• 1.02 Column



昨年も何名かの選手がFA権を行使し、それまで所属していた球団から他球団に移籍した。権利を行使して契約を勝ち取った選手がいる一方で、人的補償により意に沿わぬかたちで移籍した選手もいる。 過去にはトレードを拒否して引退となった選手もいたが、人的補償の場合でも同様の事態が起こりうる。またトレードでは生じづらい紛争が発生することも考えられる。こうしたことはこれまであまり注目されてこなかったが、この記事ではプロ野球協約フリーエージェント規約統一契約書を参照しながら、人的補償が引き起こしうる契約上の問題について述べたい。

FA補償の概要


人的補償の問題点を考える前に、FA補償の概要を説明する。FA補償についてはフリーエージェント規約10条に定められている。 これによると、Aランクの選手(外国人選手を除いた中で年俸額が上位1位から3位である選手)とBランクの選手(同上位4位から10位である選手)がFA宣言をして契約した場合には、FA宣言選手の旧球団が、選手による補償(人的補償)を求めることができる。この場合旧球団は、移籍球団が保有する支配下選手のうち外国人選手及びFA宣言選手と、契約した球団が任意に定めた28名(プロテクト枠)を除いた選手名簿から、旧球団が当該FA宣言選手1名につき各1名を選び獲得することができるとされている(フリーエージェント規約10条3項(1)、同条4項(1))。

FA補償の場合、トレードとは異なり「選手契約の譲渡」ではなく「獲得」という表現となっている。この理由については定かではないものの、補償で移籍した選手であってもトレードと同様に旧球団との間で契約していた年俸の額は維持されると考えられる(統一契約書22条)。

では、年俸の額以外の契約内容はどうだろう。球団と選手との契約は、統一契約書によるとされており(野球協約45条)、球団と選手との契約内容はある程度定型化されていることから、年俸の額以外の契約内容については、どの選手の契約もほとんど同じであり、球団と選手とが自由に決められる部分が少なく、問題となることも少ないと考えられる。


特約条項のある場合


しかし野球協約によれば、もともとは統一契約書に記載されていない条項であっても、野球協約の規定及び統一契約書の条項に反しない範囲内で、統一契約書に特約条項を記入することができる(野球協約47条)。そうすると年俸の額以外にも個々の選手ごとに契約内容が異なる可能性も想定される。

ここで問題となるのが、人的補償で移籍した選手が旧球団との間で、野球協約の規定および統一契約書の条項に反しない有効な特約を含む契約を交わしていた場合、移籍球団はその特約を守る必要があるかである。選手にしてみれば、不利な特約の場合にはその特約を守らなくてもよいとなれば思わぬ利益になるだろうが、有利な特約の場合、契約の相手方が変わったというだけで特約条項を守ってもらえないというのは不利益になるだろう。一方で人的補償で選手を獲得した球団にしてみれば、何も知らずに選手を獲得してみたら特約条項が存在しており、思わぬ不利益を受けてしまうことにもなりかねない。

こうした特約条項を人的補償の場合どのように処理するかについては、フリーエージェント規約には記載がない。公開されているNPB関係の規約等からもどのように処理されるのかは明らかになっていない(公開されていない内規等ではどのように処理されるかが定められているかもしれない)。

私はこのような場合にも、特約条項は守られるべきだと考えられる。

統一契約書21条は、「選手は球団が選手契約による球団の権利義務譲渡のため、日本プロフェッショナル野球協約に従い本契約を参稼期間中および契約保留期間中、日本プロフェッショナル野球組織に属するいずれかの球団へ譲渡できることを承諾する。」と定めている。選手が移籍に同意せずとも球団同士の合意だけで移籍が可能なトレードはこの条項が根拠になっているが、これ以外に選手の意思に基づかない移籍についてあらかじめ選手が承諾する条項は存在しない。そうすると人的補償による移籍もこの条項が根拠になっていると考えられる。

そして野球協約48条によれば、特約条項は統一契約書に記入する必要がある(統一契約書に記入していない特約条項は無効になってしまうので、特約条項は記入しなければ有効にならない)ので、特約条項は統一契約書に記入され、もともとの統一契約と一体になると考えられる。 選手契約の譲渡は、契約の個々の権利義務(選手が球団の主催する試合に参加する義務、球団が選手に年俸を支払う義務など)を個別に移転させるのではなく、契約から生じる権利義務を一括して移転させる行為なので、特約条項についても旧球団から移籍球団に引き継がれると考えるべきである。

確かに移籍球団にとっては思いがけない不利益を受ける可能性があるが、有効な特約条項はあくまで野球協約の規定と統一契約書の条項に反しない範囲(例えば、トレード拒否条項などは無効と考えられる。)なので、予想外の大きな不利益を受けるおそれはそれほどない。 このため移籍球団にとって不利益になるとしても、特約条項は移籍後も有効と考えられるべきであろう。


選手兼監督、選手兼コーチの場合


人的補償の対象となる選手が旧球団で監督やコーチを兼任していた場合も問題となる。 こうした選手が移籍した場合、移籍球団との間では選手としての契約が存在し、旧球団との間でも監督やコーチとしての契約が残る状態になる。しかし2球団で監督やコーチと選手とを兼任することは許されない(野球協約182条)。 このことを理由として、選手と監督やコーチを兼任している選手を人的補償の対象にできないと考えるべきだろうか。

フリーエージェント規約によれば、監督やコーチを兼任している選手を人的補償の対象としてはならないという規定はない。このためこのような選手を人的補償の対象とすることも許されると考えられる。 旧球団が、監督やコーチを失うことは不利益だろうが、その選手をプロテクトしておきさえすればその不利益を回避することができたのであるから、移籍球団の利益を犠牲にしてまで、旧球団の不利益を回避する理由はない。

選手にしてみれば、移籍してしまえば監督やコーチとしての地位を失うことになりこれが不利益であることは確かである。しかし選手は統一契約書であらかじめ選手契約の譲渡に承諾をしている(統一契約書21条)ので、それに伴う不利益についても覚悟すべきと考える。もちろん監督やコーチとしての地位に伴う報酬を得られなくなることは不利益だろうが、それは旧球団との間で解決すべき問題だろう。

したがって、旧球団で監督やコーチを兼任していた場合でも人的補償の対象となると考えられる。


複数年契約をしている選手の場合


所属球団と複数年契約をしている選手を人的補償の対象とすることはできるだろうか。 フリーエージェント規約は複数年契約をしている選手を人的補償の対象から除外していないため複数年契約をしている選手を人的補償の対象とすることも可能である。また、これについては先例も存在する。

ではこの場合、旧球団との間での複数年契約は移籍球団に引き継がれるのであろうか。例えば、3年契約の1年目の選手が、その年の11月に契約更改を済ませていない状態で人的補償の対象となって移籍した場合、2年目以降の年俸は旧球団との間で取り決めた金額のまま維持されるか、あるいは2年目が終了した時点でFA権を再取得した場合にFA権を行使して移籍することが可能だろうか。

私は複数年契約をしている選手が人的補償で移籍したとしても、複数年契約は移籍球団に引き継がれないと考える。

その理由は、野球協約や統一契約書には複数年契約に関連する規定が一切なく、選手と球団との契約の期間は1年間(正確には2月1日から11月30日まで)を前提としているためである。このため、複数年契約は統一契約書の「特約条項」ではなく、それとは別個の契約と考えられ、譲渡の対象となっていないと考えられる。

複数年契約が統一契約書の「特約条項」か、それとは別個の契約かについてNPBは明らかにしていない。しかし、山口俊と読売との複数年契約の見直しについての選手会との紛争においてNPBの示した態度からすると、複数年契約は統一契約とは別個の契約と考えていると思われる。 読売は山口俊との契約見直しについて、「統一契約書そのものの見直しではなく『覚書』に記載された内容を見直したもので、覚書はあくまで球団と選手との間の個別で私的な取り決めに関するものであり、統一契約書の制度や条項に関する事項について疑義があるなどのケースとは異なり、コミッショナーが調査したり、実行委員会が審議したりするような案件ではないと考える」と述べており、NPBもこの見解に何ら異議を唱えていない。 このようなNPBの態度を前提とすれば、人的補償での移籍の場合、複数年契約は移籍球団には譲渡されないと考えられる。


人的補償の問題点


しかしこれまでに述べたような方法で問題を処理できるとしても、選手と旧球団、移籍球団との間で紛争が生じてしまう可能性はあるだろう。例えば、監督やコーチを兼任していた選手が人的補償で移籍することとなって監督やコーチとしての職を失ったり、複数年契約で約束されていたはずの次年度以降の年俸を受け取ることができなくなったりするとすれば、反発する選手がでてきてもおかしくはない。 こうした場合に選手が態度を硬化させ移籍を頑として拒むことも考えられる。この場合その選手は資格停止選手となり、旧球団からは人的補償を選択しなかった場合と同額の金銭補償がされることになる(フリーエージェント規約10条7項)。こうした処分を行うことも致し方ないと考えられるが、できることならこうした事態は避けるべきだろう。

人的補償はトレードと異なり、旧球団と移籍球団とが交渉をして選手の移籍を決定する制度ではない。トレードの場合であれば、あらかじめ球団同士の交渉で、選手との契約の特約条項や統一契約以外の契約についても調整を図ることは十分可能であろう(問題になりそうな選手をトレードの対象にしないという判断も含まれる)。しかし人的補償のように移籍球団の一存だけで選手の移籍が決まるような制度の場合、このような事前の調整はきわめて困難である。

また仮にこのような調整をしようとすれば、プロテクトされていない選手であっても、特約条項を定めた選手、監督やコーチを兼任している選手、複数年契約中の選手など、紛争の発生が予想される選手の獲得に二の足を踏む結果となり、28人を超えるプロテクト枠を持っているのと同じようなことにもなりかねない。現在は特約条項を定めるケースは少数と思われ、監督やコーチを兼任している選手がプロテクトから外れるケースもそうないと思われるが、今後も同じような状況が続くとは限らない。そうした特殊な契約を結んだ選手が増えることになれば、そのすべてをプロテクトするということも現実的ではなくなってしまうことも考えられる。

野球協約や統一契約書を読んでもこうした問題が発生する可能性を意識した規定はほとんど見られない。実際に問題が発生した場合にNPBが適切に紛争を裁定できるのか不安が残る。 根本的には人的補償という紛争を生じさせやすい制度に問題があると考える。FAの補償については人的補償を廃止して、新たな補償制度を設けるべきだろう。



参考URL
日本プロ野球選手会公式ホームページ
日本プロフェッショナル野球協約2016
フリーエージェント規約
統一契約書様式

市川 博久(いちかわ・ひろひさ)/弁護士 @89yodan
学生時代、知人が書いていた野球の戦術に関する学術論文を読み、分析に興味を持つ。 その後『マネー・ボール』やDELTAアナリストらが執筆したリポートを参考に自らも様々な考察を開始。『デルタ・ベースボール・リポート1』にも寄稿。


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