これまで、
無死一塁と
無死二塁からのバントについて、企図率、成功率、そしてその有効性について検証してきたが、最後に無死一二塁からのバントについても検証してみた。
検証の前提についての説明
まずは、今回の記事で扱うデータについて説明する。今回の記事で使用するデータはいずれも2016年から2019年までのNPBのレギュラーシーズンのものである。
また、この記事で「バントを試みた」「バント企図」といった場合、特に断りのない限りは、バントの構えをして投球がバットに当たりインプレーとなるか、3バント失敗で三振となった場合のみを指し、バントの構えをしていたがバットを引いた場合、バントの構えをしていたが空振りした場合、0ストライクまたは1ストライクでバントをしてファウルとなった場合は含まれていない。
「バントの機会」といった場合、特に断りのない限りは、打者がその打席を終了する直前の状態が無死一二塁であった場合を指す。打席の途中で、走者が盗塁、暴投等で三塁に進塁したり、牽制でアウトになったりした場合は含めない。
さらに、打者の守備位置が投手の場合も今回の記事での検証からは取り除いた。投手は野手と比べて、打力が著しく低く、投手と野手のバントとを同列に扱うことは相当でないからだ。無死一二塁で打者が投手の場合とそれ以外の場合とで、どれほどバント企図率に差が出るかを以下の表1で示す。
このように無死一二塁で投手に打席が回ると80%以上の割合でバントがされる一方で、それ以外の打者では全体の20%ほどである。さらに、バント成功率(犠打もしくは安打が記録された割合)にも差が見られる(表2)。
投手のバント成功率は50%にも満たない。それ以外の場合と30%近い開きがある。無死一二塁での投手のバント成功率は、無死一塁や無死二塁の場合と比べると極めて低い。打者が投手以外の場合の成功率も75%程度まで下がっていることからしても、無死一二塁からのバントは無死二塁からのバントはもちろん、無死一塁からのバントと比べても難易度が高く、バントを試みる打者の巧拙によって差が生じやすいといえる。
いずれにしろ、投手のバントについては、企図率・成功率ともにほかの打者と大きく異なるので検討の対象から除外した。
最初にバントがどのようなときに試みられているかを整理する。監督がバントをするかしないかを判断する場合、あるいはそのバントをするという判断が妥当であるかを考える場合に、考慮するべき要素としては様々なものが考えられるが、今回の記事で検討の対象としたのは以下の要素だ。
・イニング
・点差
・打者の能力
・投手の能力
これらの要素について、場合分けを行って、どのような場合により多くのバントが試みられているかを調べてみた。
イニングの影響
まずは、イニングごとのバント企図率を調べてみた(表3)。
無死一塁の場合は、序盤から終盤に向かうにつれてバント企図率が高まる傾向が顕著だったが、無死一二塁でも同様の傾向が見られる。
点差の影響
続いて、点差とバント企図率の関係を調べてみた(表4)。
2点以上ビハインドの状況ではバント企図率が15.1%と低くなっているが、無死一塁や無死二塁の場合と比べると比較的高い値になっている。走者が2人いることが影響しているのだろう。
それ以外の場合では、1点ビハインドの場面からのバント企図率が30%を超えており、同点、1点リードとリードするにつれてバント企図率が少しずつ下がっていく。無死二塁の場合は同点の場面が最もバント企図率が高かった。無死一二塁では同じ僅差の場面でも、リード時か同点時かビハインド時か、いずれの場面で最もバントが試みられやすいかは違いが表れている。
イニングと点差とを組み合わせた結果についても整理した(表5)。
基本的には2点以上ビハインド時を除くと、試合の序盤から中盤、後半になるほどバント企図率が高くなる傾向が見られた。
2点以上ビハインドの場合は、これらとは反対に終盤になるにつれてバント企図率が低下している。無死一二塁は比較的得点期待値の高い場面であるが、回の浅いうちは大量得点の可能性を下げてでも点差を詰めようという意識がはたらくケースがあるようだ。終盤になるとこのような思考ははたらかなくなるのか、あまりバントは試みられなくなっていく。
打者の能力の影響
次に、打者の能力によって無死一二塁でのバント企図率がどのように変化するか調べてみた(表6)。こここでは打者をwOBA(weighted On Base Average)が①.350超(打力が高い打者)、②.310超350以下(打力が中程度の打者)、③.310以下(打力が低い打者)の3グループに分けて、それぞれのグループでのバント企図率を調べた。
wOBAが.350を超えるような優れた打者①には、バントが指示されることはほとんどないようだ。しかし、wOBAが.310以下の打力の低い打者③の場合は40.8%と高いバント企図率となっている。打力の低い打者ほどバントをする傾向が強いといえる。
では、このような打力の高い打者でもバント企図率が高くなる状況はあるのだろうか。ここまで調べた結果からすると、僅差の場合や試合終盤ではバント企図率が高くなる傾向があるが、それは打力の高い打者でも同様だろうか。
打力の高い打者①でも、僅差の場合はバント企図率がわずかながら上昇するが、最も高い1点ビハインドの場面でも10%程度だ。他方でwOBAが.310以下の打者③の場合、1点ビハインドの場面では企図率が60%に近い。
続いてイニングの影響についても調べてみた(表8)。
wOBAが.310以下のグループ③は、序盤から中盤にかけていったんバント企図率が下がり、終盤になるとまた上がるという傾向が見られる。無死一塁や無死二塁に比べると序盤のバント企図率が比較的高い傾向があるが、打者の打力がそれほど高くない場合は序盤からでもバントを選択するケースがそれなりにあるようだ。このあたりも走者が2人いることが監督の判断に影響を与えているように思える。
投手の能力の影響
続いて、投手の能力によってもバント企図率が変化するか調べてみた。投手が優秀であれば、ヒッティングでも良い結果が見込めないと考えて、バントを選択する割合が高くなるのだろうか。今回はtRA(true Runs Average)がA.3.50未満、B.3.50以上4.80未満、C.4.80以上の3つのグループに分けて整理をした。
投手の能力が高くなってもバント企図率が高くなるわけではないようだ(表9)。これは無死一塁や無死二塁の場合とは異なる。無死一二塁の場合にはバントを試みるか否かの判断をする場合に、投手の能力はそれほど影響を与えていないようだ。
点差を条件に加えた場合についても調べてみた(表10)。
点差を考慮に入れると、1点ビハインドや同点の場面では投手の能力が高くなるほどバント企図率が高くなる傾向がわかった。
次にイニングによる影響についても検討してみた(表11)。
tRAが4.80以上のグループCを除くと、序盤よりも中盤、終盤の方がバント企図率が高くなる傾向が見られた。tRAが4.80以上のグループCでは終盤に企図率が下がっているが、これは終盤に力の劣る投手が登板しているときは点差が離れている場合が多いことも影響していると考えられる。
続いて、打者の能力と投手の能力双方を考慮すると、どのような結果となるか調べてみた(表12)。
投手の能力が高くなればなるほどバント企図率が高くなる傾向は見られない。これに対して、打者の打力が低くなるほどバント企図率が高くなる傾向が見られる。投手の能力以外の要素も考慮したバント企図率を見てきたが、これまでの結果を見る限りは投手の能力は、無死一二塁からのバント企図率にあまり影響を与えていないことがわかった。
まとめ
以上の内容をまとめると、無死一二塁の場合は打者の能力と点差がバント企図率に大きな影響を与えていることが分かった。無死一塁や無死二塁の場合と比較するとイニングと投手の能力の影響は小さい。
また、無死一塁や無死二塁の場合と比べると最もバント企図率が高くなるのが、1点ビハインドの場面だった。走者が2人いることから、1点を取れる確率を高めつつ、2点を取れる確率もそれほど下げないということの両立が容易だと考えられていることがその理由だろうか。
無死一塁や二塁の場合と比べると大まかな傾向は似通っていたが、細部は異なるということがわかった。Part2では、無死一二塁でのバントがどのような成功率になっているかに注目して分析を行っていく。
市川 博久/弁護士 @89yodan
DELTAデータアナリストを務める弁護士。学生時代、知人が書いていた野球の戦術に関する学術論文を読み、分析に興味を持つ。 その後『マネー・ボール』やDELTAアナリストらが執筆したリポートを参考に自らも様々な考察を開始。
『デルタ・ベースボール・リポート3』などリポートシリーズにも寄稿。動画配信サービスDAZNの「野球ラボ」への出演やパシフィックリーグマーケティング株式会社主催の「パ・リーグ×パーソル ベースボール データハッカソン」などへのゲスト出演歴も。球界の法制度に対しても数多くのコラムで意見を発信している。