6月23日、ロッテは大嶺翔太の退団を発表した。報道によると大嶺は金銭トラブルを抱え、球団にも影響が及んでいたという。しかし借金を抱えたままプロ野球選手を続けるという選択肢はなかったのであろうか。DELTAアナリストで弁護士の市川博久氏に解説を依頼した。

借金が返せないとプロ野球選手を辞めなければいけないのか?


大嶺は金銭の借り入れをしたが、返済できないというトラブルのため、プロ野球選手を辞めると述べている。しかし、借金を返せないことがどうしてプロ野球選手を辞めることに繋がるのだろうか?

プロ野球協約や統一契約書には、選手が負っている債務の額や年俸に対する債務の割合によって、野球活動を制限するような規定はない。また選手が破産となったり、債務整理を行ったりしたことで、機構や球団が選手に対して何らかの処分を行ったり、資格が制限されたりすることはなく、球団との契約を解除しなければならないという規定はない。

このように、プロ野球協約や統一契約書の規定から、借金を返せないということが直ちにプロ野球選手を辞めなければならないことにつながるとは考えがたい。もっとも、債権者への対応で野球活動に集中できないという可能性はあるだろう。また、収支の均衡が崩れて生活すら立ち行かない状態になっているとすれば、野球活動に必要な費用すら出すことができなくなってしまうだろうから、野球選手業に支障が出てくるということはあるだろう。しかし、そこまでの状態でなければ、借金問題がプロ野球選手を辞めなければならない理由になるとは考えにくい。


プロ野球選手を続けながらの立ち直りは難しかったのか


そこで、多額の借金を抱えており、何らかの債務整理が必要な場合に、プロ野球選手を続けながらの立ち直りは難しかったのかを考えてみたい。

債務の金額と手元の財産、月々の収入と返済を含む支出によって、取れる手段、望ましい手段は異なってくるが、仮に借金の額が収入に比べて膨大で、破産以外に取るべき手段がないという最悪のケースを想定してみる。

破産とは債務者が債務を返済することができない場合に、裁判所の関与のもとでその財産を精算する手続きであり、一定の免責が許可されない事由がなければ、破産手続きの終了とともに、債務の支払い義務が免除される(正確にいうと、破産手続きと免責手続きとは別個の手続きであるが、個人が破産手続きだけ申し立てて免責手続きを申し立てないことはまずない)。

破産の主なデメリットとしては、新規借入ができなくなる、保証人に迷惑がかかる、価値のある財産を処分しなければならないといったことがあげられる。こうしたデメリットがプロ野球選手を継続していくことに支障となったのだろうか。

新規借入ができなくなるのはデメリットであるが、野球選手業は金銭の借入れを受けなければ、継続できない事業とは考えづらい。原材料や商品を仕入れることもなく、初期投資として事務所や営業用の設備等が必要な仕事ではない。このため、この点からプロ野球選手としての立ち直りが困難とは考えづらい。

保証人がいる場合は破産すると保証人に迷惑がかかるが、これは野球選手を続けて破産しようが、野球選手を辞めて破産しようが、結果は同じであり、このことも決定的な理由とはなり得ない。

価値のある財産としては、一定額以上の現金、預金・車・不動産・有価証券などがあるだろう。これらは処分されても野球選手業にそれほど影響はない。野球道具も処分されてしまうのではないかと気になるかもしれないが、「技術者、職人、労務者その他の主として自己の知的又は肉体的な労働により職業又は営業に従事する者(前二号に規定する者を除く。)のその業務に欠くことができない器具その他の物(商品を除く。)」(民事執行法131条)の差押え禁止財産に該当すると思われるため、処分しなければならないとは考えがたい。つまり、破産をしても野球道具を処分されてしまうということもなく、活動の継続に支障はない。

結局、破産という最悪のケースを想定してみたが、プロ野球選手を続けられない理由にはならないのではないかと考えられる。仮に引退に至った理由が球団発表通りだったのであれば、プロ野球選手を継続しながら立ち直る道もあったように思われる。


任意引退と復帰の手続き


また、大嶺は任意引退によりロッテを退団することとなった。

任意引退(野球協約59条)は選手側の都合による退団であり、球団側が保留権を放棄する自由契約とは異なり、復帰手続き(野球協約75条以下)を経なければ、選手として復帰することはできない。任意引退をした年度中は、復帰ができない(野球協約77条)ので、仮に復帰するとしても復帰は翌シーズン以降となる。また、復帰する場合は元の所属球団であるロッテに復帰することとなる(野球協約78条)。さらに、任意引退選手は全保留選手名簿に記載されるため、海外の球団を含む、他のプロ野球団と契約することはできなくなる。仮に独立リーグを含む他球団や海外の球団と契約して、再起を図るとすれば、ロッテが保留権を放棄する必要がある。

なお、念のため付け加えると、復帰に当たっても債務が多額であることや破産等の債務整理を行ったことが障害となることはない。


本人さえ望むならプロ野球選手を続けられたのではないか


結局のところ、球団および大嶺本人の発表からは金銭トラブルが大嶺の野球活動に大きな支障となったとは考えづらく、本人の意思さえあれば、債務を整理しつつ、プロ野球選手を続けることができたように思う。引退は本人自身の気持ちの問題が大きかったのではないだろうか。



市川 博久(いちかわ・ひろひさ)/弁護士 @89yodan
学生時代、知人が書いていた野球の戦術に関する学術論文を読み、分析に興味を持つ。 その後『マネー・ボール』やDELTAアナリストらが執筆したリポートを参考に自らも様々な考察を開始。『デルタ・ベースボール・リポート1』にも寄稿。


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