレーミングしやすい、という研究結果がある。

日本でも事情は同様のようであり、このようなストライク率の非対称はフレーミングが機能して、現実に効果を発揮している形跡と見ることができる。なお、左右のどちらの打席であれ通常は内外角均等に投球されることはない。基本的に多く投じられるのはアウトコースであり、左打者の場合は三塁側の投球がアウトコースになるため、フレーミングの効きやすいボールを多く投げられていることになる。このことは、左打者の方が多くストライクをコールされてしまうことの1つの原因ともなっている。


後編「トラッキングデータ時代にフレーミングが存在することの正当性を考える」に続く
道作
1980年代後半より分析活動に取り組む日本でのセイバーメトリクス分析の草分け的存在。2005年にウェブサイト『日本プロ野球記録統計解析試案「Total Baseballのすすめ」』を立ち上げ、自身の分析結果を発表。セイバーメトリクスに関する様々な話題を提供している。
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