• 1.02 Column

近年MLBで注目されはじめた概念にピッチトンネルと呼ばれるものがある。ピッチトンネルとは、複数の球種を近い軌道から変化させることによって、打者の見極めを困難にするというものだ。だがこのピッチトンネルについては、トンネルを作れているかどうかに焦点が当たることが多く、それ自体に実際にどの程度効果があるかの検証が十分でないように感じる。ここではピッチトンネルを作ることがどの程度失点を抑止することにつながるのか、定量評価を行う。

分析の前準備:ピッチトンネルについての先行研究


ピッチトンネルによる投球の評価は、投球のコースだけでなく、軌道に注目した点でこれまでのものとは異なる。このピッチトンネルについてはすでにトラッキングデータを使っての客観的な分析が行われている。トラッキングシステムで取得したデータから投球軌道を計算し、前後の投球軌道を比較することで評価に活用するのだ。前後の投球で軌道が明確に異なるものはトンネルを作れていない、似たものは作れていると考える。ピッチトンネルに関連する有名な分析に、2014年にJon RoegeleがThe Hard Ball Timesに寄稿した The Effects of Pitch Sequencing という記事がある。

記事内では、ホームプレートから33フィート(約10m)手前およびホームプレート前方(=投球コース)の2箇所で、直前の投球軌道との差を算出し、空振りを奪いやすい投球の組み合わせが示されている。ボールの投球軌道を使用した画期的な分析だ。しかしこの記事の重要性は投球軌道に注目したこと自体ではなく、それを「定量的」に評価した点にある。定量的に効果を測定することで、どれほど有効なのか、あるいは有効でないのか、その程度を客観的な尺度で判断することができる。その姿勢が重要だ。

ただし、この研究は空振りの奪いやすさに焦点が当てており、総合的な評価が行われているわけではない。ピッチトンネルの総合的な効果について定量分析した記事は、アメリカの分析サイトでもあまり公開されていない。今回は総合的に見てピッチトンネルにどれほどの効果があるのか、定量的な分析を試みる。

Part1ではこれまでの研究を踏まえながら、ピッチトンネルの効果を再確認していく。NPBのトラッキングデータは公開されていないため、2019年にMLBで取得されたStatcast データを使用し分析を行う[1]。


分析の前準備:評価方法


はじめに、ピッチトンネルの評価基準を定義する必要がある。ここではBaseball Prospectusのピッチトンネルの紹介記事を参考に、いくつかの評価指標を導入する。

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・Tunnel Point (トンネルポイント)
 

打者がスイングするかどうかを判断すると考えられるポイント。コミットポイント/decison-making pointなどとも呼ばれる。トンネルポイントはいくつかの手法で定義されているが[2]、今回は投球がホームプレート前面に到達する0.175秒前をトンネルポイントとして定義する。

打者がスイングを開始してからバットがホームプレート上を通過するまで約0.150秒を要するため、0.150秒から0175秒をトンネルポイントとして使用する場合が多い。

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・Release Differential (リリース差異)
 

リリースポイントにおける直前投球との差異。

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・Tunnel Differential (トンネル差異)
 

トンネルポイントにおける直前の投球軌道との差異。 この差が小さい投球をトンネリング(Tunneling)と呼ぶこともある。

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・Plate Differential (プレート差異)
 

ホームプレート上(投球コース)における直前の投球軌道との差異。

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ピッチトンネルに関する評価指標はほかにも存在するが、今回は上記の指標を使用して効果を検証する。


分析の前準備:トンネルポイントの妥当性の検証


分析の前準備として、まず上記の「投球がホームプレート前面に到達する0.175秒前」というトンネルポイントの設定が妥当であるかを検証しておきたい。そもそもの前提となる設定が間違っていれば分析が台無しになるからだ。ここでは以下の方法で妥当性について検証する。


1.ホームベースからマウンドまでの空間を5cm立方のブロックで分割する(空間をサイコロ状に切り分けるイメージ)。
2.各ブロックを通過した投球の平均スイング割合を計算する。
3.スイングされやすいブロックの分布を確認する。

スイングされやすい空間を調べることで、打者がスイングするにあたりどのような判断を行っているかを知ることができる。下図は70%以上スイングされたブロックの分布を示している。図1-1は投球を三塁側から、図1-2は投球を上空から見たようなイメージの図だ。図1-2は左投手の投球も右投手に統合して表示している。

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これを見ると、スイングされやすいブロックはホームプレートからマウンド方向に700cmまでの空間に集まっている。逆説的に、ホームプレートから700cm以上離れた地点では、打者は確信をもってスイングを判断していないと類推できる。

ここで平均的なストレートについてトンネルポイント(滞空時間-0.175秒時点)の位置を計算すると、トンネルポイント-ホームプレート間の距離は681cmとなる。ホームプレートから23.8フィート(約725cm)をトンネルポイントとすることもあるが、これはストレートのトンネルポイント(681m)にホームプレートの長さ(43.2cm)を加えた長さ(724cm)と一致する。ほかの球種もおおむね600-700cm付近であることから、滞空時間-0.175秒はスイングを決定するトンネルポイントの設定として実態とかけ離れていないようだ。

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②の区間(トンネルポイント~ホームプレート)の分析


ピッチトンネルの影響 ~空振り編~
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前準備が終わり、ようやく分析に入っていく。トンネルポイントを設定することで、投球をリリースポイントからトンネルポイントまでの区間①と、トンネルポイントからホームプレートまでの区間②に分割することができる。前述したJon Roegeleによる先行研究は、区間②(トンネルポイント~ホームプレート)についての分析である。まずは先行研究の確認を通してピッチトンネル評価に触れてみよう。Jon Roegeleの発見は、先ほど定義したピッチトンネルの用語で以下のように言い換えられる。

「プレート差異が一定以上の投球は、トンネル差異が小さいほど空振りしやすい」

これが確かなものか確認するため、トンネル差異を横軸、プレート差異を縦軸としたSwStr%(空振り/投球)のグラフ(図2)を作成した。赤いほど空振りの割合が高く、青いほど低いことを示す。

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図2、表2を見ると、プレート差異が同程度であれば、トンネル差異が小さい投球ほど空振りが多く発生しているかわかる。トンネル差異が50cmを超える領域では特に空振りを奪いにくいようだ。

ただこのSwStr%という指標は投球全体に占める空振りの割合を示しているに過ぎない。ここではピッチトンネルの影響についてより理解を深めるため、空振りを以下の2つの要素に分解し考察する。スイングさせる能力と、スイングさせた時に空振りさせる能力に分解するのだ。

1.打者がバットをスイングする Swing%(スイング/投球数)
2.バットとボールが衝突しない Whiff%(空振り/スイング)

この2つに分けたうえでピッチトンネルとの関係性を改めて見てみよう。以下はトンネル差異、プレート差異別に1.Swing%と2.Whiff%の傾向を図示したものだ。

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Swing%を示した図3-1を見ると、横軸でグラデーションが生まれている。つまりトンネル差異と強く連動している。トンネル差異が小さい=直前の投球軌道と重なる投球は、打者のスイングを誘発しやすいようだ。

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対してスイングしたバットにボールが衝突するか否かは、縦軸でグラデーションが生まれている(図3-2)。主にプレート差異と連動しているようだ。基本的にプレート差異が大きい=直前の投球コースと離れているほどバットに当たりにくい。ただプレート差異が50cm以下の領域ではトンネル差異が小さいほどバットに当たりにくい傾向がある。

1.Swing%、2.Whiff%のどちらの観点においても、トンネル差異が小さい=直前の投球軌道と重なる投球は空振りを奪う上でアドバンテージとなるようだ。

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ピッチトンネルの影響 ~得点価値(Run Value)編
 

また先行研究では分析されていないが、ここでは空振りだけでなく、 Run Value(得点価値)についても確認する。投手の目的は失点を防ぐことである。さきほど確認した空振りは重要な要素ではあるが、あくまでも失点を防ぐためのプロセスに過ぎない。総合的な評価として、ピッチトンネルによりRun Valueがどう変わるかも確認しておく。

ここでは投球100球あたりで平均に比べどれだけ失点を防ぐかを表すRun Value/100について、さきほどと同様のグラフを作成した。青いプロットほどRun Valueが低い=失点につながりにくい=良い投球と評価できる。なお、得点価値の算出に使用した得点期待値は、BSOカウント×各塁の走者有無=288通りの状況から計算した。得点期待値の計算はBill Petti (https://twitter.com/billpetti)が作成した計算プログラム(https://github.com/BillPetti/baseballr)を使用している。


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図4を見ると、失点しにくいことを示す青い投球はプレート差異50cm以下の領域に集まっている。また、プレート差異が同じ場合、トンネル差異が小さいほど失点につながりにくい。特にトンネル差異が50cmを超える領域ではほとんど打者有利であり、トンネル差異を一定以内に収める投球は失点を減らしやすいようだ。

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①の区間(リリースポイント~トンネルポイント)の分析


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トンネルポイントからホームプレートを示す区間②の次は少し時間を遡り、リリースポイントからトンネルポイントまでの区間①について分析する。投球されたボールがこの区間を通過する間に、打者はスイングするかどうかを判断しなければならない。この区間の情報を調べるため、さきほどの先行研究にならいリリース差異とトンネル差異をベースとしたスイング傾向(SwStr%、Swing%、Whiff%)を図5-1~5-3に示す。

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リリース差異とトンネル差異で色の変わり具合を比較すると、スイングするかどうか(図5-2)、バットにあたるかどうか(図5-3)の両面においてトンネル差異と強く連動している。MLBレベルの打者がスイングを判断する際に、リリース差異はほとんど影響力を持たないようだ。

実は、リリース差異=リリースポイントのバラつきと投球結果の関係については先行研究が存在する。 Run Valueベースの評価を行った Josh Kalkの分析記事では、リリースポイントのバラつきと得点(失点)の間にほとんど相関がないことが示されている。この研究はPITCH f/xを使った分析だが、Statcastを使った分析においても同様である。

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リリース差異による直接的な効果は観測できなかったが、補助的な効果を持つ可能性も考えられる。リリース差異の条件次第で、トンネルポイント~ホームプレートの傾向に変化が表れるかもしれない。

そこで、リリース差異の大小によってグループを分け、各グループのトンネル差異とプレート差異の傾向を確認する。各グループ間に生まれた差異を、リリース差異の効果として検証する。下の図6-1、6-2はSwing%、Whiff%、SwStr%について、リリース差異の大小でグループ化したトンネル差異とプレート差異のグラフである。左側のグラフが、リリース差異が小さい(平均未満)もの、右側はリリース差異が大きい(平均以上)ものを示している。

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左右どちらのグループにおいてもほとんど同じ傾向を確認できる。全体を見るとリリース差異はスイングや空振りの傾向にそれほど影響を与えない可能性が高い。もちろん、球種毎にオーバースローとアンダースローで投げ分ける極端な投手であれば(そのような投手が存在するかは別として)、この傾向が当てはまるとは考えにくい。ここからわかるのは、2019年MLBのグラウンド上ではリリースのバラつきがスイングに大きな影響を与えなかった可能性である。ただもちろん、リリースポイントの不安定さが制球難につながる投手もいると考えられる。今回の結果は一貫したリリースポイントの重要性を否定するものではない点に注意したい。

なお、現在のStatcastではリリースポイントしか取得できないが、新たに導入される予定のホークアイを使用したStatcastでは、リリース途中の軌道も取得される見込みである(下記リンク参照)。リリース軌道まで分析範囲を拡大する事で、今まで曖昧だった腕の振り、ボールの出所といった新たな傾向が発見される可能性が高い。

2020 SABR Analytics Conference livestream - Saturday, March 14,
https://www.youtube.com/watch?v=ZVfbU86PXDY


Part1のまとめ


1.投球軌道を重ねた投球はスイングされやすい。
2.リリースポイントのバラつきはスイングにほとんど影響を与えない。


ここまでの検証で、ピッチトンネルを構成する投球は、やはり失点を防ぐ効果が高いことがわかった。だが今回はここで終わらない。Part2ではこれらの分析に投球コースの情報も追加したうえで、さらにピッチトンネルの効果について検証を行っていく。


Part2へ続く。

参考文献
[1]今回使用したデータはすべてMLB Advanced Mediaが運営するBaseball Savantから取得している。
https://baseballsavant.mlb.com
(最終閲覧日2020年7月12日)

[2] Jon Roegele, The Effects of Pitch Sequencing (2014)
https://tht.fangraphs.com/the-effects-of-pitch-sequencing
(最終閲覧日2020年9月11日)

[3] Harry Pavlidis, Jonathan Judge, and Jeff Long,
Prospectus Feature: Introducing Pitch Tunnels (2017)
https://www.baseballprospectus.com/news/article/31030/prospectus-feature-introducing-pitch-tunnels/
(最終閲覧日2020年9月11日)

[4]Jeff Long, Harry Pavlidis, and Martin Alonso,
Prospectus Feature: Updating Pitch Tunnels (2018)
https://www.baseballprospectus.com/news/article/37436/prospectus-feature-updating-pitch-tunnels
(最終閲覧日2020年9月11日)
現在のBaseball Prospectusでは、打者視点およびearliest and greatest differenceという考え方を導入している。打席の左右でボールの見え方が異なることから、ボールの軌道を打者視点に変換した数字を使用している。また、トンネルポイントを一定の距離/時間に置かず、投球軌道の差が最大となるタイミング(またはホームプレート到達0.150秒前)をトンネルポイントとして定義するearliest and greatest difference方式を採用している。どちらも打者視点でピッチトンネルを捉え直した方法論である。

[5] 岡田 友輔, 現在のセイバーメトリクスで基礎的な考え方となっている得点期待値について (2016)
https://1point02.jp/op/gnav/column/bs/column.aspx?cid=53003
(最終閲覧日2020年9月11日)

[6]BillPetti/baseballr
https://github.com/BillPetti/baseballr
(最終閲覧日2020年9月11日)

[7] Josh Kalk, How does release point affect a pitcher’s success? (2008)
https://tht.fangraphs.com/how-does-release-point-affect-a-pitchers-success
(最終閲覧日2020年9月11日)



八代 久通@saber_metmh
学生時代に数理物理を専攻。野球の数理的分析に没頭する。 近年は物理的なトラッキングデータの分析にも着手。
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