昨季攻撃力不足に苦しんだ阪神は、今季新たに2人の外国人野手を加えました。中でも注目を集めているのがジャスティン・ボーアです。開幕前は非常に好調でファンからは「バースの再来」と期待されましたが、開幕後は一転して不調に。しかし7月に入って大幅に調子を上げてきました。8月現在ボーアの調子は落ち着いていますが、この6月から7月への変化は見逃せません。今回はボーアの成績の変化を追いかけ、新外国人打者がNPBへ適応していく様子をチェックしたいと思います。

ボーア最大の弱点は対左投手の成績


ボーアはNPBに来る外国人選手の中でも、MLBでの実績が比較的多い選手でした。そのためにMLB時代の成績を見れば、どのようなタイプの打者であるかはわかりやすくなります。表1にボーアのMLB時代の成績を対左右投手別にまとめました。

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OPSを左右で比較すると、対左投手の成績が悪いことを確認できると思います。この弱点のため、2019年は対左投手の打席に立つ機会そのものを失っていたというのが、阪神に入団する前のボーアの状況でした。

阪神としては、ボーアを対右投手限定の打者という的な起用方針で獲得したわけではないと思います。したがって、ボーアはNPBでは苦手な左投手をある程度克服するという課題を持った打者といえます。

2020年の開幕前(オープン戦と6月の練習試合)の成績を見ると、対右投手では良い成績を残していますが、やはり対左投手の成績は悪く、NPBでも開幕前の時点では弱点を露呈していました。開幕前のボーアが好調だったのは、対左投手の打席が少ないことで問題が顕在化しなかったためとも考えられます。


ボーアの開幕後の成績推移


続いて、ボーアの開幕後の成績推移を以下の図1に示します。

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棒グラフは試合ごとの右投手と左投手の対戦打席数を、折れ線は通算のOPSの推移を表します。

開幕からしばらくはノーヒットが続いたので、OPSは地を這っています。そこから先に改善が見られたのはオレンジで示した対右投手のOPS。青で示した対左投手のOPSは7月に入ってから改善している様子がわかります。

このデータより、6月中は左投手との対戦に苦労はしていたものの、7月に入り徐々に適応してきたと見ることができます。ここからは、開幕前、6月、7月という3つの区切りでのデータを比較することで、この成績の変化の中身を見ていこうと思います。


スイング傾向


日本に来て当たりの出ない外国人選手のステレオタイプとして、変化球にクルクルと手を出して三振する打者をイメージする人は少なくないと思います。ボーアもこの型に当てはまると思いきや、どうやら様子が違うようです。ボーアは7月いっぱいまでに喫した26の三振のうち、空振り三振が17、見逃し三振が9という内訳でした。一般的に見逃し三振は三振全体の25%弱ほどに収まります。ボーアは全体のうち34.6%が見逃し三振と、比較的見逃しての三振が多い特徴を持っていました。我々がイメージする外国人打者のステレオタイプな傾向とは異なるようです。

そこで、まずはボーアのスイング傾向に注目してみたいと思います。左右投手別に、ストライクとボールへのスイング率、空振り/スイングを以下の表2に示します。

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ここでの特徴として目を引くのは、一番上に示した対左投手のストライクへのスイング率です。比較用にNPBの左打者全体の値も示しています。特に開幕前は40.5%とかなり低い値でしたが、そこから6月、7月と月日が経つにつれ56.5%、62.5%と上昇しています。ただ、7月の値でもNPBの左打者全体と比較するとまだ低い値です。

このストライクへのスイング率の変化と連動して、6月のストライクへの空振り/スイングが非常に高くなっています。開幕前に40%程度しかスイングしていなかった状態から、6月に入り56.5%と手を出すようにはなったものの、コンタクトはできず空振りするスイングと見ることができます。

ただこれが7月に入ると、ストライクへのスイング率は微増。空振り/スイングは22.0%とNPBの左打者全体と比較するとまだ高い状態ですが、6月から比べると低下していることがわかります。こうしたスイング傾向の大きな変化はサンプル不足ゆえに生まれたものかもしれません。ただNPBの左投手に対する適応している過程のようにも考えられないでしょうか。


球種別の対応


ボーアは開幕前後ではストライクスイング率が低くなっていました。これは具体的にどのようなボールだったのでしょうか?確認のためにストレートとその他の変化球へのストライクスイング率を比較したものを以下の図2に示します。

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図2を見ると、スイング率が低かったのはストレートに対してであることがわかります。そして、徐々に上昇してきていることも確認でき、表2で見た傾向と一致します。ボーアの場合、どうも左投手のストレートに対して、手が出ない(スイングしない)傾向があったようです。


投球コースから見る左投手のストレートへの対応


このボーアのストレートに対するスイング傾向を、具体的な投球コースから確認してみたいと思います。以下の図3-1に、開幕前、6月、7月の左投手のストレートに対するスイングと見送りをプロットしたものを示します。

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いずれもサンプルが少ないことを承知して見ていきましょう。開幕前と6月では、スイングを示す黄色のプロットが外角にほとんどついていません。特に開幕前では左投手が投げる外角のストレートに手を出さない傾向が非常に強く出ていました。これが7月になると外角へのスイングが増えてきていることが確認できます。

この7月の傾向は、以下の図3-2に示すMLB時代の2018年の左投手のストレートへの対応に近づいていると見ることはできないでしょうか。

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MLBとNPBではストライクゾーンの幅が異なるという説はしばしば耳にしますが、この環境の変化に加え、ただでさえ苦手な左投手であることが、なかなかスイングできない状態を作り出したのではないかと考えられます。7月に入り、外角のボールにスイングしはじめられたのは、ボーアが6月から7月にかけて適応したことがうかがえるデータといえます。

ただし、スイングした結果を以下の図3-3に示しますが、外角のストレートへのスイングから安打は生まれておらず、7月時点では左打者の外角ストレートを攻略したとはいえません。

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まとめ


以上の分析より、ボーアは徐々にアジャストしてきてはいるものの、好調だった7月でさえいまだ適応中だったというのが適切なところかと思います。

最終的に左投手の苦手を克服して、右投手と同等の成績を残せばこれ以上ない結果といえます。しかし、多少の苦手は残っても、対右投手との成績を総合して、助っ人外国人選手に求められる水準の貢献を残すことが現実的な目標になると思います。

この挑戦の成否は、阪神だけではなく他球団も注目すべきと考えます。MLBでは弱点を抱え限定的な起用をされていた打者が、NPBで問題を修正し活躍することができれば、このボーアを成功例として、来季以降に獲得を目指す外国人選手の幅が広がる可能性があるからです。

現在はボーアが「バースの再来」かどうかで盛り上がっていますが、ボーアが成功といえる成績を残した場合には、来季以降「ボーアの再来」と呼べる打者がNPBに現れるかもしれません。こうした理由から、阪神ファン以外にも見逃せない打者といえるのではないでしょうか。


※MLBのデータは、MLB Advanced Mediaが運営するBaseball Savantから取得したものです。MLBは捕手・審判視点で投球位置が測定されているため、図3-2では投球位置の左右を反転してプロットしています。

佐藤 文彦(Student) @Student_murmur
個人サイトにて分析・執筆活動を行うほか、DELTAが配信するメールマガジンで記事を執筆。 BABIP関連、また打球情報を用いた分析などを展開。2017年3月に[プロ野球でわかる!]はじめての統計学 を出版。

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