「予測」と「予想」の違いは何だろうか。goo国語辞典によれば予測は「事の成り行きや結果を前もっておしはかること。また、その内容」。予想は「物事の成り行きや結果について前もって見当をつけること。また、その内容」とある。どちらも著しく似通っており、これだけでは明確な違いを把握するのは難しい。野球には成績予測や順位予想の文化があるが、これらをどう捉えるべきか、アメリカ野球の文化から考えてみたい。
起こりうる結果には幅がある
当然のことだが、未来の出来事を完全に、100%正確に予測することは不可能だ。例えば車で移動する場合、目的地まで35分と表示されていても、道路の込み具合などによって移動時間は多少前後するし、途中で事故が発生した場合は回り道を余儀なくされ大幅な遅れが出ることもある。
野球においても同じことがいえる。私が以前のPECOTAについての記事内で触れたように、起こりえる結果には幅がある。サイコロを想像していただけるとわかりやすいだろう。1回転がすとして、1から6のどれかの目が出ることは確実だが、どれが出るかは実際に転がしてみるまではわからない。
これを野球に当てはめてみる。サイコロの目は勝率であり、出る目の幅、どの目が出やすいかは各チームの選手層によって異なる。例えば優勝候補の場合、出やすい目は大体.550から.620の間だが、全てが順調にいけば.670かそれ以上、逆に故障者や主力の不振が相次げば5割を下回る可能性もある。下位チームの場合、出やすい目は大体.420から.480の間、物事が好転した場合は5割を上回るだろうし、最悪の場合.350を下回ることもあり得る。
いうまでもなく、これらの数字はそのシーズンのリーグ全体のチーム間の戦力バランスによっても左右されるし、表面上は同じくらいの実力のチームでも、幅やサイズや目の出やすさはロスターの構成によって異なる。
例えば、実力が勝率.500程度で拮抗している2チームがあったとする。一方は中心となるスター選手3人以外はロスターの大半を平均以下の選手が占めている。もう一方は派手さこそないが平均的実力の選手を多数抱えている。前者の場合、スター3人がそろって好調なシーズンを過ごせば優勝争いに加われるし、逆に不振や故障に苦しめば最下位に沈んでもおかしくはない。スーパースター1人に頼ったチーム構成の好例が2010年代のヤクルトだ。後者の場合、レギュラーと控えの差が比較的少ないので、期待されている勝率.500前後に落ち着く確率は前者に比べてはるかに高い。もっとも、スーパースター数人の周りを多数の平均的かそれ以上の実力の選手で固めているチームの場合、2019年のソフトバンクのように中心選手をシーズンの大半を通じて欠いても日本シリーズで4連勝できてしまうが。
実際に、Baseball Prospectus(以下BP)のPECOTAによる予測順位表では、中央値(だから勝敗が小数になっている)に加えて、チームごとにどの程度の勝率がどの程度起こりうるかがグラフで表現されている。リンク先を見ていただければわかるように、グラフの山の形はチームによって異なっている。
起こりうるシナリオを具体的に予想。2021年パ・リーグは?
冒頭の質問に戻ろう。私の見解はこうだ:「予測」は起こりえる結果の幅と確率の見当をつけることであり、「予想」はその結果の中の1つを選択すること。
私がほかのアナリストとともに順位予想記事(セ・パ)に寄稿したものは中央値に近いものである。全てのチームと順位の組み合わせに加え、各チーム間のゲーム差なども考慮すれば、起こりえるシナリオは無限に近く、そのすべてに異なった確率がともなう。実際にBPは以前、PECOTAによる予測をもとにシーズンを100万回シミュレートし、その結果を各チームのプレーオフ進出確率に反映させるという手法をとっていた。その100万回のシミュレーションの中にはダントツで最下位と予想されているチームが地区優勝するものも存在する。これについてより詳しく掘り下げたい方には当時BP編集長のSam Miller氏が2016年に執筆した記事をお勧めしたい。
もし、あなたがパラレルワールドの存在を信じているなら、無数にある世界のそれぞれでこれらの少しずつ異なるシナリオが展開されていることが想像できるはずだ。しかし当然のことながら、我々が実際に体験できるシーズンは1回だけだし、リック・サンチェスのポータルガン[1]がない限りほかの並行世界の様子を覗き見ることもできない。ただ、頭の中でさまざまなシナリオを想像することは可能だ。
以下は、私が通常の順位予想記事で1位予想した読売とソフトバンク以外のチームが優勝(若しくは現実的に考えられる限り最高位)する場合の予想だ。そしてこうした予想が起こりえるシナリオの一部を記述している。なお、各シナリオの確率の分母は各リーグともに起こりえる全てのチームと順位の組み合わせ、すなわち720通りの合計だ。
楽天優勝のシナリオ
- 1位 楽天
- 2位 ソフトバンク
- 3位 西武
- 4位 日本ハム
- 5位 ロッテ
- 6位 オリックス
やはり、田中将大が復帰し、早川隆久が加わった楽天ローテーションは頭一つ抜けており、チーム全体のFIPは2011-2012年の超低反発球時代に迫る数字を記録。7月からセットアッパーに定着したアダム・コンリーも後半戦の32イニングでわずか2失点と驚愕のピッチング見せる。打線も茂木栄五郎がシーズンを通じて離脱せず、浅村栄斗とオールスター二遊間を形成。ソフトバンクとのデッドヒートを2ゲーム差で制して8年ぶり2回目のリーグ優勝を飾った。
確率:0.8%
西武優勝のシナリオ
- 1位 西武
- 2位 ソフトバンク
- 3位 楽天
- 4位 ロッテ
- 5位 日本ハム
- 6位 オリックス
西武は前年不調に苦しんだ外崎修汰と森友哉が本来の実力を発揮、投手陣も今井達也が高橋光成に次ぐ2番手としての地位を確立し、ソフトバンクをかわして2年ぶりのリーグ優勝。日本ハムは有原航平の抜けた穴を埋められず、ここ5年間で4回目のBクラスに沈んだ。
確率:0.25%
ロッテ優勝のシナリオ
- 1位 ロッテ
- 2位 ソフトバンク
- 3位 楽天
- 4位 日本ハム
- 5位 西武
- 6位 オリックス
藤原恭大と安田尚憲がともに一軍平均以上のレギュラーへと成長し、レオネス・マーティンもチームの得点力増加に多大な貢献をする。復調した石川歩、後半戦からローテーションに定着した佐々木朗希らが投手陣を引っ張り、主力の故障に苦しんだソフトバンクと楽天を上回って2005年以来のリーグ優勝を成し遂げた。
確率:0.14%
日本ハム優勝のシナリオ
- 1位 日本ハム
- 2位 ソフトバンク
- 3位 楽天
- 4位 オリックス
- 5位 ロッテ
- 6位 西武
日本ハムはルーキーの伊藤大海、2年目の河野竜生が躍進し有原の穴を埋める。打線も高出塁力を誇る上位打線に加えて大田泰示がほぼすべての打撃カテゴリーでキャリアハイを記録。野村佑希もレギュラーに定着し、主力の故障や不調に苦しんだソフトバンクと楽天を上回った。西武は高橋と平良海馬が前年から大きく調子を落とし、今井も相変わらず伸び悩むなど倒壊し、最下位に沈んだ。
確率:0.014%
オリックス躍進のシナリオ
- 1位 ソフトバンク
- 2位 オリックス
- 3位 楽天
- 4位 日本ハム
- 5位 西武
- 6位 ロッテ
山本由伸、山岡泰輔、田嶋大樹のトップ3に加えて2年目の宮城大弥がローテーションに定着。オリックス投手陣は上位に引けを取らない実力を見せる。攻撃では吉田正尚が3割を大幅に超える打率を保ったまま本来のパワーを取り戻す。太田椋もバットで一軍平均以上の成績をのこし、吉田正、日本の水になれたアダム・ジョーンズとともに強力クリーンアップトリオを結成。若月健矢もキャリアハイとなる12本塁打、wRC+110 +と予想外のブレイクアウト。ソフトバンクの底力には及ばないものの、7年ぶりとなるクライマックスシリーズ進出を果たした。
確率:0.2%
読売優勝以外のセ・リーグシナリオ予想
広島優勝シナリオの一例
- 1位 広島
- 2位 読売
- 3位 阪神
- 4位 中日
- 5位 DeNA
- 6位 ヤクルト
鈴木誠也が2位に35ポイント差をつける両リーグトップのwRC+214を記録するなどキャリアハイの打棒を発揮。新加入のケビン・クロンもバットでリーグ平均を大幅に上回るなどファンの期待に答える活躍を見せる。投手陣も大瀬良大地がシーズンを通してローテーションを守り、森下暢仁とともに先発陣をけん引。菅野智之の不調で戦力が低下した読売を、広島が総合力で上回った。阪神は佐藤輝明がwRC+117とレギュラーとしては申し分のない働きをしてCS進出に貢献。
確率:0.21%
中日優勝シナリオの一例
- 1位 中日
- 2位 読売
- 3位 広島
- 4位 DeNA
- 5位 阪神
- 6位 ヤクルト
沢村賞を受賞した前年に匹敵する数字を残した大野雄大を中心に柳裕也、梅津晃大、ヤリエル・ロドリゲスらが強力ローテーションを形成。ライデル・マルティネスが防御率0点台を記録するなど接戦をことごとくものにする。一軍に定着した根尾昂は複数ポジションを守りながら打撃面で平均的な一軍レギュラーを上回る数字を残し、攻撃力も改善された中日が読売とのデッドヒートを展開。僅差でリーグ優勝を成し遂げた。阪神は佐藤がwRC+93とまずまずの数字ながら守備面で足を引っ張り5位に沈んだ。
確率:0.15%
阪神優勝シナリオの一例
- 1位 阪神
- 2位 読売
- 3位 中日
- 4位 広島
- 5位 DeNA
- 6位 ヤクルト
wRC+152、 WAR7.6で新人王とMVPをダブル受賞した佐藤、エース格に返り咲いた藤浪晋太郎を中心に投打で躍進した阪神が2005年以来のリーグ優勝を飾った。読売は岡本和真が不調と故障でわずか87打席のみに終わったのが痛かった。
確率:0.14%
DeNA優勝シナリオの一例
- 1位 DeNA
- 2位 広島
- 3位 中日
- 4位 読売
- 5位 ヤクルト
- 6位 阪神
2019年の調子を取り戻した今永昇太に加え、大きく成長を遂げた阪口皓亮や濵口遥大、左肘の手術から復帰した東克樹らが井納翔一の穴を埋めてあまりある活躍。野手では佐野恵太が前年より成績を落としたものの、打線の中心として申し分ない働き。新加入の田中俊太がレギュラーとしてリーグ平均レベルの貢献を果たしたことも大きかった。ただ、優勝の最大要因は戸柱恭孝、嶺井博希、伊藤光の捕手3人が合計で27本塁打、wRC+120と誰もが予想だにしなかったMVP級の活躍をしたことだろう。読売は坂本勇人と丸佳浩がともにバットでリーグ平均を下回る成績。故障者が相次ぎブルペンが壊滅したことも痛かった。阪神は佐藤が開幕から62打数で本塁打なしのわずか5安打で二軍落ちし、5月に膝の故障で長期離脱。最下位に低迷する一因となった。
確率:0.032%
ヤクルト優勝シナリオの一例
- 1位 ヤクルト
- 2位 中日
- 3位 DeNA
- 4位 広島
- 5位 阪神
- 6位 読売
ヤクルトは新加入の田口麗斗が開幕6連勝し、2年目の奥川恭伸も一軍ローテーション投手として申し分ない投球を見せる。打では山田哲人が本来の打棒を取り戻し、村上宗隆も2020年並みの数字をキープ。遊撃レギュラーの座を掴んだ西浦直亨が開幕から152打席でwRC+ 160を記録。2位に4ゲーム差をつけて交流戦を終える。読売は開幕カードこそ勝ち越すものの、そこから投打の歯車が嚙み合わずに低空飛行。リーグ戦再開からの巻き返しを図るが、そこで新型コロナウィルスの東京型突然変異種が猛威を振るい始めてシーズン中断。期待のジャスティン・スモーク、エリック・テームスの両助っ人が来日すらできないまま、再開のめどが立たずに8月に打ち切りが発表される。前年をも上回る超短縮シーズンとなった。
確率:0.0001%
まとめ
順位予想をする際はこのように起こる確率の違うシナリオを複数作るのも醍醐味だ。また、シーズン終了後の実際の結果を振り返って、どの程度の確率のシかナリオが起こったのかの見当をつけることも、野球というゲームに対する理解をより深めることにつながるだろう。
[1]アメリカのTVアニメ「リック・アンド・モーティー」から。リックはパラレルワールド間を移動するポータルガンを所有している。
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