先発投手はより長いイニングを投げることが求められる。しかし現代野球において、先発が投げられる球数は多くても120球程度だ。こうした中で長いイニングを投げるには、球数少なくアウトをとる必要がある。「球数少なくアウトをとる」と聞くと、ゴロアウトを思い浮かべる方も多いのではないだろうか。だが分析を行うと、実はゴロを打たせることがそれほど球数の減少につながっていないことがわかってくる。
1イニングあたりの球数と連動する指標
まず球数と各種投球指標がどのような関係にあるかを確認したい。対象としたのは2014-18年の各シーズンで100イニング以上を投げた投手だ。彼らの投球指標が、1イニングあたりの球数を表すP/IPとどのような関係にあったかを見ていく。
はじめに奪三振から見ていこう。三振をとるには最低でも3球は必要となる。そして三球三振は稀だ。三振を多く奪うことと球数を抑えることは相反するようにも思えるが、実際はどうだろうか。図1-1はK%(打者あたりの奪三振割合)と、P/IPの関係を示したものだ。
もし奪三振の割合が高いほど球数が多くなるのであればグラフのプロットは右肩上がりに、球数が少なくなるのであれば右肩下がりに分布しているはずだ。しかし図1-1からはそうした傾向は読み取れない。ランダムな分布である。
2つの項の関係性の強さを表す相関係数で見てみよう。相関係数は1、あるいは-1に近づくほど2つの項の関係が強く、0に近づくほど無関係であることをあらわす。K%とP/IPの相関係数は0.00。相関はないため、三振を奪う割合が高い投手の球数が増えるわけでも減るわけでもないことがわかる。
奪三振の次は与四球を見ていく。与四球は最低でも4球を費やしさらに結果としてアウトをとることもできない。球数が増える原因になっているのは間違いないように思うが、どうだろうか。図1-2がBB%(打者あたりの与四球割合)とP/IPの関係を表したものだ。
さきほどのK%とは異なり、グラフが右肩上がりの分布を描いていることがわかる。BB%が高い、つまり与四球の割合が高ければ高いほど、1イニングあたりの球数が増えているようだ。相関係数は0.65。当然といえば当然だが、四球を出すことは球数の増加につながるようである。
さて本題のゴロを見ていく。一般的にゴロが球数を減らすと考えられているのは、最短で1球でアウトを獲得でき、さらに走者のいる場面でも併殺を奪う可能性が生まれるためだろう。実際にはどうなのだろうか。ここではゴロ率とP/IPの関係を見ていく。
ちなみに一般的なゴロ率は、打球がゴロになった割合、つまり分母を打球としているが、ここでは奪三振や与四球と基準をあわせるため、打者を分母としている。一般的なゴロ率と値が異なっていることに注意してほしい。図1-3がゴロ率とP/IPの関係を表したものだ。
もしゴロを打たせることが球数の減少につながるのであれば、グラフは右肩下がりの分布を描くはずである。図1-3は、確かにやや右肩下がりのように見えなくもないが、図1-2(BB%)ほどはっきりとした傾向は出ていない。どちらかというとK%の図1-1に近いランダムな分布である。相関係数は-0.31。0.00であったK%より相関は強くなっているが、この程度は相関が非常に弱いといえる値だ。ちなみに一般的なゴロ率(ゴロ/打球)の相関係数も-0.23と相関はほとんどない。ゴロを打たせることが球数を減らすことにつながるとはいいがたい結果である。
ついでにフライ率についても見ておこう。図1-4がそれである。
フライ率とP/IPの相関係数は0.08。こちらもほぼ相関がないランダムな分布だ。少なくともゴロかフライ、どちらを打たれやすいかによって大きく球数に影響がでるということはなさそうである。
ゴロで1アウトを獲得するまでに必要な球数を算出する
次に、さきほど確認した奪三振、ゴロ、フライの発生がどのように球数に影響を与えるかを、中身を詳しく見てみよう。調べたのは、
①イベント発生時の平均投球数
②増加アウト/イベント発生数
である。ここでのイベントとはゴロ、フライ、ライナーや奪三振を指す。これを調べることで、なぜゴロを打たせることが球数に大きな影響を与えないかもわかってくる。
まず「①イベント発生時の平均投球数」を見てみる。2014-18年では、ゴロの発生に平均3.83球、奪三振に5.20球、フライには3.68球かかっている。やはり最低でも3球を要する奪三振は、打球を発生させる2つのイベントに比べると球数がかさみやすい。
ただこれらのイベント発生とそれがアウトになるかどうかはまた別の話である。ゴロは打たせた時点でアウトになるわけではない。打球が発生したものに関しては、野手が処理することではじめてアウトになる。イベントが発生したときどれだけの割合でアウトになるかを示したのが「②増加アウト/発生数」だ。
これを見ると、奪三振の値が0.997と非常に高い。振り逃げを除くと三振はすべてアウトになるためだ。一方、ゴロは0.786、フライは0.699と、アウトになる割合が奪三振より低い。併殺をとった場合は2アウトとカウントしているため、ゴロが不利になっているということもない。
①を②で割ると、各イベントの1アウトあたりに必要な平均投球数がわかる。ゴロを打たせた場合、1アウト獲得には平均4.88球、奪三振は5.22球、フライは5.34球かかるようだ。こうしてみるとやはりゴロを打たせることが球数の減少につながるように思える。
しかし実は、これはそれほど大きな差ではない。極端な例として、すべての打者にゴロを打たせたA投手と、すべての打者から三振を奪ったB投手の比較で考えよう。6イニング=18アウトを奪うまでの投球数を試算すると、A投手は88球、B投手は94球を費やすことになる。ゴロが多いA投手の方が6球少ない。しかしゴロで1アウトを獲得するために必要な投球数が4.88球であることを考えると、1つアウトを多く獲得できる程度である。
そして当然この想定ほど極端な投手は存在しない。現実的には打席に対しゴロの割合は20-40%、奪三振は15-35%程度の割合で発生する。この範囲に収まる限り、奪三振、ゴロ、フライの違いで球数に大きな差が出る可能性は低い。
四死球はアウトを増やさず球数を増やす
アウトを増やす手段によって球数に差が出ないならば、差を生んでいるのはアウトにならない結果である。代表的な例として四死球が挙げられる。盗塁死などを除けば四死球が起こった打席でアウトは発生しない。そのため四球が増えるほどアウトを獲得するまでの投球数は増加する。
四球は約6球の球数を浪費する上、アウトを増やさない。P/IPの計算式を考えても、四球の球数は分子に含まれるが、分母に含まれない。図1-2においてBB%とP/IPが強い相関を示したのは順当な結果といえる。
四死球と同様に、本塁打もアウトを増やさない代表的な結果だ。フィールド上に飛んだ打球はどれほどいい当たりであってもアウトになる可能性がある。それに対しフェンスを越える打球は100%アウトにならない。そして本塁打の99%以上はフライ打球である。1アウトあたりの投球数でフライがゴロより多くなる要因は、本塁打によるものだ。本塁打を除いた場合、ゴロとフライの1アウトあたりの投球数はほとんど変わらない。つまり、野手の守備が絡む結果では球数に差が出ないと言い換えられる。
一定割合で本塁打が発生する以上、フライがゴロよりも若干球数が増えやすい傾向は変わらない。ただしゴロから併殺を除いた場合、本塁打を含むフライと同程度の球数が発生している。併殺シチュエーション以外では、どのような手段でもアウト獲得までの球数に差は出ないようだ。
それでもゴロピッチャーの球数が少なく感じられる理由
ここまでゴロを打たせることが球数にそれほど大きな影響を与えないことを解説した。だがそれでも納得できない人もいるのではないだろうか。実際にゴロピッチャーが非常に少ない球数で登板を終えた記憶がある人もいるだろう。
例えば非常にゴロが多い投手であった元・西武のブライアン・ウルフを例にとる。2017年の4月30日のロッテ戦において、ウルフは7イニングを69球と、1イニングあたり10球未満に抑える投球を見せた。この日のウルフは22人の打者に対して15ものゴロを打たせている。一方で2ケタ奪三振を奪うような投球をしながら、1イニングあたりの球数を10球未満に抑えたという話は聞いたことがない。これを見るとやはりゴロが球数を減らすのに効果的であるようにも見える。これはどう説明できるだろうか。
図2は各イベントが起こったとき、1アウトを獲得するまで何球要するかをバイオリン図で表したものだ。縦軸が球数、それぞれの横幅はその頻度を示している。上に伸びるほど球数が多く、下に伸びるほど球数が少ない。
これを見るとゴロは三振に比べ、分布が下のほうまで伸びていることがわかる。三振は最低3球必要な一方、ゴロは1球で終わることもある。下まで伸びているのはそれによるものだ。
だが、打球が発生するイベントであるゴロ、フライ、ライナーの分布は、三振に比べ、球数増加を示す上のほうにも長く伸びている。三振は安定してほぼ5球前後で1アウトが取れるのに対し、打球が発生するものは1アウト獲得に1球で済むこともあれば、10球、20球かかることもある。打球がアウトになれば球数が少なく済むが、それは野手の守備力や運に依存する。アウトにならなければゴロを打たせ続けたとしても球数はかさむのだ。
さきほど紹介したウルフの投球も、発生したゴロ15のうち、13がアウトになっていた。図2におけるゴロでいうと、下に伸びた部分にこの日のゴロが集中したため球数が抑えられたのだ。つまり球数を減らせたのはゴロを打たせたためでなく、ゴロがアウトになったからである。そして投手にできるのはゴロを打たせるまでで、それをアウトにするまではコントロールできない。
今季の4月2日、オネルキ・ガルシアは阪神移籍後初登板において、4イニング78球で7失点でマウンドを降りた。失点だけでなく球数も多い初登板であった。だがガルシアはこの試合で多くのゴロを打たせることに成功している。20人の打者に対し、与四球はわずか1。14の打球が発生したうち11をゴロに仕留めた。バットに当たったものはこれ以上ないほどゴロにしたにもかかわらず、78球と球数はかさんだのだ。
なぜこのような球数増加が起こったかというと、ゴロがアウトにならなかったためだ。11のゴロのうちアウトになったのは6つ。さきほどのウルフが15のうち13アウトになったことを考えると、非常に割合は低い。正反対のパターンである。このようにゴロを打たせても球数がかさむことはあるのだ。
図3は投手の登板ごとの各イベントのアウト割合と、1アウトあたりにかかった球数の関係性をあらわしたグラフだ。これを見ると、ゴロ・フライ・ライナーなどの打球が発生するイベントは、そのアウト割合が低ければ低いほど1アウトあたりの球数が多くなっていることが視覚的に確認できる。一方の、三振はそうした運に左右されづらいため(※1)、1アウトあたりの平均投球数が10球以上になることはほとんどない。ゴロ・フライ・ライナーのアウト割合が高かった登板に比べると球数はかかるが、そこまで多くなることもない。
我々はさきほど紹介したウルフの登板のように、ゴロがアウトになる割合が非常に高かったものだけを見て、「ゴロは球数を減らすのに効果的」と考えているのだと思われる。球数を減らすために目指すべきは与四球の減少だ。球数を減らす手段として奪三振の減少やゴロの増加を採用しても、球数が減る保証はない。
(※1)三振のアウト割合が100%ではないのは、振り逃げがアウトとなっていないためである。大半の登板における三振のアウト割合は100%だ。
宮下 博志@saber_metmh
学生時代に数理物理を専攻。野球の数理的分析に没頭する。 近年は物理的なトラッキングデータの分析にも着手。