前に寄っている大山の捕球位置
この甲子園の特徴について、自分も三塁手の分析をしているときに1つ気になるデータに行き当たりました。今回はこのデータを起点に、甲子園の三塁守備の特徴を分析していきたいと思います。
きっかけはゴロの捕球位置のデータからでした。気になるデータを以下の図1-1と図1-2に示します。
これは、岡本和真(読売)と大山悠輔(阪神)のゴロ捕球位置をプロットしたものです。ランキング対象選手全員のデータはあるのですが、今回は割愛しています。
赤い●は送球が一塁手のところでショートバウンドした(スクープ)ケースの捕球地点、緑の●が一塁手にとって難しくない通常の送球を行ったときの捕球地点になります。このスクープを見ることで、失策が記録されていないものの、ショートバウンド送球が多い悪送球予備軍を見出すことはできないかと思ったのですが、今回は割愛している堂林翔太(広島)以外ほとんどスクープがないために、評価には取り入れませんでした。
そんな感じの没データで終わるところだったのですが、図1-1の岡本と図1-2の大山を比較すると、「大山の捕球位置が全体的に前に寄ってはいないだろうか?」という点が気になりました。
甲子園での三塁手の捕球位置
図1のデータから、甲子園ではゴロを前で捕球していることが考えられますが、大山選手のデータには甲子園以外でのプレーも含まれていますし、ほかにも似たようなプロットの選手もいます。そこで、図1は個人のデータでしたが、以下の図2-1と図2-2には、2015年から2020年までの東京ドームと甲子園での試合でのゴロの捕球位置のプロットを示します。
こちらはスクープかどうか区別せずにプロットしています。緑の●は透過させているので、近い位置に●が多い、つまり捕球が多いほど濃くプロットされます。東京ドームと甲子園を比較すると、やはり図2-2の甲子園では三塁後方が東京ドームより薄く、捕球する機会が少なくなっています。
ただこれはあくまで2球場で視覚的な印象に過ぎないので、セ・リーグの6つのホーム球場で内野手の捕球位置の平均座標をプロットし、比較しました。データを以下の図3-1に示します。
二塁手と遊撃手は団子に近いプロットですが、一塁手と三塁手は縦一列に近いプロットになっており、その先頭に甲子園があります。これで甲子園の三塁手は他球場と比較して前で捕球しているといえると思います。
ところで、この傾向はホームチームの阪神に特に強く見られる守備戦術なのでしょうか?それともビジターチームも採用する甲子園の守り方なのでしょうか?図3-1に示した甲子園の捕球位置の平均座標をホームの阪神とビジターチームで比較したものを以下の図3-2に示します。
ホームの阪神、ビジターチーム、合計した甲子園全体の値という3つをプロットしていますが、ほとんど同じ位置にプロットされていることから、前寄りの守備は阪神特有の戦術ではなく、ビジターチームも共通の甲子園での守り方と見ることができます。
ただし、このデータからはスタートのポジショニングの時点で前に立っているのか、それとも打球に対して前進して捕球しているのかどうかというのはデータ上区別がつかない点には注意してください。
甲子園ではなぜ前で捕球するのか?
甲子園の三塁手は他球場と比較して前で捕球していることが確認できましたが、それではなぜ前で捕球する必要があるのでしょうか?野村謙二郎氏によれば[1]、
例えば、土のグラウンドでの試合の場合、特に一歩目を大事にしたほうがいいでしょう。なぜならば、人工芝のグラウンドに比較して、打球が死にやすく、想像していた以上に“来ない”場合があるからです。
とのことで、土のグラウンドでは打球の勢いは失いやすいというのはもっともな理由だと思います。では、甲子園のゴロは他球場と比較するとその勢いを失いやすいのでしょうか?
これを正確に検証するには、トラッキングデータが必要で現状では難しいのですが、間接的な方法として、以下の図4に示すゾーンへのゴロの経過時間を球場ごとに比較したいと思います。
甲子園のゴロが勢いを失いやすいのであれば、これらのゾーンへのゴロの経過時間は他球場と比較して遅くなると考えられます。これらのゾーンへのゴロを、左右の打者別に比較したものを以下の図5-1と図5-2に示します。
左打者のゾーンDなど甲子園で経過時間の遅い場合もありますが、全体的に見れば甲子園のゴロの経過時間が特別遅いわけではないという結果です。
野村謙二郎氏も「想像していた以上に“来ない”場合がある」といっていますが、これは頻度としてはそれほど多くはないけれども、備えておく必要があるという意味の言葉なのかもしれません。
前寄りの守備位置は甲子園での守備を難しくしているか?
稀な現象にもきちんと備えておくというのは、まさにプロの守備といったところですが、それでアウトをとるのを難しくしてしまっては本末転倒です。
スタートのポジショニングを前寄りにすることも、前進しながら捕球することもゴロを捕球するというプレーを難しくしてしまうことが考えられます。これは特に勢いの強いゴロに対して顕著になると考えられます。
そこで、図4で示したC・D・Eのゾーンへのゴロを経過時間によって分類し、アウト率を比較してみました。甲子園での前寄りの守備が捕球を難しくしているのであれば、特に経過時間の短い、勢いの強いゴロでアウト率が他球場よりも低くなるはずです。データを以下の図6-1に示します。
このデータは、図4に示した距離3ゾーンCからEへの右打者のゴロのアウト率を球場ごとに比較したものです。左打者のこのゾーンへのゴロは少なく、イレギュラーな要素が強いために、右打者に絞っています。経過時間は、25%(1.41)、50%(1.75)、75%(2.11)の値を基準に4分割しています。
データを見ると、マツダスタジアムが最もアウト率が低くなっていますが、ここでは甲子園に注目します。最も経過時間の短い1.41秒未満のゴロのアウト率は他球場と変わりませんが、1.41秒から1.75秒のゴロのアウト率は他球場より低くなっています。
明らかに捕球はできない速いゴロは、どの球場でもありますが、次に速いゴロのアウト率が低いのは、前寄りの守備の影響も考えられます。
この傾向は、ホームの阪神とビジターチームで共通するものでしょうか?データを比較したものを以下の図6-2に示します。
データを見ると、1.41秒から1.75秒のゴロのアウト率が低いのはビジターチームで、ホームの阪神のアウト率は高いという結果です。甲子園の速いゴロに苦しんでいたのはビジターチームだったようです。
おわりに
今回の分析の結果から、
1.甲子園の三塁手は他球場と比較すると前寄りで捕球している
2.甲子園での速いゴロ(1.41~1.75)のアウト率は他球場と比較して低い
3.2の傾向はビジターチームに顕著で、ホームの阪神では見られない
ということがわかりました。注意してほしいのは、前寄りの守備を取った場合の速いゴロでアウト率が低いということを直接確認したわけではないということです。それぞれ独立した結果を現時点では確認しているにすぎません。より精度の高いデータによる確認が必要です。
とはいえ、“1.02 FIELDING AWARDS 2020”三塁手部門の分析で見られた、甲子園のパークファクターの原因の可能性として考えるには十分なデータかと思います。
また、2020年は失策の多さが話題になった阪神ですが、ホームの甲子園では速いゴロでしっかりアウトを取っていたというのは意外な結果でした。ビジターチームが苦労しているゴロをアウトにしてしまう阪神の技術とは何なのか気になるところですが、データから割り出すのは難しそうです。また、TV中継でも野手をずっと映しているわけではないので、こればかりは球場で見てみる価値のあるプレーといえるのではないでしょうか。
ビジターチームのみならず、甲子園でプレーすることを目標としている高校球児にとっても一見の価値があると思います。