2020年のパ・リーグはソフトバンクが、3年ぶりの優勝を果たした。新型コロナウィルス感染問題の影響でキューバ人のデスパイネ、グラシアルを欠き、序盤戦は苦戦を強いられたが、終わってみれば2位を14ゲーム差離す圧勝。クライマックスシリーズでもロッテを圧倒し、今週末から行われる日本シリーズに臨む。今回はその日本一に向けたキーマンとして今年、新外国人選手として入団した
マット・ムーア
をあげたい。
MLBポストシーズンでも好投を見せた実績をもつムーア
まず、ムーアのMLBでのキャリアを簡単に紹介したい。
ムーアはルーキーの2012年に11勝11敗、177 1/3イニングを投げ175奪三振、防御率3.81を記録。翌2013年には17勝4敗 150 1/3イニングで143奪三振、防御率3.29とさらに成績を向上させたが、その後左肘のトミー・ジョン手術を受け2014年はほぼ全休。2019年には打球を右膝に受け半月板損傷のためほぼ全休と怪我に泣かされたキャリアを送ってきた。手術の影響もあったのか2017年頃からは成績も急下降。今季開幕時にはまだ30歳と比較的若く、再起を果たすために来日したという経歴をもっている。
実はこのムーアは、ポストシーズンで快投を披露する、大舞台に強い投手としても知られている。
サンプル数が少ないがその実績を紹介したい。2011年、ムーアはシーズン途中にMLB初昇格。レギュラーシーズンでは1試合しか先発経験がないルーキーながら、地区シリーズ第1戦の先発に抜擢された。相手は同年チーム打率リーグ1位(.283)で本塁打数リーグ 2位のテキサス・レンジャーズであったが、ここでムーアは7イニングを無失点に抑える快投を見せた。
2016年は大舞台の勝負強さを買われてか、シーズン途中にサンフランシスコ・ジャイアンツに移籍。地区シリーズ第4戦で同年1試合平均得点数リーグ2位のシカゴ・カブス相手に8イニングを1失点、10三振を奪う快投を演じている。
表1に示したGScはGame Scoreといい、先発投手のその日の投球の出来をスコアリングしたもので、数値が大きいほど良いピッチングをしたことを意味する。例えば今季のMLB での好投が記憶に新しいダルビッシュ有(カブス)は、今季全12先発のうちGSc77以上を記録したのがわずか2回、前田健太(ツインズ)は11先発のうち1回のみとなっている。サイ・ヤング賞候補になった投手でもこれくらいの数字と考えると、ムーアがポストシーズン3先発のうち2回もGSc77以上の快投を見せていることは特筆すべきことである。
ムーアのNPB1年目を振り返る
さて、そんなムーアだが、今季はNPBで13試合に登板し6勝3敗、78イニングを投げ89奪三振22与四球 防御率2.65という好成績を残した。
球種に注目してムーアの投球内容を振り返ってみたい。
MLB時代の2018年以前と比べると、計測環境の影響違いか、どの球種も1-3km/h程度スピードが落ちている。MLBではチェンジアップ(CH)とカーブ/ナックルカーブ(CB)がそれぞれ15%以上を占める主武器となる変化球であった。それが来日してからカッター(CT)やカーブ(CB)の割合をMLB時代よりも減らし、チェンジアップの投球割合を上げている。チェンジアップの投球割合15.8%は今季70イニング以上投げた投手のなかで第8位(パ・リーグでは4位)に位置する。そして、チェンジアップのPitch Valueを表すwCHはパ・リーグ2位の3.0であった。左腕に限って言えばムーアがトップである。
そのチェンジアップであるが、右打者にとってはインロー、左打者のアウトローといったストライクゾーンより低くに決まるボールにパ・リーグの打者は多く空振りを喫してしまった。日本シリーズの対戦相手となる読売の打者視点のPitch Valueを見ると、スライダーやカーブといった曲がる球種に対しては、それぞれ13.7、7.4と好成績を残しているが、一方のチェンジアップは1.8と相対的に苦手としている。ムーアはサウスポーだが、MLB時代から左打者よりも右打者の方をよく抑えることでも知られていた。坂本勇人、岡本和真といった読売が誇る右の強打者も封じられてしまうかもしれない。
大舞台に強く、チェンジアップを操り、右打者に強いサウスポーであるムーア。クライマックスシリーズでは出番が訪れなかった「ジョーカー」を常勝ソフトバンクはどこで起用するのか注目したい。
水島 仁
精神科専門医、認定内科医、日本スポーツ協会認定スポーツドクター。
首都圏の病院の急性期病棟に勤務する傍らセイバーメトリクスを活用した分析に取り組む。
メジャーリーグのほか、マイナーリーグや海外のリーグにも精通。アメリカ野球学会(SABR)会員。