Part4
までの結果から、打者が速球の軌道に近い投球をスイングしていることがわかった。今回は「途中まで速球と同じ軌道から変化した」と表現される変化球がどのようなものなのか具体的に描画を行い、そのビジュアルから見えてくることを確認する。ここでは最も投球割合の高い変化球であるスライダーを例に、速球軌道とどのように重なるかを紹介する。
ピッチトンネルの用語については、上記図をもとにPart1で解説を行っている。
スライダーをグループ分けする
軌道を比較する対象として、ここでは2019年のMLBで投じられたスライダーを4種類にグループ分けした。選定は以下の手順で行っている。
1.スライダーの球速を5km/h単位でグループ化する。
2.各グループの平均的な変化量を計算する。
3.グループの平均変化量より横変化が大きく、縦変化が小さい(沈まない)スライダーを横スライダーに分類する。
4.グループの平均変化量より横変化が小さく、縦変化が大きい(沈む)スライダーを縦スライダーに分類する。
5.球速の差を明確にするため、遅いスライダー(130-135km/h)と速いスライダー(140-145km/h)を抽出する。
右投手が投げる右打者の外角へ逃げるスライダー
まずは右投手が右打者へ投じる外角のスライダー、いわゆる外スラについて確認しよう。このコースへの投球は右打者の泣き所とも言われる。球速や変化量が異なる4種類のスライダーが右打者の外角低めに投球された場合の投球軌道を図1に描画する。
図1の(●)で示されているのが、MLBの平均的な速球軌道だ。これに比べ、4種類のスライダーにどのような軌道の違いがあるかを見ていく。
(●)(●)で示された横スライダーは速球に近い軌道を描いている。一般的に横の変化が大きい膨らみのあるスライダーは速球と区別がつきやすいとされているが、少なくともこの右対右の外スラについては区別がつきにくいようだ。
対照的に(●)(●)の縦スライダーは早い段階で速球軌道から外れており、外角へ向かう動きを察知しやすい。横の変化が小さい場合、リリース直後から外角まで直線に近い軌道となり、トンネルポイントまで外角の速球に近い軌道を描く。逆に横の変化が大きい場合、リリース直後はゾーン中心付近に向かうため、トンネルポイントまでゾーン中心付近の速球に近い軌道となる。
また縦か横か、変化のタイプが似たスライダーであれば、球速に依らず似た軌道を描くようだ。
右投手が投げる左打者内角へ落ちるスライダー
次に右投手が左打者の内角低めに投じるスライダーについて確認する。外スラと同様に、球速や変化量が異なる4種類のスライダーが左打者の内角低めに投球された場合の投球軌道を図2に描画する。
さきほど速球の軌道と重なると紹介した(●)(●)の横スライダーは、このパターンでは早い段階で速球軌道(●)から外れ、左打者の外角へ膨らむような軌道を確認できる。より速球軌道に近い軌道を描いているのは(●)(●)で示した縦スライダーのほうだ。これは先ほどの右打者に対する外スラとは反対の傾向である。
縦スラの横変化が小さい直線的な軌道は、トンネルポイントまでゾーン中心付近の速球に近い軌道となる。スイングを誘発しやすいため、ストライクからボールゾーンへ落として空振りを狙いやすい軌道と言える。
逆に横の変化が大きい場合、リリース直後は左打者の外角へ向かうため、トンネルポイントまで外角の速球に近い軌道を描く。スイングを誘発する速球の軌道から速い段階で外れやすく、ストライクからボールよりも、ボールからストライクで見逃しを奪う投球に適している。
実際に上記グループの投球コース別Swing%を確認すると、横の変化が大きいスライダーは左打席側のボールゾーン、落差が大きいスライダーはベース上低めのボールゾーンでスイングさせている(図3-1、3-2)。
球速や変化量が同じボールであっても、投球コースによって速球軌道との重なり方には差があることがわかった。速球の軌道から変化するボールを投げるという目的であれば、球速や変化量を大きく調整する必要はなく、投球コースの選定、つまり配球で対応できる可能性が高いということだ。
まとめ
Part5までピッチトンネルについての分析を行い、以下の結果を確認することができた。
1.真ん中高めのストレートと軌道が重なる投球はスイングされやすい
2.直前に投じたストレートの軌道はスイングと連動しない
3.球速、変化量によってストレートの軌道に重なりやすい投球コースは異なる
特に上記の結果1.からは、MLBの打者がストレートの軌道を狙っている可能性が示唆される。とはいえ、あらゆる場面でストレートを狙っているとも考えがたい。かつてカットボールを武器にヤンキースで活躍し、2018年に殿堂入りしたマリアノ・リベラのようにほとんどストレートを投じない投手に対してストレートの軌道を待つ打者は少ないだろう。
リベラを代表例として挙げたが、極端なシンカーボーラーやナックルボーラー、アンダースローなど、投手の特性はさまざまである。特にアンダースローからの投球は、大多数を占めるほかの投手とまったく異なる軌道を描く。今回は速球としてストレートに絞って検証したが、2シームやリリースポイントを考慮することで、新たな発見を得られるかもしれない。
投球軌道の分析は未知の領域が多く、発展途上の広大なフロンティアである。それ故に目新しさが先行しやすく、視覚的な面白さも相まって「そのデータが判ると何がうれしいか」といった視点が見失われやすい。「何がうれしいか」は「何ができるようになるか」と言い換えても良い。例えばOPSであれば、チームOPSとチーム得点を比較することでチームの得点力を大まかに測定できる。これはOPSが判るとうれしい例である。それでは、ピッチトンネルや投球軌道が判ると何がうれしいのだろうか。何ができるようになるのだろうか。このような疑問に対して、今回の分析が理解の一助となれば幸いである。
Part1
Part2
Part3
Part4
参考文献
[1]今回使用したデータはすべてMLB Advanced Mediaが運営するBaseball Savantから取得している。
https://baseballsavant.mlb.com
(最終閲覧日2020年7月12日)
宮下 博志@saber_metmh
学生時代に数理物理を専攻。野球の数理的分析に没頭する。 近年は物理的なトラッキングデータの分析にも着手。