相手チームの予告された先発投手は初対戦。球を見る限りでは平凡そうな投手。しかし、のらりくらりとかわされ続けスコアボードに0が並び、気がついたらそのまま試合に負けていた。そういった光景は野球ファンなら一度は目にしたことがあるのではないだろうか。そんな経験を重ねるうちに、初対戦の相手には毎度のように抑えられるイメージを持つファンも多く、予防線混じりに「うちの打線は初物に弱い」などと評されることもある。だが、そのイメージは本当に正しいのだろうか。今回は初物投手との対戦成績を過去の試合結果から調査した。
「初物登板」はどれほど成績に影響を与えるか
初物投手の打ちづらさを検証するため、ここでは「1回目の対戦」と「2回目の対戦」との投球成績を比較し、検証を行っていく。ただその際に必要になるのが「1回目の対戦」をどう定義するかだ。ここではまず、それぞれの投手が特定球団に2試合以上登板し、1試合目が2010年以降であるものに限定。初めてその球団と対戦した試合、及び2回目の対戦となった試合を分けて調べ、2試合の成績を加重で合算することとした。その結果が表1だ。
防御率は1回目の対戦が3.60、2回目の対戦が3.67。差は0.07ほどと、あまり防御率に差は見られなかった。
しかし、初対戦のみという括りは少し大雑把すぎたかもしれない。例えばある年に初登板し1試合だけ投げた後にずっと登板機会がなく、数年経ってから再度同じ球団相手に登板した場合、打者側は前回対戦した際のことを鮮明に覚えているとは考えにくい。そもそも打線の面々も様変わりしているだろう。また、月日がその投手を以前とは別人に変えているかもしれない。特に、交流戦が絡むとこういった「実質初見」問題が頻発する。
これらを踏まえ、対象球団と初対戦してから1年間空いた場合は除外して計算を行った(表2)。
1回目と2回目の対戦で防御率の差が0.25点と、やや差が広がった。
ただこの比較の別の難点として、先発登板と救援登板をひと括りにしてしまっている点が挙げられる。
また、同一球団に対して2度登板した投手が一軍戦力だったならば良いが、そうでない当落線上にいる選手の場合、1試合目に炎上すると2度目のチャンスが与えられないことが考えられる。つまり、2度の登板で有利・不利がなかったとしても、好投→炎上は集計対象となるが、炎上→好投のパターンではそもそも2度目の登板機会がないという、いわゆる生存バイアスが発生しているかもしれない。
そのため今度は、先発・救援のどちらか片方で、球団ごとに初対戦から数えて3試合以上[1]登板し、それぞれの間隔が1年以内だった投手の1度目と2度目の成績を比較する(表3)。
表3を見ると、先発の場合は1回目の対戦で防御率3.27、2回目の対戦で3.55と一定の差が生まれている。一方で、救援は1回目が2.76、2回目が2.79とほとんど差がなかった。先発のほうが慣れられやすいことを示唆するデータだ。
先発の場合は1度の登板で打者2巡・3巡と対戦数を重ねるが、現代の救援投手は短いイニングしか投げないことが多い。これが慣れられにくさにつながっているのだと考えられる。
試合をまたいでの「周回効果」の可能性
こうした対戦成績の悪化は何が原因でおこっているのだろうか。対戦を重ねるごとに各指標がどのように変化するか、推移を表したものが図1だ。
このグラフを見ると、2回目以降の対戦では特に三振が奪えなくなっているようだ。これが防御率の悪化につながっていると思われる。
1試合の中で1巡目、2巡目、3巡目……と、同じ打者との対戦を重ねていくごとに投球成績が悪化することはすでに周知されている。周回効果と呼ばれるものだ。周回効果は一般的に1試合の中で対戦を繰り返せば投手が不利になっていく、というものだが、試合をまたいで長いスパンで見た場合でも、この効果がはたらいている可能性がある。
過去の研究により、2年連続で登板した投手は前年より成績を落とす割合が極めて大きいことがわかっている。これは加齢に伴うパフォーマンスの低下や勤続疲労による劣化によるものと考えるのが一般的だ。しかし、これらのデータから考えるに、一定の対戦機会を経た打者に球筋に慣れられることによる部分も大きいのではないだろうか。プロ野球界では一般に「3年働いて一人前」などと言われたりするが、こうした慣れの問題を考慮するとあながち間違った定説でもないと言える。
移籍による慣れのリセット
長年所属チームで働いた投手が、成績が落ち込んでからトレードでリーグをまたいで移籍し、短期的に復活するのを見たことはないだろうか。ここまでの検証から考えるに、これに関しても慣れによるマイナス部分がリセットされた可能性が考えられる。移籍についても検証してみよう。
こちらも、2010年~2019年に前年または当年で所属球団が変わった投手の、移籍前・移籍後の年度成績を少なかった方の打席数で加重し合計して比較を行った。なお、成績はリーグ平均防御率を4.00として補正したものを使用し、「FA」はFA権を行使しての移籍、「外国人」は外国人選手のシーズンオフの移籍、「その他」はどちらにも含まれないトレード・自由契約などを区分している。
ちなみにFA、外国人、その他、いずれのカテゴリも年齢は打席あたりで平均するとどれも30~32歳くらいとなっていた。この年代の投手は全体の傾向として衰えにより成績が落ちやすい。これが要因となって、移籍後はほとんどの場合で成績が低下している。
ただ移籍先が同じリーグである場合と、別のリーグである場合では、明らかに成績低下幅が異なる。FA移籍であれば、同リーグの場合、防御率3.18から3.72へと悪化しているが、別のリーグの場合、3.14から3.37と、わずかな悪化にとどまっている。ほかのカテゴリも同様の傾向だ。
サンプルサイズとしてはそれぞれ600~800イニング程度であったため不安が残るが、少なくともここ10年間の結果としては、別リーグへの移籍のほうが成績を落としにくいということになった。
ただ、トレードの場合に限ると、少し事情は異なる。例えば球団がある程度力のある投手をトレードに出そうとする場合、今後順位を争うことになる同リーグの球団を取引相手として選択するだろうか。同リーグの球団に力のある投手を渡すと、自チームの順位に悪影響を及ぼす可能性がある。それよりは、別リーグを交渉先として選ぶのが自然ではないだろうか。こうした選択のバイアスにより、同リーグとのトレードでは力の落ちる投手のみに限って放出している可能性は十分考えられる。トレードを含む「その他」のカテゴリはやや参考程度に見るのが適切かもしれない。それでもFAや外国人のカテゴリにおいて、同リーグと別リーグで差が生まれたのは確かだ。
初物に強いチーム、弱いチーム
全体の傾向としては、打者たちは特定投手との1回目と2回目の対戦とでは前者のほうが打ちあぐねることがわかった。ここからは実際に「うちの打線は初物に弱い」というイメージに対して検証を行っていきたい。チームごとに初物に強い/弱いということはあるのだろうか。近年の成績から実際に初物に強かった球団を調べてみたい。
ここでは、上で調べた条件のうち先発のみを抽出し、範囲を2017~2019年の3年間に絞った上で球団ごとに対戦成績を求めた[2]。
「1回目」「2回目」はそれぞれ初対戦・2度目の対戦時の得点率(9イニングあたりの得点)、「差分」は2度目に比べて1度目でどれだけ多く得点を取れたかを表している。例えば、ヤクルトは初対戦の投手相手に2回目での対戦時より9イニングあたり0.85点多く取っている。
対戦する投手の内訳は球団ごとに異なるものであり、力の劣る若手投手と多く対戦したチームは有利になってしまうので、基本的には1回目と2回目の差分で相対的に初物への強さを測るのが良いだろう。理由は不明だが、差分における上位球団は屋外をホームにする球団が多いように感じられる。
果たしてこの球団ごとの傾向は毎年継続するものなのか、それとも再現性のない数字なのか。
2010~2019年で1年ごとの球団別「差分」を求めた上で、翌年との相関を調べると、相関係数0.362と弱めの相関関係(個人成績で言えば打率と同程度)となった。ある年に「初物」に強かったチームは、翌年もある程度は「初物」相性を期待できるようだ。
個人成績における「初物成績」
最後に、個人における「初物」と「2回目」の成績を比較する。
チーム単位のときと同様、2017~2019年の3年間で特定の先発投手と初対戦し、その後3度以上対戦し最初の3回は1年以上の間隔を空けなかった打者の対戦成績を少ない方の加重で計算。その打席数が30以上になる打者のwOBA(weighted On Base Average)を抽出した。
初対戦の機会が多かった選手に限られるため、表内には比較的若い選手、移籍経験のある選手、外国人選手が多い。上位・下位共に、一貫した打撃へのアプローチや打者タイプの傾向などは見られなかった。いかんせん選手単位では打席数が少なすぎるため、信用に足る結果とは言い難い。
「初物に強い能力を持っている打者」ではなく、あくまで「初物に強かった」打者として考えてもらいたい。
[1] これで完全にバイアスを除外できたわけではないが、登板回数を重ねても慣れられにくい属性の投手が存在する場合、そちらのバイアスが働き結果が歪んでしまうため3回に留めた。ちなみに、この試合数を4試合5試合と増やしても1~2試合目の成績の傾向はあまり変わらなかった。
[2]期間を広げすぎると打線の面々が別物になってしまい実態を測るには不適当だが、短すぎるとサンプルサイズが小さくなりすぎてしまうため、直近3年間とした。