前々回前回と二盗企図率や成功率が状況によってどのように変化するかについて調べてきた。今回はNPBにおいて、二盗によって得点期待値や得点確率が上昇しているのか、また守備側に二盗を警戒させることで打者の打力が向上するなどの副次的な効果があるのかを調べてみた。

得点期待値から見た二盗の有効性

まずは 得点期待値 を基準にして二盗の有効性を調べていく。

今回対象とした2015年から2022年までの無死、1死、2死で走者一塁の場合の得点期待値と得点確率は以下のとおりだ(表26)。

続いて、二盗企図の有無で得点期待値を比較する(表27)。なお、二盗企図なしの結果からはバントを企図した場合を除いている。

無死や1死ではわずかに二盗企図した方がマイナスに、2死の場合はプラスになっている。失敗時のリスクを考えると、2死の方が二盗を有効に使いやすいといえる。

次に打者の打力ごとに結果が変わるかを調べてみた(表28)。

打者の打力が低い wOBA が.310以下のグループを除くといずれも二盗を企図した方が得点期待値が高い結果となった。こうなった理由は、wOBAが高い打者のときほど二盗成功率が高い傾向と関係していると思われる。当然ながら、二盗は成功すれば確実に得点期待値が上がるため、成功率が高い一塁走者の場合は、打者の打力にかかわらず得点期待値も上がりやすいと考えられる。

続いて、投手の能力の影響についても調べていく(表29)。

打者のときのように明確な傾向は見られないが、出塁することが難しい投手に対して、二盗を仕掛けることで事態を打開することは必ずしも有効とはいえないようだ。

ここまで見てきた限りでは、無死や1死よりも2死の方が二盗企図に適しているとはいえる。ただ打者の打力や相手投手の能力は二盗を有効に活用する上ではあまり重要な要素とは言い難い。

さらに、一塁走者の二盗成功率別に期待値の差を見ていく(表30)。

二盗成功率が55%未満のグループを除くと、いずれの状況でも得点期待値は二盗を企図した場合の方が高くなっており、成功率が高いほどその差が大きくなっている。打者や投手の能力と比較してもその影響は明白であり、二盗をするかしないかを判断する上では、第一に考えなければならないのは、一塁走者がどの程度の確率で二盗成功するかということになる。

次に捕手の能力が与える影響も見ていく(表31)。

こちらも一塁走者の能力ほどにははっきりとはしないものの、得点期待値ベースで見た場合には、盗塁阻止率が高い捕手の場合には二盗を仕掛けるのは得策ではない。

基本的に得点期待値ベースで見た場合には、一塁走者や相手捕手の能力から成功率が高いと考えられる場面ほど二盗を仕掛けていく方がよいというごく当たり前の結論となったが、得点期待値ベースで見ても比較的二盗は有効に使われているといえる。



得点確率から見た二盗の有効性

次に得点確率から見た二盗の有効性を調べていく(表32)。得点期待値がイニング終わりに何得点が期待できるかであるのに対し、得点確率は1点が入るかどうかを表した数字だ。

得点確率の比較でいうと、アウトカウントにかかわらず、二盗を企図した方が高くなっている。1点のみを取りにいく場合には、二盗が有効な場面は比較的多いと考えられる(もっとも、本当に得点期待値を度外視してでも1点を取りにいくべき場合なのかを見極める必要はある。安易に得点期待値を無視することは、多くの場合あまり良い結果を生まない)。

次に、打者の打力によって傾向が異なるのかを見ていく(表33)。

こちらもいずれの場合でも、得点確率は二盗を企図した場合の方が高くなっている。

続いて、投手の能力による影響も見ていく(表34)。

投手の能力別に分けた場合でも、得点確率はいずれも二盗を企図した場合の方が高い。

これまで見てきたところからすると、アウトカウントや打者、投手の能力によらず、二盗を仕掛けた方が得点確率は上がっている。ただ、走者の二盗成功率が低かった場合にも同様の結果になるだろうか。走者の二盗成功率によって得点確率がどのように変わるかを見ていく(表35)。

得点期待値のときと同様に、一塁走者の二盗成功率が高い場合ほど二盗を企図しなかった場合に比べて得点確率が上がっている。また、得点確率ベースで見ても、55%未満のグループでは二盗を企図した場合の方が確率が下がっている。得点確率で見た場合に二盗が有効となるケースが増えるとはいっても、一塁走者の二盗成功率次第では二盗をさせるべきでないケースも多い。その中では無死よりも1死、1死よりも2死の方が比較的得点確率の低下が小さく、よりリスクが低いといえる。

最後に捕手の能力が与える影響についても見ていく(表36)。

こちらも走者の能力と同様に、二盗成功率が高いほど二盗を企図した場合の方が得点確率が上がる傾向になっている。

得点確率について見てみると、2015年から2022年までの期間では、比較的二盗が有効に使われているといえるだろう。ただし、これは成功率を考慮して二盗を企図した方がよいか、そうでないかを吟味した結果であるということは頭に置くべきだ。企図率の数字を見ても分かるように、二盗を仕掛けた場面は仕掛けなかった場面と比べてもずっと少ない。今回の検証で得られた数値を元に、二盗を積極的に仕掛けにいった場合に良い結果となるかは、成功率を維持できるかにかかってくるだろう。

盗塁を警戒させると打者は有利になるのか

最後に一塁走者の盗塁を警戒させると打者が有利になるのか調べてみた。筆者は以前に同様の検証を行っているが、その際は一塁走者の盗塁数に基づいてグループ分けを行っていた。そうした方法でも、全くの的外れな検証とは言えないだろうが、今回は二盗企図率に基づいてグループ分けを行った。この方法の方が、より相手投手や捕手の警戒の度合いを図る上では適切だろう。

まずは一塁走者の二盗企図率によって、投球される球種の割合がどのように変化するかを調べてみた(表37)。

二盗企図率が3.5%以上のグループでは、ストレートの投球割合が49.0%となっているが、0.5%以上3.5%未満のグループと0.5%未満のグループではいずれも44%台となっている。また、それ以外の球種について見てみると、企図率が3.5%以上のグループではカーブやチェンジアップ、フォーク等の球速が遅く落ちる球種の割合が全体平均から1割程度下がっている。

一方で、0.5%以上3.5%未満のグループと0.5%未満のグループではやや、0.5%未満のグループでストレートの割合が高いが、それほど顕著な差ではない。高い頻度で二盗を企図する走者の場合には、ストレートの投球割合が増えるともに、遅い球種や落ちる球種のように盗塁を阻止しづらい球種の投球割合が減る傾向があるようだが、中程度の走者とほとんど走ってこない走者とではあまり差が出ないようだ。

このような結果からすると、確かに一塁走者がよく走ってくる場合には、投手と捕手は盗塁を警戒する度合いが高まるようだ。

また、ストレートの平均球速についても比較する(表38)。

平均すると1km/hにも満たない程度のほんの微々たるものではあるが、二盗企図率が高いほど、ストレートの平均球速が遅くなる傾向が見られた。クイックモーションを用いる頻度の違いが影響だろうか。

以上のとおり、一般的に言われているように一塁走者が盗塁を仕掛けてくることが多いと、投手と捕手がそれを警戒してストレートを投球することが多くなるということまでは正しいようだ(なお、以前の検証でも同様の結果となった)。

さて、ではこうした球種の投球割合の変化等によって、打者が有利になっているか、打席に立った打者の平均wOBAと実際のwOBAとを比べることで調べてみた(表39)。打者が有利になっているとすれば、本来の能力よりも高いwOBAが記録され、一塁走者の二盗企図率が高いほどにその差も大きくなっているはずだ。

全体的な傾向として、一塁走者の二盗企図率にかかわらず、打者は本来の能力よりも高いwOBAを記録している。走者一塁時は、守備隊形が変化するためヒットゾーンが広がること、投手はセットポジションからの投球を強いられることからすれば、本来的な能力よりも高いwOBAを記録することは、そう不自然なことではない。

ただ、それぞれのグループでその差を比較してみると、いずれも.014前後の差しかなく、二盗企図率の高さによってもほとんど差が出ていないことがわかる。しかも、わずかながら、二盗企図率の高いグループの方が増加幅は小さい。

球種の投球割合等には変化があったのに、それが成績向上に結びつかなかったのにはどのような理由があるだろうか。

1つは球種の投球割合等の変化が打撃成績に影響を与えるほどの変化ではなかった可能性が考えられる。ストレートの投球割合が5%増えたとして、狙い球を変えるだけの根拠になるだろうか。20球投げて1球が変わる程度の変化だ。平均すれば4球程度で終わる打席において、その程度の変化で狙い球を推測する精度が大きく変わるとは考えがたい。ストレートの平均球速の変化に至っては、ほんの誤差のようなものだろう。

もう1つは、打者が球種の推測等で有利になっている面があるとしても、それ以外の面で不利になっている面もあり、それらが打ち消し合ってしまっているという可能性だ。一塁走者の二盗企図率別に打者のPlate Disciplineスタッツを比較してみる(表40)。

一塁走者の二盗企図率が3.5%以上のグループでは、コンタクト率には大きな差はないものの、スイング率が平均から2%程度、ストライクスイング率も同程度低下している。これはつまり、投球を見逃す割合が増えているということを意味する。一塁走者の二盗企図率が高い場合には、相手投手と捕手は二盗を警戒するが、味方の打者も一塁走者が走るのを待つ傾向があるようだ。これが原因だとは断定できないものの、一塁走者が走ることが多い場合には、打者も打撃に制約がかかり、成績を低下させているということがあるのかもしれない。

いずれにせよ、一塁走者が二盗を仕掛けてくることが多い場合には、それによって相手投手にも変化が生まれるが、特に打者が有利になることはないといえるだろう。

まとめ

以上のように、NPBにおいて、二盗は得点増加等の効果は小さいにせよ、有効には使われているといえるだろう。ただし、二盗を警戒させることによる効果は、ほぼないと言ってよい。一塁走者の盗塁成功率が低い場合に、二盗を仕掛けることは多くの場合でかえって得点期待値や得点確率を下げる結果になっており、揺さぶりをかけるなどと称して、高い成功率が期待できない状態で二盗を仕掛けることは、得策とは言い難い。




市川 博久/弁護士 @89yodan
DELTAデータアナリストを務める弁護士。学生時代、知人が書いていた野球の戦術に関する学術論文を読み、分析に興味を持つ。 その後『マネー・ボール』やDELTAアナリストらが執筆したリポートを参考に自らも様々な考察を開始。『デルタ・ベースボール・リポート3』などリポートシリーズにも寄稿。動画配信サービスDAZNの「野球ラボ」への出演やパシフィックリーグマーケティング株式会社主催の「パ・リーグ×パーソル ベースボール データハッカソン」などへのゲスト出演歴も。球界の法制度に対しても数多くのコラムで意見を発信している。

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