本稿では捕手がどのコースにミットを構えるかが、投球にどのような影響を明らかにすること目的とする。前回は導入編として、投手・打者の左右で捕手の構え、投球コースにどのような変化があるかなど、前提を確認した。今回の実践編では具体的に捕手の構えが投球にどのような影響を与えるかを見ていく。前回の導入編は
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分析の方法
導入編で捕手の構えは外角低めまたは内角低めに集中していることがわかった。このため、外角低めまたは内角低めに捕手が構えた場合について分析を行っていく。
今回対象としたのは、三塁側ストライクゾーン低めいっぱいにあたるX10Y10のブロックだ。このコースに捕手が構えた場合の投球分布を調べた後、そこを基準に1ブロックずつ三塁側、一塁側、高め、低めにずらして構えた場合の分布がどのように変わるかを比較していく。
合わせて、投手の実際の投球が捕手の構えた位置から、どれくらいの割合でずれるのか、ずれやすい方向に傾向があるのかも調べていく。
実際のずれを定量化するために、捕手の構えと投球コースが同じブロックだった割合のみではなく、ずれが上下左右1ブロック以内だった割合、2ブロック以内だった割合についても求めていく。
例えば、捕手の構えたコースが青い枠で囲んだブロックだった場合、投球がピンクの範囲に収まっていれば、ずれが「1ブロック以内」とし、ピンクに加え黄色の範囲に収まっていた場合、ずれが「2ブロック以内」とする。
また、投球コースが捕手の構えからずれる場合に、どの方向にずれるかに何らかの傾向が見られる可能性もある。例えば、野球中継でも「きわどいコースを狙った球が甘く入った」という解説を耳にすることも多いが、不思議とその逆を聞くことは少ないように思われる。そこで、投球コースと捕手の構えたコースとのずれが2ブロック以内だった場合、どのような方向に投球がずれたのかも比較することとした。
三塁側低めいっぱいにあたる青枠のコースに構えたとして、ピンクの範囲にずれた場合「三塁側低め」、黄色の場合「一塁側高め」、緑の場合「一塁側低め」、青の場合「三塁側高め」と分類し、比較する。
また、導入編で触れたHeart、Shadow、Chase、Wasteの割合や逆球の割合についても比較していく。導入編で見たように、1つのブロックに投じられる投球の割合は高くとも3%ほどであるため、ヒートマップだけを見ても定量的な比較が難しいと思われるためだ。
それでは、分析に入っていく前に、左投手対左打者、左投手対右打者、右投手対左打者、右投手対右打者の全投球コースの割合を見ておく。
投手と打者の左右の組み合わせによっても、投球コースの傾向は異なるが、これらの投球コースの割合が、捕手の構えによってどのように変化をしていくか、投法の左右や打法の左右によって違いが出てくるのかを見ていく。
三塁側低めいっぱいに構えた場合
まずは三塁側低めいっぱいに構えた場合から比較していく。この場合の結果は以下のようになっている。
構えた位置が三塁側低めいっぱいの場合、最も投球が多かったコースは投打の左右にかかわらず、構えよりも高いブロックになっている。表を見てみると、投打左右がどのような組み合わせでも、一塁側高めにずれる割合が20%ほどで最も高い。左投手の場合はその次にずれやすい方向は、三塁側高めと三塁側低めが同じくらいで13%ほどだが、右投手の場合は三塁側低めにずれることはかなり少なく、三塁側高めにずれる割合が16%ほどとなっている。
打者が左打ちか右打ちかによって、ずれやすい方向が変わるかどうかはあまりはっきりしない。どちらかというと投手が左投げか右投げかの方が大きな影響を与えているように思われる。捕手が他のブロックに構えた場合についても比較していけば何らかの傾向が現れるかもしれない。
また左投手の場合はHeartが29%ほど、Wasteが2%ほどなのに対して、右投手の場合はHeartが24%ほど、Wasteが3~4%と、左投手の方がストライクゾーンの中心付近の投球が多くなる傾向があるようだ。一方で、ゾーンから大きく外れてしまう無駄な投球(Waste)の割合も少ない傾向にある。
また、逆球の割合を見ると、右投手では20%ほどとなっているのに対し、左投手は25%前後と高くなっている。これが左投手にコントロールが悪い投手が多いことによるものか、単純に投球がずれやすい方向によるものなのかは、ここでは判断できないので、今後の分析を見ていく必要がある。
さらに指摘すべき点として、ずれが1ブロック以内の投球は17~19%、ずれが2ブロック以内も43~46%と半分にも満たない。捕手が構えた位置付近に投球が来ることはそれほど期待できるものではないようだ。この数値を見たときに、思った以上に高いと見るか、低いと見るかはそれぞれだが、いわゆる「針の穴を通すような投球」という表現は、プロのレベルであってもずいぶんと大げさだとは言えるだろう。
では、ここから構えが1ブロックずれた場合にはどのような違いが出るだろうか。
三塁側低めいっぱいから1ブロック三塁側に構えた場合
最も投球が多かったコースはいずれの場合も、構えた位置よりも高めか、一塁側のブロックだった。やはり構えた位置よりも若干甘いコースに投球が集まりやすいようだ。しかし三塁側低めいっぱいに構えた場合と比べると、投球コースはやや三塁側に多い。また同様に逆球の割合は左投手の場合19~20%、右投手では13~14%まで低下したほか、Heartの割合が減少し、ShadowやChaseの割合が増加している。投球が捕手の構えた位置からずれる割合はさほど変わっておらず、構えた位置よりも投球が甘くなる傾向はあるものの、三塁側低めいっぱいに構えた場合より厳しいコースの投球が多くなっている。また、投球のずれやすい方向としては、いずれの場合も三塁側高めにずれる割合が減っていた。
三塁側低めいっぱいから1ブロック一塁側に構えた場合
最も投球が多かったコースはX9Y9やX8Y9といった構えよりも甘いコースであった。また、構えがストライクゾーンの中心付近に寄った分だけ、逆球の割合も増加しており、左投手では30%を超えている。Heartの割合も左投手では30%以上、右投手でも25%以上とかなり高くなっている。
以上のような結果を比べると、投手の左右、打者の左右にかかわらず、捕手が構えた位置よりも投球が甘くなる傾向は見られるものの、構えた位置に従って投球コースの傾向が変化していると言える。
三塁側低めいっぱいから1ブロック高めに構えた場合
これまで見てきた低めいっぱいに構えた場合に比べ、構えどおりに投球される割合が高くなっている。三塁側低めいっぱいに構えた場合と比べると構えの位置が左右には変わっていないためか、逆球の割合はそれほど変わらない。また、左投手ではHeartの割合がわずかながら増加しているものの、劇的な変化は見られない。
三塁側低めいっぱいから1ブロック低めに構えた場合
最も投球が多かったコースは、これまで同様に構えた位置よりも高いブロックが多いが、構えた位置よりもさらに低い位置への投球も目立つ。このコースに構えた場合、同じく外角低め付近に構えた場合と比較しても、捕手が構えた位置から2ブロック以内に投球される割合が小さくなっている。HeartやShadowの割合が減って、ChaseやWasteの割合が増えており、よりストライクゾーンから外れた投球が増えている。
以上のような結果から、捕手の構えの細かな変化に対応して、投球コースにも変化があることがわかる。
投手・打者左右が投球コースのずれに与える影響
ここまでの検討からすると、投手は捕手の構えどおりに投げられることはそれほど多くないものの、捕手の構えにしたがって投球コースが変わっていることがわかった。どのようなコースに捕手が構えても、投手・打者の左右どれをとっても、構えによって投球コースが変わっている。しかし、投手・打者の左右によって投球コースのずれ方には違いが出ている。
構えたコースによって多少の違いはあるものの、傾向は似通っているため三塁側低めいっぱいに構えた場合を例に比べていく。
投球が一塁側高めにずれやすい傾向があることはどの場合にも一致している。投手・打者の左右によらず、概ね20%がこの方向にずれている。左投手の場合は三塁側高め、三塁側低めにずれる割合が同じくらい。一方で、右投手の場合は三塁側高めにずれる割合は15%から17%とそれなりだが、三塁側低めにずれる割合は最も小さく10%にも満たない。また、逆球の割合も左投手の方が高くなっている。
他方で、打者の左右は投球コースがずれる方向にほとんど影響を与えておらず、一貫した影響も確認できない。
こうした結果からすると、以下のことが言えるかもしれない。
・捕手が構えた位置よりもストライクゾーンの中心方向に投球がずれやすい
・左投手の場合は一塁側高めと三塁側低めに投球がずれやすい
・右投手の場合は三塁側高めと一塁側低めに投球がずれやすい
・構えた位置から大きく投球が外れる場合、投球側の手の方向(左投手は一塁側、右投手は三塁側)に投球が外れることが多い
また、このような投球コースのずれ方の傾向が存在するならば、左投手の方がHeartゾーンへの投球割合が大きく、Wasteゾーンへの投球割合が小さいことも説明できる。
左打者の外角付近のゾーンに構えた場合、そこから一塁側高めにずれるとストライクゾーンの中心に近づき、それ以外の方向にずれるとストライクゾーンの中心からは離れることになる。左投手の方が一塁側方向に投球がずれやすいのであれば、ストライクゾーンの中心付近であるHeartゾーンの割合が大きくなりやすいことも説明できる。
ただし、これは三塁側低めをめがけて投球した場合の結果だけからは断定できない。逆球の割合についても、投球側の手の方向に投球が外れる(球が抜ける)ことの方が、投球側の手とは反対方向に投球が外れる(球が引っかかる)ことよりも多いというわけではなく、単純に左投手の方がよりコントロールが悪い傾向があることも否定できない。
そこで、ここからは捕手が一塁側低めに構えた場合についても同様に比べていく。仮に上で述べたような仮説が正しいのであれば、逆球の割合は右投手の方が多くなり、投球のずれ方の傾向は変わらないはずだ。
一塁側低めいっぱいに構えた場合
左打者の内角低めのストライクゾーンの境界付近であるX5Y10に捕手が構えた場合の結果は次のようになっている。
右投手対右打者を除くと、最も投球が多かったコースはX5Y7やX5Y8といった構えた位置よりも高いブロックになっている。同じくストライクゾーンいっぱいのコースでも三塁側低めに構えた場合と比較すると、Heartの割合は左投手の方が小さくなっている。また、逆球の割合も右投手の方が大きい。また、左投手でも右投手でも三塁側高め、つまりストライクゾーンの中心方向に投球がずれることが最も多くなっている。
それではここから構えをずらした場合について比較していく。
一塁側低めいっぱいから1ブロック一塁側に構えた場合
1ブロック一塁側に構えた場合、最も投球が多かったコースはどの場合においてもX5Y8のブロックになっている。傾向としては厳しいコースに構えても、ストライクゾーンの中心に投球がずれやすい。一塁側低めいっぱいに構えた場合と比べるとHeartへの投球や逆球の割合は減っており、一応は厳しいコースに投球が増えているようだ。
反対に三塁側に構えた場合も比べてみる。
一塁側低めいっぱいから1ブロック三塁側に構えた場合
最も投球が多かったコースは左投手対左打者の場合はX6Y10のブロック、それ以外の場合はそこからストライクゾーンの中心に近いブロックになっている。一塁側低めいっぱいに構えた場合と比べると、Heartへの投球が増えており、ストライクゾーンの中心付近に投球が来ることが増えている。ただ、左投手と右投手で影響は異なる。左投手に比べると右投手の方がHeartへの投球割合の増加幅が大きい。
続いて、捕手の構えが高低に変化した場合を見ていく。
一塁側低めいっぱいから1ブロック高めに構えた場合
1ブロック高めに構えた場合、左投手対右打者、右投手対右打者では構えどおりに投球される割合が最も多くなっているが、全体的にはX6Y8、X5Y8など構えよりも高め、三塁側のブロックへの投球が多くなっている。X5Y10に構えた場合と比べるとHeartの割合が増え、Chaseの割合が減っている。
反対に捕手の構えが低くなった場合についても比べていく。
一塁側低めいっぱいから1ブロック低めに構えた場合
最も投球が多かったのはX5Y10、X5Y9などの構えた位置よりも高めのブロックである。また、捕手の構えた位置から2ブロック以内に投球された割合は左投手対左打者で29.8%とかなり低く、他の場合でも40%を下回っている。投球がかなり散らばっているようだ。これは三塁側低めいっぱいから1ブロック低めに構えた場合と同様の傾向だ。また、特に左投手ではHeartやShadowの割合が減り、Chaseの割合がかなり大きくなっている。
投手・打者左右が投球コースのずれに与える影響
以上の検討からすると、一塁側低めいっぱいに構えた場合も、投手は捕手の構えどおりに投げられることはそれほど多くない。ただ捕手の構えにしたがって投球コースが変わっていることがわかった。
また、構えたコースと投球されたコースとのずれについて、一塁側低めいっぱいに構えた場合を例に見ていく。
三塁側低めいっぱいに構えた場合と異なり、投球が三塁側高めにずれやすい傾向がある。また、一塁側高めにも比較的投球がずれやすい。右投手の場合は一塁側低めに投球がずれることもそれなりにあるが、三塁側低めに投球がずれることは少ない。
また、逆球の割合についても、左打者の外角低め(右打者の内角低め)に構えた場合と反対に右投手の方が多くなっている。
こうした結果からすると、多少の例外はあるものの以下は概ね正しいと言える。
・捕手が構えた位置よりもストライクゾーンの中心方向に投球がずれやすい
・左投手の場合は一塁側高めと三塁側低めに投球がずれやすい
・右投手の場合は三塁側高めと一塁側低めに投球がずれやすい
・構えた位置から大きく投球が外れる場合も投球側の手の方向(左投手は一塁側、右投手は三塁側)に投球が外れることが多い
投球されたコースを比べると、右投手ではHeartの割合が大きく、左投手ではShadowやChaseの割合が大きくなっている。これも左打者の外角低め(右打者の内角低め)に構えた場合とは反対になっている。
まとめ
捕手の構えと実際の投球コースとの関係を調べていくつかのことがわかった。
第一に、投手は捕手の構えたコース通りに投球されないにしても、捕手の構えにしたがって投球コースが変化しているということだ。構えどおりの投球はそれほど多くないが、厳しいコースに捕手が構えれば厳しいコースに投球が多くなり、甘いコースに捕手が構えれば甘いコースに投球が多くなるという傾向が確認できた。基本的に投手は捕手の構えた位置をめがけて投げようとしているということだろう。
第二に、捕手が外角低めあるいは内角低め付近に構えた場合には、投手の投球はより厳しいコースではなく、甘いコースにずれることが多いということだ。どのような原因かはわからないが、前回の導入編で見たように、捕手が厳しいコースに構えがちなことは、こうした投手の性質に由来するのかもしれない。
第三に、左投手は構えた位置から一塁側高めと三塁側低め方向を結んだ対角線、右投手は構えた位置から三塁側高めと一塁側低め方向を結んだ対角線に、投球が散らばっているという傾向がある。ただし、ゾーンの中心方向に投球がずれやすい傾向はこうした傾向よりも強くはたらいている。
どの程度具体的な数値を把握しているかはともかくとして、おそらく捕手はこうした傾向を認識した上で、構える位置を決めていると思われる。想像以上に構えた通りのコースに投球がされない中で、投手や打者、状況に応じて構える位置を微調整しているとすれば、捕手の苦労は相当に大きいだろう。セイバーメトリクスの研究によれば、捕手のリードが投手のパフォーマンスに与える影響は限定的とされるが、投球されるコースすら捕手の意のままにならないことが大半だとすれば、それも当然のことかもしれない。
市川 博久/弁護士 @89yodan
DELTAデータアナリストを務める弁護士。学生時代、知人が書いていた野球の戦術に関する学術論文を読み、分析に興味を持つ。 その後『マネー・ボール』やDELTAアナリストらが執筆したリポートを参考に自らも様々な考察を開始。
『デルタ・ベースボール・リポート3』などリポートシリーズにも寄稿。動画配信サービスDAZNの「野球ラボ」への出演やパシフィックリーグマーケティング株式会社主催の「パ・リーグ×パーソル ベースボール データハッカソン」などへのゲスト出演歴も。球界の法制度に対しても数多くのコラムで意見を発信している。