犠打はチームの得点を減らす非効率的な作戦である。これはセイバーメトリクスにより提唱された言説だが、日本においても徐々に浸透してきたのではないだろうか。日本球界でも犠打は年々減少しており、ファンの中でも非効率的と見る人が増えてきたように感じる。ただこの「得点を減らす」が実際どの程度であるかは想像がつくだろうか。各球団は犠打によってどれだけ自チームの得点力を削いでしまっているのだろうか。今回は今季のNPBを対象に、各球団が犠打でどの程度得点を減らしてしまったのかを算出してみる。
良い打者にさせるほど犠打は損
まず前提から確認したい。さきほど犠打が非効率的な作戦であると述べたが、これは厳密に言うならば打者の打力による。投手が打席に立つレベルになるとようやく犠打が効果的になりうるが、普通に試合に出るレベルの打者であれば、犠打が効果的な作戦となることはまずないようだ。
ただこの非効率の中にも当然幅がある。リーグで最も打力のないレベルの打者に犠打をさせたのであれば、非効率といっても損失は大きくない。犠打をしなかったとしても大した打力を発揮できないためだ。一方、リーグを代表するような打者、例えば近藤健介(ソフトバンク)に犠打をさせるなら損失はより大きくなる。犠打は良い打者にさせるほど損。どれだけ得点を減らしたかを考えるうえでは、誰に犠打をさせてしまったかという観点が重要となる。
計算方法の解説
手順1:犠打の得点力を求める
犠打で得点をどれだけ減らしたかを計算するためには、大まかに以下のような計算が必要になる。犠打とその打者の得点力の差分を求めるのだ。この計算をチーム全員に当てはめていけば、犠打でどれだけの得点を減らしたかを算出できる。犠打単体とその打者、それぞれの得点力がわかれば求められるはずだ。
犠打でどれだけ得点を減らしたか
= 犠打の得点力 - その打者の得点力
犠打の得点力については打撃指標wOBAを用いることで求めることができる。本来打率やOPSのようにシーズン全体の打席結果を集積することで打力を測る打撃指標であるが、犠打1打席を切り取って得点力を測ることも可能だ。犠打のwOBAは以下の計算式で求めることができる。
犠打のwOBA
= (犠打の得点価値 - アウトの得点価値)×wOBAスケール
= (-0.133 - (-0.257))×1.24
= 0.154
犠打のwOBAは.154となった。今季規定打席到達打者で最も打力の低い長岡秀樹(ヤクルト)のwOBAが.259、セ・リーグ投手が打席に立ったときのwOBAが.144であるため、犠打の得点力の低さがよくわかるのではないだろうか。
手順2:打者の得点力と比較する
犠打の得点力がwOBA.154であることがわかった。次に必要なのは打者の得点力と比較する計算だ。その打者の得点力も同じくwOBAで表現できる。犠打のwOBAからその打者のwOBAを引けば、1度犠打でどれだけ得点を失ったか推定できる。仮に今季12球団トップのwOBA.424を記録した近藤が犠打をしたとしたら、.154-.424=-.270。1打席でwOBA.270分、得点を失うことになる。
ただwOBAの値はそのまま野球の得点を表現できているわけではない。実際の得点に変換するにはwOBAスケールで割る必要がある。本稿ではwOBAスケールは1.24を使用している。さきほど求めた差分.270を1.24で割れば犠打1つで失った得点を求めることができる。.270÷1.24=0.218。近藤の打席で犠打させることはチームの得点を0.218点減らすと推定することができる。
そしてこの計算をチーム単位で行うことで、各球団が犠打によりどれだけ得点を減らしてしまったかを算出できる。
手順3:犠打の併殺回避能力も考慮する
ここまででチーム単位でどれだけ得点を減らしたかは十分推定できる。ただここではより厳密な評価のため、細かい部分も計算で考慮することにする。
犠打が多く用いられる理由として、併殺打を回避する能力が高いという点がある。強攻時に比べて併殺打の可能性が低いため犠打を選択する場合も少なくないだろう。前述の計算ではこの犠打の併殺回避能力を考慮することができていない。
一般的なwOBAでは併殺打が凡打と同じ扱いとなっているため、これを区別し併殺のリスクを計算に含むことでより実態に即した犠打の評価が可能となる。さきほどの犠打同様併殺打単体のwOBAを求め、それを打者のwOBAに含んで利用することで、犠打の併殺回避能力も加味した実態に即した犠打評価を行うことができる。
併殺打のwOBA
= (併殺打の得点価値 - アウトの得点価値)×wOBAスケール
= (-0.748 - (-0.257))×1.24
= -0.609
犠打でどれだけ得点を減らしたか(併殺打考慮版)
= (併殺打考慮版wOBA – 犠打のwOBA)÷wOBAスケール×犠打数
楽天は犠打により得点が12.9点減少した
犠打によってどれだけ得点を失ったか、チームごとにまとめたものが以下の表1だ。今回は野手の打席に限定して算出を行っている。またシーズン全体で犠打以外の打席がなかった選手は除外した。マイナスに振れるほど得点を減らしていることを意味する。
これを見ると、まずNPB12球団すべてがマイナスの値となっている。全球団が犠打により得点を失っているようだ。最もマイナスが小さい中日でも-4.9点。させるべきではない打者に犠打をさせているのは12球団共通のようだ。どの球団も野手の犠打を禁止すれば、シーズンで5-10点ほどチームの得点が増えることになる。
なかでも最もマイナスが大きかったのが楽天である。楽天は野手の犠打が12球団最多の125個。得点に換算すると12.9点失っていたようだ。後述するが、打力のある打者に犠打をさせることでマイナスが膨らんでいたようである。
ちなみにセイバーメトリクスの理論によると、得失点差が10前後増えればシーズン1勝増加が見込めるようだ。1勝増えるとそのぶん敗戦は1つ減るため、貯金が2つ増えることを意味する。NPBではどの球団でも野手の犠打を禁止することでチームの貯金を2つ増やすポテンシャルを秘めていると言える。ちなみに今季の楽天はわずか1.5ゲーム差でクライマックスシリーズ進出を逃した。もし犠打を禁止し、チームの得点が12.9点増えていればとつい想像してしまう。
ただ現状、NPBは全球団で犠打が多いため、野手に犠打をさせる・させないで球団間の差は特別大きくついていない。NPBは犠打のマイナスによる差が相対的に小さい特殊なリーグ環境と言えるだろう。
犠打の多寡が優勝争いを分けた2014年パ・リーグ
2023年以外ではどうだろうか。過去10シーズンについて同様の計算を行い、最もマイナスが大きかった10球団が表2だ。
10球団中9球団をパ・リーグ球団が占めている。非効率な犠打は今季だけでなく、継続してパ・リーグで多いようだ。ソフトバンク、日本ハム、楽天が複数シーズンでランクインしている。
特に注目したいのが2014年。この年はソフトバンクとオリックスの間で、ゲーム差なしの熾烈な優勝争いが行われたシーズンだ。この年のソフトバンクとオリックスはそれぞれ-11.8点、-17.3点、犠打により得点を減らしていた。最終的にソフトバンクの優勝となったが、もしオリックスがもう少しバントを控えていれば結果は違ったかもしれない。
なお近年は犠打が減少傾向にあり、2020年以降での10傑に入ったのは今季の楽天のみという結果になっている。
投手の犠打は一定の効果
ここまでは野手の犠打について見てきた。では投手については犠打を効果的に行えているのだろうか。投手限定で同様の計算を行ったものが以下の表3だ。表中の犠打は野手と同様に、犠打以外の打席がなかった選手を除外している。
野手では全球団が大きなマイナスを記録していたが、投手についてはわずかではあるが得点を増やしている球団も多い。平均的な打力の投手であれば犠打が有効になるようだ。NPBで行われる犠打がすべて非効率というわけではない。投手については適切に実行されていたと評価できる。
裏を返せば、平均的な投手より打力を期待できる選手には犠打をさせるべきではないことを示している。
犠打で大幅に貢献を削がれた太田光。最多安打レースに巻き込まれた中野拓夢
ここまではチーム単位で見てきたが、最後に選手単位でも見ておこう(表4)。
犠打により12球団で最も得点への貢献度を減少させたのは太田光(楽天)。今季は出塁率が.356。200打席以上に立ったパ・リーグの打者66名の中で11位の出塁率を記録したが、同時にパ・リーグトップの28の犠打を記録した。太田の値は-3.3点。28の犠打がなければ楽天の得点は3.3点増えていた見込みだ。優れた打者ほど犠打をさせたときの損失は大きくなる。
16本塁打を放ちながら21犠打を記録した大城卓三(読売)も、犠打をしなければチームの得点は2.9点増えていた見込みだ。大城についてはスピードの問題で併殺を避けるために犠打をさせているのかもしれない。ただ併殺回避の価値も組み込んだ今回のロジックで見ても、やはり犠打をさせるのはかなり非効率だったようだ。
また表には得点だけでなく、犠打をしなければ増えていた安打数、本塁打数も同時に示している。
期待される安打 = (安打)÷(打席数-犠打数)×犠打数
期待される本塁打 = (本塁打)÷(打席数-犠打数)×犠打数
表を見ると本塁打はほとんど増えていないが、安打にはそれなりに影響があるようだ。20前後犠打を記録した打者は安打が4-6本増えていた見込みだ。表内には今季セ・リーグ最多安打を獲得した中野の名前もある。中野は犠打をしていなければ約5本多く安打を放っていた見込みだ。中野は今季牧秀悟(DeNA)と最多安打を分け合ったが、もし犠打をさせなければ、悠々とタイトルを獲得していた可能性が高い。
まとめ
今回の分析で、NPB全チームが野手の犠打により得点を減らしている事がわかった。多いチームは年間10点以上の得点を失っており、順位争いに影響を与えかねない損失と言える。一方、投手の犠打はリーグ全体でプラス収支と適切に行われていた。
なお、今回の分析は個別のシチュエーションを排除している。個々に見れば投手の犠打やセーフティバントなど、効果的なものもある。本稿は全ての犠打を否定するものではない。リーグ全体の傾向を把握することで、犠打の判断基準を再考する一助となれば幸いである。
宮下 博志@saber_metmh
学生時代に数理物理を専攻。野球の数理的分析に没頭する。 近年は物理的なトラッキングデータの分析にも着手。2021年からアナリスト兼エンジニアとしてDELTAに合流