昨年、トミー・ジョン手術を受けた大谷翔平が、日本時間5月8日に打者としてMLBの舞台に帰ってきた。内側側副靭帯を断裂し、トミー・ジョン手術を受けた選手は一般的にはリハビリに約1年を要するため、術後のシーズンはほぼ全休するようなケースが多い。しかし大谷の場合は、靭帯損傷の程度が軽度だったためか、かなり早い時期に復帰する形となった。


投手以外では捕手が受けることが多いトミー・ジョン手術


靭帯損傷の原因については、現在もスポーツ医学の観点から徐々にデータを蓄積している段階だ。だが若い頃から反復する投球行為、特に速球の投球過多がひじに負担をかけている、という学説が一般的である。だがこれまでスピードボールを得意とする投手に多かったトミー・ジョン手術も、近年では野手が手術を受けるケースも増えてきている。

例えば、WBCオランダ代表で、ヤンキースの正遊撃手であるディディ・グレゴリウスも昨オフに手術を受け、今季は全休することが確定している。同じくヤンキースに所属し、昨季、大谷翔平と新人王を争ったグレイバー・トーレスも、まだマイナーでプレーしていた2017年にトミー・ジョン手術を受けていた。今回は過去に野手が手術を受けたケースを振り返り、手術前後でどのような成績の変化が起こっているかを分析する。

まず、どれほどの野手がトミー・ジョン手術を受けているのかを調べてみた。筆者が英語版WikipediaBaseball Referenceを参考に独自調査を行ったところ、野手では63人が手術を受けており、うち21人が捕手だった(全員を記載した完全なリストはないので漏れもあるかもしれない)。捕手は投手への返球などで、靭帯断裂の一因であるとされているハードなスローイングを繰り返すため、他ポジションの野手よりも手術を受ける選手が多いのかもしれない。


手術を受けた打者の長打力の変化に注目


米データサイト・Fangraphsにトミー・ジョン手術を受けた野手の術前・術後の打撃成績を比較したコラムがあった。ただ打者の中でもタイプにバラツキがあるためか、手術を受けた打者はこのような変化が起こる、といった普遍的なことを言いづらい印象を受けた。今回、筆者は成績がどのように変化するか、一定の長打力を備えた打者に限定して調査を行った。肘の靭帯への手術はハードなスイングをするスラッガーにこそ大きく影響するのではないかと考えたからだ。

対象は手術前のシーズンで2桁本塁打を放った選手である。この条件には11選手が該当した。今回はこれらの野手の長打率とHR%(本塁打/打席)を長打力の目安として比較する。ここでは300打席以上に立ったシーズンを対象として比較した。結果は以下の表1である。


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青字は術前より成績が良化、赤字は悪化したものを示している。全体的には長打率、HR%ともに成績悪化を示す赤字が目立っている。成績が良化しているのは、ホセ・カンセコロッコ・バルデッリ(現・ツインズ監督)くらいだろうか。

ただ当然これをもって大谷が昨季より成績を落とすと結論づけることはできない。成績が低下するにしても、手術が打撃に対して物理的にどのような影響をもたらすのかがはっきりしていないためだ。

肘の内側側副靭帯損傷はオーバーハンド・スローやアメリカン・フットボールのクオーターバックのパス、投てき競技など肘を高くあげた状態から腕を振り抜くような運動動作がリスクになるといわれている。ホセ・カンセコも投手として登板した際に肘を痛めたとされており、純粋にバッティングが原因で靭帯損傷をしたケースというのは少ないようだ。また大谷に関しては昨年の9月5日に新たな靭帯損傷が判明したが、その後も出場を続け、月間打率.310、7本塁打 OPS 1.003と圧倒的な数値を記録した。そもそも手術以前に靭帯の損傷が打撃に与える影響は大きくないのかもしれない。


大谷のケースは非常に稀。今後この分野の研究の貴重なサンプルに


それでも分析を続けてみよう。さきほどのリストでは手術前のシーズン・後のシーズンの成績を比較した。しかしこの「手術前のシーズン」には手術を受けた前年と、大谷のように手術を受けたシーズンが混在している。ここでは手術を受けたシーズンの成績がある選手にしぼって考えてみたい。

実は大谷のように手術を受けたシーズン(大谷の場合は2018年)に367打席もの打席に立ったケースは非常に稀だ。前述のリストに挙げた選手で見ても、250打席に立ったのはホセ・カンセコ、トッド・ハンドリー(メッツ)、ホセ・ギーエン(ナショナルズ)、ルイス・ゴンザレス(ダイヤモンドバックス)の4選手のみである。比較は一定の打席数を消化した選手同士で行いたい。ギリギリ許容できるのがこの4選手といえるだろう。


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しかし、このうちカンセコ、ハンドリー、ギーエンは実はキャリアの中でPED(能力向上薬物)の使用が疑われた選手たちである。もちろんトミー・ジョン手術直後のタイミングで薬物を使用したわけではないだろうが、術後の活躍を鵜呑みにするのがやや不安になる外的要素である。

3選手を除くと、比較できる唯一のケースがゴンザレスとなる。しかし、ゴンザレスが手術を受けたのは36歳。加齢による衰えが出る可能性が高い年齢であるため、24歳の大谷と単純に比較するのも難しい。

参考までにゴンザレスは長打率が前年度の93.1%に、本塁打率は前年度の94.7%と微減している。大谷の昨季の成績にそのまま適用すると、長打率は.564→.525、HR%は5.99%→5.68%となる。大谷復帰後のシーズンは120試合強あり、慎重な起用であっても300打席ぐらいは見込めるとすると、本塁打数は17本塁打という計算になる。

今回わかったのは、とにかく野手のトミー・ジョン手術に関しては、比較するケースが少ないということだ。手術が一般的に打撃にどの程度の影響を及ぼすものなのか、サンプルを増やしている段階である。そういった意味で大谷の例は今後、野手のトミー・ジョン手術を考える際の代表的なサンプルになりそうだ。


参考文献
The Effects of Tommy John Surgery on Batters
https://community.fangraphs.com/the-effects-of-tommy-john-surgery-on-batters/

水島 仁
医師。首都圏の民間病院の救急病棟に勤務する傍らセイバーメトリクスを活用した分析に取り組む。 メジャーリーグのほか、マイナーリーグや海外のリーグにも精通。アメリカ野球学会(SABR)会員。
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