マリナーズの菊池雄星は、MLBでひとまず順調なスタートを切ったといえるだろう。開幕から好調なチームの中で、ローテーションの一角として十分な役割を果たしている。そんな菊池のMLBでの投球を分析すると、西武時代とは明らかに異なる配球を見せていることがわかった。


0ストライク時の投球に課題があった西武時代の菊池


菊池のMLB挑戦にあたり、昨年末2本の分析記事を執筆した。『菊池雄星のMLB挑戦成功のカギは「ファーストストライクの入り方」』と『2017年以降における菊池雄星の進化をさらに掘り下げる』がそれである。

この中で、菊池が成績を向上させた2017-18年は、ファーストストライクをとる投球で、それまで以上に積極的にゾーン内に投げこんでいたというデータを紹介した。得意な1ストライク以降のカウントに確率よく持ち込んだことが総合的な成績の向上につながっていたのだ。

ただ、この積極的にストライクゾーンに投げ込む戦略は、0ストライク時によく打たれることにもつながっていた。表1は菊池に対する打者のカウント別OPSを表したものだ。この中の0ストライク時に注目すると、2015-16年に.955だったストレートに対するOPSは、2017-18年に1.110まで悪化している。スライダーも.583から.881と、よく打たれるようになっていた。ストライクゾーンに高い確率で投げることが、投手有利な1ストライク以降のカウントに確率よく持ち込むメリットを生んだ一方、その球を打ち込まれるデメリットも生まれていたようだ。


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だがほかのデータを見ると、ストレートとスライダーで事情が異なることもわかる。2つの期間で、0ストライク時におけるストライク獲得率(ファウルによる獲得も含む)を比較してみよう(表2)。ストレートによるストライク獲得率は48.4%から53.8%にアップしている。積極的にゾーン内に投げ込んだのだから妥当な結果といえる。一方、スライダーはゾーン内に積極的に投げこんだにもかかわらず、54.0%から54.3%とほとんど数字に変化がない。甘いコースへのスライダーが多くなったため、打者がスイングする割合が増え、打球の発生も増加。この影響がストレート以上に顕著だったため、ストライク獲得率がほとんど上昇しなかったのだ。


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これらをもって、『2017年以降における菊池雄星の進化をさらに掘り下げる』では、0ストライク時のスライダーに関しては、2015-16年の使い方に戻すなど、改善の余地があることに触れていた。そしてそれから数ヶ月、MLBでデビューを果たした菊池はまさにこの部分に変化を加えているようなのだ。


0ストライクでスライダーを投げなくなった菊池


まず西武時代とMLB移籍後で球種割合にどのような変化があるか見てみよう(図1)。ここまでの登板でNPB時代と最も大きく変わっているのはカーブの割合が増えていることだ。2017-18年に全体の10%だったカーブの割合を、マリナーズ移籍後は24%にまで増加させている。その分やや割合を減らしているのがスライダーである。2018年には規定投球回到達者の中で最も高い35%もスライダーを投げるなど、ストレートとスライダーの2球種に偏った投球を見せていた菊池だが、MLBではカーブを増やしたことで、偏りが和らいでいる。


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これだけを見るとMLBでの菊池は3球種をバランスよく投げているように見える。だがカウント別に深掘りすると、よりはっきりとした球種の使い分けをしていることが見えてくる。

図2は菊池がどのカウントでスライダーを投げることが多かったかを表したものだ。2017-18年の菊池は0ストライクで39%、1ストライクで25%、2ストライクで37%と、あるカウントに偏ることなくスライダーを投げていた。これがMLBでは53%、スライダーの半分以上を2ストライク後に投じている。そのかわりに0ストライクでのスライダーは今季9%にまで減少。これはスライダーを投手有利なカウントで空振りを奪う役割に徹底した結果と考えられる。


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これはなにもMLB全体のトレンドというわけではない。MLB全体でみてもスライダーはカウント別に満遍なく投球されている(表3)。カウント球としてスライダーを減らしたのは菊池固有の配球であるようだ。


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スライダーにかわり激増するカウント球のカーブ。その効果は?


菊池はNPBで使用していたカウント球としてのスライダーの割合をMLBで大きく減少させた。そしてそのかわりに増加させているのがカーブだ。今季のカウント別球種割合を示した図3を見ると、0ストライクにおいては、ストレートの61%につづき、カーブが34%と高確率で投じられている。そしてストライクカウントが深まるにつれカーブの割合が減少。かわりにスライダーの割合が高まってくる。


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そしてこのカウント球でカーブを投げる戦略はここまで非常にうまくいっているようだ。0ストライクからストライクを獲得した割合は、MLB全球種の平均が50.4%であるのに対し、菊池のカーブは53.8%(表4)。平均以上にストライクを奪えている。またファウルを除く打球が発生した割合も、MLB平均の11.7%に対して菊池のカーブは3.8%。高い割合でストライクを獲得したうえ、打球もあまり発生させていないのだ。カウント球としては理想的ともいえる。過去2年、NPBで0ストライク時におけるスライダーが2016年以前ほど機能していなかったことを考えると、カーブを使ってカウントを稼ぐ戦略は見事に成功している。


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一方のスライダーは2ストライクで投球割合を増やし、ウイニングショットとしてうまく機能させている。菊池はカーブとスライダーの役割をそれぞれ徹底させ、配球によってリスクを抑えることに成功しているようだ。こうした変化がマリナーズの分析結果の反映なのか菊池の判断なのか、外部からは想像がつかないが、現時点で菊池の投球にポジティブな影響を与えているのは間違いない。

ただ、追い込んでからのストレートが威力を発揮できておらず、トータルではNPB時代ほどの三振を奪えていない。2ストライク時からの投球が三振になった割合(Put Away%)を球種別に確認すると、2017-18年に19.6%を記録していたストレートが、今季は6.3%まで落ち込んでいる(表5)。この原因に関しては今後の分析課題としておきたい。今後の登板において、2ストライクからのストレートで三振を奪えるかには注目だ。


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今回紹介した菊池の配球傾向は、当然ほかのMLB球団も把握しているはずだ。対戦球団が対策を講じはじめた時、菊池はそのカウンターとして新たな対策をとらなければいけなくなるだろう。菊池のルーキーイヤーが輝かしいものとなるかどうかは、今後の対応力に掛かっている。


※今回使用したMLBのデータはすべてMLB Advanced Mediaが運営するBaseball Savantから取得している。(最終閲覧日2019年4月19日)

宮下 博志@saber_metmh
学生時代に数理物理を専攻。野球の数理的分析に没頭する。 近年は物理的なトラッキングデータの分析にも着手。
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