「セイバーメトリクスは短期決戦では通用しない」、「短期決戦や国際試合ではバントや盗塁など、スモール(ベース)ボールが重要になる」といった言説がよく聞かれる。ただこの説に妥当性はあるのだろうか。東京五輪を前に、この問題についていまいちど考え直してみよう。

(この記事は2013年WBCの時期にBaseball Concreteにて掲載した記事に一部加筆・修正を加えたものです。)


1.マネー・ボールに対する誤解


セイバーメトリクスと短期決戦の関係についてはわけのわからない誤解が多いと感じます。なぜかよく聞くものに「セイバーメトリクス的なチーム作りはポストシーズン(短期決戦)に弱い」という説があります。

これ自体は『マネー・ボール』本編でも触れられていて、別にそういうわけではない(少なくとも積極的な根拠はない)というのは普通に読めばわかると思うのですが、なぜか素直にそう理解されていません。ビリー・ビーン自身の「短期決戦の結果は知ったこっちゃない」的な発言が「セイバーメトリクスは短期決戦には通用しない。そしてそのことは利用者自身認めている」と妙に拡大解釈されている感があります。もちろんビリー・ビーンの発言は、短期決戦ではセイバーメトリクスの影響が変わるということではなく、試合数が少なすぎて実力が反映されないから結果はほとんどランダムであり負けても仕方がないというごく単純な意味でしょう(末尾の追記参照)

出塁率・長打率を重視するセイバーメトリクス的な戦略に対して、なぜか短期決戦では積極的に犠打や盗塁をして「確実に」点を取るべきだという、いわゆるスモールボール的な戦術が強く主張されます(あえてスモールボールの定義は置いておきます)。2013年のWBCにあたっても、そういう種類の主張を実際に耳にしました。しかし統計的には盗塁や犠打は特に確実な戦術というわけではありません。

普通に考えれば、1試合において勝利の見込みを高めることができる方策があるならそれを繰り返せばレギュラーシーズンでも有効ですし、レギュラーシーズンを通して勝率の見込みを高める方策が1試合単位で見たら逆に見込みを下げる、などということはおかしな話です。短期と長期で有効か無効かが変わると考えるにはかなり特殊な理屈が必要でしょう。自然に考えられるのは、戦略/戦術と言えるかは微妙としても「優秀な投手の集中的な起用」くらいでしょうか。

ちなみに『マネー・ボール』の中には、アスレチックスが犠打や盗塁で得点を「生み出さ」ないから短期決戦で弱いのだという指摘を解説者がするものの、データを見てみると得点はむしろレギュラーシーズンよりも多く、失点が多いことが敗因だという記述が出てきます。ですからその点は単なる誤解であるわけです。



2.シークレット・ソース


また、有名な研究のひとつにポストシーズンの「シークレット・ソース」というものがあります。これは米国のセイバーメトリクス系シンクタンクBaseball Prospectusが出版した『Baseball Between the Numbers』に収録されている論文に書かれているのですが、ポストシーズンでは以下の3つの要素が重要だとする説です。


・クローザーの貢献度
・投手の奪三振率
・守備力

なんとなくポストシーズンは特殊であることを示しているようで面白かったり、打撃ではなく守りを重視していることからスモールボールっぽく見えて日本人に馴染みがいいのか、セイバーメトリクスのコンセプトの中では認知度が高いのがこのシークレット・ソースです。しかし取り扱いにはかなり注意が必要です。

まず前提として、分析者はポストシーズンの成功とレギュラーシーズンの各種指標との相関性を分析したわけですが、示されている3つの要素とポストシーズンの成功との関連性というのは定量的には決して強くはありません。過去のデータを網羅的に調べてみたら一部の項目に多少の相関が見られた、という種類のリサーチです(分析者の発言によって真理が左右されるわけではありませんが、当該リサーチを行ったネイト・シルバーも後日の談話であれは構造的に意味のあるものではなく過去のデータにたまたま見られた傾向かもしれない、ということを言っています)

あくまでも得点が多く取れて失点が少ないほうが良いというレギュラーシーズンもポストシーズンも関係ない一般的な大原則が前提にあって、さらに顕微鏡を通して細かく見てみたらシークレット・ソースの3つの要素がちょっとだけ重要かも、ということです。まずは常識的な大原則があるということを忘れるわけにはいきません。例えばシークレット・ソースの要素に優れている得点率4.5・失点率3.5のチームとそうでない得点率5.5・失点率4.0のチームであれば、後者の方が(得失点差が大きい分)ポストシーズンにおける勝利の見込みが高いということは普通にありえます。仮にポストシーズンを見据えてシークレット・ソースを重視したチームを編成してもトータルの得点・失点が悪ければ本末転倒になりかねません。

そしてまた重要なことに、シークレット・ソースは攻撃における戦術(?)のスモールボールとは関係がありません。『Baseball Between the Numbers』の論文にも、スモールボールがビッグボールに比べてポストシーズンに有効であることの有意な統計的根拠はないとはっきり書かれています。

チーム編成として失点の少なさを重視するスタイルを含めてスモールボールと呼ぶなら、俊足・小型の野手が多くなりそれに伴って攻撃面で犠打や盗塁が増えるということであれば結果的な関連性はあるかもしれません。しかし攻撃面だけを切り取って見てみると、盗塁や犠打で得点を「作り出そうとする」スタイルも、四球や本塁打で「点が生まれるのを待つ」スタイルも、どちらがポストシーズンで有効ということはなかったのです。

シークレット・ソースの論文ではポストシーズンでは(レギュラーシーズンと比較して)得点が多いことよりも失点が少ないことのほうが重要だという解析結果が示されているわけですが、そうなる理由についてはレギュラーシーズンに対するポストシーズンは相手に「弱いチーム」が存在しないこと、打撃力に対して得点力が非線形の関係を持っていることが関係しているのではと推測されており、これは長期か短期かとは別問題です。「短期決戦」だと特別に守り抜く野球が重要になるといった要素があるとわかったわけではありません。正確かはわかりませんが、守りの重要性が上がるというより得点力はレギュラーシーズンの得点数で評価するとポストシーズンの条件に当てはめるには過大評価になる、というイメージでしょうか。

そもそもポストシーズンに限らず失点が少ないほうがいいのは当たり前で、それに関してはリソースの分配に気を配る必要のない国際大会では攻撃と関係させて考える意味はないでしょう。

「日本は長打力では他の国にかなわないから犠打と盗塁でつないで点を取る日本らしい野球で攻めるべきだ」という主張をいまだに本当に聞きますが、問題はこの主張が思い込みや詭弁という以前に意味不明だということです。日本の打線が犠打や盗塁を重視するかは、そうする場合とそうしない場合とでどちらが日本打線の得点の見込みが高まるかによって判断されるべきであって、他国の打線の長打力とは関係ありません。



3.まとめ


(1)短期決戦は試合数が少ないため結果がランダムに大きくゆだねられますが「だからセイバーメトリクスが有効でなくなる」わけではありません。

(2)スモールボールを失点の少なさを重視する戦略だとしても失点は少ないほうがいいのは当たり前で、攻撃における戦術の選択の議論とは関係ありません。

(3)短期決戦で犠打・盗塁を積極活用するチームが強いという統計的に有意な傾向はありません。

(4)シークレット・ソースもスモールボールとは直接関係ありません。

セイバーメトリクスと短期決戦の関係が少し変に捉えられすぎている、シークレット・ソースに関しては誤解されているか影響力が過大評価されていると感じたので書いてみた記事でした。ちなみに、シークレット・ソースの研究を批判しているわけではありません。むしろ面白い研究だと私も思うのですが、話として面白いからこそ受け取る側は印象が大きくてその定量的な影響を過大評価しがちであり、注意が必要だと思います。

また、価値観として犠打や盗塁が嫌いなわけでもなんでもありません。プレーとしては盗塁を見るのは特に好きですし。ただ事実が事実として普通に評価されないのはどうなのだろうと思います。


※最後に、もちろんこういう話は、詳細には、日本でいうスモールボールが明確に定義されないことには議論しようがありません。

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追記:ポストシーズンに関してビリー・ビーン自身が語っているインタビューがあったので紹介しておきます。まさにビジネスの比喩で考えると、ビーンの言っていることは常識的すぎるほど常識的かと思います。

「金持ち球団が強い流れに戻っている」――『マネーボール』のビリー・ビーンGMインタビュー

ちなみに上記インタビューは2012年。2003年(原著)出版の『マネー・ボール』の中でビリー・ビーンはプレーオフの度に訪れる盗塁・バント論再燃の文脈で以下のように語っています。


「数字を見れば一目瞭然だ。しかし、なんど証明してみせても、また証明しないといけなくなる」(マイケル・ルイス著・中山宥訳『マネー・ボール』347頁(ランダムハウス講談社2004))

蛭川 皓平 @bbconcrete
セイバーメトリクスの体系的な解説を行うウェブサイト『Baseball Concrete』を開設。米国での議論の動向なども追いかけている。
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