• 1.02 Column


昨季、広島のリーグ3連覇に大きく貢献し、セ・リーグMVPを獲得した丸佳浩。しかし本塁打王は2本差で逃し、初の打撃三冠タイトルの獲得とはならなかった。このように昔から、連盟表彰の打撃三冠に縁がないにもかかわらず強力な攻撃力を示している打者を「無冠の帝王」と称することがある。

過小評価される無冠の帝王


無冠の帝王といえば、近年のファンであれば西武、読売、オリックスで活躍した清原和博あたりを想起するだろう。筆者の世代であれば1975年に本塁打王を獲得する前の土井正博が思い浮かぶ。

リーグで最高の攻撃力を示し続けながら三冠に終生無縁であった清原は非常に珍しい例だが、単年に限れば無冠の例はNPB史の中にそう珍しくもなく散見される。また、毎年リーグに1人出るとも限らないレベルの、飛びぬけたレベルの打棒を示しながら無冠という例もある。彼らは知らず知らずのうちに過小評価の憂き目に遭っており、もしかすると名声の上でも経済的な面でも割を食っているのかもしれない。

昨季もこのような打者の典型のような例が1人生まれている。すぐに思い当たるだろう。広島から読売に移籍した丸佳浩がその人である。


王貞治が上位に並ぶ最多四球ランキングに食い込む


丸は順調に実績を積み上げている。少なくとも過去3年間は飛びぬけた好成績と表現すべきであるし、特に昨季の活躍は掛け値なしに歴史的であった。

まず打率、本塁打、打点といったStandard Statsを見てみよう。打率.306、39本塁打、97打点と、優勝チームの主軸にふさわしい好成績である。しかしこれだけを見るとたまにどこかで拝見できるような数字である。にもかかわらず歴史的と評価できるのは、丸の特性がStandard Statsの中でもTV画面に表示される数字以外の部分にあるためだ。

昨季、丸は125試合で132安打、130四球をマークした。この130四球はシーズンの数字としては歴代4位タイにあたる。ズラリと王貞治の名前が並んでいる中に割って入る形となった。

ちなみに私はこのような歴代記録を確認する際は王貞治の名前を除外して見ることがよくある。特にAdvanced系の指標においては、上位のほとんどを王が独占してしまうため各年代の傑出した選手やその傑出の大きさがイメージしにくくなる。王の記録を外すと上位記録は各年代に散らばり、数字的にも名前のバリエーション的にも興味深いものとなる。この見方を採用すれば、昨季の丸の四球はNPB史上に輝く新記録であった。これまで記録保持者であったのは2001年の金本知憲(当時広島・128四球)である。


歴史的に見ても稀な四球と安打と試合数の接近


また昨季の丸は132安打、130四球と、四球が安打の数に接近している。実はこの2つの記録がこれほど近い数字になることは非常に珍しく、もし四球>安打となっていれば規定打席到達打者では王(4回達成のほか同数1回)以来の歴史的記録だった。試合数の少ない1リーグ時代にはそのような選手は存在したが、現代並の試合施行方式になってからでは王以外に記録した選手はいない。

ただ丸は四球>試合数は達成している。これも規定打席到達打者では王以来の大記録である(王は4回記録)。四球>安打と同様に試合数が少なく四球の多い戦前に例は見られるものの、戦後では王と丸の2人が達成したのみである。

規定打席到達打者による四球>試合数は1936年秋、NPB初年度にセネタースの大貫賢によってはじめて記録された(25試合31四球)。翌1937年にはタイガースの山口政信が春に54試合60四球、秋に48試合48四球(惜しい!)をマーク。2シーズン合計102試合108四球を記録した(※1)。これがこの分野における1リーグ時代の最も驚くべき記録である。

ほかに複数の達成者を挟んで、1943年に呉昌征が84試合85四球を記録したのを最後にこの記録は1965年の王(135試合138四球)まで途絶える。NPB創成期の、今とは大きく異なる環境の下に残された記録を除けば、「例外中の例外」である王だけが達成した記録であったわけだ。昨季の丸の成績がどれだけ歴史的だったかがわかる。

また、四球を多く記録しているということは、必然的に多くの打席でカウントが深くなる。結果、当然ながら三振も増える。昔風の表現をするならば、丸は昨季、2015年に続く2度目の三振王となった。丸は打率3割を3度記録し、最多安打も獲得。最多四球を3度獲得と選球眼も良く、昨季は最高出塁率を獲得した。さらに最多盗塁や最多得点も記録している出塁系の打者である。

目立つ記録や獲得タイトルだけを見て昔風の表現をするならば、確実性の高い打者とかシュアな打者とか言われるのであろうが、その丸が過去8年で6度の100三振を記録しているのだ。時代が進むにつれ野球はスタイルを変え、過去の常識があてはまらなくなる。


(※1)この年は春、秋と1年間に2つのシーズンを開催していた。

2018年の丸は三冠王獲得時の落合博満、野村克也以上


さてここからは成績を得点の形に変換するAdvanced Statsで昨季の丸の成績を確認する。単に積算されたStandard Statsを見ても稀有な活躍だったことは明らかだが、その数値を得点の形に落とし込んだ形のほうが貢献を測るにはふさわしい。ここでも丸は出色の数値を残している。

投手の打撃成績を除外して求めた昨季のwRAA(weighted Runs Above Average)(※2)で、丸は59.77をマークした。これは毎年両リーグに1人くらいは現れるといったレベルの数字ではない。リーグを代表する強打者でも40程度で、リーグ首位が50に届かないシーズンもしばしばある。

2003年に50本塁打を放ったアレックス・カブレラが51.91、51本塁打を放ったタフィー・ローズが35.86、1984年に三冠王のブーマーが48.98、1982年三冠王の落合博満が53.01、1965年三冠王の野村克也が59.72といった具合だ。これらは打撃三冠で目立った実績を挙げた選手であるが、昨季の丸はこれらをすべて上回っている。いかに強力な攻撃力だったかがわかるだろう。

そして丸は昨季無冠であったことはもちろん、現在まで、打撃三冠タイトルを1つも獲得していない。この状況が続けば、旧来的な打撃指標が打者の貢献に直結していないことを体現する打者として興味深い存在になってくれそうで楽しみでもある。その場合はおそらく年俸等の面で本人が不利益を被っていそうなのが残念だが。


(※2) ここでのwRAAは異なる年代の数字を比較するため投手の打撃成績を分母から除外して計算した。DELTAの値とはわずかに異なっている。

優勝決定時点では歴代最強の無冠の帝王だった?


以下は「無冠の帝王」として高いwRAAを示したシーズン歴代10傑(~2017)である。


ロベルト・ペタジーニ、山内一弘といった打撃三冠では過小評価される代表的な打者が1位、2位を占めているのは面白い。余談だがこの表に続く3人は和田一浩(2010)、清原(1990)、田淵幸一(1974)。いずれも西武に在籍した経歴を持っている。

2018年の丸は59.77のため首位と僅差の歴代4位に相当している。歴代で4番目に強力な無冠の打者であったというのもなかなかすごいが、その途中経過にも面白い推移があった。

昨季、広島の優勝を決定したのは9月26日だったが、この時の丸のwRAAは63.42。この時点で丸は史上最強の無冠の帝王であったのだ(ただし丸の無冠が決定するのはシーズン終了時のことになるが)。

その後、丸は深刻な不振に陥ってしまう。優勝決定後の8試合は37打席、28打数で1安打を記録したのみであった。この結果、wRAAは徐々に下がり、9月末日には61.88に(この時点でもまだ歴代最多)。そしてシーズン終了時には60を下回ることとなった。打率などの率系指標ではよくあるが、積算系の性格が強いこの指標では減って当たり前の感覚は必ずしもなじまない。

シーズン途中の離脱を跳ね返しての活躍、優勝を勝ち取る圧力などが相まって終盤に電池切れということになったのかもしれないが、個人的には密かに残念に思っていることである。


読売の丸獲得はかつての小笠原道大獲得と同様の効果


昨季は39本塁打と長打力を伸ばしたものの、基本的な丸の攻撃特性が出塁能力の高さに依るものであることは変わっていない。FA移籍により今季から読売でプレーすることとなったが、その読売は出塁能力に構造的な課題を抱えるチームである。

攻撃力が不足するシーズンは必ず出塁能力が低く、そうでない年も満足な出塁は得られていない場合が多い。長打力の方はパークファクターを考慮しても、悪い年でも、他球団と互角に戦えているにもかかわらず、である。長年築かれたチームカラーというものが、もしかしたら影響しているのかもしれない。

歴史的に見ても稀有な出塁能力を持つ丸の獲得は、2007年に読売が小笠原道大を獲得した時のように、その弱点を補う形になる。球団側にも当然そういった問題意識はあっただろう。丸がFA宣言した時点で獲得に動かない選択肢はあり得なかった。

NPBでは資金力がある球団でも出塁能力の高い打者をなかなか育成できていない事情がある。かつてであれば出塁力のある外国人選手を補強するという手もあったが、日本のプロスポーツは経済面で地盤沈下しており、強力な外国人選手を得ることが難しくなってきている。それぞれの球団に外部からではうかがい知れないチーム内文化があるのかもしれないが、出塁に対する姿勢は見直していく必要がありそうだ。見逃し三振の打者に何らかの形で不利益があるようでは出塁能力のある打者は育ってこないだろう。



道作
1980年代後半より分析活動に取り組む日本でのセイバーメトリクス分析の草分け的存在。2005年にウェブサイト『日本プロ野球記録統計解析試案「Total Baseballのすすめ」』を立ち上げ、自身の分析結果を発表。セイバーメトリクスに関する様々な話題を提供している。

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