7月13日、レッドソックスなどで活躍した田澤純一投手がルートインBCリーグ埼玉武蔵ヒートベアーズに入団した。これにより再び注目されたのが、NPBのドラフト会議での指名を経ずに、海外リーグの球団と契約をした選手は、退団後一定期間はドラフト会議で指名できないとする12球団の申し合わせ事項、いわゆる「田澤ルール」である。多くのメディアやライター、プロ野球関係者の見解が主張され、オーナー会議議長である南場オーナーもこの問題に言及した。筆者は以前にも「田澤ルール」に関連した記事を執筆したが、改めて規定の整理をするとともに、「田澤ルール」の当否について考えたい。

「田澤ルール」が無かったとしてもNPB入団は最短で2021年から


一部の報道では、田澤がNPBに入団することなく、独立リーグの球団を選択した理由に「田澤ルール」が関係しているかのような説明があった。しかし、これは明確な誤りである。規約等の解釈の詳細については、筆者の過去の記事を参照してほしいが、田澤は新人選手選択会議規約1条の「新人」に該当するため、ドラフト会議での指名を経なければ、NPB所属球団との契約はできない。したがって、「田澤ルール」の有無にかかわらず、NPB所属球団への入団は最短でも2021年であった。

よって、現時点で「田澤ルール」のために、田澤がNPB所属球団と契約できないという効果は生じていない。「田澤ルール」の適用が問題となるのは、今年以降のドラフト会議の時点であって、現時点ではない。


野球協約にも新人選手選択会議規約にも書かれていない申し合わせ事項


また、「田澤ルール」は報道によっては、その説明の細部が異なっている。これは「田澤ルール」が野球協約や新人選手選択会議規約といった誰でも確認が可能な協約、規約には書かれておらず、12球団間の申し合わせ事項であるからと思われる。このため、その正確な内容は確認ができない。その形式も申し合わせ事項とし書面化されているのか、オーナー会議の議事録の中に残っているだけに過ぎないのかもわからない。報道では大学卒業または社会人野球から海外球団と契約した場合には帰国後2年間、高校卒業の場合には3年間はドラフト指名されないといった具体的な数字が出てきていることからすると、書面が一切残っていないということは考えづらいが、口頭での協定に過ぎない可能性すら否定できない。

これからNPBに所属しようとする選手にとって重要な申し合わせ事項を当事者が確認できないというのは大きな問題であろう。もっとも、NPBは同じく所属しようとする選手にとって重要な野球協約や新人選手選択会議規約、統一契約書のひな形も公開していない(公開しているのはあくまで選手会である。)。このようなNPBの対応からすれば、当然なのかもしれないが、いずれにしろ望ましいとはいえない。

このため、どのような選手がこのルールの適用対象となるのか判然としない部分がある。ドラフト指名を経ずに海外の球団と契約をした田澤に対する適用が問題となっていることからすると、同様の選手には適用されることがほぼ確実であろう。では、次のような選手は適用対象となるのか。

①ドラフト会議で指名をされて、NPBの球団が独占交渉権を獲得したが、当該球団に入団せずに海外の球団と契約した選手

報道での表現も「ドラフト会議(指名)を経ずに」であったり、「ドラフト会議(指名)を拒否して」であったりと表記が揺れている。おそらく、「田澤ルール」の原文(そもそも書面のかたちで存在するかも不明だが)に当たっている記者がいないために表記の揺れが生じていると考えられる。

後述するような「田澤ルール」の推測される目的からすると、ドラフト会議で指名されているか、指名されていないかはさしたる問題になるとは考えがたい。ドラフト会議で指名されていようがいまいが、NPBのドラフト指名の対象だった選手が海外の球団に流出することには変わりがないからである。そうすると、「田澤ルール」の目的に照らして、合理的な申し合わせ事項を協定しているとすれば、この場合も適用対象とはなるであろう。

より困難なのが次のような場合である。

② 日本国内の中学、高校、大学等の教育機関に在学した経験があるためにドラフト指名対象となる選手が卒業後に、海外の教育機関に在学し当該国でのドラフト指名対象ともなり、当該国の球団と契約した場合

③ 日本国内の中学、高校、大学等の教育機関に在学した経験はないが、日本国籍であるためにドラフト指名対象となる(新人選手選択会議規約1条後段)選手がドラフト指名を経ずに海外の球団と契約した場合

このような場合は、「田澤ルール」が協定された時期には想定されていない可能性がある。②について、具体的には、日本の高校から海外の大学へ留学した場合が考えられる(日本国籍の有無を問わない。)。日本国内からのアマチュア選手の流出を防ぐという観点から、プロ野球団との契約をする前に海外の教育機関に留学した場合を含めて良いかは一考の余地がある。

また、③については、以前にNPBに所属していた選手ではマイケル中村が該当する。このようにアマチュア時代に日本国内にいなかった選手の場合、これを流出と言って良いかは疑問が残る。

「田澤ルール」が協定された時期に、このような場合まで想定して議論がされたかは明らかでないが、申し合わせ事項の文言が「ドラフト会議の指名対象である選手がNPB所属球団と一度も契約することなく、海外の球団と契約した場合は」などとなっていれば、こうした場合も適用対象になってしまう[1]。

いずれにせよ、上記の場合には軽々に適用対象となる、あるいはならないと決めつけて論じることは相当でないであろう。


「田澤ルール」の当否をどう考えるべきか


以上のような事実を前提に「田澤ルール」の当否を考えたい。

そもそも「田澤ルール」のような選手の権利を制限するような制度は許容すべきではないという主張もある。しかし、このように選手の権利を制限する制度であることを理由に直ちにその制度が許されないとすることは妥当ではない。

選手の権利を制限するような制度は、他にいくらでもある。例えば、ドラフト制度である。ドラフト制度が始まってから50年以上が経過しており、もはや存在することが当然のように扱われているが、これが選手の契約の相手方選択の自由を著しく制限する制度であることは疑うべくもない。このような選手の重要な権利に対する重大な制約が許容されるのは、なぜであろうか。

理由はいくつかあるであろうが、制度の目的が正当であること、その制度によって目的を達成する効果が十分にあること、権利の制約が行き過ぎでないことなどがあげられる。

大前提として、制度の目的が正当でなければならない。例えば、ドラフト制度にしても、戦力均衡を図ることでNPB全体の利益を大きくするという目的であれば許容できるかもしれないが、選手の交渉力を奪うことで契約金、年俸を押さえ込み球団が受ける利益の割合を増大させることそのものを目的としているとしたら、許容できないであろう[2]。

また、制度の目的が正当であったとしても、その効果が十分でなければ、意味がない。ドラフト制度の場合は、独占交渉権を獲得した球団以外との交渉ができなくなり、他の球団との交渉、契約を望む場合には、翌年以降に再度指名を受けて当該球団が独占交渉権を獲得する必要性があるから、独占交渉権を獲得した球団がその選手と契約する可能性はかなり上昇する。特定の球団に有力なアマチュア選手が集中する可能性を排除する効果は十分と考えられる。

さらに、仮に制度の目的が正当で、その効果が十分あったとしても、必要以上に選手の権利を制限することまでは許容されない。ドラフト制度であれば、重要な権利に対する重大な制約ではあるが、1年経過して再度指名を受ければ、他球団との交渉も可能である。また、比較的多額な契約金が存在し、入団後一定の条件を満たせばFAとなるなど選手の不利益を緩和する代償措置が一応存在する。このような点を考慮しても、権利の制限が過度でないか、あるいは代償措置が不十分でないかという疑問は残る。どの程度の制限までが許容され、どこまでの代償措置が要求されるかについては、議論があるであろう。しかし、目的が正当であり、そのための効果が十分ならば、いかなる手段も許容されるという考えは取れない。


「田澤ルール」がアマチュア選手の海外流出を防ぐ効果は乏しい


このような考え方を前提として、「田澤ルール」の当否を検討する。

「田澤ルール」の目的はアマチュア選手の海外球団への流出を防ぐことにあるとされる。現状、新人選手の供給元が国内に限られるNPBにとって、アマチュア選手の海外流出を防ぐという目的はそれなりに正当といえるであろう。

また、選手の権利を制限する程度について考えると、「田澤ルール」があったとしても、ドラフト制度を無視して海外の球団と自由に契約すること自体を止めることはできない。「田澤ルール」は、ドラフト指名を経ずに海外の球団と契約した場合に、帰国後のNPBとの契約に制限を課すというもので、その権利制限の程度はそれほど強いものとはいえない。当のドラフト制度の方が、独占交渉権を獲得した球団以外のNPB所属球団との交渉、契約を1年間禁止し、かつその後もドラフト指名を経なければNPB所属球団との契約ができないという権利制限を課すものであり、はるかに強度である。

このように「田澤ルール」はその制度目的にそれなりの正当性があり、選手の権利制限も現に許容されている他の制度が課している権利制限と比較すれば、行き過ぎとまではいえない。しかし、目的を達成する効果が十分ではないと考えられる。

「田澤ルール」の効果について、MLBでのプレーを目指してMLB傘下の球団と契約をする場合を念頭に検討していく。

先に述べたように「田澤ルール」は、国内のアマチュア選手が海外球団と契約することを直接的に防ぐ効果はない。仮にドラフト指名を経ずに海外球団と契約した場合、帰国しても2年から3年はNPB球団と契約できないという制限を課すことを予告することで、海外球団と契約しようとするアマチュア選手をいわば萎縮させることで、間接的に海外への流出を防ぐ効果しかない。このため、「田澤ルール」はその仕組みからそれほど強い効果を持たない。

また、2008年に田澤がレッドソックスと契約をする以前にも国内アマチュア選手がNPBを経ずにMLB傘下の球団と契約した例はいくつもあったが、そのうちMLBでのプレーにたどり着いたのはマック鈴木、多田野数人の2例しかなかった。「田澤ルール」以前から、このルートはそれほど有望なルートではなかったのである。そして、2008年に田澤がレッドソックスと契約をしてからすでに10年以上が経過しているが、その間に田澤同様のルートでMLBでのプレーに至った国内のアマチュア出身選手は1人もいない。「田澤ルール」が協定された当時に危惧されていたほどには、国内アマチュア選手の海外流出は進まなかったといえる。

その原因の一つには、「田澤ルール」の有無にかかわらず、NPBを経ずにMLB傘下の球団と契約を結んでMLBを目指すというルートがあまり合理的でないという認識があったのではないか。

そのような認識の要因の一つはすでに述べたような成功例の少なさである。NPBの二軍での選手育成とマイナーリーグでの選手育成のいずれが優れているかは答えの出ない問題ではあろう。しかし、同様のルートでMLBまで昇格できた選手が田澤も含めてこれまでに3名しかいないという事実は、マイナーリーグでの育成システムが必ずしもNPBでの育成システムに比して優れているといえないことを示している。NPBでのドラフト指名候補が、NPB所属球団に入団した上で、FAまたはポスティングで移籍するというそれ以外のルートの方を選択する十分な理由になるであろう。

MLB昇格が困難となった場合のリスクの高さもその理由であろう。マイナーリーグではクラスによって額は違えど、二軍選手の最低保障年俸と比較しても低廉な賃金での活動を余儀なくされる。長期間にわたりMLBへの昇格を目指して、マイナー生活を続けていくことは大きな負担である。NPBでのドラフト指名を受けられるような選手であれば、受けられたであろう契約金と数年分の年俸を捨てて、過酷なマイナー生活を過ごすことのリスクは高い。

しかも、数年間のマイナー生活の末、MLB昇格を諦めて、NPB所属球団への入団を考えようにも、そのときには年齢も上昇している。「田澤ルール」がなかろうと、ドラフト指名を経なければNPB所属球団に入団することはできないが、その時点では海外に渡る前のドラフト指名候補時よりも、ほぼ確実にその選手の市場価値は下がっているであろう。選手にしても、NPB所属球団への入団が遅れるということは、活躍したとしてもそれだけ年俸の上昇ペースが遅くなるし、FA権取得も遅くなる。同じくらいの活躍でも、若い選手よりも戦力外通告になりやすくもなる。このように、その後の待遇を考えると、NPBのドラフトで指名されるような選手が、ドラフト指名を経ずに海外球団と契約し、MLB昇格を目指すルートは、「田澤ルール」を抜きにしても相当にリスクが高い。

さらに、このようなリスクは、田澤の契約以後のMLB側のルール改正でより大きくなっている。田澤はマイナーリーグを経て、MLBに昇格しているものの、レッドソックスとの契約はメジャー契約であった。ところが、現在はMLBのドラフト対象外のアマチュア選手が入団に際して、メジャー契約を結ぶことはできず、契約金の制限も厳しくなっている[3]。「田澤ルール」とは無関係にNPBを経ずに海外球団と契約することのリスクは増大している。

そうすると、NPBでのドラフト指名候補でMLBでのプレーを望むような選手が、NPBを経ずにMLB傘下の球団と契約をすることが少なかったのは、「田澤ルール」以外の要素のはたらきが大きかったと考えられる。「田澤ルール」は、国内アマチュア選手の海外球団との契約を直接防ぐことはできない。MLB昇格を諦めて、NPBでのプレーを考えたときに、その選択が困難になることを予告することで、海外球団との契約を思いとどまらせる程度の効果しかない。しかし、「田澤ルール」がなかったとしても、MLB昇格を諦めて、NPBでのプレーを考えるような状況になれば、その年のドラフト指名候補のアマチュア選手と比べても不利な地位に置かれることは変わりがない。「田澤ルール」は、国内アマチュア選手の海外流出阻止にさして効果がないと考えられる。


選手の権利制限以外の「田澤ルール」の弊害


また、「田澤ルール」には選手の権利制限以外にも弊害がある。NPBを経ずに海外の球団でプレーしていた選手が、NPB所属球団への入団を希望しても、帰国から2年または3年はNPB所属球団に入団することができないということは、NPB自らが獲得対象の選手を減らしているということでもある。これはNPBにとっても損失である。現に「田澤ルール」が原因であるとの確証はないものの、沼田拓巳のように帰国後国内独立リーグで3シーズンプレーしてからドラフト指名を経て、NPB所属球団に入団したケースもある。2年または3年の機会損失は、選手にとってもNPBにとっても損害である。

マイナー暮らしが続き、NPB所属球団への入団を検討する選手にとっても、帰国から一定期間は入団できない制約があるのであれば、マイナー暮らしを延長するという判断をする可能性が高まる。「田澤ルール」がなければ、NPBに入団していたはずの選手が入団しない、あるいは入団が遅くなるという弊害もある。

そもそも、「田澤ルール」がなかったとしても、NPB所属球団を経ずにMLB傘下の球団と契約をしてMLBを目指すというルートのリスクが高いことは前に述べたとおりである。NPBのドラフトで指名対象になる選手にとっては、NPB球団との契約の可能性を捨てることになるだけ、そうでない選手よりもリスクが高いであろう。また、そのようなリスクは、より高い契約金、早期のFA権の取得が期待できる上位指名候補になればなるほど高くなる。そうすると、このようなリスクを許容できるのは、能力が極めて高い、あるいはあえてNPB球団以外のルートを選択する意思が強い選手ということになる。それらの選手にとっては、「田澤ルール」が歯止めになるとは考えがたい。どんな障害があろうが海外流出する選手にはさしたる効果がなく、それ以外の選手にとっては無用の長物となっていると考えられる。

また、反対にNPBのドラフト指名にかからないようなアマチュア選手にとっても効果は薄い。プロになりたければ、海外に行かなければならない、それでも野球がしたいという選手にとって、将来的なNPB所属球団への入団に対する制約を考慮する余地は乏しい。さらに、そうしたドラフト指名候補にならなかったような選手が、仮に海外で成長してNPB所属球団に入団を希望するようになったとしても、「田澤ルール」はその障害となる。「田澤ルール」以前にこのような経緯でNPBのドラフト指名を受けた選手には、上に述べたような選手の他にも、G.G佐藤や山口鉄也といった選手もいる。「田澤ルール」の存在は今後彼らのような選手がNPBに入る可能性を摘み取るものである。これこそNPBにとっては損失であろう。

以上のように、「田澤ルール」はNPBにとっても弊害がある。


「田澤ルール」は見直すべき


ここまで検討してきたとおり、「田澤ルール」はその目的の正当性が認められるとしても、効果に乏しく弊害も大きい。このような制度を放置することは、選手にとってだけでなく、NPBにとっても好ましくない。

「田澤ルール」は国内アマチュア選手の海外流出に対する危機感に基づいて、作られた制度であろう。しかし、その危惧は杞憂に終わった。「田澤ルール」が作られた当時のNPBの判断の当否はともかくとして、現時点でこのような制度を残す理由はないと考える。


[1]新人選手選択会議規約1条の「新人」の定義からすれば、②や③の選手もドラフト会議の指名対象となる( http://jpbpa.net/up_pdf/1284364752-563907.pdf
[2]もっとも、ドラフト制度がそのことを目的としているかどうかにかかわらず、選手の契約相手を制限することで、球団側が有利な契約を結びやすくなる効果があることは否めない。また、ドラフト制度が導入された当時の目的は「『天井知らずの契約金』の抑制にその大きな目的があった。」(佐藤隆夫『野球協約論』88頁(一粒社、1982年))とされており、現在はともかくとしてかつては、戦力均衡、リーグの発展よりもむしろ新人選手の契約金を抑制することを主眼としていた。本論からは逸れるが、未だにこのような契約金の抑制がドラフト制度の主目的なのであれば、独占禁止法との関係で問題がある。
[3]http://m.mlb.com/glossary/transactions/international-amateur-free-agency-bonus-pool-money


市川 博久(いちかわ・ひろひさ)/弁護士 @89yodan
DELTAデータアナリストを務める弁護士。学生時代、知人が書いていた野球の戦術に関する学術論文を読み、分析に興味を持つ。 その後『マネー・ボール』やDELTAアナリストらが執筆したリポートを参考に自らも様々な考察を開始。『デルタ・ベースボール・リポート3』などリポートシリーズにも寄稿。動画配信サービスDAZNの「野球ラボ」への出演やパシフィックリーグマーケティング株式会社主催の「パ・リーグ×パーソル ベースボール データハッカソン」などへのゲスト出演歴も。球界の法制度に対しても数多くのコラムで意見を発信している。


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