3ボール0ストライクからの投球は、ゾーンからやや外れていてもストライクコールが多いと感じたことはないだろうか。本来は状況にかかわらず一定の基準で判断が下されるべきだが、審判も人間であるため偏りは避けられない。このようなカウントによるストライクゾーンの変化についてはすでにMLBでの研究で報告されているが、NPBでも確認できるだろうか。


目視入力でもトラッキングデータと同じ傾向は見られるか


昨年11月、データから守備力を分析し評価する「1.02 FIELDING AWARDS 2018」が公開されました。この企画は3度目となりますが、今回は今までと異なる試みがなされています。捕手部門において、捕球によりストライクをより多く獲得するスキル「フレーミング」の分析が解禁されたのです。

MLBでは、全球場でストライクゾーン、ボールの軌道などのデータをStatcastにより取得しています。フレーミング評価は実際の判定とこれらの客観データを比較して、捕手がどれだけ多くストライクを増やしたか、ボールを減らしたかから算出します。

ただDELTAのデータ取得は機械による取得ではなく、目視入力によるものです。こうした事情もありこれまでのFielding Awardsではフレーミングを評価の対象としていませんでした。しかし今回は実験的にフレーミングの評価を行っています。当然、目視入力データを扱う際には、精度面の誤差による影響を考慮する必要がありますが、現状取得できるデータの中から分析を前に進めようとすることには、価値があると思います。

またどんなデータにも誤差はあります。MLBで機械的に取得されているトラッキングデータであってもそれは変わりません。トラッキングデータが実用に耐えうるのは、誤差がないからではなく、実用面で問題ない程度に誤差を小さく抑えることができているからです。

目視によるデータの誤差を正確に把握することは容易ではありませんが、MLBでトラッキングデータを使って確認された現象を、同じように確認できるかどうか試すことで、その精度をある程度確認することは可能です。今回はデータ精度の検証も兼ねて、カウントによるストライクゾーンの変化について分析を行っていきたいと思います。


カウントごとに変わる「判定一致率」


まずMLBでの先行研究のおさらいをしておきます。2010年、John Walsh氏はストライクゾーンについて、カウント3-0のとき広くなり、0-2のときに狭くなる傾向を報告しました。

この変化はDELTAが取得したNPBでのデータでも確認できるでしょうか。まず、カウントごとに判定の精度がどの程度変わるのか見てみたいと思います。図1は2018年の入力データと実際の審判の判定がどの程度一致しているか、「判定一致率」をカウントごとに表したものです。


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例えばカウント0-0の状況では、ボールゾーンへの投球がボール判定された確率は83.7%、ストライクゾーンへの投球がストライク判定された確率は72.7%といった具合です。

これをカウント別に見ると、それぞれ一致率に違いがあることを把握できます。例えばカウント0-2の場面ではストライクゾーンの投球がストライクコールされる確率(黄色)はわずか24.7%。審判がストライクをコールしづらいカウントであるようです。

一方同じストライクゾーンの投球でもカウント3-0の状況になると、一致率は83.5%まで跳ね上がります。冒頭で紹介した3-0からはストライクゾーンが広がるという印象どおりの結果です。

ボールゾーンへの投球(緑)については、ストライクゾーンへの投球ほどカウント別で極端な変化は見られません。しかしストライクカウントが増えるほどボールゾーンの一致率が上昇しており、打者が追い込まれた状況でストライクコールをしづらい様子が見えてきます。また3ボールになると一致率も低下。ボールゾーンでもストライク判定をすることが増えるようです。

これらはすべてMLBにおける研究と似通った傾向です。図2に示すように2017年のデータでも同じような傾向が出たため、単年の入力誤差が偶然MLBの傾向と重なったというわけでもないでしょう。


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カウントごとに異なるストライクゾーンの形


次にさきほど確認したストライクゾーンの変化をより具体的な形にして確認してみたいと思います。図3はカウントごとのストライクゾーンの大きさを描画したものです。内側の長方形がストライクゾーン、オレンジのラインより内側は50%以上の確率でストライク判定されているゾーンです。統計ソフトRを用いて処理を行いました。


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さきほども確認したように、ストライクカウントが大きくなるほどストライクゾーンが縮小し、ボールカウントが大きくなるほど、ゾーンが拡大しています。

ゾーンの縮小は2ストライクに入ってから顕著に表れますが、一方でゾーンの拡大はゆるやかです。ゾーンが最も小さいのはカウント0-2。特に高めではなかなかストライクをとってもらえないようです。NPBではカウント0-2になると、儀式的に1球外す習慣がありますが、こうした傾向を審判が感じとっているがゆえのバイアスかもしれません。

また本来四角いはずのストライクゾーンが審判の判定では丸くなっています。これはMLBの研究でも報告されている現象です。高さと横幅のどちらかが真ん中寄りであれば、もう片方の要素の判定に集中できますが、四隅となると、高さと横幅の両方がストライクかどうかを判断する必要がでてきます。こうした判断項目の増加が四隅のストライクコールを難しくしているのではないでしょうか。

そしてさきほどと同じように2017年のデータを確認しても、やはり2018年と同じ傾向を示しています。単年の入力誤差によりこうした傾向が偶然出たというわけではなさそうです。


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判定のバイアスも野球に深みを与える


以上の分析から、目視入力データではありますが、NPBにおいてもカウントによるストライクゾーンの変化を観察することができました。

「日本とアメリカでは審判の判定基準は違う」とはよく聞きますが、今回見たようなカウントによるゾーンの変化は共通のようです。ルールブック上は、常に一定のストライクゾーンですが、状況によって打者有利にも投手有利にも変化するというのは、審判が打席を簡単に終わらせないようにする心理によるものでしょうか。

こうしたゾーンの変化をどのように考えるかは人それぞれかと思います。ただ人間が審判を務める限り、一定の判定を求めることには無理があります。またいくらトラッキング技術が導入されたからといって、それが審判にとって替わるような事態はしばらく来ないでしょう。

捕手によるフレーミングは、審判が人間であることによる不確実さを上手く利用したスキルです。今回分析したストライクゾーンの変化についても、フレーミングと同様に上手く利用したほうが、野球に深みが生まれ、面白くなるのではないでしょうか。



佐藤 文彦(Student) @Student_murmur
個人サイトにて分析・執筆活動を行うほか、DELTAが配信するメールマガジンで記事を執筆。 BABIP関連、また打球情報を用いた分析などを展開。2017年3月に[プロ野球でわかる!]はじめての統計学 を出版。


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