さまざまな野球のプレーを数値化してきたセイバーメトリクスであるが、捕手のリードの分野に関しては、それが実現できたとは言い難い状況が続いている。リードが日本ほど重要視されていないMLBにおいては、この分野を評価する必要性がさほど大きくないようだ。

はじめに


これまでMLBでは、Component ERA(投手の被打撃成績をベースにつくられた防御率)から捕手のリードの能力を間接的にうかがうなどリードの研究が行われてきたが、所属球団やリーグをまたいで、個人の評価を直接的に求めるまでには至っていない。そして、アメリカではそれが差し迫った不都合であるとは認識されていないようである。

一方、現状の日本球界は世界に例を見ないほど極端な捕手目線偏重の文化である。こうした状況において、リードによる貢献を求めることは野球を解析する者にとって避けて通れない。

にもかかわらず、現在までこの分野の研究は大きく進んでいない。これは、仮に打者を打ちとったとして、どこまでが投手の力でどこまでがリードの効果なのか、明確に定めることはできないという問題が大きいためだ。

攻撃、守備双方にとって「打ちとった・打ちとられた理由」が異なることも当たり前にあるだろう。守備側が出し抜いて打ちとったと思っていても、打者は単なる打ち損じと思っているかもしれない。どちらも主観が絡む話であり、事実は選手の脳内というブラックボックスを必ず経由する。これがリードの評価を難しくしている。

しかしネットの普及、スタッツへの数学的解析の浸透により、かつては考えられなかったほどの客観データが流通する時代である。この分野だけを時代遅れのものとしないため、ブラックボックスの中身は可能な限り明らかにし、ファンの前に開示されるべきと考える。論理的検討のための客観化された材料が提供されなければ、影響力の強い「声の大きな人」の言説はすべて正しいことにされがちである。検証がされないまま真偽不明の言説が残る状況は、戦術的にも技術的にも競技の進歩を妨げかねない。


計測についての考え方


ここではリードを「投球のコースまたは球種の起案及び指示」という一般的に流通している概念に従って定義する。するとすべての投球を捕手の「構えどおりの投球」と「要求とは異なる投球」に区別することができる。

もしリードに大きな効能があるとすれば、「構えどおりの投球」と、「要求とは異なる投球」の成績に差が生まれているはずだ。今回は同じコースにきた投球を「構えどおりの投球」か「要求とは異なる投球」に分け、その差異を計測することでリードの効果を探る。同じ要求に対してコースが異なった投球を比較しているわけではない点に注意してほしい。

対象としたのは2015-18年までNPB4シーズンにおけるすべての投球及び捕手の構えデータである。100万球レベルなのでサンプルサイズとしてはなかなかのものだ。

なお、今回は解析結果をより単純化するため、対象をストライクゾーン内に捕手が構え、ストライクゾーンに投球されたものに限定した。捕手はボールゾーンに構えるケースが大半で、ストライクゾーン内に構えるのは全体のうちの半分弱だ。サンプルサイズが半分以下になるが今回は単純化を優先している。

ストライクゾーンは縦横3分割の9コースに分割し分析を行った(※1)。また以降は便宜上コースを右打者目線で表記する。ストライクゾーンのうち「一塁側の低め」に投じられたものであれば「アウトロー」と表記した。


計測方法


差異を測るためにはまず「構えどおりの投球」と「要求とは異なる投球」がそれぞれどれだけの成果を残しているかを確認する必要がある。これはそれぞれの結果を得点の単位に換算して評価するセイバーメトリクスの手法を用いて行った。

過去4年間にNPBで投じられたすべての投球結果から、それらが失点に与えた影響を計算し、コース別に集計する。するとアウトローへの投球はストライクゾーン内への全投球と比較して、1球につき0.0355点分だけ失点を小さくする力を持っていることがわかる。この1球につきプラス0.0355点が、アウトローに投じられた平均的な得点期待値であると考えられる。

「要求とは異なる投球」は、「意図とは関係なくランダムに投じられた投球」と考えることができる。ここでは意図のない投球を平均的な投球として捉え、それぞれのコースが持つ平均的な得点期待値を「要求とは異なる投球」の価値として使用することにした。さきほどの得点期待値に従い、「要求とは異なるアウトローへの投球」は0.0355点の価値となる。

アウトローの得点期待値が他コースより0.0355低いとする。もしそれに比べて、捕手がアウトローを要求した時の得点期待値が同様に0.0355低いだけなのならばリードの効能はないことになる。この差異こそがリードの効能の大きさであると考えることができるだろう。


打席結果以外の投球に対するリードの影響


まず打席結果以外の投球に絞って、「構えどおりの投球」か「要求とは異なる投球」の差を見ていく。3ストライク目ではない見送り及び空振り、四球ではないボール、ファウルがこれにあたる。

数値はすべて得点換算された損益の数字であり、プラスは失点を減らす方向で効果があったとみなせる利益、マイナスはその逆で失点を増やす方向に働いた損失である。守備側がストライクを1つ奪えば得点期待値を0.071減らし、ボールを1つ増やせば得点期待値が0.080増加するといった統計的結果から導き出されたものである。

また以降は「要求とは異なる投球」を3つのカテゴリに分ける。「構え以外」は構えたコースに来なかった投球すべて。「逆球」は捕手が外に構えた際に内へ投じられたボール(またはその逆)と定義した。真ん中のコースのボールはここでは逆球とは解しない。

「離れ球」は今回便宜的につけた略称だが、捕手の構えと投球の着弾点が、ストライクゾーンを9分割したコース1つの対角線の長さよりも離れている場合を指している。


図1を見ると構えどおりに投げることのはっきりとした効能が認められる。

「構えどおり」の値を合計すると82.08点。捕手の構えどおりのコースに投げることにより4年間全球団の投球で守備側が82.08点分の利益を計上している。これは1球団の1年分に割り振ると1.90得点相当分になる。確かに非常に少ない数値には見えるが、今回がストライクゾーンに構えた投球に限定していること、またそのなかで構えどおりに投じられる可能性が10球に1球程度であることを考えればなかなかの数字であるかもしれない。

なお、逆球あるいは離れ球についてはかなり悲観的な結果が残っている。図2を見ればわかるように、これはストライクゾーンの逆球はボールと判断される可能性が高くなるためだ。逆球の図にある6つのコースと構えどおりを比較すると、逆球は特に低めでボール判定されることが多くなっている。全体的に見ると1.5倍のボール球率だ。当然だが審判も人間である。ストライクのコースに投じられたボールであっても時にはボールと判断するし、その逆もある。だからこそ捕手のフレーミングの技術が重要視されるわけだ。


この、ストライク投球がボールと判定される場合にも傾向があり、高さであれコースであれ、中ほどのボールはこのような損害を被りにくい。判定を左右するための要素は高さかコースのいずれかでしかなく、どちらかが中ほどのボールは審判にとって判定しやすい。

これが四隅のコースであれば高さとコースの双方で判断を下さなければならず、わずかに精度は下がることになる。本来、四角いはずのストライクゾーンが、実態としてかなり円い、というのはMLB関連の解析(Baseball Prospectus他)でも報告されているところだ。日本においても同じであったのは興味深い(※2)。

この人間が審判を務めているという理由の延長線上に「逆球はボールと判定されやすい」という現象はある。逆球は審判目線で明らかな投げそこないである。これが特に判定の微妙なコースに来てしまった場合、投げそこないであることが意識に作用してボールとコールされやすくなっているようだ。

このことは、「3ボール0ストライクでは際どいボールがボールと判定される可能性が下がり、0ボール2ストライクでは逆になる」というMLBでも報告されている事実と、ボールの通過した位置以外のものが判定に影響を与えているという意味で、共通する事情がある(審判の心象)。

ともあれ、これらの利得と損失は投手のコントロールと捕手のフレーミングの問題が大きく、はたしてリードの利得と言えるのかという問題はありそうだが、結果に捕手が介在するものとしてカウント対象とした。


打席結果となった投球に対するリードの影響


次に打席結果となったボールに対してリードがどのように作用したかを観測していく。さきほどは得点期待値の変化で作用を確認したが、このパートではまず一般的なスタッツである打率、長打率で見ていく。




2つのStandard Statsの結果を見ると、そもそも似やすい性格であるせいもあるが、共通した傾向がある。わずかに長打率の方がランダム寄りといえるだろうか。どちらのStatsも、特に高めの投球について、狙いどおりに投げられたものとそうでないものの間にはっきりとした差異が認められる。

例えばアウトローに構えどおりにきた投球は打率.253であるのに対し、構え以外は.273、逆球は.321、離れ球は.304といった具合である。データにどの程度のばらつきがあるかを推定する、信頼区間という統計学の手法を用いても、成績には全体的に相違があり、構えどおりに投げることの効果が出ていたようだ。

ただし、打率に関しては致命的な違いとまでは言えず、狙いどおりに投げられなかったというだけで即座に致命傷につながるような状況ではない。本格的にまずいのは逆球及び離れ球の長打率である。狙って投げた場合に比べて1割以上悪化させている致命的なコースも存在している。アウトローの長打率は構えどおりが.367に対し、逆球は.506といった具合だ。

次の項目である得点期待値でも同様の結果が出ているが、構えどおりにきた場合とそうでない場合の失点阻止力の差は大半が逆球に起因している。

例えば走者を2人置いて打席には内角打ちに定評ある強打者。カウントは2ボール0ストライク。打者の狙いとしては、ツボ近辺に来てしまった場合のみ「マン振り」で、他は「振る価値なし」となるだろう。どんな捕手であれ歩かせるつもりがないならストライクゾーン外側に構えるのが本筋だ。

この局面での投球が、例えば「コース内側・高さ真ん中」の逆球となった場合、当然致命的な打球となる可能性が高くなる。さきほど確認した長打率の大きな差はこうしたシンプルな投げ損ないも含んだ結果だ。

ただこのようなリードはデータさえあれば誰しも選択するもので、プロレベルとみなすことはできないであろう。しかし逆球の例から見るに、実際に失点抑止に大きな効能をもたらしているのは、そのようなシンプルなはたらきのようである。

逆球との対比がなければ、リードにより大量に余剰アウトを生産できてはいない。指示の反対側に来てしまった場合に痛手を被り、多少外した程度では破綻してはいない。リードの効能は「筋書きどおりに上手く打ち取る」ことよりも「最悪を避ける」方向ではたらいており、捕手はBestよりもBetterを求める、地道な根気を要する作業を延々と続けているように見える。


得点期待値



得点期待値は当然ではあるが、長打率と同じような傾向を示すこととなった。狙いどおりのコースに投げることによって得られた利得は4シーズン×12球団合計で143.8得点分となった(図5)。これを打撃結果そのものではないボールとあわせると、リードに起因すると考えられる利得は4シーズン×12球団合計で225.9得点分となった(図6)。これは1チーム1シーズンあたり4.7点ほどになる。印象からこれは少ないと感じられるが、これはそもそも今回の対象がストライクゾーンに限定しており、また捕手の示したコースにそのまま投げられた頻度が低いことが大きな理由となっている。

これを1000球あたりの利得に直せば5.0得点になっている(1チーム1シーズンあたりが1000球に満たなかったためこちらのほうが大きな値になった)。1試合を140球程度と考えると、1試合あたり0.7得点分。つまり、すべての投球を捕手の要求するゾーンに投げ込めれば、1試合につきリードにより0.7得点分のアドバンテージを得られることになるのだ。ただし、すべての投球を指示されたどおりに投げ込むことはまったく不可能で、実現できているのは10%程度にすぎない。

同様に逆球による利得は1000球あたり-7.7点を記録し、離れ球は1000球あたり-2.8点に留まった。離れ球は高い頻度で発生しており全体の4割を占めた(この中には逆球も含まれている)。投手が投球をコントロールすることの難しさを表している。

最も多く投じられたのは逆球でも構えどおりでもない投球だ。これは全体の約半数を占め、4シーズンで101点の利得を計上した。この中途半端な投球は意外なことに重いダメージを負っていない。これらの傷の深さの度合いから、投手が致命的なダメージを負うのは「意図どおり完全には投げられなかった」ためではなく、「あまりにも大きくコントロールをミスした」ことが理由であることがわかる。

内外角の低めに投じられた投球は、リードによるものであれそうでないものであれ、ストライクであれば一般に1000球あたり34得点分の価値を有する。これに対してさきほど紹介したように、捕手の要求どおりに投げられたために防ぐことができる失点は5.0得点分と、7分の1の価値に留まる。要求どおりに投げることの価値は、相対的にはそれほど大きくないのだ。投手ごとの成績差は、リードよりも個人の投球能力と少々の運に依る部分が大きい。


リードとは何を指すのか


トラッキングシステムの導入により、過去には確認不可能であった多くの事実が明らかになっている。そのうちでも、投球のムーブメントは実に興味深いものがある。どのように優れた投手が、特にコントロールに定評のある投手が投げた場合であっても、投手の手を離れてからボールの挙動は安定しないようである。同じような回転、同じように安定したリリース位置であっても、ボールは勝手に20センチ平方の範囲程度には散乱する。投げたボールの挙動は必ず不作為に暴れているようだ。構えどおりに投げられる頻度の低さから、トラッキングデータが公開されていない日本においてもこういった現象は共通していることがうかがい知れる。

これらから、従来から漫画などであった4球5球先を見据えたリードは、成立し得ないことがわかる。芸術的なリードでアウトを生産できるという考えは眉唾で、3球続けて意図どおりのボールを投げられる可能性は数%に留まる。このような低確率の出来事を前提とするようでは極めつけの非効率が避けられまい。

どのように芸術的な配球を起案したところで実演の可能性が極めて低ければこれは絵に描いた餅である。それよりも問題は投球の4割を占める、致命傷になりかねないボールをどうやって致命傷にさせないか。リードとしてあり得るのは一貫して「最悪を避ける」ための反復作業のようである。

TV中継において解説やゲストが捕手に対し、「なぜこういうリードをしたのかわからない」という非難を行うことがある。特に昔はそういった解説が多かった。しかし、少なくともコースに関しては、どこに来たにしろ当該位置を狙っていなかった可能性の方が大きいということを忘れてはならない。外すつもりがストライクゾーンに入った、狙っていたのは隣のコースだったなどということはザラにある話である。

「リードは結果論」という言葉はプロの捕手からも発せられている。外からではバッテリーの意図が完全にはわからない以上やむを得ない話で、結果を見ても100人が見れば100とおりの主観があり得る。投球そのものが意図を反映しない場合が多いとなればなおさらの話。これでは向上のための糸口すら見つけられない。「言い伝え」のような方法論が多く残っていても、それが正しいのか客観的に確認する術はない。全体の技術向上のためにもリードは現在よりも客観化されなくてはならないだろう。

なお、一般に流通しているリードの概念は打者の観察に始まり、投球コース・球種の選択に余りにも偏っているようである。Baseball Prospectusなどによるセイバーメトリクス関連の考察では、「快適な状態で投手に投げ続けさせる能力」など、日本ではあまり話題に上らない資質も、重要な条件として考察されている。

「盗塁阻止能力が高いため相手の盗塁企図が少なく投球に集中できること」や「キャッチングに優れているために投手が安心して低めの変化球を多投できること」などは、盗塁阻止率やワンバウンド処理など、ほかのスタッツとして検出されながらもこのリード面の損益にまで影響を及ぼす資質である。もちろん、「投手が自分単独で球種等の選択に責任を持たずに済み、投球に集中できること」などもこの条件の1つであることを忘れてはならない。もしもリードを実現するために、投手の集中が削がれてしまうような事態になればこれは本末転倒である。

最後に、今回の方法はあくまで第1歩であり、敷衍・延長が可能なものであることは強調しておきたい。今回は対象をストライクゾーンの投球に限ったが、ボール球にまで対象を延長することもできる。また、余りにも細かく分類すればサンプルサイズに問題が生じるが、「ゾーン別ではなく球種に分けての試算」「ストライクからボールになる変化球を要求した場合の利得」「右打者と左打者に分ける」など、シチュエーションを限ることも可能である。もちろん、サンプルサイズが確保できれば捕手別に算出することもできる。もしかすると読まれている皆様にはこれが最も興味深いことなのかもしれない。


(※1)
9分割が正しいとは限らない。用途や場合によっては4分割や25分割だって考えられる。一般に流通している分類に従って今回は9分割で解析してみたが、これが最終解である保証などない。投球結果を取りまとめていると、物理的にコントロール可能な範囲から、厳密に求めるならせいぜい4分割の方が運用としては正しいように見える。私見だが、9分割は打者目線での分類なのではないだろうか?

(※2)
先日、佐藤文彦氏の分析で日本におけるストライクゾーンも円くなっていることも紹介された。 https://1point02.jp/op/gnav/column/bs/column.aspx?cid=53487

道作
1980年代後半より分析活動に取り組む日本でのセイバーメトリクス分析の草分け的存在。2005年にウェブサイト『日本プロ野球記録統計解析試案「Total Baseballのすすめ」』を立ち上げ、自身の分析結果を発表。セイバーメトリクスに関する様々な話題を提供している。

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