「短期決戦では小技が有効」と古くから言われている。しかし、短期決戦になった途端、ある戦術の有効性が上昇するということがありえるのだろうか?この点について調べた研究もあまり目にしないため、短期決戦では小技が有効なのか調べてみた。

ポストシーズンの得点環境

まずはポストシーズンの得点環境がレギュラーシーズンとどの程度異なるのかを調べていく。短期決戦で小技が有効という主張の多くは、短期決戦では得点が入りにくいということを前提にしているため、そうした前提が真実なのかを確認したい。

ここではレギュラーシーズンとCS、日本シリーズにおける平均得点、野手の平均wOBA(weighted On-Base Average)を比較してみた(表1)。なお、今回の分析で使用したデータは2015年から2022年までのポストシーズンのもの。使用するwOBAは計算の簡略化のため、年度ごとの得点期待値から算出したものではなく、各イベントに係数をかけて合計したものを打数と敬遠を除いた四死球と犠飛を足した数で割ったものを使用している[1]

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この期間の平均得点を比べるとレギュラーシーズンでは3.97点と4点近い平均得点となっているのに対して、CSと日本シリーズの合計では3.47点と0.5点ほど平均得点が低くなっている。また、CSと日本シリーズを比較するとそれほど大きな差はない。wOBAで見てもレギュラーシーズンの平均は.321であるのに対してポストシーズンでは.309となっており、打席結果の内容から見ても、ポストシーズンはレギュラーシーズンと比較して得点が入りにくい環境だといえる。

近年で両リーグの平均得点が3.47点を下回ったシーズンは2012年まで遡る必要があり、これに近い平均得点は2022年のパ・リーグの3.50点、2015年のセ・リーグの3.51点くらいしかない。リーグ単位で見ると、2015年から2022年までの期間で平均得点が1年で0.5点変わったことは一度もなく、レギュラーシーズンと比較しても、比較的大きな得点環境の変化があるといえる。

こうした結果からすれば、確かにポストシーズンはレギュラーシーズンと比較してもかなり得点が入りにくいといえる。

このようなレギュラーシーズンとの差異は、ポストシーズンに出場する投手の平均的な能力が高くなっていることにあると考えられる。

ポストシーズンに出場した野手のレギュラーシーズンにおけるwOBAの平均(打席数で加重して平均。投手についても同様。)は.338と同期間の全野手平均である.321よりも相当に高い値になっている(表2)。レギュラーシーズン上位のチームが出場することになるポストシーズンでは、野手のレベルも高くなっているようだ。

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これに対して、ポストシーズンに出場した投手のレギュラーシーズンにおける被wOBAの平均は.293。こちらの数字からもポストシーズンに出場する投手のレベルが高いことが明らかになっているが、レギュラーシーズンとの差は野手以上に大きい。このような現象は、試合数が少ないことでローテーション上位の先発投手が登板する割合が増加すること、救援投手についてもあまり温存策を考えずに、優秀な投手を積極的に起用していることによって起こされていると考えられる。

先発投手の1試合平均投球イニング(表3)を見ても、レギュラーシーズンでは5.74回であるのに対して、ポストシーズンでは5.13回と0.6回(約2アウト分)ほど短くなっている。投球イニングの割合で見ても、レギュラーシーズンでの救援投手の投球割合は35.5%であるのに対して、ポストシーズンでは41.8%となっている。ポストシーズンでは早期に先発投手を降板させて、救援投手を起用する傾向があるようだ。ポストシーズンではローテーション下位の先発投手が投げることは少なくなるため、先発投手の平均的な質も上がっているはずだが、それでも救援投手を積極的に起用されている。これによって周回効果の影響を軽減できることも、平均得点が下がることに繋がっていると考えられる。

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以上のように、ポストシーズンでは出場する野手、投手のレベルがともに上がるが、投手のレベルの方が大きく上がる上、先発投手を早期に降板させる起用法もあって、平均得点が大きく下がっていることがわかる。短期決戦では投手のレベルが上がるために得点が入りにくいとはよく言われるが、それ自体は確かに正しいといえるだろう。

ポストシーズンではバントが多用されているか

ポストシーズンの得点環境を把握したところで、まずはバントについて調べていく。対象とした直近8年間のポストシーズンの試合数は138試合とレギュラーシーズンの総試合数でいえば1ヶ月分にも満たない。このため、あまり細かな場合分けはできないが、比較的試行回数が多いと思われる無死一塁からのバントを対象とした。

なお、過去のデータ収集内容が限定的であったため、今回の検証で対象としたバントとは、打席の結果球となったバントのみを対象としており、2ストライク以外の場面でファウルとなったケースは含めていない。また、非常に稀な場合であるが、2ストライクからバントを空振りあるいはバットを引いて見逃して三振した場合(3バント失敗による三振は含まれる)や3ボールからバットを引いて四球となった、バットを引いて死球となった場合も含まれていない。また、打者が投手である場合も対象から除いている。

それでは、無死一塁の場合にバントを企図した割合を比較していく(表4)。

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ポストシーズンでは無死一塁の場面で約3割バントが試みられている。レギュラーシーズンでは約2割であることから、1割ほどバントが試みられることが多くなっている。ただこのような企図率の変化は、単純にバントを企図しやすいという話ではなく、ポストシーズンでは得点が入りづらく、僅差となる場面が多いことによって起こっている可能性も考えられる。そこで、攻撃側チームの得点差で場合分けした企図率も比較してみる(表5)。

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攻撃側のチームがリードしているか否かにかかわらず、どのような点差であってもポストシーズンの方がバント企図率が高くなっている。特に1点リードの場面ではレギュラーシーズンの28.2%から50.0%まで大きく増加している。こうした結果からすると、バント企図率の変化はポストシーズンの得点環境がレギュラーシーズンと異なることだけでは説明できないといえそうだ。

続いて、イニング別のバント企図率も比較してみる(表6)。

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こちらも試合の序盤であろうと終盤であろうとポストシーズンの方がバント企図率が高い。ポストシーズンでは試合の序盤でもバント企図率が33.2%と極めて高く、試合序盤でのバントは好ましくないとの一般的なセオリーからも離れた結果になっている。先制点を取りにいこうとの気持ちが表れているのかもしれないが、数字を見比べるとCSでの序盤のバント企図率が39.1%と異様に高くなっているのに対して、日本シリーズでは19.3%とレギュラーシーズンよりもわずかに高い程度に留まっている。短期決戦一般で序盤にバントが選択されがちとまではいえないようだ。

最後に打者の打力別にバント企図率を比較していく。当然ながら、打力の高い打者ほどバントが減り、打力が低い打者ほどバントが増える傾向にあるが、ポストシーズンではその割合は大きく変わるだろうか。

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wOBA別に打者を3グループに分けた結果を見ても、いずれのグループでもポストシーズンのバント企図率は高くなっている(表7)。最も打力が低いwOBAが.310以下のグループのバント企図率が最も高く、ポストシーズンでは45.0%にもなっている。

また、レギュラーシーズンとポストシーズンで差が大きかったのはwOBAが.310を超え.350以下である中程度の打力のグループだ。レギュラーシーズンでは15.7%とそれほどバントを指示されることが多くないが、ポストシーズンでは36.9%と2倍以上にバント企図率が上昇している。レギュラーシーズンでのwOBA.310以下のグループのバント企図率が32.5%であるため、それよりも高い割合でバントが企図されている。

これらの結果からすると、ポストシーズンは点差、イニング、打者の打力にかかわらず、バント企図率がレギュラーシーズンから大きく上がる傾向にあり、それらが有効かどうかはともかくとして、短期決戦では小技が重要であるという意識は根強いことがうかがわれる。



ポストシーズンでは小技が有効なのか

ここまでの検証で、ポストシーズンではバント企図率が高くなっていることがわかった。では、こうしたバントは有効になっているのだろうか。レギュラーシーズンと比較して、ポストシーズンは得点が入りにくい。wOBAも低くなっている。優秀な投手が投げることが多くなることからすると、バントをさせなかった場合の得点期待値はレギュラーシーズンよりも低くなっており、バントの有効性が相対的に上がっている可能性もある。

一方でバント企図率が異様に上昇していることからすると、本来はすべきでない場面でバントをしてしまっている可能性も考えられる。また、小技の代表としてバントとともに上げられる盗塁についても、低得点の環境では有効性が上昇しているかもしれない。ここからはバントに加えて盗塁の有効性も調べていく。

まずはバントを企図した場合の結果を調べていく。

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バントを企図した場合の結果を打者と走者の状況によって分類した結果は表8のとおりだ。安打や失策、野選によって打者走者ともにアウトとならなかったのはレギュラーシーズンでは2.7%なのに対して、ポストシーズンでは1.2%と大きく変化していない。

また、打者はアウトになったものの、走者は進塁したのもレギュラーシーズンでは84.2%なのに対して、ポストシーズンでは85.2%と大きく変化していない。走者を進塁させられなかった、併殺なった場合もレギュラーシーズンとポストシーズンで割合が大きく変化していない。

このような結果からすると、ポストシーズンになったとしても、バントが難しくなったり簡単になったりすることはないようだ。

では、バントを企図することでチームは勝利に近づいているのだろうか。バントをした場合、しなかった場合でどれだけ勝利期待値を変化させたかを比較することで、有効性を検証する。ここでは勝利期待値の変化量WPAを打席数で割った値(WPA/PA)を、バントした場合としなかった場合で比較することで、バントが有効か調べてみた。バントをした場合とバントをしなかった場合で単純に比較すると、打者の打力に大きな影響を受けてしまうため、wOBAによって打者の打力を3グループに分けた上で比較している(表9)。

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バントをしなかった場合は、打力に応じてWPAが変化している。打力が高いほどバントをしなかった場合のWPAの増加は大きく、打力が中程度の打者まではWPAの値がプラスとなっている。また、打力が低いグループではバントをしなかった場合のWPAは1打席平均で-0.005となっており、勝利からは遠ざかる傾向が見られる。

これに対して、バントをした場合は、打者の打力にかかわらずWPAはマイナスとなっており、ほとんど打力の影響も見られない。この結果、打者の打力が高いほどバントをしなかった場合との差が大きくなっている。さらに、打力が低いグループであったとしても、バントをしなかった場合の方がWPAの低下が小さいことも分かる。

このような結果からすると、ポストシーズンではバント企図率が高まっているものの、特にバントが有効になっているとはいえない。打者の打力次第ではバントをさせた方がよいことも考えられるが、勝利期待値を基準に比較しても損益分岐点はそれなりに低いことがうかがえる。また、そのような打力の低い打者の場合は、代打も選択肢になってくることからすると、無死一塁からのバントが有効となる場面は、レギュラーシーズン同様に極めて限定的といえるだろう。

なお、無死二塁無死一二塁の場面では、レギュラーシーズンでの研究からも無死一塁とは異なることがわかっており、もう少し有効な場面も多いと考えられるが、十分なサンプルサイズの確保ができなかったため、今回の検証では扱わない。

最後に盗塁についても調べていく。バントについては、レギュラーシーズンよりもポストシーズンでの企図率が上がる一方で、有効性についてはレギュラーシーズン同様に大いに疑問という結果となったが、盗塁はどうなっているのか。

レギュラーシーズンとポストシーズンでの盗塁、盗塁死、盗塁成功率と1試合当たり盗塁企図数を比較してみる(表10)。

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サンプルサイズの問題もありそうだが、ポストシーズンではレギュラーシーズンよりも盗塁成功率が下がっている。ポストシーズンに出場するチームは、レギュラーシーズンと比べて攻守共にハイレベルであると考えられるが、レギュラーシーズンよりも盗塁をする側が優位に立つということはないようだ。

また、1試合当たりの盗塁企図数を見ても、レギュラーシーズンの0.81個から0.64個まで減少しており、バントに比べると企図数も減少している。短期決戦のセオリーからすると意外な感もあるが、これは一塁走者を進塁させる手段としてバントが多用されているため、必然的に盗塁を含むその他の手段は採用されにくくなっているためと考えられる。

いずれにせよ盗塁についても、レギュラーシーズンと比較して有効性が高まっている傾向はうかがわれない。

まとめ

以上のような検証の結果からすると、バントや盗塁のような小技が、レギュラーシーズンと比較してポストシーズンで有効となっているとは言えないことが分かった。検証の前提部分で調べたことによれば、ポストシーズンでは得点が入りにくくなっており、こうした得点環境の変化からするとこの結論は意外と思われるかもしれない。なぜこのような結果となったのだろうか。

得点が入りにくい環境と得点が入りやすい環境を比較すると、得点が入りにくい環境の方が打たせた場合の期待値が低下することは確かだ。しかし、それも程度の問題であり、レギュラーシーズンと比較して0.5点程度平均得点が下がったくらいでは、まだバントや盗塁をさせない場合の期待値が上回る。問題はレギュラーシーズンに比べてバントや盗塁が有効か否かではない。ポストシーズンにおいて、打たせた場合の期待値が、バントや盗塁の期待値以下になるほど得点が入りにくい環境になったか否かが問題なのだ。結局、ポストシーズンであっても未だにバントや盗塁が有効とされる水準までは低得点の環境となっていなかったことが、こうした結果として表れた。それにもかかわらず、バント企図率が高まっていることは不合理だ。「短期決戦では小技が有効」という言葉に踊らされているといっても過言ではない。

短期決戦向きの戦術と長期戦での戦術は違うのだということがまことしやかに語られることが多いように思う。しかし1試合単位で有効な戦術が10試合単位あるいは100試合単位になると有効でなくなるということがどの程度あるかは疑問だ。短期決戦特有の変化というものは確かに存在するが、そうした変化がレギュラーシーズンでの戦術を変えてしまうほどに大きいものかは、先入観に囚われずに見極める必要があるだろう。


    [1] wOBA={0.692×(四球-故意四球)+0.73×死球+0.966×失策出塁+0.865×単打+1.334×二塁打+1.725×三塁打+2.065×本塁打}÷(打数+四球-故意四球+死球+犠飛)



市川 博久/弁護士 @89yodan
DELTAデータアナリストを務める弁護士。学生時代、知人が書いていた野球の戦術に関する学術論文を読み、分析に興味を持つ。 その後『マネー・ボール』やDELTAアナリストらが執筆したリポートを参考に自らも様々な考察を開始。『デルタ・ベースボール・リポート3』などリポートシリーズにも寄稿。動画配信サービスDAZNの「野球ラボ」への出演やパシフィックリーグマーケティング株式会社主催の「パ・リーグ×パーソル ベースボール データハッカソン」などへのゲスト出演歴も。球界の法制度に対しても数多くのコラムで意見を発信している。

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