• 1.02 Column


前回の記事では投球に対する球審のコールについてまとめた。これらの判定の詳細な傾向については日本独自のものであるが、国により独自の傾向があるという点ではおそらく世界共通であろう。そして見る側もプレーする側も蓄積された常識の下でストライクゾーンを見ることになる。

ストライクゾーンとは「合意」である


ストライクゾーンを通過しているのに50%以上の確率でボールとコールされるコースが意外と広いことはMLBのレポートでも数多く紹介されているところだが、日本でも事情は変わらない。 昨年の1.02 Fielding Awardsでも同様のレポート がある。だが、我々が試合を見るとき、特定のコースが逆の判定をされているという眼では見ていない。確かに微妙と感じるコースもあれば、時に判定が誤っていると感じるコースもある。しかし、特定のコースについて、そこへ投じられた投球のうち半分以上が実際とは違う判定を下されているとは感じていないはずである。

ボールが本塁近辺を通過した時、肩の位置やベルトと本塁とボールを十分な注意力持って同時に見ることはできない。空間に線が引かれているわけではない以上当然だが、過去に投じられたタマの残像と打者の位置関係、そしてそれに対して下された判定の膨大な記憶がジャッジの1つの基準となっている。過去に行われてきたプレーの蓄積を前提としてその上に選手の判断なり審判の判定が積み上げられていくわけである。言葉を変えて言うならストライクの基準はラインではなく「合意」だったことになる。

国家・地域間の交流を経ずに独自にプレーが行われていれば、年月を経るごとに(正しさの度合いは横に置くとして)独自色は強まりこそすれ弱まることはないだろう。野球は国際試合の場が少ない競技である。各国で判定の基準が異なるのはある意味当然のことなのだ。そして国際試合のたびに判定に違和感を持つことになる。

また、このように形作られた「ストライクゾーンに関する合意(注1)」は、認識の方にも強い呪縛力を持つことになる。例えば、ほとんどの審判がストライクをとってこなかったアウトロー隅に投じられた一球があったとする。これが機械で計測すればストライクであっても、審判やファンにとっては「ベースの上を通過して膝頭高の上を通った」とは見えないだろう。各国のファンにはそれぞれ異なるストライクゾーンが見えていることになる。

このような地域ごとに異なる運用を統一すると言えば聞こえはいいし、確かに正確な判定に越したことはない。しかし、各国ですべて独自の発展を遂げているらしい現状の下では話はそう簡単ではない。各国すべての野球に関与する者(選手・審判・観客ら)にとっては今までとまったく異なるストライクゾーンの下で野球を行わなければならないことになる。

日本の野球で言えばアウトローなどはしばらくストライクゾーンが大きく出っ張った形に見えるだろうし、インハイは今までの2倍以上の勢いでストライクが量産される。打者は今までよりもベースから離れて立たなくてはならず、打撃理論まで大きく変えてしまうおそれがある。画面からはまるで「マダックス・ストライク(注2)」が復活したように見えることもあるかもしれない。


機械判定により無用化するフレーミング技術


しかしこうした機械判定によって起こる最大の問題はフレーミング(注3)に関わる部分であろう。今まで、人間の球審が判定を行うという前提で、フレーミングという技術を捕手は継承してきた。これを武器に捕手としての地位をキープしている者も居る。しかし、機械判定が導入されることとなった瞬間にこの技術は無に帰すことにお気づきだろうか?

このフレーミングについて、 日本では小林誠司(読売)あたりが最も優れたスタッツを披露しているが、米国ではすでに得点の形で指標化されており、年間10~20点レベルの利得を叩きだす名手の存在も報告されている。ノンフィクション書籍 『ビッグデータ・ベースボール』では、ラッセル・マーティンのフレーミング技術がひとつのテーマにもなっていた。捕手の守備力の中では比較的大きな差をライバルチームにつけられることが確認できる唯一の指標と言っていいのかもしれない。

しかし機械が判定するとなればこれも淘汰されるしかあるまい。そうなれば優秀な捕手としての条件や、捕手として生き残るために優先しなくてはならない技術も当然大きく影響を受けるだろう。この結果、生き残りの顔ぶれにもかなりの変動をもたらすことが予想される。

MLBのレギュラー捕手であれば年俸数百万ドルの世界である。そしてもちろん彼らにも生活はある。もし機械判定に統一すると表明しなくてはならなくなったコミッショナーは、捕手たちに対して「あなた方が今まで10年20年と磨いてきた技術は本日只今をもって無用の長物と化しました」と宣告することになる。そしてMLBのレギュラーという立場にいられる者の顔ぶれを、自分の一存で変えるという重圧に耐えなくてはならない。

またこうなった場合、今から捕手の技術を習得しようとする「新世代」と、すでに捕手として選手生活を続けてきた「旧世代」の間で起きる競争がフェアなものだと誰が言えるのだろうか。フレーミングを除く技術体系に特化した「新世代」を相手にして、フレーミングのない土俵で戦う「旧世代」の生き残りは相当に難易度が上がりそうだ。機械判定が技術的には可能になりながら、20年近くも人為的な判定スタイルのまま放置されてきた事情はそのあたりにもあると考える。

現況、判定は便宜的に審判の主観に依っている。ルールには存在しないそのような暫定的な取り決めに、存在自体が依存している技術を、運営側が捕手に対して強いてきたことになる。上記の捕手生き残りに対する条件の変更について、フレーミングに取り組まなければならない環境を作ったあげくに取り消しでは筋が通らないと考える者も多くいるはずである。まずは機械判定を導入するにしても、報道にあるような方法で少しずつ審判の判定を機械判定に近づけ、最終的に完全導入という運用をするしか選択肢はないのかもしれない。ただしNPBがこのような考えで臨んでいるかはこちら側からは確認の方法はない。


スポーツの常識から考えた場合、フレーミングは残っていいものなのか


さて、今度はまったく逆の視点から見てみよう。野球がスポーツであることを前提とした「フレーミングが存在すること自体の正当性の如何」である。

前回の記事でも述べたように、ストライクゾーンは規則で定められており、本来は審判の判断や裁量の関与しないものである。サッカーやバスケの「ファウルか否か」ではなく「ラインを割ったかどうか」と同質のものである。高さについては判断の余地を残しているが、これもルールの整備により一元化は可能であり、本質的に検証可能な機械的判定となるべき対象である。

確かに野球ルールが制定されたはるかな昔には機械による判定など思いもよらないものであっただろう。見逃された投球をどちらかに判定して円滑に試合を進行させるとあれば、これは第三者(審判)の裁定によるほかはなかった。しかし、である。現状のところフレーミングは、機械で行える判定を便宜的に人間が行っている状況で、その人間の判定を自分有利に導くため審判の視覚に影響を与えようとする行為となる。ほかのスポーツと比較して「スポーツ全般の良識」を考える時、これはこのまま残っても良いものなのだろうか。サッカーにおけるマリーシア(注4)とどこが違うのだろうか?確かにあれほど見苦しいプレーではないし、第一、現況では必要な技術ではあるのだが。

フレーミングには以下の①、②の2つの方向性がある。

①ストライクゾーンに投じられた投球をボールと言わせない
②ボールゾーンに投じられた投球をストライクと言わせる

①の方であれば理解はできる。せっかくストライクゾーンに投じられた投球をまずい捕り方のためにボールと言わせるわけにはいかない。皆がストライクと認識するはずの投球をボールと言わせてしまえばそれは捕手の責任だろう。

問題は②の方である。これは、本来ボールと言われるべきものを捕手のアクションによってストライクに変えてしまおうというものである。重複になるが、ストライクゾーンの判定はその適否が機械的に定まるものである。他種目においてラインを割ったのかどうかと同じことで、審判の判断や裁量による「バスケのファウル」「相撲の死に体」「柔道の指導」などとは明確に一線を画すものである。

もちろん、人間の判定以外のものが考えられない状態で、微妙な判定の如何で試合結果に大きな影響を及ぼしてしまうことが考えられる状況であれば、対審判用の技術を磨こうとするのは当然のことだ。そのような状況下にある捕手がフレーミングを磨かないとすればそれは怠慢の誹りを免れられない。しかし、技術的な機械判定が可能となってしまった現在、(特に一歩引いて野球の光景を遠景として見た場合)その正当性に疑問が生じるのもまた事実である。

そもそもの話になるが、「審判は自らの判定と機械の判定を照合して技術向上に努め」なんて話が永続的なものにならないことは、外の世界の常識からは当然のことである。パソコンを導入しておきながら、外部に出す書類はすべて手書きとし、手書き文字と機械の活字と似ていなければ罰則を与えるというのとどこが違うのか。一般社会では、だったら最初からプリントアウトした書類を出せよ、ということになりはしないか。

このような状況で、手書き文字の書き方に横から何らかの操作を加えようという行為は(特にボール球をストライクに見せようとする行為は)本筋ではないし、正直なところ美しくも見えない。

何が良いことなのか、悪いことなのか。何が技術で何がマナー違反なのか。それらのことはけもの道のようなものであり、時代によって異なるのは自然の成り行きである。かつては本邦においてサイン盗みは技術であり、漫画の主題になったことすらある。現代とは異なる常識の時代の行為に対して現在の常識を適用することも、過去の常識を現代に適用することも共に誤りになり得る(注5)。機械判定のような新しい規格が競技に入ってきたときは常識の変わり目である。あくまでも現在進行形で常識を見直す準備を怠ってはならない。


(注1)
記号論で言う「コードを共有した状態」になる。特に言語など、コミュニケーションのためのツールは認識にも大きな影響を与える。審判の発したストライクのコールは発信された情報であり、ファンはそれを受信してコースに関する常識を形作って行く。こうして共有された情報は独自に意味を持ち、実物の見え方まで変える。
例えば直線の端に短い斜めの直線を二本足した記号が、文字でも公的に定められた図形でもないのに、矢の省略に見える。情報の中にこれがある場合、矢の本来の意味を越えて方向指示であったり、特別な注目事項指示の意味を持つ。受け手はそれが矢の形とはあまり似ていないのに矢の形と認識し、かつ矢の本来の意味とは異なる情報を、文脈により正確に受け取っている。でも、発信者も受信者も(弓道部員以外で)矢の実物を正しく記憶している人はほとんどいないはずである。

(注2)
アトランタなどで活躍した名投手グレッグ・マダックスの全盛期に、アウトローが極めて広いストライクゾーンが適用されていた。コントロールに特長を有していたマダックスのためにあるようであったためマダックス・ストライクと呼ばれた。アウトローがやたらに広く、ゾーンがピザチェーンの帽子型のマークの形に見えたこともあった。バットが届かないところまでストライクをとったように見えたため、あれでは競技として成立しているのか、という疑問の声が聞こえてきたものである。もし、機械判定によるギリギリのストライクを見るとき、当時のストライクが復活したように見えるかもしれない。我々の空間認識は現在のストライクゾーンを四角と感じるように規定されている。

(注3)
フレーミングはすでに重々承知の方も多いと思われるが、念のため。捕手が捕り方によって球審の判定を自チームの有利な方向に誘導しようとする技術。ただし、あまりに露骨なミットずらしは評判が悪く、国際試合でも問題視されている。この問題は北京五輪あたりで表面化したという報道も見られる。ようやくこの10年ほど、本邦アマ球界で受けた後に派手にミットをずらさないような指導が定着してきているようだ。
倫理的な問題は横に置くとしても、国際試合の審判だって普段の自分のゾーンが各国と異なることは当然承知の上である。そのなかで、受けた後で派手にミットを動かしてしまうと「ミットを動かさないとストライクと言ってもらえないコースだと、捕手本人が思っている」という悪いヒントを与えてしまう。

(注4)
本来の「マリーシア」とは抜け目なさとか技巧的なずるさを表現するような言葉である。例えば相手DFの目線が一斉に審判の方に向いた瞬間を狙ってFKを蹴るような。それが昨今では相手ファウルを主張する芝居の代名詞のようになってしまった。まあ確かに、相手の脚が自分に触れてから1秒も経ってから地面に転がり、のたうち回って悲鳴を上げるような面白すぎる画像が出回ってしまえば一気にそっちの意味が定着してしまうのもやむを得ないだろう。今や試合中のすべての画像は世界中の誰もが見られると、選手は考えておいた方がよさそうだ。ここで言っているのは悪い意味でのマリーシアの方である。

(注5)
アマ規則委徹底「捕手はミット動かすな」
https://www.nikkansports.com/baseball/amateur/news/p-bb-tp3-20090110-448673.html

過去において国内で当たり前とされてきた常識が国際的な場の常識との齟齬による軋轢を生んでいる例のひとつ。伝統には良い面も悪い面もつきものだがプレーにも戦術にも古い常識が定着しすぎているのが裏目に出ている面もある。男女サッカーやラグビーなど他種目においては日本代表が「どの国のファンにとっても二番目のお気に入りチーム」というあり得ないほどの好意を受けているようだ。1970年代あたり、取るに足らない存在だったころの各競技日本代表を思い起こせば夢のような評価だが、選手・ファンによる長年の努力の結果だろう。時間がかかることに関しては避けられないが、目標は身近なところにある。

道作
1980年代後半より分析活動に取り組む日本でのセイバーメトリクス分析の草分け的存在。2005年にウェブサイト『日本プロ野球記録統計解析試案「Total Baseballのすすめ」』を立ち上げ、自身の分析結果を発表。セイバーメトリクスに関する様々な話題を提供している。
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