プロ野球ファンの間で、捕手のリードの是非が話題に挙がることは多い。こうしたリードに関する議論には捕手の選択が結果に大きな影響を与えるという前提がある。この選択のうち、球種に関しては当然捕手の意思が大きく反映される。もちろん投手の意思も介在するが、捕手の意思が大きく影響を与える場合がほとんどだ。またサインミスにより要求と異なる球種が投じられる場合もほとんどない。一方でコースについてはどうだろうか。捕手はコースに投球を要求するが、球種と違ってそれが実現される可能性は高くはない。かといって全く影響を与えていないわけではないはずだ。今回はこうした捕手の要求コースが投球にどのような影響を与えるか検証を行い、リードの前提となる実態の把握を試みたい。

分析の方法


分析に入る前に一連の分析の方法を説明しておく。今回の分析では2019年から2021年までのNPBでのデータを利用している。これらのデータの内、投球されたコースと捕手の構えたコースのいずれかが欠落している投球を除いた結果を分析に使用した。

分析に当たっては、Statcastで使用されている分類を参考にして、投球及び捕手の構えたゾーンを縦横14×14のブロックに分類した。ゾーンの分け方については、以下のように整理している。

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この図は投手側から見た視点になっており、横方向は一塁側から順にX1からX14、縦方向は高い方から順にY1からY14と呼ぶことにする。図の中で赤い線で囲まれている部分が公認野球規則上のストライクゾーンだ。ストライクゾーンは縦横共に6分割(つまり各ブロックはストライクゾーンの縦横の長さが6分の1)にしており、縦の長さと横の長さの比はおよそ5:4になっている[1]

このストライクゾーンの範囲のうち、中心に近いピンクの部分をHeart、ストライクゾーンの周辺となるオレンジ部分をShadow、そのさらに外側のボールゾーンにあたる黄色部分をChase、それ以上に大きく外れた着色していない部分をWasteと呼ぶ。

これらのゾーン別の打撃成績は以下のようになっている。

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中心部に近いHeartには全体の25%ほどの投球がされている。スイング率(スイング/投球)は72.0%、コンタクト率(コンタクト/スイング)は87.8%とかなり高い値になっており、スイングされる可能性も、スイングされた場合にバットに当たる可能性も高い。そして総合的な打撃貢献度を表すwOBA(weighted On-Base Average)も.366。これは平均よりもかなり高く、Heartへの投球が投手にとって危険であることを示している。打球が発生したときに限定したwOBAであるwOBAconも.406とかなり高い。当たり前かもしれないが、ストライクゾーンの中心部分は空振りを取ることが難しく、安打・長打になる可能性も高いようだ。

ストライクゾーンの境界付近Shadowは40%ほどの投球で最も多くの投球がされている。スイング率は52.6%、コンタクト率は79.5%とHeartよりも低い。また、wOBAは4種のゾーンで最も低い.282。ストライクゾーン枠周辺への投球が投手にとって有効であることを示している。

少し外れたボールゾーンであるChaseはコンタクト率が48.8%と低く、空振りを狙いやすいゾーンといえる。一方でスイング率が22.2%と低いため、投球を見極められて四球となる可能性も高い。このためコンタクトされた場合の打撃の出力(wOBAcon)は低いが、四球も含めた総合的な打撃貢献度(wOBA)は.293と、Shadowよりも高くなっている。スイングさせることさえできれば、空振りも狙えて、仮にバットに当たってもリスクの低いゾーンである。

大きく外れたゾーンであるWasteは全体の4.7%。このゾーンに投げても打者はほとんどスイングすることはなく、空振りを期待することは難しい。このため、wOBAは.531と極めて高い値となっており、まさしくこのゾーンへの投球はWaste(無駄)といえる。

当然ながら、Wasteを除く3種のゾーンの有効性はボールカウント等によっても変わってくるが、今回はこれら各ゾーンへの投球割合が捕手の構えた位置によってどのように変化していくかも確認していく。




投手・打者の左右と投球コース、捕手が構えたコースの違い


また、以下の分析では、投手と打者の左右を分けて分析を行っていく。これは、以下に示すように投手の左右の違い、打者の左右の違いによって、投球されるコースも捕手が構えるコースも大きな差があるためだ。投手、打者の左右ごとの投球コース及び捕手が構えるコースの割合は次のようになっている。

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まず右側、投球コースから見ていくと、ストライクゾーンの中心から低め付近に投球がされることが多いという点はいずれの場合も共通している。ただ、左投手と右投手とで投球コースの分布は若干異なる。左投手対左打者(表2-2)、右投手対右打者(表5-2)を比較すると顕著だが、左投手の場合はストライクゾーンの三塁側低めと一塁側高めを結んだ対角線上に、右投手の場合はそれとは反対にストライクゾーンの一塁側低めと三塁側高めを結んだ対角線上に、投球されることが多い傾向が見られる。また、打者との関係でいうと、左打者でも右打者でもインコースよりはアウトコースの投球が多いということがわかる。

このように投球コースは、投手自身の投げ手の左右と、対戦する打者の打席の左右双方に影響を受けていることが分かる。

次に左側、捕手の構えを見ていくと、投球コース以上に打者の左右、投手の左右による変化が顕著であることが分かる。いずれの場合もストライクゾーン低めの境界付近のゾーンに構えることが多く、ストライクゾーンの中心付近や高めに構えることは少ない。またストライクゾーンから離れたボールゾーンに構えることはほとんどないということは共通している。そして、いずれの場合も打者のアウトコース低めやインコース低めに構えることが多く、投手の投げ手と打者の打席が同じ場合にはインコースよりもアウトコースに構えることがより多くなるという傾向がある。

以上のように、投手の左右、打者の左右とその組み合わせによって、投球コースも捕手の構えの位置も大きく異なっていることが分かった。このため、以後の分析ではこれら4種の組み合わせを別々に検討していくことが相当と考えられる。

また、捕手の構えた位置にかなりの偏りがあることも分かった。特に高めのコースに構えることは、投手・打者の左右によらずほとんどなく、高めに構えた場合の投球への影響を分析することは、サンプルサイズの不足から困難と思われる。同様にストライクゾーンの中心付近に構えることもそれほど多くない。このような捕手の構えの傾向も踏まえて、次回以降は投手・打者の左右ごとに、捕手の構えた位置が外角低めまたは内角低めの境界付近だった場合に、捕手の構えた位置の細かな差異がどの程度投球に影響を与えるのかを調べていく。

[1] 縦横共に2から13まではブロックの幅は同じだが、1と14だけは幅が異なる。




市川 博久/弁護士 @89yodan
DELTAデータアナリストを務める弁護士。学生時代、知人が書いていた野球の戦術に関する学術論文を読み、分析に興味を持つ。 その後『マネー・ボール』やDELTAアナリストらが執筆したリポートを参考に自らも様々な考察を開始。『デルタ・ベースボール・リポート3』などリポートシリーズにも寄稿。動画配信サービスDAZNの「野球ラボ」への出演やパシフィックリーグマーケティング株式会社主催の「パ・リーグ×パーソル ベースボール データハッカソン」などへのゲスト出演歴も。球界の法制度に対しても数多くのコラムで意見を発信している。

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